チリワイン
チリのサンチャゴ空港に着いたときTさんが迎えにきてくれた。
これから二日間、彼がアテンドしてくれることになっていた。
早速Tさんの会社の貨物船に行って仕事を終え、我々は飯を食いに街に出た。チリという国はブラジルといった他の南米諸国とちがい、日本人の移民を受け入れなかったから今でも日本料理店はそれほど多くなく、仕方がないといってTさんはどうでもいいようなお店に私を連れてふらりと入ったのである。チリに単身赴任して3年とちょっと、感覚的にはすでにTさんはチリ人といってもよかった。
どんな料理が出たのかはすっかり忘れてしまったが、ワインの味だけは今でも鮮烈に憶えている。
いける口ですかと訊かれたので、多少はいけますと応えると、Tさんは意を得たりと思ったのかニヤリと笑い、ワインを2本注文したのである。チリソースに絡んだ魚貝を食べながらグイッとワインを飲むと、これがまた絶品の味がした。肥沃とはいえないなんとなく貧弱なチリの土地を思えば期待するものなんか何もなく、ワインなんかフランスだろうと思っていた先入観が木っ端微塵に打ち砕かれたのである。葡萄の濃さといったらただものではなく、これはもう空になったグラスの内側にあざやかに葡萄の澱が沈殿していて、また葡萄の口中に広がる香りの濃密さは今までに経験したことのなかったものであった。
旨い旨いといってあっという間に1本を空にしたものだから、Tさんも嬉しくなったのか、船便で1ケースお送りしましょうかなどと有り難いことをおっしゃる。いえいえそれはいけません。なんといっても私とTさんはこれが初対面なのだから、ここは涙を呑んでご辞退申し上げたのである。断腸の思い。今から思えばなんと残念だったことか。
それ以来というもの、私は自分が酒屋で買って飲むワインはチリ産と決めている。1000円も出せばお釣りがくるようなお値段で、ときによっては2本も買えたりするのだからチリワイン万歳なのである。
ロンドン駐在だったMさんが神戸に赴任して一緒だった時もチリワインをよく飲んだ。
さすがに国際派というか、いやこれはワインについてだけかも知れないが、Mさんもそこは蛇の道はなんとやらで、昼飯を食った帰りなど、神戸の元町の酒屋が店の前に出しているワゴンにどっさり乗ったワインの中からチリワインを鷲掴み、4,5本ほど買い求めるのである。つまみはどうでもいいやといいながら、近くの手作り豆腐をこれまた2,3丁包んで貰い、その日の仕事は手につかず、この国際派は終業の時間をただただ首を長くして待つのである。
そんな国際派のMさんは今は四国にいて、いつでも声を掛けてくれなどといっている。神戸と四国はほんのわずかな距離だから、そのうち酒の安売りスーパーでチリワインでも大量に仕入れておこうかなどと目論んでいる休日の午後である。
今日の神戸は午後から雨の降り出しそうな曇り空。昼は何を食おうかと思案し、そんなTさんやMさんを思い出し、冷蔵庫からスーパーで買ったピザを取り出し、こうしてチリワインをいただいているのである。我が休日ランチに栄光あれ。なぜか『ノルウェーの森』を聴きながら。
| 固定リンク






