マクドナルド
南主任の休日の日課といえば、朝起きて朝刊を買いに行くことだ。
朝は8時のこともあれば10時のこともある。
朝刊は近くのコンビニにもおいているが、南主任は駅の売店まででかけることにしている。楽しみにしている休日の特別紙面が、コンビニの朝刊には入っていないのがその理由だ。同じ金を払っているというのに付録がついていないということが腹立たしい。しかしながらと南主任は考える。世の忙しい人たちにとって、電車内で必要もない付録紙面をバサバサ折りたたんでいては、回りに迷惑をかけるというのも解らないことではない。かように朝刊ひとつとっても、この世を生きて行くということは難しいことなのだと、その日は車谷先生のように、人の生き様の不条理について納得したのであった。
駅の売店で朝刊を買い、それから傍にあるマクドナルドへ寄ってホットドッグをひとつ買う、これも一連の南主任の休日の朝の決まり事のひとつになっている。朝のマックのおねえさんの笑顔というのもなかなか捨てがたいのだ。
「ホットドッグをひとつ、持ち帰りで」
南主任はきっぱりという。
「はい」
と、笑顔でおねえさんはいい、そしてきびきびと立ち振る舞う。
ところがその日は違っていた。おねえさんの笑顔はとびきっきりのものだったが、そのあとで南主任は躓いてしまったのだ。レジのキーを打ちながら、おねえさんは、
「240円です」
と言ったのである。
南主任の記憶が確かなら、ホットドッグのお値段は190円のはずだった。
「上がったのですか、ホットドッグ?」
「え?」
「ホットドッグのお値段・・・」
「ホットケーキでは??」
「いえ、ホットドッグです」
「失礼しました」
おねえさんははにかみながらペコリと頭をお下げになった。
おねえさんはホットケーキが好きなのである。朝の7時だろうが8時だろうが、シロップをたっぷり塗って食べるホットケーキが好きなのである。ホットドッグなどというコッペパンにソーセージをはさみ、味音痴にでもなりそうなマスタードやらケチャップやらを塗ったくった愛想のない野蛮な代物は眼中にないのである。おそらく、おねえさんはホットドッグなど食べたことがないのだ。神戸にいるというのに、有名どころのマカロンやワッフルは駄目、モロゾフやゴンチャロフに至っては南主任は口にしたこともない。
南主任はふと生協の白石さんを思い出した。
生協の白石さんは、学生との「ひとことカード」に気の利いたコメントを返して有名になった人だ。たとえば学生がこんな無理な注文を出したとしても、白石さんは怯むことなく見事に切り返して絶妙なのだ。
学生 牛を置いて!
白石 本日ちょうど職場会議が開かれたのですが、結果、牛は置けない、
と決議されました。申し訳ございません。
隙入る余地無し。完璧なのだ。
南主任はホットドッグの入った紙袋を受けとりながら、おねえさんに質問してみたくなった。
「ついでに、桃をいただきたいのですが」
おねえさんはなんとお答えになるのだろう。
「置いてません!」
と、きっぱりお断りになるのだろうか。それとも黙して語らず、貝のように堅く口を閉ざしてしまうのだろうか。あるいは笑顔を仕舞い込み、
「次のお客様、どうぞ」
といって無視されてしまうのだろうか。南主任の胸はときめいた。
こんな場合のマックのマニュアルはどうなっているのだろう。おそらく、顧客に対しては親切丁寧をもって接遇し、満足のいくサービスをもって顧客の要望には可能な限り云々・・・。
南主任はおねえさんにレシートを渡した。桃に関してはひと言も発しなかった。それでもやはり『桃』のことが気にかかってしょうがない。桃はどうなるのだろう。いや、おねえさんは桃をどう処理されるおつもりか。南主任はふとおねえさんの方に目をやった。あいかわらず優しい笑顔である。
「あいにく、桃は岡山のマクドナルドでしか取り扱っておりません。申し訳ございません」
こんな答えが返ってきたら、南主任はまちがいなくホットケーキを10個ほど追加注文していたに違いない。
そんなことにはおかまいなく、おねえさんはそれまで以上に明るく笑って、
「ありがとうございました」
と、深々と頭を下げて南主任を見送った。
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