牛すじ

厄神さんへ寄ったのにはわけがあった。
厄除け大祭がいつだったかなどは知るよしもなく、こんな年間行事を知るようになったら私は仏の道に一歩も二歩も近づいたことになる。これはいけない。
厄神さんへは人間ドックの帰りにひょいと立ち寄ったのである。気まぐれ、ただそれだけ。
こんなことを書いたら罰が当たりそうで、"小舟危うきおきつしらなみ"が"大舟危うきおきつしらなみ"になりそうであるが、ここはやはり慎み深く謙虚に生きていかなければならない。
尿酸値。このたびの人間ドックでひっかかったのがこれだ。
医師は風邪のためかマスクをしており、目だけははっきりと見開いて私に向かって診察を始めた。
「昨年に比べて数値が高くなってます」
「そうですか」
「なにか心当たりでも?」
「昨日、ビールを2本ほど飲んだのがいけなかったかなと・・・」
恐る恐る言ってみると、医師はぴしゃりと間髪入れず、私を見据えて言った。
「それは関係ないです」
前日のビールなどいくら飲んでも翌日の検査、こと尿酸値についてはまったく関係はない。医師はそんなことくらい解らないのかといわんばかりに私から目をそらした。
私はこの正月大量に数の子を食い、イクラを食い、筋子を食い、タラコを食い、そしてこれも大量にビールをあおった。プリン体の大量摂取である。日がな一日やることもなくそんな毎日を繰り返していた。私の正月というものはそんなものだ。
「正月の不摂生でしょうか?」
私は神妙になって訊ねる。
「それは考えられます」
医師は他に訊きたいことはありますかとひとこと言って、カルテを閉じた。
「運動をしなさい」
礼を言って部屋を出ようとする私に医師はとどめを刺した。
その運動でもないのだろうが、気がついたら私は門戸厄神にいたのである。
わたしゃ売られてゆくわいな、歩きながら歌ってみるが一向に勢いがない。
門戸厄神までの通りは老いも若きもである。この中には、あたりまえだが健康なものもいれば病を患っているものもいるにちがいない。明日とはいわないまでも、数日後に手術をするものもいれば、翌月には余命が絶えてしまうものもいるのかもしれない。そんな人々がただ黙々と歩いている。境内目指して黙々とただ歩いている。
世の不幸や我にあり。そんなことを思いながら歩いていると酒屋の前にテントが張られていて、そこはなんと急ごしらえの立ち呑みの屋台だった。酒屋だから地方の有名どころの地酒がふんだんにあり、嬉しいことに私の好物の牛すじのおでんまであるではないか。神は我を見放さず。いや、ここはお寺だから、仏は我を見放さず、なのだ。
私のお腹は空っぽである。強いて言えば、あのとろりとして気味の悪い、白く残酷な色をしたバリウムが少量入っているだけだ。
私は熱燗をたのみ、牛すじを3本と熱々の豆腐を注文した。
「おおきに!」
威勢のいい声でおにいさんが言い、
「熱いからお気をつけて」
とおねえさんが言う。やさしい。実にやさしい。生きていてよかった。さすがにここは日本三大厄神寺なのである。
牛すじは適度に歯ごたえがあり、そしてほどよく味がしみてやわらかかった。地元の酒だという燗酒は喉をやさしく撫で、すべるようにして胃の中に落ちていった。3本の牛すじがなくなるころには、私の五臓六腑は完全に勢いを取り戻していたようである。私はさらに牛すじとどこだか判らない地方の地酒を注文していた。その間もひっきりなしに人々は往来し、牛すじとお酒に釣られたわけでもないのだろうが、おや? と思って立ち止まるものもいれば、遠慮がちに甘酒などといって入ってくる老人などもいた。若いカップルはビールなぞを飲んでいる。参詣する前にお酒をいただけ。牛すじを食え。神の、仏の、いやイエスの言葉をぞおそれよなのである。
門戸厄神万歳。私はすっかり心地良い気分になっていた。
アルコール類はひかえましょう
一日のアルコールの適量
ビールロング缶なら1本
日本酒なら1合
ワインなら1/3本
ウイスキーならシングル2杯
帰宅して医師がよこした小冊子に目を通すと、そこにはこう書かれていた。
拷問である。生きていく気がしない。わたしゃ売られてゆくわいな。
門戸厄神。今度は2月3日に節分祭があるという。
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