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2008年1月に作成された記事

2008.01.30

花のセンセイ

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花のセンセイと電話で話し込んだ。
息子の話になり、センセイは憤っていたけど、聞いているとこの息子はかなりの大物である。
囲碁をやっている。全国高校選手権でも優勝している強者である。
灘校の子と選手権で打ったときのこと、見事この子をくだしたそうである。
対戦後、名人級の過去の棋譜を頭に詰め込んだ灘校はこう訊いてきたそうだ。
「ここのところで、どうしてここに打ってきたの?」
どうも名人級の棋譜にはそのような手はないらしい。
灘校の読みが完全に狂ってしまったのである。
「ここに打つとキレイだったから」
センセイの息子の弁である。
ここに打って、次にここに打つ。そうすると盤面は彼にとって絵画を描いている画家のように満足する結果となる。そんな思いを秘めながら、彼は盤面を彼のキャンバスのように縦横無尽に流れ打ち、そして彼独自の絵画を完成させたのだろう。それで勝ってしまうところがすごい。自在流。棋譜などもともと彼には必要ないのかも知れない。
彼の頭の柔らかさに感嘆せずにはいられない。
「灘校ってすごいの?」
「キミ、灘校知らないで相手と打ってたの?」
「うん」
「バカみたい」
「そんな人に勝ったんだ、ボク」
「・・・」
若さとは羨ましいかぎりである。

「いまどこから?」
「岐阜駅にあるビルの中」
CDショップから流れるコブクロの曲を携帯は拾っていたに違いない。
そのショップの店頭にある花壇に目をやると、いろいろな草花が咲いていた。外の寒さを感じることもなく、草花は健康そうに上へ上へと伸びていた。
黄色い花が目につき、花名の札を確認すると、ツワブキと書かれていた。
ツワブキは派手さはなく、そして貧相でもなかった。
「ツワブキがある」
「ツワブキ?」
「うん、向田邦子さんの・・・」
「ツワリのツワからとったツワ子さん」
「いえ、ツワブキのツワ子ですと言っていた」
「常子さんもいたなあ」
「常子さんは、花のセンセイ。君と一緒だ」
そんな会話のBGMがコブクロというのも悪くない。
「息子さん、いつ帰ってくるの?」
「もうすぐ」
「よろしく哀愁だ」
「うん」
岐阜もまんざら悪くはないのである。

帰宅してツワブキの花言葉を調べてみた。

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ツワブキ。
「謙譲」「困難に傷つけられない」
世間の目などを気にせず、思ったことをやってしまう
奔放で型破りな性格。女性の場合「男勝り」タイプが
多い。うわさや批判には敢然と立ち向かっていきます。

向田さんはここをツワ子に重ねたに違いない。
ツワ子、ワタクシの「花のセンセイ」そのものである。
ワタクシは、そんなツワブキをきわだたせるカスミソウなのである。
ツワブキに乾杯!
ヱビスビールを飲みながら。

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2008.01.27

信天翁考

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カニを食った。腹一杯食った。頭が痛い。
昨夜は至福の夜だったというのに、今朝の目覚めは最悪だった。
高級ワインが提供され、鹿児島の焼酎がずらりと並び、どういう訳かロシア産の火を噴きそうなスピリッツまで鎮座していた。まさに殺されそうな状況だったのである。
カニなんてものは食べ慣れてるからそんなに感動はしない、そう思っていたのが大間違いで、この度のカニには度肝を抜かれた。ピンク色のタグがひとつひとつのカニの爪につけられていて、中の白く澄んだ透明な身ときたらそれはそれはみずみずしく、甘みはいつまでも深く口の中でひかないのである。
日本海は柴山港が誇るブランドズワイガニなのである。

蟹イコール北海道というイメージがある。
有り難いようなそうでもないようなイメージだが、昨夜に限っては有り難くなかった。
「これをどう捌くの?」
中国四千年の歴史を生きているマダムが訊いてくる。
「これはね、ハサミでこのように・・・」
「お上手ね。それではこれみんなお願いね」
「・・・」
中国四千年は遠慮というものを知らないのである。
それからというもの、ただひたすらカニを捌いていた。ビールを煽り高級ワインを水のように飲み干し、ヤケクソでスピリッツで火を噴きながら、ただひたすら親の敵を討つような形相でカニと戦っていたのである。
どうもカニは苦手である。旨けりゃ旨いその分だけカニは苦手である。

「こちらで、お唄いになりません?」
元上司が同伴された女性の声である。
「お先にどうぞ、選曲しますから・・・」
「あら、そうですか。すみませんね」
彼女はマイクを握るとその場に立ち、なにやら身体を左右にお揺らしになり、歌い始めた。それはまるで、その曲を歌っている越路吹雪そのものであった。
「彼女はね、宝塚に行きたかったんだ」
元上司はこっそりと教えてくれた。
その間も、元上司と同郷であるという彼女は身体を左右にお揺らしになり歌い続けていた。
「どうぞ、次はあなたよ」
歓声と拍手にご満足気味に、宝塚を夢見ていた彼女がおっしゃる。
「北海道の曲がいいなあ」
元上司である。
「あら、北海道? それじゃあれあれ・・・」
宝塚を夢見ていた彼女はあれあれからその先を思い出せないでいる。
「あれよ、あれ。昔のコマーシャルの・・・」
「・・・」
「洗剤だったかしら・・・」
「ママレモンママ?」
「ちがうわよ、♪サッポロのひと~ で終わるの・・・」
「うむ、知ってます、ええ。タイトルが思い出せない・・・」
「思い出せなくても唄って・・・」
「・・・」
マンハッタン、マンハッタン。タカラヅカ、タカラヅカ。
女とは宝塚を夢見てるときが華なのかも知れない。
「北の漁場」に「石狩挽歌」、結局ワタクシの北海道の歌はそんな強烈な演歌にすり替わってしまった。カニを腹一杯食べて歌うのだから、中島みゆきの「IlOVE You,答えてくれ!」よりははるかにそちらの方が似合ってる。
「いいわよねえ、北海道」
鹿児島から宝塚を夢見て神戸に数十年住んでいるという彼女が、しみじみとお漏らしになられた。
カニはいきなり思い出を引っ張り込もうとする。旨けりゃ旨いその分だけカニは思い出を引き込むものなのだ。

「『信天翁』って機関誌なのよね」
痛い頭でいるとそう質問してきた。
「そうです」
「どんな機関誌?」
我が母校の機関誌。ググってみるといい」
「う~ん」
「ググると、多分二番目がそれで、四番目に来るのが『漂流記録』になるはずなんだ。こいつの検索順位を抜くことが出来ない。以前は『漂流記録』がトップに来ていたというのに・・・」
母校の教授らしい金川センセイは言語学をお得意としているらしく、ご自分のホームページで『信天翁』について熱っぽく解説なされている。信天翁の阿呆はアホにあらず、ボードレールを引用した語り口はきわめて歯切れがよい。
痛い頭でしばらくぶりにそこを覗いてみた。
ちょっと面白かったのがこれ、
神様の贈り物…若葉(マーク)の頃・女子高物語』。

 僕は女子校と男子校の両方の教師の経験がある。最近では男子校が少ないのでこういう経験をした人は少なくなっていると思う。
 男子の夢の職業として甲子園の監督、指揮者、女子高の先生というのがあげられるが、後二者の経験があるので羨ましがられる趣きもあろうが、指揮の経験は散々だったし、女子高ではもてなかったので、(以下略)

こんな切り口で展開してゆくのが実にいい。
やはり『信天翁』とは阿呆に通ずるのかも知れない。
まだ頭の方が思わしくない休日の暮れ時である。
休ませていただきます。


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2008.01.24

ジェットストリーム

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深夜放送の「ジェットストリーム」。
城達也のシブイ声に引き込まれよく聴いていたものだ。
今は伊武雅刀、彼もなかなかシブイ声、惹かれます。
「シブイ声をしてますね」
手前味噌だけど、電話口の向こうの相手からよくいわれることがある。
会ったこともない相手からそういわれるとちょっと照れる。
ただいま、ジェットストリームを聴きながらの即興記事の書き込み。
明日、東京へ出張。雪が降る。ホームにて。この世は解けないシーケンス。
チャーリー・パーカーのスリリングに満ちあふれた「ナウズ・ザ・タイム」を聴きながら。


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2008.01.20

ますの寿司

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パソコンのデスクトップは実に賑やかだ。
机の上というくらいだから、そこいら中にものが散乱し、散らかっていたって不思議ではない。
何かの時に使おうとした画像やメモや途中まで書き上げた記事、果ては音楽ファイルまで雑然と散らかってる。
そのひとつをひょいと取り上げ、開いてみたら『ますの寿司』だった。
福井まで行ったときに、帰りの電車で買ったものだ。
駅弁を買って電車に乗り込み、それを開いてパクついていると、車内販売のおねえさんがやってきて、何の気なしにワゴンを覗くと『ますの寿司』である。通路を隔てた席の3人連れがみな『ますの寿司』を注文した。
「こちらもひとつください」
気がついたら、山菜ご飯を頬張りながら、おねえさんに声をかけていた。
『ますの寿司』はその日の夕飯になった。

学生だった5年間、富山で生活していた経験がある。
1年半は外航の航海士実習で海外だから、実質は3年とちょっとということになるが、それでも重たい雪に足を取られた経験や、鬱陶しい梅雨で衣類をカビだらけにした苦い経験も積んでいる。
夏休みや冬休みには夜行に乗って北海道に帰省した。そのときにはきまって『ますの寿司』を買い、窓外の景色がうっすらと白み始めた時刻にがざごそと包装を解いてそれを食うのである。
プラスチックでできたお茶の容器はすっかり冷たくなっていて素っ気なかったが、『ますの寿司』だけは冷たいながらも心を温かくし、豊かな気分にさせてくれた。
そのときとほとんど変わっていない包装が、おそらくおねえさんに向かって、
「こちらもひとつください」
になったのかもしれない。

日本郵船の船長になりたくてその道を選んだ。
国立だったから親に負担をかけなくて済んだし、なにより七つの海を我がもの顔で股にかける、そんな夢を描いていたような気がする。そして夢は現実のものとなり、日本郵船が採用を決めてくれ、
「来てくれるんだろうね」
「はい」
などとしおらしく返答したものの、結果的に日本国有鉄道に就職してしまったのである。
郵船の金色に輝く肩章は菱形のダイヤの形をしていて、この世界ではダイヤモンド・オフィサーと呼ばれていた。
ダイヤモンド・オフィサーになるのが夢、誰しもがそう思って勉学に励んでいたのである。
マンハッタン、マンハッタンと心躍らせていた時代のことである。

そんな郵船を蹴って国鉄へ。仲間の誰しもが耳を疑った。これだけはお見合いを譲るのとは訳が違って、代わってくれとはいえない。相思相愛が原則なのである。
「袖にしてくれたね。君はバカだよ」
親身になってくれた郵船の人事の方の弁である。
ダイヤモンド・オフィサーの道を蹴って大赤字の国鉄に行くのだから、たしかにバカといわれてもしかたがなかった。
親に頭を下げて詫びを入れ、バカはバカなりにバカの道を進むしかなかった。あたしゃ売られてゆくわいな、なのである。
今じゃ後輩がすでに立派は郵船の船長をやってるから、あのまま相思相愛を実行していたら、すでに陸に上がって隠居の身といったところなのかも知れない。
バカはバカなりにまだ生きているのである。

帰宅して食べた『ますの寿司』の味は当時のままだった。
4本の竹が輪ゴムでしっかり押さえつけられ、笹の葉でくるまったうす桃色に恥じらうますの身はどこか品があり、これも当時と少しも変わっていなかった。
プラスチック製のナイフをそっと刺し、そこから手前に引いてやるとほのかな酢の匂いが立ち上がる。その寿司の切り身を箸など使わず手にとって口に運ぶ。なんとも香ばしい懐かしい味である。
『ますの寿司』を食べる度、ちょっと酢を含んだシャリが苦い過去を思い出させてくれる。
神戸はどんよりとした曇り空に冷たい雨。
こんな日は書かなくてもよいことを書いてしまうからいけない。
さて、久しぶりにニューヨークのため息でも聴くとしようか。

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2008.01.19

花の名前

Mukouda

マンハッタン、マンハッタン。
向田邦子さんの『マンハッタン』がどんな小説だったのか思い出せず、悶々として歩きながら、気がつけば近くの本屋に入っていた。マンハッタンを探し当て、居酒屋でビールを飲みながら目を通した。マンハッタン、マンハッタン。心地よいリズムが頭の中を駆けめぐる。
『マンハッタン』は意に反して落胆に変わった。
なんとも不甲斐ない男が、なんともだらしなく生きていた。
これじゃ印象に残らないはずだ、そんな思いでマンハッタンをパタンと閉じ、ビールのお代わりを注文していた。

石蕗(つわぶき)のツワコ。
向田さんの『花の名前』にふいに現れる女の名。
女は、
「ご主人にお世話になっているものですが」
といって唐突に現れる。ただ現れるだけなのだ。石蕗とはそんな花?
花の名前などまったく知らなかった男が、主人公の妻である女に教わって、やがて石蕗のツワコにいたるのである。
花にまつわる二人のくだりが実にいい。


 結婚する前、松男は花の名前をほとんど知らなかった。
 桜と菊と百合。
 知っているのは、これだけである。よく聞くと、この三つもあやふやだった。
「桜だけは自信があります。ぼくの中学の徽章ですから」
と威張るので、桜と梅との区別をたずねると、とたんに頼りなくなった。
「やめようかしら」
 常子は、うちへ帰ってため息をついた。
 これからの長い一生、何の花が咲いて何の花が散ったのか関心のうすい男と暮らすことは、二十歳になった常子にはさびしいことだった。
 花の名前だけのことではないのである。
(新潮文庫「思い出トランプ」中『花の名前』より)


昨日のことである。
『花の名前』、この小説のような場面に遭遇した。
彼女は唐突に、花は何がお好きかしらと問うた。
不意を喰らって、遮二無二思い出したのがこの小説、『花の名前』だった。
下手な答えをしようものなら軽蔑されるに違いない。
「やめようかしら」
二十歳の常子の思いが頭にちらついた。
「カスミソウかな」
苦肉の返答である。
「カスミソウ? それ、花かしら?」
思いは千々に乱れるのである。
「花ではないかも知れないけど、花にしておこう」
「ふ~ん」
「こういう場合はね、花になるのがカスミソウなんだ」
「苦しいわね」
「苦しくて息ができない」
「ふ~ん」
やはり、思いは千々に乱れるのである。
そのあと、彼女は花についていろいろ教えてくれた。
それはまるで『花の名前』にでてくる常子さんのように。
「思い出した」
「なにを?」
「好きな花」
「なに?」
「カタクリの花」
「・・・」
「カタクリの花は、梅林の隅にひっそりと咲いているんだ」
「それで?」
「春になるとね、とても綺麗で・・・」
「ふ~ん」
墓穴を掘っているのである。

『花の名前』をはじめて読んだとき、これは大変なことになったと思った。
花の名前を憶えなくてはいけない。どんなことがあっても、花の名前を聞かれたら即答できるように、これがついてまわった。いつかきっと、このような場面に遭遇する。そんな確信があったのである。
そんな状況が突如として襲ってくるなんて。
マンハッタン、マンハッタンなんて呪文のように唱えていたのがいけなかったのかもしれない。『いつか王子様が』で手を打っておけば良かったのである。トカトントン、トカトントン。ヨヨイノヨイ。どうか神の御駕籠がありますように。
『ベビーズブレス。「少女の息づかい」』
彼女が教えてくれたカスミソウの英名である。やはり常子さんなのである。
トカトントン、トカトントン。ヨヨイノヨイ。ついでにマンハッタン、マンハッタン。
我に幸あれ。どうか神の御駕籠がありますように。

桜と梅の違い。水仙と百合の違い。はたして月見草はどんな色だったのか。
花の名前。それがどうした。
女の名前。それがどうした。
そんな松男の心境にはなれず、今もこうして悶々と桜と梅の違いを気にかけている休日の午後なのである。
向田さんはおっしゃる。
「女の物差しは二十五年たっても変わらないが、男の目盛りは大きくなる」
けだし名言である。
はたして、ほんとうに男の目盛りが大きくなるかどうかは別として。
気にかかるのは、変わらないと思いつづける女の物差しの方である。
キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」を聴きながら。

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2008.01.16

マンハッタン

Kitasabae

日本海に行ってきた。仕事である。
こちらでは、北陸に出ることをそう呼ぶ。
福井、石川、富山は総じて日本海なのである。
大阪は晴れていたというのに、北陸トンネルを抜けると積雪があって、そして横殴りに雨が降っていた。気温は格段に低く、歩くことさえ億劫だった。甘く見てはいけない、さすがに日本海なのである。

仕事を終え、帰りの電車を待つも来る気配さえない。
無人駅。ホームにある待合所でひとり瞑想に耽っていた。
自動券売機にお札を入れて切符を買うと、釣り銭のコインの音だけがけたたましく響き渡る。雨がたよりないガラス戸を打ち、水滴がかすかに流れてゆく。
「ホームにて」、そんな気分じゃないな。


雨が空を捨てる日は
忘れた昔が 戸を叩く
忘れられない 優しさで
車が着いたと 夢を告げる

空は風色 ため息模様
人待ち顔の 店じまい

雨が空を 見限って
あたしの心に 降りしきる

(中島みゆき『雨が空を捨てる日は』より)


ひとり口ずさんでいたのはそんな歌。
どんよりとたれ込めた雨雲はあくまでも低く、かじかんだ手に気分は滅入るばかりだった。日本海の福井は鯖江、なんとなくこの街には似合う曲だ。

ニューヨークの雨も冷たかった。
駅のホームでひとり思い出すのはそんなニューヨーク。
ブルックリンから地下鉄でタイムズスクエアに出て、ブロードウェーでミュージカルを観たときも横殴りの雨だった。
そんな雨の時でさえニューヨーカーはいたるところでキスをしていた。
「ニューヨークではね、いつだってキスをしてなきゃ女は逃げて行くんだ」
イエロー・キャブのドライバーは得意げにそう言った。
「知っておいて悪くない」
ドライバーの捨て台詞である。
『ハロー・ドーリー』の余韻が抜けないマンハッタンの夜、キャブはジャズクラブ目指して冷たい雨の中をひた走る。

マンハッタン、マンハッタン。
向田邦子にそんな小説があったな。
神戸の街はどこかマンハッタンに似ていなくもない。
マンハッタン、マンハッタン。
ニューヨーカー気取りで女を離すものかとキスの雨、こんなところもお似合いの街なのかも知れない。神戸はいつだってニューヨーカーになれる街。ジャズがお似合いのそんな街。いかがです、神戸。
日本海の冷たい雨はいろいろなことを思い出させてくれる。
マンハッタン、マンハッタン。
はて、どんな小説だったろう。


Imagine there's no heaven
It's easy if you try
No hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today....

(ジョン・レノン『イマジン』より)


日本海は福井の小さな駅のホームにて。
iPodから流れるジョン・レノンのイマジンを聴きながら。

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2008.01.12

『マスカレード』を聴きながら

George_benson

砂山の砂に腹ばって眠っていたようだ。
2007年と2008年の狭間を彷徨っていた感じもする。
いたみを遠くに感じる初恋もいいが、そこから先にある狂おしいまでの恋も悪くはない。天才である啄木はいつもそうやって恋をしていたに違いない。東海の白砂に泣き濡れ、指の間からこぼれ落ちる砂にたまには涙しながら。
天晴れな啄木なのである。

昨日、行きつけのスナックに寄った。
台湾人であり、アメリカ留学の経験のあるママは聡明で美しい。
ブログの話になって、サイトを教えろというがこれには応じていない。それじゃ印刷して披瀝せよと迫るが、これも今のところ応ずる気はない。何かの拍子で見られる羽目になる、そのためにも「聡明で美しい」だけはことわりを入れておかなければならないのである。(笑)
今年もお店を閉めてカニを食うパーティをやる。
タラバに毛ガニに日本海のズワイガニ、これをてんこ盛りにしてガツガツ食う。カニはそうして一心不乱にガツガツ食うのが一番旨い。

そんな聡明で美しいママがぽろりともらした。
日本の『お神籤』は嫌いだ。突然、こうもらしたのである。
「大凶だなんて、馬鹿にしている」
相当に血圧をお上げのようだった。(笑)
それはそうであろうなと同情しつつも笑いをこらえていた。
そもそも大凶なんてのがあることすら知らなかった。その大凶を引き当てた。ママの話はまだまだ続いた。
一日に三回、それも違う神社でお神籤を引いたというのに、その三回のいずれもが『大凶』だったというのである。
これには同情しないわけにはゆかず、それは当たりくじなんだよ幸運の当たりくじ、などと訳の分からないことを口走っていた。
「それがね、そのあともう一回引いたのよ」
「うむ、それで?」
往生際が悪い中国四千年の歴史を生きているオンナなのである。(笑)
「『凶』だった。大凶よりはマシだと思った」
ママのため息はそのままわれわれのため息でもあった。
「その年は良くなかった?」
おそるおそる訊いてみた。
「まあまあだったわね。一日に『大吉』を三回引いた年よりは・・・」
「大吉を一日に三回?」
「ええ、その三年くらい前の年」
中国四千年の歴史を生きているオンナは聡明で美しく強かなのである。(笑)

函館からの帰りのANA便で手に取った「翼の王国」、この新年号にはいつも今年の運勢がのっている。
昨年もその前の年も「四柱推命」だったが、今回は「風水」だった。
自分の干支を真っ先に開いて読んだ。
曰く、
「多くの機会がおとずれる実りある年となりそうです。プレッシャーや競争に遭遇することもあるかもしれませんが、努力を惜しまず前進していくことが大切です」
努力を惜しまず前進あるのみ、なかなか手厳しいのである。(笑)
客室乗務員が側を通ったとき、いつものように、他の人の手垢のついていない新しい「翼の王国」を持ってきて貰いいただいた。
笑顔が美しい客室乗務員というのはいいものである。
これには努力を惜しまず、前進だってやぶさかではない。(笑)
I Love You,答えてくれ! のワタクシの元客室乗務員のお嬢さんはお元気なのだろうか。ANAは素敵な航空会社です。
まったりとした休日の昼下がり、かるいジョージ・ベンソンのギターにのった『マスカレード』を聴きながら。

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2008.01.06

砂山の

Oomorihama

湯の川温泉に一泊旅行した。
「しおさい亭」というホテルの後ろは海で、その海はのんびりと穏やかだった。
雪も降らず、ひねもすのたりのたりのだらんとした海がどこまでもつづき、裏手に回ると、ちょうど夕日が沈む頃だった。
函館山の左で陽はかすかに雲間で輝きを増し、大森浜の砂浜を一瞬際だたせ、そしてゆるやかに沈んでいった。なんとももの悲しく、綺麗で鮮やかな光景だった。
『砂山の砂に腹ばい初恋の・・・』
啄木の歌を口ずさんでみるが、終わりが思い出せないでいた。
確か最後は、『・・・を遠くおもい出づる日』のはずである。
何を遠くおもい出づる日なのか。

この大森浜には昔、砂山があったという。
連絡船の著書の多い坂本幸四郎さんに聞いたところによれば、この砂山は赤い砂山で、何故赤いのか解らないが、とにかく赤くそこにあったということになる。
「どうもね、あの砂山は不可解なんだ」
鼻の頭を赤くしてそうおっしゃる坂本さんは少年のようだった。
戦争の話なんかの後に出た言葉だから、そのような関係のものだったのかも知れない。だが、その先はやはり『・・・を遠くおもい出づる日』ではないが、思い出せないのである。
こんな思いにつかれるのなら、真面目に坂本さんの話を聞いておけば良かったと、われながら悔やみ恥じつつ、相変わらず思いは『・・・を遠くおもい出づる日』なのである。
そんな坂本さんも今は亡く、函館の大森浜は悲しみだけをひっそりと包み込むようにしてただ在るのかもしれない。

もう日が変わろうかという時間だったが二度目の温泉につかった。
7階の大浴場は海に面してガラス張りで海が一望でき、イカ船が1艘だけ煌々と白い灯りを放って漁をしていた。
オリオン星座の斜め下には悠然とシリウスが輝き、波は依然として穏やかだった。
温泉を出て、海に面したロビーのソファに腰をかけた。
シリウスが明るかった。砂山を探してみるがあるはずがない。
それでも、砂山砂山と呪文を唱えるようにしてあたりを見回す。

携帯を取りだしてメールを打つ。シリウスのような女史。
砂山の砂に腹ばいを確認してみたかったのだ。
返ってきたメールには、砂山に腹ばいの回答ではなく、『・・・を遠く思いいずる日』のヒントでもなく、田辺聖子の小説が面白いと書かれてあった。さすがに天才を豪語する女史である。(笑)
シリウスがね、とても綺麗なんだと書いてやると、田辺聖子の主人公はそんなロマンチストではないと返ってくる。
シリウスはなかなか手強いのである。(笑)

砂山の砂に腹ばい初恋のいたみを遠くおもい出づる日   啄木

仕方がないので自力で思い出した。
『いたみ』である。『いたみ』を感じよである。
初恋だってなんだって七転び八起きだ。七転八倒ともいう。
いたみを感じなくなったババァたち。これは最悪。(笑)
て、これはよしもとばななの『アルゼンチンババァ』を参考に。
明日でいよいよ休暇も終わり。合掌。(爆)

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2008.01.04

今朝の雪

Yuki

ここは日が暮れるのが早い。
窓越しに入る日を受け、句をひねり出そうとしてみた。
春といっても周りに雪じゃいかんともしがたい。

春よ春なぜにあなたは春なのか。
面白くない。馬鹿らしい。
君よ君なぜにあなたはアホなのか。
面白くない。阿呆くさい。

正月早々気に病むことがつづいた。
胃弱な漱石先生じゃないけど、胃がきりきりする。

酒を呼んで酔はず明けけり今朝の春    漱石

お酒を飲んでも酔わない。
今朝といわず昨日も一昨日も。
ま、こんな正月があってもいいか。

酔いもせで窓辺に紅く今朝の雪   信天翁

多分、誰かのせいだと思うんだけど。
辻でじっと空を見上げる碧梧桐の牛の心境だ。(爆)

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2008.01.03

杉の子

Suginoko

函館での新年会。
集まったのはみな私より若い6人。
ワインと料理でお腹を満たし、それから舶来居酒屋「杉の子」に寄った。
正月二日だというのに、超満員だった。
いたるところから大声が聞こえる。みな家無き子?オイオイ...
なんとも北の呑兵衛というのは・・・。

途中から北の女性写真家が加わった。
ずっと連絡船の写真を撮り続けてきたひとで、なかなかの女傑だ。
今も函館駅2Fでメモリアル写真が飾られているという。
白井朝子さんという。
朝子さんはお酒をぐいと飲み干す。
「貴子さん、お強いですね」
と言ったら、
「朝子です!」
ときっぱり渇を入れられた。白井朝子なのである。
なんとも北の女というのは・・・。

連絡船の話で盛り上がった。
もうすでに昔のことだというのに、みながみな当時の出来事を振り返る。
そういえば、その昔にもいろいろここ「杉の子」に集まって愚痴っていた。
そんなとき、マスターはいつもにこにこして聞いておられたなあ。
そんなマスターも鬼籍の人となり、壁に掛けられた写真になってほほ笑んでおられる。
無理矢理ママの元子さんを隣に呼んで写真を撮った。
今その写真を見てるのだが、いつの間にか隣には旦那がいた。なんともすばしこいのである。ドッチガヤネン...(笑)
これは許可無くアップできないのでお蔵です。(笑)
なんとも北の新年会とは・・・。

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2008.01.01

願をかける

Mado

元旦の朝。
目が覚めると雪が降っていた。
携帯でメールを入れて、それからお屠蘇をいただく。
日が顔を出し、それでも粉雪は舞い、積もった雪はおびただしいまでの水分を含んで重たそうだ。
仕方がないので玄関前の雪かきをした。
雪をかく。北海道では雪をはねるとはいわず、雪をかくという。
うっすらと汗をかいたところで止めた。風邪を引いては元も子もない。

Jinjya

近くの神社へ行ってみた。
思いっきり田舎の神社である。
賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼。
隣には超ミニのおねえさんが深々と頭を垂れていた。
何をお願いしているのだろう。
そんな間にも降る雪は容赦ない。多分積もるだろう。

Omikuji

お神籤を買う。
大吉。

ふる雨は
あとなく晴れてのどかにも
ひかげさしそう
山ざくらばな

ひかげがちょっと気になるが、まあいい。
『恋愛』 誠意を尽くせ
ごもっとも。誠意を尽くさなくちゃ恋愛は成就しない。
絶え間なく降る雪。東京の空を想ってみる。

コンビニを覗いてみた。
ここしばらく新聞を読んでいない。
新聞という新聞はことごとく売れて無かった。
石を蹴飛ばそうと思ったが圧雪の道に石はない。
降る雪を恨めしく思い帰路につく。
元旦の朝晴れていうことなし・・・。
漱石にそんな句があったような・・・。

ふる雪のすだれをくぐり願をかけ    信天翁

元旦の朝とはさみしいものである。

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