
ローカル線に乗っていた。
車窓に目をやると、一匹の蜂が狼狽(うろた)えながら窓ガラスを上下に行ったり来たりしていた。
本能が目に映る自然に反応するのか、蜂はひたすら車窓の外に行こうとしている。子供の頃の私ならまちがいなくピシャリとはたき落としているに違いない。
私は席を移動した。そして席を移りながら、まもなく到着する駅が城崎温泉であるのを不思議に感じていたのである。
「城の崎にて」の志賀直哉を思い出し、そして「網走まで」の志賀直哉を思い出していた。どちらかというと、そのときの私は「網走まで」の列車にいたようで、随分昔に読んだその志賀直哉の処女作を思い出していたようだ。
思い出すと言ってもその記憶はまったくなく、二人の子どもを連れた母親がどんなふうにして網走行きの列車に乗ったのか、車内の様子はどうだったのか、いや、なによりこの作品の筋立てはどんなものだったのかを思い出そうとしていたようなのだ。
結局何も思い出せないまま、私は今なお窓ガラスを上下に行ったり来たりしている蜂を見ているだけだった。
「網走まで」は、二人の子どもを連れた女の人が客車に乗り込んできて、前の座席にすわる主人公の『自分』が網走まで行くというこの女の境遇をいろいろと想像する、ただそれだけの作品である。
どこにでもある話だが、行き先が網走というところにこの小説に秘められたただならぬ不安があり、今にもくず折れそうな危うさがあり、それが読者を引き込むのであろう。
このように些細な日常を描き出すことが小説になった時代があり、そしてそれを必要としていた読者がいた。
思えば遠くに来たものだじゃないけど、狼狽える蜂の隣の座席に坐る中学生らしき子供たちは懸命に携帯電話のキーを打ちまくっているだけである。携帯に夢中で蜂どころではない。もちろんピシャリなんてやろうはずがない。
この子たちに「城の崎にて」や「網走まで」を読ませたらどんな反応があるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、私の思いは急に月光仮面へと飛んで行くのである。
「三丁目の夕日」じゃないけど、あの頃のヒーローは月光仮面だった。
月よりの使者「月光仮面」は白いオートバイに乗って突如としてやってくる。
悪を懲らしめるためにやってくるのが月光仮面だが、この歳になるとなにやら気分が浮かれているときにも「月よりの使者」はやってくるものらしい。
私はこの時分、正座して月光仮面を観ていたような記憶がある。
あんなに強い月光仮面がいつ登場するのか、早く「サタンの爪」がふんだんに悪事を働き、ここぞとばかりに登場してくれ、そう願いながら少年は正座を続けていたのである。
そんなヒーローであったから、いまでも主題歌は諳で歌える。
サッと書くならこんな具合だ。
どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう
私は仕事を終え、城崎温泉に浸かりながら、ひとりで小さく歌っていた。
金曜の午後だというのに他に客はなく、洞窟になっている風呂は竹でできた塀で女風呂と仕切られていたが、隣からの声が聞こえないのを幸いに、私は月光仮面を歌い続けた。
どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう
二番の歌詞はさすがに思い出せないので、一番だけを繰り返し繰り返し歌っていたのである。
ちなみに月光仮面の原作も、この主題歌の作詞も、かの森進一とゴタゴタのあった川内康範である。
洞窟風呂にある岩に腰を下ろし、風に打たれながらふと足下に目をやると、一匹の蟻がよろよろと小さな枯葉と格闘しているのが目に入った。蟻の傍には温泉がひたひたと迫ってるのだが、これには目もくれず、蟻はひたすらよろよろを繰り返しているのである。蜂の次が蟻だなんて妙な取り合わせだが、私はこの蟻をずっと見ていることにした。
それがここ「城崎」に来た目的でもあるかのように見続けていたのである。
蟻はしばらく枯葉と格闘を繰り返していたが、飽きてきたのか、はたまた目的を全うしたのか、傍にあるプラスチックでできたゴミ入れの壁を器用に登り始め、そして頂上までたどり着くと、哀れにもその中に真っ逆さまに落ちて消えてしまたのである。蟻の運命やいかに。なんとも「城の崎にて」を彷彿とさせる事態であった。
仲間からはぐれてしまった蜂が一匹。
仲間からはぐれてしまった蟻が一匹。
そして突如として疾風のように現れる月光仮面。
どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう
私は蜂のことも蟻のことも忘れて、ただひたすら月光仮面を歌い続けるしかなかった。
なんの変哲もない幸せという日常が不幸の向こうに繰り返される。
やはり、『思えば遠くに来たものだ』の心境が私を呪縛して去ろうとしない。
これが現代版「城の崎にて」なのである。
合掌。