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2006.03.05

春を待つ季節

もうすぐそこに春が来ています。
この時分、こちらの方では明石の「くぎ煮」が春の到来を告げます。
明石の「くぎ煮」とは、いかなごの佃煮で、軽めのしょっぱさがなんともいえません。
これを熱々の御飯の上にのせて食べます。春到来。
明石の市場へ行くと、生のいかなごも売っていますが、料理の仕方が解らないので、無難なところで、もっぱら「くぎ煮」ばかりを買って食べています。

さて、過去にも同じような記事を書いたような記憶があるので検索してみたところ、ありました。
残念ながらいかなごではなく、白魚でした。
2004年2月29日のエントリで、この時は名古屋にいて、4月に神戸へ転勤する忙しい時期だったはずです。
そんな時に、白魚を食うなんて書いているのだから呆れたものです。(笑)
あれから2年の歳月が経っているとは・・・。
ふたつの「ごめんなさい」』、ご興味があれば御一読を。

ただ、池波正太郎先生の、この引用部分はやはり良い。

 その吉野さんに、早春の或る夜、浅草の料亭[草津]へ連れて行かれたときのことだが、白魚へ卵を落としかけた椀盛りが出た。  それを口にするとき、あの細くて、小さくて美しい可憐な白魚に、 「あ、ごめんよ。ごめんよ」  と、あやまりながら箸をとった吉野さんの顔や姿が、春先になると、ふっとおもい浮かんでくる。

 明けぼのや しら魚白きこと一寸     芭蕉
 ふるいよせて 白魚崩れんばかりなり  漱石

 長二、三寸。腸もないかとおもうほどの、すっきりと細い体は透明で、そこに、黒胡麻の粒を落としたような可愛らしい目がついている白魚である。
 たとえ、料理をした白魚とはいえ、おもわず発した吉野さんのつぶやきを、私は忘れることができない。
     (新潮社版『味と映画の歳時記』より)

白魚にいかなご。
これからちょいとひとっ走り、スーパーを覗いてきます。

明けぼのや しら魚白きこと一寸     芭蕉

やはりここは、ごめんなさいと言って食べるしかないのだろうなあ。



セブンアンドワイ「文芸」

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