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2005.06.07

生卵のぶっかけ御飯

卵を割りながら、こう考えた。
こう言って卵を割っているのは向田邦子さんである。
と書くと、何やら夏目漱石大先生の「草枕」みたいで気がひけるがと言って自戒なされているが、なんだか無性に卵が食べたくなっている。
というより、冷蔵庫を開けたら卵しかないので、この卵をどう料理したものかと考えているのである。
酒のつまみはある。だが、その後の御飯のおかずがないのだ。

『卵とわたし』。
向田さんのエッセイを読むと、この時の卵のお値段が1個20円とある。10個で200円。
今、スーパーで10個200円を切っているから、卵は国民的食材の優等生ということになる。
ただ、昔のように生のままぶっかけて食うというには、このお値段では無理だろう。それにはそれ用の卵があって、そしてそれはそれなりのお値段がするのである。

子供の頃、鶏を飼っていたことがあり、卵を産む様子をジッと見ていたことがある。勿論、庭の隅で放し飼いの鶏である。
これをすぐさま母にとどけ、それが朝食のおかずとなる。生暖かいそれは、子供心に妙な感じがしたものだが、暖かい炊きたての御飯にかけて食べるとそれはそれは旨かった。
そんなこともあって、スーパーでは結構値の張る卵を買っているのだが、冷蔵庫の中で冷え切った卵をぶっかけで食べるなんてことはしたことがない。
おかしなもので、旅館なんかで朝食に出される卵なんてのは、あっさり生で食べてしまうから不思議だ。
向田さんもこう言っている。

炊きたての御飯の上に生卵をかけて食べるのは、子供の頃から大好きだった。
ところが、我が家では子供は二人に一個なのである。はじめから御飯に卵をかけてしまうと、おみおつけを残すから、というのが親のいい分であった。
私と弟と、二つの茶碗をくっつけて、母が一個の生卵に濃い目に醤油を入れたのを分けてくれる。
(文藝春秋社「父の詫び状」中、『卵とわたし』より)

生卵のぶっかけは、このように二人で分けるとか、三人で分けるとか、大人数の食卓では文句なく旨い。
そんなことを一人の食卓で考えながら、すでにお酒の方がもう水割り三杯目になろうとしている。酔った勢いで、この冷え切った卵をぶっかけで食べるっていうのも度胸がいることだ。
多分、近くの「王将」行きになるのだろう。
卵が餃子に化けてしまうのである。
さらに向田さん。
人を殺したいと思ったこともなく、死にたいと思いつめた覚えもない。魂が宙に飛ぶほどの幸福も、人を呪う不幸も味わわず、平々凡々の半生のせいか、わが卵の歴史も、ご覧の通り月並みである。だが、卵はそのときどきの暮らしの、小さな喜怒哀楽の隣りに、いつもひっそりと脇役をつとめていたような気がする。
(文藝春秋社「父の詫び状」中、『卵とわたし』より)

平々凡々の半生かあ。。。
さすがに名文。泣ける。

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コメント

卵かけご飯・・・今でも私の主食といっても
過言ではありません(笑)。
あとは、真っ白なご飯とキュウリのヌカ漬けが
あれば、後は・・・豚汁にちょっとした焼き魚なんかがあればもう何も要らない。
って・・・それだえけあれば、充分だって?(笑)

投稿: マナミ | 2005.06.09 19:41

うむ、たしかにそれだけあれば充分過ぎる。(^^
卵かけ御飯もやってやれないことないのでしょうが、大抵熱を通して、つまり半熟にして、それを御飯にかけて食べていたりします。
黄身はほとんど半熟なので、結構生卵に近いのですが生卵ではありません、悪しからず。。。(^^
豚汁かあ~。今度作ってみます。

投稿: 信天翁 | 2005.06.09 20:29

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向田邦子さんが不慮の死をとげてから、もう何年になるのでしょう。彼女にはエッセイと対談が良く似合います。 [続きを読む]

受信: 2005.06.08 14:36

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