「久介の歳」と遡齢

黒井千次著、「一日 夢の柵」の中から「久介の歳」を読む。
造語の話をすると、露悪という言葉を初めて使ったのは夏目漱石である。
遡齢(それい)という聞き慣れない言葉、これがこの小説に出てくるが、これは黒井千次氏の造語であろうか。
加齢の反対ということで遡齢である。年齢が若返る現象なのだ。
これを巧みに操った小説が、この「久介の歳」である。
主人公の久介は喜寿の手前であろうか。
健康診断を受けるのだが、その結果は遡齢。つまり元気過ぎる。
これは喜んでよいものだろうが、医師は遡齢がもたらす禍もあるのだと診断するのだ。
そんな禍など私なんかは信じないが、この小説を読み進んでゆくと、なにやら怪しいグニャリとした日常に躊躇わずにはいられない。
喜寿、傘寿、米寿を迎える老人達は、ある意味戦士であろう。
やがてやって来る死という敵に向かい合い、お互いが戦っているのである。
そこで一人だけが若返って行くことが果たして幸福なのか。
自然に逆らって生きて行く不条理、このなんともいえないテーマが『老』を語りながら筆は活発にして自在だ。
熊野医師が血圧を診る。
一百二十四、下が七十一。いいですな。
一ありがとうございます。それも遡齢なのでしょうか。
一気になるのかな。
一心配ですよ、この先どうなるか考えると。
一たとえば?
一回りがみんな歳をとっていくのに、一人残されたらどうしよう、とか・・・。
一下から幾らでも若い人は湧いて来る。
一湧いては来るかもしれないけど、やはりこちらは老人です。しかも中途半
端な老人になってしまう。
一それが遡齢の特徴でね。
中途半端な老人になってしまう、やはり遡齢は怖いのだ。
この熊野医師も老人である。
順調に歳を取って、順調に老人となって医院を閉めるという医師に対し、久介はその『順調』を羨む。
羨むことはないのであろうが羨むのである。
老人というものは若返りたいという願望があるのだろうか。
もし生まれ変われるのであれば、なんてことを考えるのは老人ばかりではなく青年だって同じだろう。
ただ、青年よりは老人の方にその願望がより大きいとするなら、この小説は逆説的に読まなければならない。遡齢こそを羨まなければならない。
最近の調査では、以前と比べて高齢者の年齢が若返ってるという報告があった。体育の日かなんかに体力の測定をやり、その結果、10年前の同年齢の方達より6歳から8歳ほど若返っているというものだった。そうすると私なんかは40代前半ということになる。ドウイウケイサンシテル...。これも遡齢というのだろうか。
朝の通勤時、いつも通るマンションの広場では高齢者の方達がラジオ体操をしている。毎朝毎朝、寸分違わぬ同じ時間に、同じテープを回して腕を上げたり足を開いてみたり、終いには飛び上がったり弾んだり、とにかく元気なのだ。
これはあきらかに毎日を戦う戦士の集まりであり、戦士の儀式なのである。
そして年とともに、これら戦士が一人減り二人減りして行くのだろう。それが戦いというものなのである。
最近、右肩が痛い。
腕は充分回るので、四十肩や五十肩といった類のものではないはずだが、後ろに回して背中を掻こうとしたりすると、筋を違えたような痛みが走ることがある。まるで投手が投球しすぎて肩を痛めたような、そんな具合なのだ。氷で肩をぐるぐる巻いて冷やしてみたいような心境だ。
熊野医師ならさしずめ、
『順調に進んでますな』
とでも言うのであろうか。
いずれにしても、戦いつづけて老人になって行くというのも悪くはない。
加齢礼賛、老齢万歳。汝、遡齢を羨む事なかれ。
夜更かしにお酒の飲み過ぎ、果ては大食。
どう足掻いても遡齢とは縁のない生き方をしているのである。合掌。
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コメント
★ フライト・トウ・デンマークの記事より、ここに
たどり着きました。
読み応えありますな~。
父親もリタイアして、半年後に
大酒が原因で倒れ、要介護状態に。
飲まずには居れなかったのだろうと
良き解釈をしているのですが、、
会社などに勤めていると、やはり明日のこと
等を考えて、節制しますよね。
リタイアすると、その箍が外れてしまって
いるような気もします。
SDTMが住んでいるマンションも結構リタイア組みの
ご夫婦がいらっしゃって、自治会総会なんかで
色々と発言されるんだけど、なんというか、
組織人だったはずの方々が「頭に支えていた存在」を
意識しなくなった性か、自己主張が激しい。
我侭、、と感じる位です。
現役組は平日疲れ果てているので、自治会での参加も
ままならぬ状況ではあるが、この我侭な御仁達に
振り回される自治会も相当大変で、、
加齢による人徳が増す…等といえない感じがします。
自分もその域に徐々に近づきつつあるので、
怖いです。
投稿: SDTM | 2007.10.11 18:38
SDTAさん、
町内の自治会ですか、いろいろあるのですね。
リタイアしてやることもなくなったご老人たち、これがまたお元気なんで、なんというか我が儘に周りは感じてしまうのでしょうか。あるいは本当に我が儘になってしまってる。
これはリタイア組ばかりではなく、現役であっても組織になじめない我が儘なものはいるものです。
ただ、
>「頭に支えていた存在」を意識しなくなった性か、自己主張が激しい。
これはちょっと気になりますね。
自分もそうならないように気をつけて生きて行こうと・・・。
まだ、そんな歳ではないけれど。(笑)
投稿: 信天翁 | 2007.10.13 14:33