あうん
ちょっと長引きそうな厄介な仕事があって、疲れて帰宅。
いつものサークルKで買ってきた“鶏の塩焼き”と“カシューナッツ”で
水割りをやっていると、チャイムが鳴った。
玄関に出ると同じマンションに住む友人の奥方が。
友人Tも単身赴任だが、今日は広島から奥方が来ているらしい。
この二人が結婚した20代からの付き合いだから、もうかれこれ30年は
過ぎようかということになる。
はっきり言って、僕はTよりも奥方の方を気に入っている。
彼女も僕のことを○○ちゃんと呼ぶ。
Tの奥方は紙袋を持って立っていた。
奥方は紙袋を僕に手渡し、
「肉ジャガよ」
といった。
立ち話の中で、そのじゃがいもを送ってきたのがうちのカミさんで、それ
はカミさんが今年から始めた家庭菜園で作ったもので、どうせ食べるもの
もないのだろうから肉ジャガにして持ってきたのだということが解った。
神戸のTのところに送ったのは、Tの奥方が来ることが解っていたからと
いうことらしい。
そういうことだったのか。
紙袋の中には枝豆とトウキビも入っていて、これもうちのカミさんが作っ
たもので、早速茹でて持参したのだという。
つまりカミさんが作ったじゃがいもやら枝豆やらトウキビが、廻り廻って、
僕の侘びしい食卓に届いたということになる。
「NHKの集金かと思ったよ」
「まあ」
「冷や冷やだ」
「すごく甘くて美味しいよ」
「そう」
それしか話すことはない。
そんな意味もない立ち話をしていると、けたたましく電話のコール音。
カミさんだった。
Tの奥方は、「それじゃ」とひとこと言って帰っていった。
どうせあとで、互いに携帯メールをするに決まっている。
このふたりも、○○ちゃん、○○ちゃんで呼び合っている。
NHKの集金人の方がよかったかもしれないな、そんな無礼なことを思
いながら僕は玄関のドアをしっかりロックした。
塩味のさっぱりした、身のふっくらした枝豆。
密のような甘さのトウキビをひと囓り。
薄めの味がする肉ジャガ。
これは明らかに広島風の味付けだ。
北の風味いっぱいのそれらを口にしながら、僕は意味もなく、向田邦子
さんの小説、『あうん』を思い出していた。
阿吽。
『阿』と『吽』。
呼吸は合っているようだけど、互いに怖い顔をしている。
甘くもなく辛くもなく。
怖いことは怖いけど、『あうん』とは、そういうことなのかもしれない。
咄嗟にだけど、僕はそう思いながら肉ジャガをほうばっていた。
濃いめの水割りがすでに三杯。
やはり酒は苦く辛い方がいいに決まってる。
8月31日。
夏の終わり。
外では子どもたちが、行く夏を惜しむように花火に興じている。
今日の酒はどうも苦すぎていけない。
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