席取り
エレベーターに乗る。
待っていた順番が最前列だったから、必然的にエレベーターの奥に追いやられる。
そうしてそのエレベーターを降りて寄席の会場に行こうとすると、エレベーターの奥というのは降りるときには最後方になってしまうので、結果、席は確保できず立ち見となってしまった。
納得が行かない。寄席での立ち見席。これでは笑えるわけがない。
こう言って嘆いておられるのは向田邦子さんである。
確かに不合理だ。
エレベーターに乗る際、最後尾であったなら、それを降りるときには最前方となり、寄席の席は当たり前ながら確保できたはずである。
それが順番を守ったために、結果的に立ち見となってしまったのだ。
やはりどう考えても不合理なのだが、秩序は守られたのである。
ほぼ毎日、これと同じような経験をしている。
昼時に11階から1階の食堂へ向かうとき、決まって私はエレベーターの扉ギリギリのところにいて、そしてヤモリのようにその扉に張り付いているのだ。
さらに上階が7つもあり、そこから乗った人たちで溢れかえり、息苦しくて仕方ないのだが、降りるときは決まって1番だから、悠々と席にありつけるという、誠に不合理というか、向田さんがご健在であれば叱咤されそうな、そんな具合の悪い案配なのである。
席というのは向こうからやっては来ない。待っていてもやって来るものじゃない。
それはどこか男と女の関係に似ている。男と女の関係ほど切羽詰まったものではないことは言うまでもないのだが。
向田さんはいつだって席取りにはおよび腰だ。
「そんなことだから嫁に行きそびれるのよ」
そんな向田さんを見ている友人の弁。
「それはあたっている」
向田さんはそう言って笑うだけだ。
そしてほんとうに、向田さんは嫁に行くことなく終わってしまった。
この「席取り」というエッセイには、他にも妙な男が出てくる。
どこを探してもそのエッセイが見つからないのだが、その男というのはこうだ。
九州かどこかで、多分新幹線だと思ったが、乗り込んだがいいが席がない。
そこで男はこう訊いて廻る。
「次の駅で降りる方はいませんか?」
彼は、席の予約を座っている客から取り付けているのだ。
頼みもしないのに、ついでに向田さんの分まで買って出るという、そんなワイルドというか憎めない男で、ついには念願を果たし、貴重な席の確保に成功し、終いにはその席で大鼾をかいて眠りこけてしまうという、凄まじいものなのだ。
どんなに長く立つ羽目になろうとも、こんな男にはなりたくない。
そんなことを考えながら、今日も早起きして電車の席を確保した。
昼時分にはいつものようにエレベーターの扉に張り付き、1番最初に降りていつもの食堂の特等席を確保した。
電車も食堂も、そんな指定席に座って、いろいろな人たちを観察するのが好きだ。
席取りというのは、そのように気持ちが高ぶり、わくわくする割りにはどこか後ろめたいものなのである。
注)エッセイ、『席取り』は「無名仮名人名簿」にあります。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 口笛(2009.10.03)
- 赤星★(2009.09.06)
- 女と男ときつね(2009.09.04)
- 夏の終わりのハーモニー(2009.08.29)
- アサヒとサッポロ(2009.08.09)







コメント