2008.06.29

宝塚記念

雨フラバ雨フルヨシ
風フカバ風フクヨシ
泣イテ笑ッテ
月下ノ酒場ニサマヨウ女性ニモ
睡蓮ノゴトキ純情アリ
道化ノタワゴト
彼ハ人ヲ喜バスノガ好キダッタ
馬ヲヒトシク愛セ

『宝塚』という響きには特別の想いがある。
だから今日は「サラダ記念日」ではなく宝塚記念の日。
雨は上がっている。と思いきやすぐに降り出す始末。
傘を持ってぶらりというのもいいが、仁川の人混みはうんざりだ。
そこで予想なるものをおひとつ献上。馬鹿ノタワゴトデゴザイマス。

ヒトシク愛セ。神はそうおっしゃる。
そうもいかないから、ここは一番決断を下さなくてはいけない。
武豊から四位、和田、安藤勝、岩田、内田へというのはいかがだろう。
この連中をガラガラポンというのも潔い。
武豊といえば最近どこかで聞いたような・・・。

人ヨ信ジルナ
ケシテ信ジルナ
見エナイモノヲ
仰せのとおりです。ええ、信じてはいけませんとも。
人ヨ欲シガルナ
ケシテ欲シガルナ
見果テヌモノヲ
仰せのとおりです。ええ、欲しがってはいけません。

宝塚、只今どんよりとした曇り空。芝は渋りがち。それだけ。何の参考にもならない書き込みだ。
つまり、
人ヨ信ジルナ
ケシテ信ジルナ
なのであります。
間違いなく今日も外れだな。(笑)
ヒトシク愛セシモノニ幸アレ。
頭痛がひどくなってきた。

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2008.06.21

遠方より来たる

Uni

神はわれを見捨てず。
函館からウニが届いた。われウニとたわむれ、そして泣き崩れおり。
友、遠方より来たるの図である。この際、ウニだって友になるのだ。
これはエゾバフンウニ、ムラサキウニではない。味の濃厚さにおいてはバフンウニだ。これに勝るものなし。矢でも鉄砲でも持ってこい。ふたたび、われかの地を想い、ウニの重きに泣きて三歩歩まずなのだ。ありがたや。

ウニと言えば積丹のウニも実に旨かった。
新しい仕事について小樽に住んでいた時分、余市を過ぎて、今ではどこだかすっかり忘れてしまったが、ここの寿司屋のウニ丼は絶品だった。ウニがてんこ盛り、思わずわれ泣き崩れるのである。
ウニを食うなら田舎の小さな料理屋がいい。これでもかというくらいに惜しみなくでてくる。寂しさや悲しさなんてウニを食ったら忘れてしまう。ウニは神なり。ウニを神と崇めよ。汝、ウニと共に生け。マルコの福音に曰くである。

僕は、蟹はあまり食わない。蟹が解らない虫と書くから食わないのではなく、どうも毛ガニ以外は大味すぎて駄目なのだ。
上品さにおいてはカニなどウニの足元にも及ばない。たとえばウニを殻から出して器の上に置くとする。しばらくすると、見よ、汝がウニはまるでか弱きオナゴのように崩れ落ち、よよと泣かんがごとくその姿を変えるのだ。身を溶かす。乙女の姿しばしとどめん。寂しきかな汝が姿。どうにも手をさしのべ、主は汝と共にありと励まさずにはおれないのである。
その点ではカニはいけない。どうだ、食え! カニはそう叫んで器の上で胡座をかいているのである。

カニといえば釧路。釧路の話をすればなにやら礫が飛んできそうだが、ええ、カニはよく食いました。
仕事を終え車で帰ろうとする。するとトランクを開けろといわれる。いわれるままにトランクを開けるとカニが箱ごとドカンと積まれる。食べられないほどのカニがドカンなのだ。カニもて追わるるごとくなのである。われに正義あり。われに微笑みあり。胡座かくカニと共にわれあり。汝の友を愛せ。
こんなふうだからカニは上品に食ってはいけないのだ。殻ごと口に持っていってバリバリとやって身を食い尽くす。伊丹十三の映画に出てきたワンシーン、あれはカニだったかどうか怪しいが、いかにも下品を強調していたようだ。うむ、カニはやはりウニの対極にあるのだな。
目黒のサンマはいいけど、釧路のカニはいけない。マタイ、マルコにルカ、ヨハネ。最近マルコの福音が身に応える。

それにしても暑い日が続いている。
カラ梅雨。傘があるけど雨がない。雨の音を聴け。陽水も泣いている。ついでに村上春樹も泣いている。
花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに。小野小町もきっと泣いている。
ウニを戴きつつとりとめのないつぶやきだ。ビール一缶、空いて候。

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2008.06.15

惜春

P1040623

鬱勃たるパトスをもて。
こう叫んだのは北杜夫だ。「どくとるマンボウ航海記」。
マンボウ先生はいかがしているかと調べてみたら、まだご健在の様子で一安心。アホウドリにマンボウはつきもので、パトスをもって美しい老人になろうとしているのは実に爽快なのだ。
パトスをもて! パトスをもて!
仕事の合間にネットを覗いてそんな呪文を唱えていると、前のデスクに座ってる女子2名がチラリとこちらに目を向ける。
それくらいならまだいいが、女子には僕の後ろを歩く癖がある。これはけない。聖書にもある。「汝、人の後ろを歩いてはいけない」。マタイ伝第16章。いやこれはちがう。こんなことをいうのは気の弱そうな、泣いてばかりいそうなヨハネに違いない。ヨハネよ泣くな! 神は汝と共にあり。汝の悲しみは神の悲しみなり。
とにかく、窓を背にしている僕の後ろを歩いてはいけない。それがたとえ広い通路に見えようとも、それは通路ではないのだ。ゆっくりマンボウ先生と語らうこともできないではないか。
微笑もて正義を為せ! 
僕に近づいてはいけない。後ろはまっぴらゴメンだ。

朝、出勤すると机の上に封書が乗っていた。
札幌のS.玲子さんからものだ。大きな文字で僕の名前が書かれていて、裏にはこれまた大きな文字でS.玲子である。
ここでも一度書いた同人誌「緒里尽」が入っているに違いない。
Sさんは美しくお歳を重ね、こうしていまだに奮闘しながら「緒里尽」を出しているのだ。
滅多に来ることもない封書、しかも堂々たる女の差出人である。
僕は二人の女子に交互に目をやり、ヨハネのような気の弱そうな声になって言った。君たち、これが同人誌というものだよ。笑い顔がひきつる。悪事をしていないというのにひきつる。これをね、300部印刷するのに要する費用が、原稿用紙、これは625文字なんだけど、1枚につき1000円也。随分昔の話だけど、今はもっとかかってるかも知れない。美しく歳を重ねるにはこれくらいのお金が必要なんだ。まあ、今はネットというツールがあるから少しはマシかも知れないけど、美しい老人になるためにはネットは捨ておけだ。聖書にもある。汝、ネットの悪弊を知れ云々。マタイ伝・・・。ああ、神よなんということか。あなたのヨハネは馬鹿です。どうぞお笑いください。
「まあ、そうですか」。二人は示し合わせたように声をそろえて言う。そうでござんす。そうなんざんす。
そしてね、この女性なんだけど、この方はまったく素敵な人で、もう70になろうかというのにこんなふうに、1年に1回同人誌を出しているんだ、参ってしまうね、実際。手に取った同人誌をパラパラやって見せてやる。ヨハネの顔は相変わらずひきつっているのだ。別に説明しなくてもよいことを勝手に言っている。悲しきは訳もなく繰り出される言い訳。パトスはどこいった。微笑もて正義を為せ! 笑ってくだせえ。ええ、構いやしません、どうぞお好きなように。
Sさんが70。うむ、嘘だ。まだそこまではいっていないにちがいない。殴られる。神を悲しませてはいけない。

僕は「緒里尽」を開いた。
『惜春』、これがSさんの小説のタイトルである。
竹本菊太夫のことが書かれてあった。名も知れず松前の地で逝った義太夫をやる男のようだ。なぜかしら悲しみに満ちた小説だった。うむ、惚れたな。竹本菊太夫、お洒落なお名前だ。ただね、Sさん、弱いよ、これじゃ。もっと大胆に発想しなくちゃいけないぜ。神はお見通しだ。何だって知っている。
菊太夫の悲しみ、ここはこんなに平坦であってはいけない。こんなに善人ばかり出てきちゃ僕は苦しくなってしまうんだ。
石もて追わるるごとく。ご存知の啄木だ。菊さんはどうも弱くていけない。線が細い。もっとボロボロにすべきだった。
世話になったおまさとその息子市太郎に向かって菊太夫はいうんだ。
あたしなんざ悪いことばかりの人生でした。
人生がそんなものだから、こんな蝦夷地の松前くんだりまできてくたばってしまうんだ。
女ですかい、そりゃおりましたともさ。市さんに金の工面をさせて、それであたしゃ遊んでおりましたともさ、ええ。ご存じないのは母親代わりのおまささんと市さん、あなたくらいのものですよ。すみません。あたしゃ馬鹿なんだ。あなたたち親子は実に素晴らしい。いつだって笑っておいでだ。おや、また女を連れて歩いていやがる。義太夫もなかなかだけど、人様の金をあんなふうに使うなんて罰があたるってもんだ。くたばっちまえ。ええ、松前の民は見識がある。大坂ではこうはいかなかった。大坂なんてところはね、ええ、なんというのか・・・。よしましょう。あしゃ労咳でくたばってしまう身なんだ。ただね、市さん。あたしの墓はいらねえよ。これいじょう迷惑はかけられねえ。三途の川を渡られねえ。ちょいと石をひとつ、これだけで構やしねえ。石ころに享年27とひとつだけ。あっさりしたもんだ。そこにね、お願いがあるとするなら、こんなわがままいってほんにすまないことだけど、ハマナスをね、一輪、置いておくれでないかい。特に弱そうなやつを、とびきり弱そうなやつをひとつだけ置いておくんなさい。菊ですかい? そいつはいけねえ。菊はいけねえや。菊は菊太夫だけでたくさんでござんす。ええ、菊はいけねえよ、市さんたら、金輪際いけねえ。やがてそのハマナスがあっしのようにくたばっちまうか、根をつけ松前に生きつづけるか、これはあっしの賭でござんす。丁半でござんす。この期に及んで賭だなんて、なにからなにまで馬鹿な菊太夫でござんした。笑わば笑え糞野郎。ああ、ごめんなさい、お里が知れてしまうというもんだ。大坂がいけないのだ。松前は悪くない。さあ、そろそろおさらばだ。おまささん、市太郎さん、ほんにご機嫌よう。あたしゃ売られてゆくわいな。ヨヨイノヨイ。南無妙法蓮華経。南無阿弥陀仏。神仏よさらば!

祝「緒里尽」第14号。
どうか同人各位に神のご加護がありますように。
信天翁拝。

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2008.06.07

正義と微笑

社会保険事務所へ行った。
帰りは近くのファミレスに寄って飯を食い、そして太宰でも読もうと決めていた。
それだからオフィスを出るとき青空文庫をプリントしたのだ。「正義と微笑」。
いざプリントをしてみると108ページもあった。他にもプリントをする者がいればかなりやばいことになる。
僕は敢然とプリンターの前に立ちはだかった。べつに敢然とでなくてもいいのだけど、僕は正義と微笑をもって敢然と立ちはだかったのだ。幸運にも誰ひとりとして気がついてはいないようだった。我微笑む。
社会保険事務所の入り口に門番のようにいるおばちゃんは相変わらず元気な様子で、ようこそいらっしゃいました、お茶でもおひとついかがですか、などと言い出しそうに、これも相変わらずの親切な応対なのだ。
お茶など飲んでる暇などない。僕はさっさと書類の届けを済ませて外へ出た。おばちゃんは僕の背中に向かってありがとうのお礼を言う。あなたもね。どうか神のご加護を。

時間が早いせいか、ファミレスは空いていた。
ひとりにしては広いテーブルだったが、僕はそこに座るや太宰を取り出した。108ページである。適当にメニューを見て、そして適当にハンバーグなどを頼んだ。目玉焼きが乗っているやつで、今日は目玉焼きも悪くないと思ったからだ。
飲み物が欲しい。160円プラスするとフリードリンクになるので、そいつを追加して頼んだ。
オレンジジュースを取りにゆき、そして席に戻り、108ページを手元に引いて読み出した。
断食と共に微笑みを、太宰の語りである。マタイ伝の第6章。正義と微笑を。目玉焼きの乗ったハンバーグに微笑みは必要か? 仕方がない。ハンバーグには正義だけにしておこう。
ハンバーグが来た。デミグラスソースがふんだんにかかっていて、ハンバーグ自体はふっくらとできあがり、僕はちょっと満足だったが、そのあとがいけなかった。
件のデミグラスソース、こいつがいけない。味がだらりとしている。甘い。コクがない。これではいけません。
テーブルを見ると、それまで気づかなかったが、ソースの類がなにひとつない。暗澹。あるのは塩だけである。一体全体関西はどうなっているのか。ウースターソースくらいおいておくものだ。ううん、苦しい。汝嘆くことなかれ。断食と共に微笑みを。ハンバーグには正義を。馬鹿らしい。責任者出てこい。これじゃ最後の晩餐だ。
僕はナイフを入れたハンバーグの裂け目めがけて塩を振った。ハンバーグはモーゼが海を二つに割って見せたように大きく開いていたのだ。出エジプト記。いざ見よ、これがモーゼの十戒である。デミグラスソースと塩が混ざり合い、その大海のような奇妙なソースを、僕は切った挽肉片にからめて食べた。味は絶品であった。そんなわけがあるか。ごもっとも。汝、生き来しおのが食の貧しきをしれ。神のご加護を。神はいつだって寛大なのである。

オレンジジュースが二杯。アイスコーヒーが二杯。食後はこう決めていた。
108ページもの大作を読み切るには何が何でも必要なのだ。それじゃもう一杯。僕は席を立ってジュースを取りにゆく。
そしてそこで気がついた。見よ、待合いには食を求めてやってきたごとき民のようなお客が溢れているではないか。
モーゼに引きつられて、エジプトを脱出しようと集まったような悲しきお顔をした民が、まるで心細そうに目には力なく、ぐったりして、いまにも倒れそうな様相なのである。
僕はオレンジジュースを飲み続ける自信もなく、108ページをそそくさと閉じ、辺りをちょっと見回してみる。
いつの間にかやってきたらしい主婦が二人、隣の席で語らい、ステーキにかぶりついていた。その向かいの席ではこれも女二人が食後の煙草をふかしている。
汝の隣人を愛せ。汝肥えてはいけない。煙草は健康に良くないんだぜ。ごもっとも。アーメン。
肥えてはいけない隣人も、健康を自ら侵している隣人も、これからオレンジジュース二杯にアイスコーヒー二杯なのだろう。
かくしてモーゼに引きつられてやってきた民は力なく崩れ、モーゼを痛罵する。
ふん、こんなんじゃなかった。いったい正義はどこにあるというのだ。微笑みなんてくそ喰らえ。神がきいてあきれるぜ。十戒などといってわれわれを騙してる。馬鹿野郎。あの肥えた豚どもをどうにかしろ。
モーゼはきっと泣くにちがいない。そして言うのだ。
「我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。凡そ生きて我を信ずる者は、永遠に死なざるべし。汝これを信ずるか」
民はモーゼと共に泣くにちがいない。もののあわれ。あっしたちが悪うござんした。おお、神よ、そんなに泣かないでくだせいまし。なあに、あっしたちもそんなに馬鹿じゃない。一食くらいがなんだ。ふん、おまえら早いとこ食べて、そして早いとこくたばっちまえ。ええ、神よ、あっしたちは平気です。金輪際平気です。気にしちゃいけません。悪いのはあなたじゃなくあっしたちです。ええ、あっしたちよりも悪いのは、ああやってぬくぬく太って何食わぬ顔をして平気で生きながらえているあいつらなんだ。あなたさまが悪いわけじゃござんせん。すみません。謝ります。そうですとも、われわれ民はいつだって平気なんだ。食うなといわれれば食わない。従順、それが民ってもんなんだ。忘れていました。ええ、そうですとも、あなたさまが悪いわけじゃござんせん。ほんとうです。スンマセン。ヨヨイノヨイ。
お終いだ。僕は畏れをもってその場を逃げ出した。
従順な民の怒りに幸あれ。そして神様、どうか僕にご加護を。

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2008.06.04

美しい老人

「おや、あんなところにお店ができた」
机の上に缶ビールをおいてGさんが言う。
「どれどれ」
僕とSさんが窓越しに外を覗く。
たしかに新装オープンしたらしい小料理屋が、ぼんやりした照明の中に確認できた。
つまみ無しでビールを飲んでいたせいか、誰ともなくちょっと冷やかしに行ってみようかということになった。
マンハッタン、マンハッタン。
心が浮き立つ。
マンハッタン、マンハッタン。
玄関前にある、贔屓筋から贈られたに違いない胡蝶蘭を見ながら、お店の入り口の張り紙に目をやった。生憎なことに、9時まで予約で一杯とある。
マンハッタンが大きな音と伴に崩れ落ちた。心が荒んだ。
「まあ、こんなこともある」
Sさんは踵を返し、地下鉄の駅の方へ歩き出す。
「串揚げでも食べて行こう」
Gさんと僕は従順に頷いた。
マンハッタン、マンハッタン。
心が浮き立つ。
マンハッタン、マンハッタン。

Sさんは65歳である。沖縄県人だからただの65歳ではない。
泡盛をがんがんやるのかなと思っていたら、意に反してSさんはビール一辺倒のお人だ。
その好きなビールをやめて焼酎にしたのが悪かった。
晩酌セットを注文し、それ以外のつまみは無しである。
ウズラの卵の串揚げ、鶏のから揚げ。その他は忘れてしまった。
とにかくそんなに多くないつまみで、僕もSさんもGさんも焼酎のお湯割りをがんがんやったのである。
話題はといえば、中身は何もない。
年を取ると話題からも見放されるのだ。
文学も音楽も絵画も何もない。恋愛などの話題は金輪際無い。芸術からずんずん遠ざかってゆく、これが年を取るということなのかも知れないなと思いながら、僕は熱めのお湯をどんどんグラスに注ぎ、焼酎を飲んでいた。
「ボストンで見かけた老人の話でもしましょうか」
あまりにも淋しいので、僕はそう言ってみた。
「老人?」
「ええ、老人です」
「老人がどうかしたの?」
「美しく年を取ってゆく老人です」
「うむ、美しい老人ね」
「その老人は、公園のベンチに座って新聞を読んでいるのです」
「新聞を?」
「そうです」
「それのどこが美しいの?」
「200ページくらいの新聞なんです」
「うむ、200ページ・・・」
「ただひたすら読んでいる」
「それだけでも感動だな」
「ニューヨークではないところがいいんです」
「ボストンには有名な美術館がある」
「その老人は美術館へも行くのだろうか?」
「行きますね、この老人なら」
「そういう老人にはスキがない」
「ええ、スキがないから美しい」
「老人と海」
「老人と美術館」
「そういう老人に私はなりたい」
「それはちがう。なりたいのは『貝』だよ。昔、そんな映画があった」
「私は貝になりたい。主人公はフランキー堺だった」
「美しくない映画だった」
「ボストンといえば松坂はどうなった?」
「負け知らず、立派なものだ」
「松井はどうなんだろう」
「ヤンキースはもう終わってしまった」
いつの間にか、美しい老人はヤンキースにすり替わっているのである。

マンハッタン、マンハッタン。
心が浮き立つ。
マンハッタン、マンハッタン。
ついに話題に突き放され、僕等はお店を出た。
Gさんが中央線に向かって歩き出す。僕とSさんは御堂筋線だ。
不幸は突然に襲ってくる。なんの予兆もなく、突然襲ってくるのが不幸というものだ。
改札口まで来たとき、Sさんがぐらりと傾き、まるで柔道の井上康生に足払いを喰らったかのようにバタリと転倒してしまったのだ。あっという間の出来事だった。
咄嗟に僕はSさんの左腕を持ち上げ、大丈夫ですかと声をかける。
後ろを歩いていた見知らぬ男が駆け寄り、Sさんの右腕を持ち上げた。世の中まだまだ捨てたものじゃない。
Sさんは、まるで美しく年を重ねた男とは思えない表情で笑っている。
こんな場合は笑うしかない。笑うこと以外に何がある。Sさんの笑いの中にはそんな卑屈な諦念があり、そしてその笑いはまるで美しくない老人のそれであった。
「やはりビールにしておけばよかったですね」
僕も美しくない声になってSさんに語りかける。
Sさんは立ち上がろうとするが、そのあとになってすぐにまたよろけてしまう。
僕は見知らぬ男に礼を言い、Sさんの左脇に肩を押し込み、不自由な姿勢で歩き出すしかなかった。忙しく追い越してゆくおねえさんやおにいさんには目もくれず、美しくない姿勢で歩くしかなかった。
ノートルダムのせむし男。せむし男には老人だって振り向きはしない。
エスカレーターのある広場の近くにあるスクリーンでは宝塚のスターが美しく歌っている。
若い男女が抱き合い、老夫婦は重たい足を引きずって力無く歩いている。
鬼さんこちら、手のなる方へ。鬼さんこちら、手のなる方へ。
僕の頭の中では中島みゆきが歌い続けている。
マンハッタン、マンハッタン。
心がさみしく塞ぎ込む。
マンハッタン、マンハッタン。

僕は美しくない笑いを装い、美しい老人になろうとしている。
正義は決して美しくはない。
同様に微笑みだって決して美しくはない。
だが僕は「正義と微笑」を愛しているのだ。

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2008.06.01

雨の物語

Rain

お昼を食べに入る店が三軒ほどできた。
その中の一軒は不思議な雰囲気を持った店である。
とりとめて綺麗といった店でもなく、かといって味の方がきわめて絶品といったこともない。店員はといえば、茶髪が悪いというわけではないが、多くの男はその茶髪にピアスである。(笑)
若い女子店員もきびきび動いているが、アルバイトのような方たちがほとんどのようで、この店のどこがいいのかよく判らないが、たまに行列ができたりしているのである。
味が今ひとつと言ったが、そのくせソースも醤油も塩もテーブルには置かれていない。なにからなにまで不思議な店なのである。味に自信がある? そんなことはないとこちらもそれは自信を持って言えるのだが・・・。(笑)
そもそもこちらは、向田邦子や椎名誠のように、気分はウスターソースダボダボ派なのである。
大阪の怪。どうも自分で自分がよく解らなくなっている今日この頃である。

いよいよ梅雨の季節の到来である。
先日はその前哨戦のような日だった。
電車に乗る。にわかに濡れた傘がズボンの裾に触れている。
隣の座席で若い女子が眠りこけ、夢の中をさまよっている。
こんなときはどうしようもなく、傘を蹴るわけにもいかないので、ただひたすら女子のように脚を閉じるしかないのだ。拷問である。(笑)
梅雨の時期はそんな日の連続だ。
お~い、北海道!
こう叫んでしまうのもこの時期なのである。
紫陽花にライラック。
初夏の北海道ではこれらがワッと咲く時期である。
ただ今年の梅雨はちょっと感じが違うのだ。梅雨を楽しもう、そんなところなのだ。

「風の歌を聴け」といったのは村上春樹だ。
今年のワタクシはと言えば、「雨の歌を聴け」なのである。
Just wolk in the rain ではないが、雨の歌を聴かなくてはいけない。
「傘がない」と泣いてしまったのは井上陽水。陽水にも言いたいな、「雨の歌を聴け」と・・・。
ただ、雨といって思い出すのは伊勢正三の「雨の物語」だ。イルカもいいけど、やはり「雨の物語」は正やんがいい。

誰もが物語り その1ページには
胸弾ませて 入ってゆく

さてさて6月は水無月。
梅雨で大雨が降ったりするというのに「水無し月」である。
どんな物語が生まれるのだろう。
かの昼食でお邪魔するお店の味も大胆に変わるといいのだが・・・。
ぞれよりはまずはウスターソースだな。
お願いだからウスターソースを置いてくれ。
水無月の初日。日本ダービーの日。大阪は雨の気配など無い晴れである。
生きていて候。(笑)

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2008.05.24

月よりの使者

P1040613

ローカル線に乗っていた。
車窓に目をやると、一匹の蜂が狼狽(うろた)えながら窓ガラスを上下に行ったり来たりしていた。
本能が目に映る自然に反応するのか、蜂はひたすら車窓の外に行こうとしている。子供の頃の私ならまちがいなくピシャリとはたき落としているに違いない。
私は席を移動した。そして席を移りながら、まもなく到着する駅が城崎温泉であるのを不思議に感じていたのである。
「城の崎にて」の志賀直哉を思い出し、そして「網走まで」の志賀直哉を思い出していた。どちらかというと、そのときの私は「網走まで」の列車にいたようで、随分昔に読んだその志賀直哉の処女作を思い出していたようだ。
思い出すと言ってもその記憶はまったくなく、二人の子どもを連れた母親がどんなふうにして網走行きの列車に乗ったのか、車内の様子はどうだったのか、いや、なによりこの作品の筋立てはどんなものだったのかを思い出そうとしていたようなのだ。
結局何も思い出せないまま、私は今なお窓ガラスを上下に行ったり来たりしている蜂を見ているだけだった。

「網走まで」は、二人の子どもを連れた女の人が客車に乗り込んできて、前の座席にすわる主人公の『自分』が網走まで行くというこの女の境遇をいろいろと想像する、ただそれだけの作品である。
どこにでもある話だが、行き先が網走というところにこの小説に秘められたただならぬ不安があり、今にもくず折れそうな危うさがあり、それが読者を引き込むのであろう。
このように些細な日常を描き出すことが小説になった時代があり、そしてそれを必要としていた読者がいた。
思えば遠くに来たものだじゃないけど、狼狽える蜂の隣の座席に坐る中学生らしき子供たちは懸命に携帯電話のキーを打ちまくっているだけである。携帯に夢中で蜂どころではない。もちろんピシャリなんてやろうはずがない。
この子たちに「城の崎にて」や「網走まで」を読ませたらどんな反応があるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、私の思いは急に月光仮面へと飛んで行くのである。

「三丁目の夕日」じゃないけど、あの頃のヒーローは月光仮面だった。
月よりの使者「月光仮面」は白いオートバイに乗って突如としてやってくる。
悪を懲らしめるためにやってくるのが月光仮面だが、この歳になるとなにやら気分が浮かれているときにも「月よりの使者」はやってくるものらしい。
私はこの時分、正座して月光仮面を観ていたような記憶がある。
あんなに強い月光仮面がいつ登場するのか、早く「サタンの爪」がふんだんに悪事を働き、ここぞとばかりに登場してくれ、そう願いながら少年は正座を続けていたのである。
そんなヒーローであったから、いまでも主題歌は諳で歌える。
サッと書くならこんな具合だ。

どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう

私は仕事を終え、城崎温泉に浸かりながら、ひとりで小さく歌っていた。
金曜の午後だというのに他に客はなく、洞窟になっている風呂は竹でできた塀で女風呂と仕切られていたが、隣からの声が聞こえないのを幸いに、私は月光仮面を歌い続けた。

どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう

二番の歌詞はさすがに思い出せないので、一番だけを繰り返し繰り返し歌っていたのである。
ちなみに月光仮面の原作も、この主題歌の作詞も、かの森進一とゴタゴタのあった川内康範である。

洞窟風呂にある岩に腰を下ろし、風に打たれながらふと足下に目をやると、一匹の蟻がよろよろと小さな枯葉と格闘しているのが目に入った。蟻の傍には温泉がひたひたと迫ってるのだが、これには目もくれず、蟻はひたすらよろよろを繰り返しているのである。蜂の次が蟻だなんて妙な取り合わせだが、私はこの蟻をずっと見ていることにした。
それがここ「城崎」に来た目的でもあるかのように見続けていたのである。
蟻はしばらく枯葉と格闘を繰り返していたが、飽きてきたのか、はたまた目的を全うしたのか、傍にあるプラスチックでできたゴミ入れの壁を器用に登り始め、そして頂上までたどり着くと、哀れにもその中に真っ逆さまに落ちて消えてしまたのである。蟻の運命やいかに。なんとも「城の崎にて」を彷彿とさせる事態であった。

仲間からはぐれてしまった蜂が一匹。
仲間からはぐれてしまった蟻が一匹。
そして突如として疾風のように現れる月光仮面。

どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう

私は蜂のことも蟻のことも忘れて、ただひたすら月光仮面を歌い続けるしかなかった。
なんの変哲もない幸せという日常が不幸の向こうに繰り返される。
やはり、『思えば遠くに来たものだ』の心境が私を呪縛して去ろうとしない。
これが現代版「城の崎にて」なのである。
合掌。

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2008.05.18

公園にて

Park

大阪は実に疲れている人間が多い。
東京もそうかもしれないが、みんな疲れて今にも倒れそうだ。
毎朝、地下鉄を降りて地上に上がると、そんな疲れた人たちが互いにぶつかり合いながら会社へ急いでいる。
そんな人たちを横目で見ながら公園へ向かう。そこで一服ついてからオフィスへ行くのが日課となっている。
そこにもすでに疲れた人が幾人か集っていて、ぐったりしてる様はどこかしら哀愁を感じさせる。

公園には古びた時計があって、文字盤の下の錆び付いた部分にブロンズでできた小鳥が二羽休んでいるのが判る。
判ると言ったが、小鳥に気がついたのは最近のことで、それまではまるで無頓着に見過ごしていた。
「ピィー、ピィー」、「ピィー、ピィー」
9時丁度になると小鳥は鳴き始める。小鳥に仕組まれたテープが回るのだろう。
それに釣られるように、木々の間に羽を休めていた雀たちも一斉に鳴き出す。
「ほら、会社に行く時間だよ」
ブロンズの小鳥も、木々に身を潜めている雀もそう尻を叩くのである。
10時、11時、12時。「ピィー、ピィー」なのか「ギィー、ギィー」なのか、たまに時をやり過ごし、このまま小鳥の鳴き声を聞いているのも悪くないかなと思ったりするのもこういう時間なのだ。
大阪な人である私も相当疲れているのである。(笑)

もうかなり昔のことだが、私はボストンの港に停泊していた。
港湾のストライキにぶつかり、1週間も足止めを喰らっていたのだ。
岸壁でキャッチボールなどをしながら暇をつぶし、昼飯の後は近くの公園をうろつく、そんな毎日だった。
ニューイングランドというくらいだから、マサチューセッツ州ボストンは家並みのきれいな街で、公園もなかなか趣のある、まるで映画にでも出てくるような、そんな落ち着いたたたずまいだった。
同僚と歩きながら、ぎごちない足どりではあったが、われわれは映画のワンシーンの中にいた。
ふと目をやると、公園のベンチにひとりの老人がいて新聞を開いていた。
老人の脇には、さらに分厚い新聞が束になって積まれている。
週末、アメリカでは新聞が数百ページになる。
老人はその新聞を小脇に抱え、日がな一日それを読み続けるために公園にやって来たにちがいない。老人の後ろ姿はピクリとも動かない。
「絵になるね」
「うん、アメリカ的だ」
「美しく老人になるとはこういうことなんだね」
「時間の使い方がね、見事だ」
「いずれはこのような老人になるんだ」
「なれるといいな・・・」
果たしてこのときの老人のお歳はおいくつだったのか。
それにしても『美しい老人』とはよくよく言ったものである。
当時のことが、まるで昨日の出来事のように思い出される休日の午後。
明日もまたチッチの鳴き声を聞いて一日が始まるのだ。

Lovers

上にあるアルバムはEarl Klughの「Music for Lovers」。
Earl Klughといえばその昔よく聴いたものだ。
iTunes storeで検索してみたら『Dream Come True』を見つけた。
ジャケットはあまり好きになれないけど、そこは昔のよしみでダウンロードしてみたのだ。
Dream Come True・・・
それにしても昔の『夢』が美しい老人になることだったとは・・・。
Earl Klughのアコースティックギターが泣かせます。(笑)

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