カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2009.10.03

口笛

ベッドに横になり、朝刊を開いてなにげなく連載小説に目をやると男が口笛を吹いている場面だった。
土曜と日曜しか新聞には目を通さないから、この川上弘美の小説がどんなものなのかさっぱり判らずに読み進めていると、今度はどこからともなく女が歩きながら口笛を吹いて登場するのである。ますます何がなんだか判らずイライラしてきたので読むのをやめ、悩みの相談室欄に目を通してみた。車谷長吉先生が回答でもなさるのかなと思ってたらあてが外れた。
働かない無職の亭主のことで相談しているようだった。相談者である働く主婦が、働かないで家でいつもゴロゴロテレビゲームばかりしている5歳年下の亭主に愛想を尽かし、何とかしてくれと悩みをぶちまけていた。第一子があり、第二子の出産間近と聞けばことは穏やかではなく同情もするが、亭主が26歳で、女房が稼ぎ、そのうえ子供の世話をし、飯まで作ってくれるとなれば、そこは回答者じゃないけど、あなたはもう一人の子供の世話をし面倒を見ているのですといわれても仕方がないであろう。世の中にはこの手のなまくらな子供みたいなのが大繁殖しているのである。
憂鬱な気分になり、朝刊をばたばたと畳んで放り投げると、半分ほど開いている机の前の窓の外から、のらりくらりと間延びした口笛の音が傍若無人にも侵入してきた。窓の外には某通信会社の社宅があり、休日ともなれば朝早くから子供たちの喚声で賑やかこの上ない。お母さん~、お母さん~と叫ぶ小学生らしき子供の絶叫はなにやら切迫感があって、おや、何があったのだろうと心配にもなったりする。しかしながら口笛とくればこれはそんなふうにはならない。のらりくらりと一本調子で、しかも音程が外れているその口笛は、静かな社宅の間を縫って、ひっそり息をして何ごともなく生活している住人たちになにやら不安をかきたてている気配さえ感じさせる。あまりにも頼りない口笛はあまりにも頼りない少年を想起させ、そしてそれはそのまま川上弘美の小説世界の少年に重なっていく。それにしても下手くそな口笛である。不安で不吉な装いを纏った、どこかやりきれない哀調を感じさせる下手くそな口笛である。これはほんとうに少年のものなのか。
船の世界では口笛は何故か忌み嫌われている。船上で口笛を吹こうものならどこからともなく現れた者によって突然殴られたりするのだ。海の女神ネプチューンだったかなんだったかすっかり忘れてしまったが、その女神の嫉妬を呼び起こすだとかなんだとか、これもすっかり忘れてしまって自信はないが、あるいは海坊主が現れて船を転覆させるだとか、何故海坊主が怒り心頭で狂ってしまうのか判らないが、とにかく突如として殴られるのだ。道理に合わないのである。
川上弘美の小説の男と女が吹く口笛、それに窓の外から聞こえてくるぶきっちょな少年らしき男の吹く口笛、意味もなく頭の中でくるくると絡み合いながら流れて行く休日の朝である。

|

2009.09.06

赤星★

Sappro

昨日の朝刊でサッポロラガービールのCM紙面があった。
赤星。まるでクラッシックな風貌の缶が真っ赤な星とともに映えている。
なにやら「わが赤星物語」として、じんとくる、ほっとするエッセイを募集しているらしく、紙面にもその一部が掲載されていた。
9月9日数量限定発売らしく、それに先行して一部コンビニですでに発売しているとあった。黙っていられない。これは黙っていられない。
早速、近くのコンビニへ直行する。直行するものの、どこにもそんな赤星はなかった。
まあ、ここは関西。アサヒに比べてサッポロは分が悪いから仕方がないか。三軒目でありました、赤星。(笑)
うまいですなあ、サッポロは(笑)
調子に乗って、ただいまサッポロさんのサイトに行き、じんとくるかほっとするかは別として、「わが赤星物語」を書いてきました。400字以内。ただの戯言の類です。(笑)

Lenovo

サッポロはここまで。
次にといってはなんだけど、いきなりlenovoです。
なんか欲しいような欲しくないようでminiノート、結局買いました。
lenovoなんて全く知らなかったけど、店員さん曰く、中国製ですがもともとはIBMです。
つまりThinkPadなんですねlenoboって、知りませんでした。
ほんとうはvaioが本命だったけど、vaioは出たばかりでほとんど値引きなし。
それに比べ、dellやgatewayはかなりリーズナブルなところまで値引きしていて、でもね、バッテリーで2時間駆動のdellやgatewayに比べりゃ、5時間なんていうlenovoはやはりすぐれもののIBMであり、ここはlenovoということで決着したというところ。
無線lanでフリースポットからばりばりインターネットといきたいところだけど、ワタクシ時間がないものだからして・・・。(泣)
ただいま赤星を飲みながらlenovoで記事を書いていて候。(笑)

|

2009.09.04

女と男ときつね

Niji Musuko Kitune

夏が終わったのか終わっていないのか、今日も暑い一日だった。
暑い一日だったと書いているが、その一日はまだ終わっていない。
エアコンをフル回転し、とりあえず意識を整え、パソコンに向かっている。
睡魔は容赦なく襲ってきて、仕方がないので一眠りし、起きたら外で奇妙な名も知れぬ鳥がキッ、キッと苦しそうに鳴いている。
先日読み終えた文庫本をベッドに横になりぱらぱらとめくっている。何を確認するでもなく、ただぱらぱらとやっているだけだ。
その一冊は角田光代で、もう一冊は吉田修一。ついでにと言っては失礼だが森見登美彦である。これらのいずれもがブックオフで買ったもので、したがってどんな小説なのか判らないのは当たり前で、つまり行き当たりばったりで何が飛び出すか判らないまま読み出したのである。
角田の小説は姉妹がいて、その妹が姉の男を盗るといった女の世界を書いている。そして吉田は男同士の同棲、つまりホモの男たちを何食わぬ顔でさらりと書いている。
角田の「夜かかる虹」を読み、やりきれない気分で吉田の「最後の息子」を読み終えたときには精根尽き果てた。(笑)
ゲン直しでもないが、ここはすっきりした気分になりたくて森見の「きつねのはなし」の登場である。
三者三様。女の世界に男の世界にきつねの世界である。実力派揃いであるが、これらを一気読みすることは、これはこれで相当疲れるので、その覚悟をお持ちお方はどうぞブックオフでお買い求めください。各100円、300円であなたを魑魅魍魎、摩訶不思議な世界へ誘ってくれます。(笑)
大阪午後から曇り。外では相変わらずキッ、キッと狐ならぬ怪しい名も知れぬ鳥が鳴いている夕刻である。

|

2009.08.29

夏の終わりのハーモニー

Kousien

Kousien2

Pusan

Pusan2

うむ、まだまだ残暑が厳しい。
こうやって家で温和しくしているというのに残暑は容赦ない。
まだ蝉が鳴いている。その隙を突いて夕立ならぬ雨が降る。
バタンとベッドに倒れ伏し文庫をパラパラ。角田光代に吉田修一。
角田は毎月贈られてくるJCBの雑誌にエッセイを書いている。
吉田は毎月贈られてくるANAの雑誌になにやら短篇を書いている。
どちらも旅は道連れ、残暑に倒れ伏すベッドの友である。

甲子園。
なかなかしろくまの気持ちにはなれなかったが、今年もいくつかのゲームを堪能させて貰った。
準決勝2試合。観戦して帰途につくファンの足どりも軽かったり重かったり。今年もこうして甲子園の夏は終わってしまったのだ。
釜山。
何故か甲子園の最中に釜山へ出張。
朝、ホテルのカーテンを開け、目に入った靄にかすんだ光景がなんとも印象的だった。忙しくて街を散策せず。買い物といえば空港の免税店のみ。MISSHAのおねえさんは親切だった。

さて、雨も上がったようなので、本屋にでも行こうか。
角田光代の「八日目の蝉」でも探すことにします。
吉田修一は行き当たりばったりだ。
どなた様も忙しく、夏の終わりのハーモニー・・・・。

|

2009.08.09

アサヒとサッポロ

Asahi

甲子園では勿論ビールの持ち込みは御法度。
そこで売り子のおねえさんに注文をするのだが、このおねえさんがまた凄い。
気温40度を超えるアフリカのサバンナのようなところをビヤ樽を背負い、
「冷たいビールはいかがですか~~」
と絶叫しながら売り歩いているのである。重労働この上なし。
「ひとつちょうだい!」
死にそうなおねえさんに声を掛けてやる。男子は駄目(笑)
「ありがとうございます」
「たいへんだね」
「ええ」
おねえさんはよよと泣き崩れる。ウソデス...
バイトの学生らしきおねえさんは顔面に汗を吹きだし、化粧など落ちてしまうから最初から無し。それがどうしたといった塩梅でにこりと笑みを向けてくる。
「7回表になったらまた来なさい」
「え?」
「またこうたげるから」
「ありがとうございます」
「うむ」
玉のような汗を吹き出したおねえさんは、またしてもにこりと笑みを作ってお辞儀をするのである。
「時給はいくら?」
などとは口が裂けても訊けないのだ。
世のなまくら達よ、このおねえさんを見習え!(笑)

Sappro

田村さんである。
啄木の、
たわむれに母を背負いてそのあまり軽ろきに泣きて三歩あゆまず
ではないけど、たわむれに応募したら、赤の「麦とホップ」届いた。非売品である。(笑)
サッポロさんとは縁があり、この前にはDVDプレーヤーが当たったりした。
アサヒはいつのまにか「阪神甲子園球場オフィシャルビール」などとのたまっているが、ワタクシはやはりサッポロビール党なのである。
ミュンヘン、サッポロ、ミルウォーキー。美味いビールの生産地の緯度は不思議と一緒。ワタクシ、生まれも育ちもこの緯度線ではあります。(笑)
今日の甲子園。雨天中止で、この緯度戦よりはちょっと上の旭川大の応援に行けなくって残念この上なし。
ただいま、非売品の「赤の麦とホップ」、いただいていて候。

|

2009.07.04

レイバン

Rayban_2  Reyban2_2

昔からレイバンが好きだった。
それだから帆船日本丸でホノルル港に着いた時、なにはさておきレイバンのサングラスを求めて歩き回った。当年19歳、フラダンスなどはどうでもよかったのである(笑)
ちょうどマッカーサーが愛用したタイプのティアドロップ、汗止めバーにケーブルテンプルのものがあったので、迷わずそれを購入した。レイバンといえばこれしかないのだ(笑)
高価だった。めちゃくちゃ高かった。それでも航海士というのは眼を労らなければならないから、一生ものとして買い求めたのである。眼の悪い航海士は要らない。つまり職業柄眼を大切にする者は、この手のもに関しては金にいとめをつけず高価なものを必須とするのである。親からの仕送りがいっぺんに吹っ飛んでいった(泣)
それ以来レイバンは3本、5本と増えていったが、現在のレイバンは上の画像にあるようなキアヌ・リーブスタイプが主流である。したがって、ただいまはキアヌ・リーブスを愛用しているのである。
ところがである。キアヌ・リーブスがいけなくなった。
颯爽とキアヌをかけて街を徘徊していて気がついたことは、遠くは見えても近くが見えないということである。厳密には本は読めない、携帯メールはできない、駅の時刻表が見えない、レストランのメニューが見えない等々なのである。マッカーサーがどうであったかわからないけど、これには閉口した。我が視力がキアヌに順応しないのである(泣)
「このレイバンに遠近は入れられますか?」
こんなに安価な予算で眼鏡ができますというお店で訊くことはただのこの一点、これである。帰ってくる返事といえば、
「残念ながら・・・」
「うむ、・・・」
なのである。

眼鏡といえばジョン・レノンの丸形のものも好きだ。
これをレイバンのサングラスにできないものか、思いは千々に乱れなのである(笑)
通勤途上にあるお店で冷やかしに訊いてみる。
「ジョン・レノン風のフレームはある?」
「これなどはいかがでしょうか?」
「うむ、なかなかいいね」
「ありがとうございます」
「これにね、レイバンカラーを入れたいんだ」
「レイバンでございますか?」
「うん。それと遠近にしたいんだ」
「遠近・・・」
「そう、遠近」
「・・・」
「ジョン・レノンにレイバンカラーで、そして遠近両用なんだけど」
「ええ??、・・・」

善人を悩ましてはいけない。聖書に曰くである(笑)
造っていただくのは、やはりキアヌになってしまったのである。
「マトリックス」ではないけど、大阪の地下鉄でキアヌをみつけたら、それはワタクシでございます(笑)
休日の午後、チリワインをいただきながら。
VAIOのロゴがイカしてる(笑)

追記
惜しくも亡くなられたマイケル・ジャクソン、あれはどうみてもレイバンじゃないね、多分。なんというか、デカすぎる。ご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

|

2009.03.29

有馬温泉

Asagohan
ヘルシー朝食

その宿は太閤橋から望める小高い山の上にあった。
神戸の奥座敷というくらいの有馬温泉だから、格式張ったホテルや旅館が目白押しだ。かなり前から予約を入れておかなければ部屋は取れないし、予約が取れたところで料金の方が決してお安いものではないことは判っていた。それでも有馬に行った。しかも予約ときたら5日前に入れたのである。さらに料金だって有馬にしては手頃なものだったから、期待するものはなにもなし。行き当たりばったりの有馬温泉行である。

部屋に案内してくれた女性がイカしてた。
イカしてたなどとは死語であるが、そのおばちゃんはまさにイカしてたのである。
お歳の頃は多分60は超えていると思われ、私のバッグをいかにも颯爽(?)と左手でお持ちになり、軽やかにエレベーターまで誘導し、4階の廊下の突き当たりの部屋まで案内してくれたのである。そこに辿り着くまでの廊下やロビーらしき広間やエレベーターなども年季が入ったもので、そこはさすがに神戸の奥座敷たる名温泉の歴史に満ちた雰囲気を思う存分垣間見せていたのである。秩序無く廊下の壁に貼られたモノクロの絵葉書を見て怯まないものはいないのだ。旧吉田邸は焼けて灰と化してしまったが、同じ木造で出来たこの宿だけは焼けてはいけない。ぼんやりと薄暗い廊下を歩きながらの私の偽らざる感想であった。

部屋に上がるとおばちゃんは息を切らし、ぜいぜいと呼吸を繰り返した。
やはりお歳には勝てないのだろう。
「バッグ、重かったでしょう?」
「いえ、いえ」
会話はそれだけである。
私は障子戸を開け、ガラス戸越しに見える有馬の山々を眺めた。山や丘に挟まれるようにしてホテルや旅館が建ち並び、それらのほとんどは古いものであったが、それはそれで温泉の深い味わいを醸し出していた。
「これをお願いします」
おばちゃんは宿帳を出して記入を促した。そしてつづけて、
「夕食は何時頃が?」
と訊いてきた。ここは部屋食なのである。さすがに有馬なのである。
「6時でお願いします」
「はい。朝は?」
「何時頃からいただけますか?」
「7時と7時半、それに8時です」
「それでは8時に」
「はい、8時ですね」
「よろしくお願いします」
炭酸煎餅をかじりながら、私は部屋を後にするおばちゃんの後ろ姿を追った。そしてふたたび眼下に見える露天風呂らしき屋根や工事中のクレーンなどに目をやっていると、不意に背後からおばちゃんが声を掛けてきた。
「お客さん、朝は7時でしたね?」
「え?」
「食事です」
「いえ、8時です。夜は6時」
「ああ、8時でしたね」
「うむ、よろしくお願いします」
「はい」
おばちゃんは何事もなかったように、ドアを閉めて出て行ったのである。

夕食までの小一時間、私は露天風呂の人であった。
この旅館は露天風呂が独立して山の斜面のようなところにあって、浴槽からはやはり有馬の山々が眺望できた。雪が降っていたり、靄がかかっていたりしたらさぞかし趣のあるロケーションに違いないが、あいにく見えるものといえば工事中のクレーンだったり、切り砕かれて露出した茶褐色の情けない山肌だった。
かつて秀吉は信長にその労をねぎらわれ、ねねと伴にここ有馬温泉に逗留している。赤茶色した湯に浸かりながら、ねねと戯れているそんなサルを思ってみた。効能は切り傷とあり、たしかに戦場で満身創痍の武士にとってはこの湯は有り難いものだったに違いない。両手で湯をすくって顔に浸してみると、やたらとひりひりして痛みのような刺激が走った。武士にはなれないな、私はなおも両手で湯をすくって顔に浸した。

部屋に戻るとおばちゃんがお膳を運んでいるところだった。
ヘルシー御膳というだけあって、小さな器にそれぞれの料理がさりげなくのっていて、おばちゃんはやはりぜいぜい呼吸しながらそれらを丁寧に並べている。ファストフーズならぬスローフーズである。
ガラス戸越しに外を見ながら煙草を吸っていると、なにやらカチカチという音が聞こえてきた。カチカチは不規則に、そしてその不規則の間隔は次第に短くなって連続的に繰り返し聞こえてくる。見ると、おばちゃんは懸命にチャッカマンと格闘しているところだった。湯豆腐の小さな鍋の下の固形燃料に先を向け、カチカチ、カチカチを繰り返しているのだ。
「どうかしましたか?」
「どうも上手くいかなくて」
「どれどれ」
「新品なんだけどね、これ」
「そうですか、どれどれ」
私はチャッカマンを受けとると、おばちゃんがやったようにカチカチを繰り返した。
「こうやって・・・」
「どうですか?」
「うむ・・・」
「新品なんだけど・・・」
「うむ」
「上手くいかない?」
「まずいね」
私はライターを持ち出し、チャッカマンの先に向けて火をつけた。
「これで大丈夫だ」
「ああ、よかった」
「石が悪いのかな、これ」
「新品なんだけど・・・」
「そういうこともあるのです」
「そうですか」
おばちゃんは新品にこだわりつつも納得してくれたようだった。
「8時でしたね」
「え?」
「明日の朝食」
「ええ、8時でお願いします」
「ごゆっくり」
「ありがとう」
部屋を出て行くおばちゃんは、いくらか右足を引きずっているように見えた。

寝る前にもう一度露天風呂に浸かった。
人気のない廊下を歩きながら、ふと目をこらすとなにやらガラスでできた水槽のようなものがあり、そこにはホタル育成中と書かれた貼り紙があった。子供たちの夏休みにホタルを放つ。粋な計らいである。ホタルの乱舞とはいかないまでも、たよりなげな幾匹かの飛び交うホタルを私は想像してみた。「螢川」ならぬ「ホタル温泉」である。
脱衣場の戸を開けて露天風呂に出ると、夕刻には気づかなかった紙に手書きされた蝶の絵が目にとまった。その紙に書かれた絵の傍には白い小さな網のようなものがある。眼鏡を取り出して読んでみると、夏になるといろいろな虫たちが湯の中に飛び込んできます、虫たちをこの網ですくって助けてあげましょうと書かれていたのである。
ホタルといい虫たちといい、ここは家族で来るところらしい。そうなると、おばちゃんたちはさしずめ孫たちの世話役といったところかもしれない。おばあちゃんの知恵袋。なんとも微笑ましい図ではないか。私は一人苦笑した。
そういえば、私の部屋番のおばちゃんもそうだが、廊下ですれ違うおばちゃんのほとんどが同じ年格好で、中には70歳にもなろうかと思われる方もおいでだった。いまはやりの再雇用というものだろうか。とすれば、この宿は有馬でも先端を行っているということになる。顔に刻まれた皺のひとつひとつは伊達ではないのである。ねねとサルのように戯れていてはいけないのである。
なるほど、どおりで若いカップルが見あたらなかったわけである。
赤茶色した湯が身にしみる弥生三月有馬の宵の奇々怪々。

|

2009.02.22

チリワイン

チリのサンチャゴ空港に着いたときTさんが迎えにきてくれた。
これから二日間、彼がアテンドしてくれることになっていた。
早速Tさんの会社の貨物船に行って仕事を終え、我々は飯を食いに街に出た。チリという国はブラジルといった他の南米諸国とちがい、日本人の移民を受け入れなかったから今でも日本料理店はそれほど多くなく、仕方がないといってTさんはどうでもいいようなお店に私を連れてふらりと入ったのである。チリに単身赴任して3年とちょっと、感覚的にはすでにTさんはチリ人といってもよかった。
どんな料理が出たのかはすっかり忘れてしまったが、ワインの味だけは今でも鮮烈に憶えている。
いける口ですかと訊かれたので、多少はいけますと応えると、Tさんは意を得たりと思ったのかニヤリと笑い、ワインを2本注文したのである。チリソースに絡んだ魚貝を食べながらグイッとワインを飲むと、これがまた絶品の味がした。肥沃とはいえないなんとなく貧弱なチリの土地を思えば期待するものなんか何もなく、ワインなんかフランスだろうと思っていた先入観が木っ端微塵に打ち砕かれたのである。葡萄の濃さといったらただものではなく、これはもう空になったグラスの内側にあざやかに葡萄の澱が沈殿していて、また葡萄の口中に広がる香りの濃密さは今までに経験したことのなかったものであった。
旨い旨いといってあっという間に1本を空にしたものだから、Tさんも嬉しくなったのか、船便で1ケースお送りしましょうかなどと有り難いことをおっしゃる。いえいえそれはいけません。なんといっても私とTさんはこれが初対面なのだから、ここは涙を呑んでご辞退申し上げたのである。断腸の思い。今から思えばなんと残念だったことか。
それ以来というもの、私は自分が酒屋で買って飲むワインはチリ産と決めている。1000円も出せばお釣りがくるようなお値段で、ときによっては2本も買えたりするのだからチリワイン万歳なのである。
ロンドン駐在だったMさんが神戸に赴任して一緒だった時もチリワインをよく飲んだ。
さすがに国際派というか、いやこれはワインについてだけかも知れないが、Mさんもそこは蛇の道はなんとやらで、昼飯を食った帰りなど、神戸の元町の酒屋が店の前に出しているワゴンにどっさり乗ったワインの中からチリワインを鷲掴み、4,5本ほど買い求めるのである。つまみはどうでもいいやといいながら、近くの手作り豆腐をこれまた2,3丁包んで貰い、その日の仕事は手につかず、この国際派は終業の時間をただただ首を長くして待つのである。
そんな国際派のMさんは今は四国にいて、いつでも声を掛けてくれなどといっている。神戸と四国はほんのわずかな距離だから、そのうち酒の安売りスーパーでチリワインでも大量に仕入れておこうかなどと目論んでいる休日の午後である。
今日の神戸は午後から雨の降り出しそうな曇り空。昼は何を食おうかと思案し、そんなTさんやMさんを思い出し、冷蔵庫からスーパーで買ったピザを取り出し、こうしてチリワインをいただいているのである。我が休日ランチに栄光あれ。なぜか『ノルウェーの森』を聴きながら。

|

ニコラス・ケイジ

Next

もう三ヶ月前にもなろうか、S君からいただいたDVDがひょんなことから鞄から出てきて、ちょうど今日は時間があったのでなにげなく観てみるとこれが面白かった。
主演はニコラス・ケイジ。あの「コットンクラブ」でギャングになれない若造、つまりチンピラ役を演じていた彼なのだが、あっと驚くくらい良い役者になっていた。「コットンクラブ」ではリチャード・ギアやダイアン・レインの影にかすんでいたけど、ちょっとだけ気になる役者であったような気はしていた。今じゃハリウッドの大スターだけど、今日観たDVDで、最近は映画にはとんと疎いけど、すでに彼は大物になっていたのである。
ダイアン・レインはなにやらおばあさんぽくなっているらしく、時代はそんなに経っていないような気がするけど、そこはやはりみながみなお歳をお召しになってしまったということか。
iTunesをBGMにベッドに横になって本を読んでいる我が身としては、シネコンには年齢相応の割引があると聞いても、どうも足を運ぶ気にはなれないのである。
DVD鑑賞の後、さて歯でも磨いて寝ようかと思いつつ、ふと思い出してしまったのがニコラス・ケイジではなくダイアン・レインだったのが可笑しい。そしてそのダイアン・レインがどう繋がるのかといえば、
「明日、歯ブラシを買いに行こう」
だったのである。年を取るとどうも歯がいけない。歯を丹念に磨くことは必須アイテムだから、買い置きがないとなるとどうも落ち着かないのである。かの大女優には申し訳ないのだが、「明日、歯ブラシを買いに行こう」はその買い置きがないのに気がついたということなのである。はなはだ不謹慎。失礼千万。平にご容赦。
左サイドバーにあるYouTube「ストリート・オブ・ファイアー」、この若き日のダイアン・レインに免じてどうかお許しを。
うむ、ニコラス・ケイジはどこ行った。ちなみにAmazonでのレビュー評価は散々である。手厳しい。ワタクシなどは娯楽映画としては上出来だと思うのですが・・・。まあ、いただきものだし・・・。合掌。

|

2009.01.24

厄神さん

Nenjyu

世の中には凄い方もいるものだ。

かげくらき
月のひかりをたよりにて
しずかにたどれのべの細道

この文言でググって我がブログに辿り着いた方も相当なものだ。天晴れ。
これは末吉だから、この方は余程気にかかってGoogleで検索したものとお見受けする。
まあ、ワタクシ的には“小舟危うきおきつしらなみ”の方がグーンと気分がへたってしまうわけで、またしてもお神籤に挑戦した次第である。
門戸厄神 東光寺。ここは日本の三大厄神の寺のようで、寺だろうと神社だろうととにかく“小舟危うきおきつしらなみ”をどうにかしたく厄除大祭に行き、私はお神籤の箱をガチャガチャと大袈裟に、この音天までとどけといった勢いで力まかせに振ったのである。そんな悲鳴にちかい祈りもとどかず、出てきたのは吉だった。ただの吉。がっかりである。和歌は無く、これもがっかり。
いまいましい気分になり、ひょいと見上げると、なんとそこには大きな文字で書かれた厄年早見表なるものがあって、またしても驚いたことに、私は大厄であった。八方ふさがり。矢でも鉄砲でも持ってこい。私は急にこの三大厄神の寺が嫌いになった。
落胆ばかりもしていられないので、私は気を取り直してお守りを買うことにした。
手に取ってみるとなかなか具合が良かったが、そのお守りの横にあった腕念珠が輝きを増してこちらうかがっているようだったので、迷わずそちらの方を選んだ。大枚千円也。家に帰って左腕にはめてみると、それはすこぶる具合がよろしい。立派に和紙で包装されていて、その和紙には次のようなことが書かれてある。

この腕念珠は身に着けるお守りです。左腕にはめてお使い下さい。
特に「ふさ」を七色で作りました。七色は昔より七難を除くと言われ、厄除けになります、大切にお使い下さい。

ありがたや、ありがたやである。私は急にこの三大厄神の寺が好きになった。
さらに和紙には小さな文字で、次のようなことが明記されていた。

★お風呂にはいる時は外して下さい。
★念珠の紐は必ず切れるものです。切れても心配ありません。早めに修理するか、こちらへお納め下さい。

ありがたや、ありがたやである。お風呂にはいる時には外すことにしよう。紐が切れたからといって心配してはいけない。切れたら修理をすればいい、それだけのことだ。これで“小舟危うきおきつしらなみ”も木っ端微塵なのだ。ざまあみろ。うむ、下品な言葉は慎もう。ざまあみろは削除です。ざまあみろ
うむ、頭が痛くなってきた。寝ます。おやすみなさい。
とにかく、今年1年が良い年でありますように。合掌。

|

2009.01.11

運勢

Jinjya

丑年の運勢や如何に。
正月、近くの神社でお神籤をひく。
大抵の年は、これでもかこれでもかというくらいに大吉の大盤振る舞いだったものが、ここにきて神社の方でも浮かれてばかりではいけないと方針を転換したものか、どうも大吉の出が少ないように感じるのは気のせいか。
末吉を引き当て、あまりにも面白くないことが書いてあったので、日を改めてリベンジしてみたがやはり末吉だった。
お神籤にリベンジなどはいかがなものかと顰蹙をかいそうであるが、今年は年男でもあり、天照大神を押し倒してでも、はたまた八百万の神と談合してでもワタクシの思いは強固なのである。

のどけしと
見えしうなばらかぜたちて
小舟危うきおきつしらなみ

最初の末吉である。
長閑な日々だと思っていて油断をすると、たちまち災い難儀がやってくるのだよ。気を引き締めよ。
こんなことをおっしゃりながら、神様はケンタッキーフライドチキンなどを召し上がり、エビスビールなどをぐびぐびやっておいでなのであろう。

かげくらき
月のひかりをたよりにて
しずかにたどれのべの細道

リベンジの末吉である。
何事にも謙虚であれ。心穏やかな平常心こそが大切である。ゆっくりと行きなさい。
こんなところだろうか。くだんの神様はサッとケンタッキーをお隠しになり、エビスを発泡酒に代えて冷や奴に箸をそっとお出しになるのである。
いずれにしても、2009年の丑年は「おとなしく」しておれなのである。「大人しく」、「温和しく」なのである。

年明けて最初に読んだ小説は太宰の『酒の追憶』だ。
これはもう幾度となく読んできた掌編でとても気に入っている。
酒飲みたるもの、燗酒、ひや酒、盃酒、コップ酒、茶碗酒、独酌酒にチャンポン酒のなんたるかをわきまえ、こころしてかからなければいけないのである。
今年はこのあたりを肝に銘じ、乱暴なお酒の飲み方は厳に慎むことにしよう。しずかにたどれのべの細道なのである。小舟危うきおきつしらなみは断じて回避しなければいけないのである。

わたしゃ
売られて行くわいな

太宰も言っているように、このようなお軽の唄をうたいながら夜の梅田を闊歩してはいけないのだ。ただね、それが一番難しいところなのだよ。大人しく、温和しく「わたしゃ売られて行くわいな」と、想いははるかに来年の『寅』に飛んでいるのである。ことわっておきますが、阪神の虎ではないので悪しからず。こちらの虎は今年も到底・・。木枯らしの擬音。

|

2009.01.05

駒ヶ岳

P1040857

新年、明けましておめでとうございます。
ということで、今年最初の写真は駒ヶ岳です。
正月休みもいよいよ終わりに近づいてきた。
天気も良かったので「優しい時間」を求めてやはり東大沼を走った。温泉行です。
日が差して駒ヶ岳の山頂を照らし、山頂は雲に覆われて見えなかったが、ほんの一瞬風に押し流され顔を覗かせたので一枚失敬したのがこれ。陽光に際だつ山肌がなんとも綺麗だった。
この後、しばし温泉に浸かる。露天風呂からも駒ヶ岳はくっきりと見えて、気分は上々なり。
明日は移動日だから、これが今回最後の温泉となる。

雪けむり肌をひと撫で山見やる   信天翁

今年の運勢はあまり良くないらしい。
これについては次回のお楽しみ。(笑)

|

2008.12.31

歓喜の歌

Karajan_no9

2008年大晦日。
カラヤンの第九をかけっぱなしで大掃除。
いろいろあった2008年よさようなら。
いろいろありそうな2009年よこんちにちは。
歓喜の歌を口ずさみながら。
函館晴れ。風ひとつ無し。爽快なり。

|

2008.12.29

眼鏡

P1040823

朝起きて、新聞の代わりにTVを入れると亡くなられた緒形拳さんが映っていた。
NHK制作の「プラネットアース」である。地球を旅する番組であるが、癌が侵攻していたであろう緒形さんにとっては痛々しい場面もかなり少なくなかった。
緒形さんの顔をまじまじと拝見していると、そこに共通してある彼の若々しさを作っている秘訣みたいなものがあって、そこばかりを興味を持って注視していた。それは眼鏡である。緒形さんは撮影のその状況状況に応じて眼鏡を代えていたのである。稀代の個性派俳優は病に冒されようともお洒落を貫き通していた。人生かくありやである。

復原力がなくなっている。
船の復原力とは船を立て直す力のことで、揺れに大きく傾いてもそれを起こして体勢を立て直す、それが復原力であり復原性という。
私の場合の復原力、それはたくさんお酒をいただいた翌日でもしゃきっとしていること、それである。
ここ数日お酒を飲んで家でゴロゴロしているが、翌日がどうもいけない。これしきのお酒で翌日すぐれないで頭の芯の方がじんじんするようでは先が長くないかも知れない。
そんなこともあって、久しぶりに昔の仲間から今晩お付き合いの連絡があったが、丁重にお断りすることとなった。

12月というのは日が短くていけない。気がつけば日は落ち、薄墨がサッと掃くどころか、あっという間の闇夜の世界である。体調を崩してしまうのもこの闇夜が隙を突いて一撃をくれるからなのだろう。そんなときはゆっくり休むに限る。何も考えずに休むのが良い。慌ただしく、忙しい1年だったのだから。
今しがた、2月末まで閉鎖が延長されたという緒形さんの公式サイトを拝見していて、稀代の個性派俳優にならって遠近両用眼鏡にカラーでも入れようかと思った。これで復原力が回復するようだと良いのだが。フレームはやはりセルがいいな。
函館天候くもり。まもなく、あっという間の闇夜の襲来。合掌。

|

2008.11.09

文学界

Photo

昨日、街に出て本屋に寄り文学界とダ・ヴィンチを買う。
ダ・ヴィンチは理由ありで買ったものだが、想像していたとおり期待はずれで、そのうえ活字が細かくて散々に苦しめられた。失望。熟年はとっとと尻尾を巻いて降参だ。
文学界を買った理由は新人賞の発表でもなく「同人雑誌評最終回記念座談会」と「全国同人雑誌リスト」だった。
文学界の同人雑誌評は昭和26年から始まっており、今号で最終回と書かれてあった。
座談会の方は後から読むとして、全国同人雑誌リストのページを開いてみると、そこには懐かしい同人誌名が並んでいた。
函館のものは「青の時代」、「サボテン通り」、「森林鉄道」で、残念ながら僕の所属している「晨」はなかった。休刊しているから当然といえば当然なのだが、毎月評を続けてくれた選者の方のお顔と伴に、なんとなく時代を懐かしんでいる。「青の時代」はともかくとして、「サボテン通り」、「森林鉄道」はよく続いているものだと頭が下がる。Yさんの執念が読み取れる。
執念といえば、函館から札幌に居を移したSさんがやってる「緒里尽」もよく続いている。お見事としかいいようがない。みんな逞しく生きていることがなにより嬉しい。
原稿用紙が無くてもネットや携帯で簡単に文芸賞をとれる時代になったにもかかわらず、同人誌に執着する方々が未だに全国に健在という現況は、それはそれで尊いものであろうと思ったりもする。とにかく半世紀にも渡り、文学界にはご苦労さんとしかいいようがない。
帰りにBook offにより100円コーナーを冷やかす。宮本輝と石田衣良を買った。
神戸の街がさりげなく描かれていて、久しぶりに読む宮本輝もいいものだ。

|

2008.08.12

藪蚊

公園の木立で陽を避け涼をとる。
煙草に火をつけ、帰宅を急ぐビジネスマンを見やり、暮れなずむ夏の夕景にとけ込んでいると、どこからともなく藪蚊が集まってくる。
足元に目をやると黒い小さな姿をしたそれが縦横無尽に飛び回り、機を狙っては僕の脛目掛けて襲ってくるのだ。靴下がメッシュなこともあり、藪蚊はその上から僕の血を吸おうと急降下を繰り返し、数匹が入り乱れて突進してくる。
僕は携帯を鷲掴みし、足をバタバタやりながら応戦する。小さな黒い物体は懸命に身を翻し、僕の靴底の下を巧みに逃げ回る。

藪蚊(大辞林)
ヤブカ属の蚊の総称。体長 4~6mmで、黒色のものが多く、黄褐色や体・足に白帯のあるものもいる。藪や木立の中にすみ、昼間活動して人畜を刺し吸血する。デング熱を媒介する種もある。日本には約四〇種を産する。ヒトスジシマカ・トウゴウヤブカ・キンイロヤブカなど。

デング熱なんかをもらったひにゃたまらないな、誰ともなく語りかけるように僕はひとりごちる。そうして不意に過去に読んだことのある安岡章太郎の小説を思い出していた。
たしかその小説には蛾が出てきて、主人公の耳の中に入り込み、もがけばもがくほどその蛾が耳奥へ入り込んでゆくといったものだったように記憶する。
蛾が耳から入り込むなど尋常ではないが、『私説聊斎志異』を書くくらいの安岡だから、妖怪奇譚はお手の物に違いないと感心して読んでいたのである。
蛾ではなく藪蚊であったならどうか。蛾は動くことをやめ、安岡の耳奥で巣くい、俺はおまえの中が居心地が良いから当分はこのままで居させてくれ、寄生ではない共存なのだよ。蛾の言い分はそんなところだろうが、これが藪蚊となったらそうはいかない。藪蚊は絶えず刺してくる。刺して血を吸い尽くす。満足のいくまで血を吸い尽くす。そしてゆったりと棲まい、空腹になったらまた血を吸いにかかるのだ。そこには遠慮はない。遠慮がないからその分苦しい。絶えず苦しい。そんな状況が延々と続くのであれば、これはもう小説にはなり得ないな、そんなことをぼんやり考えながら、安岡が蛾に拘ったわけが解ったような気がした。

井上荒野の小説について話した。
僕はこの人の直木賞受賞作は読んでいないが、この方のお父さんは知っている。
井上光晴。小学校中退。世間には珍しい人間がたくさんいるけど、小学校中退なんて経歴の持ち主は僕しかいないんだ、そう言って井上さんは快活に笑って見せた。
童顔でありながら言うことは辛辣、文学の講義をしている間中でも酒の入ったグラスをかたときも離さなかった。このひとは死ぬ気だな、いつかは人はみなこんな風になってしまうのだな、そんな想いで僕は井上さんをじっと見ていた。グラスに注がれた生のウイスキーはどんどんなくなっていく。やはりこのときの井上さんは本気で死ぬ気だったのである。「文学伝習所の人々」は読んだ記憶はあるが、今となってはその記憶自体が怪しいものとなってしまった。僕も本気で死ぬ気になって酒を飲む、そんな年齢にさしかかったのかも知れない。
井上荒野さんの小説は官能小説らしい。本人はどう思ってるか知らないが、僕はどうも読む気になれないでいる。「切羽へ」がその直木賞受賞小説のタイトルらしいが、今、井上さんの年譜を見ていると、荒野さんが長女で、次女が切羽さんというらしい。切羽とは井上さんが炭坑の坑夫だったときに突き進んでゆく掘削先端場を言ってるんだろうと勝手に思っていたが、果たして荒野さんの切羽とは何を暗示させているものだろうか・・・。
いずれにしても僕にはやはり読む気にはなれないのである。

小説を書き続けようとしてる人がいる。小説を書こうとしている人がいる。そんな人にエールを送るとすれば、小説は自在闊達、筆の走るが間々に、これしかないないのかも知れない。勿論面白くなければ一巻の終わりである。
藪蚊を題材にした小説でも書いてみるか。メッシュの靴下目掛けて襲いかかる藪蚊をみながら、そんなことをぼんやり考えていた。

|

2008.07.30

整理整頓

長くブログをやっていると、目に見えない毒のような埃や垢や脂肪のようなものが蓄積されてしまい、身動きが取れなくなってしまう。
そこで不要になったものを取り除き、必要なものだけを整理することにした。
多少時間はかかるが、これを新たに再出発することとしたい、そんな気持ちでいる。
北京オリンピックの年というのがなんとなく面白い。(笑)

|

2008.07.27

夜が来る

P1040705


サントリーオールド-『夜が来る』-

暑い、馬鹿馬鹿しいくらいに暑い。
日本の夏はなぜこうも暑いのだろう。
ごろりとベッドに横になり、あてにならない風を迎え入れようとするが、半分ほど開いた窓から入ってくるのは熱風である。仕方がないので扇風機を回すが、これでは太刀打ちできないのでエアコンを入れる。かくしてどこへも出かけず、病床六尺の体、身体の節々まで、まるで床ずれのような不快な痛みが襲ってくるのだ。

夕方になって、ぶらりと出かけて見つけたのが画像にあるサントリーオールド第二弾の「オールドサウンドフォトスタンド」である。隣が昨年の第一弾で、それよりは一回り大きくなっていて、サウンドの方も重量感が増したようだ。
Soft Bank の犬のお父さんは、その白い身体の部分を押すと、『ヤバイ、ヤバイ』といったり、『お前にはまだ早い!』といって渇を入れたりするらしいが、このサントリーは相変わらず『夜が来る』が渋く流れるのである。
その『夜が来る』を聴きながら、秋よ来いと念じていたりする休日の午後。

『夜が来る』夏ハマナスの艶姿    信天翁

上海ですっかり胃を壊し、食の方は細くなってしまった。
ご飯に冷や汁をぶっかけて食いたいで候。犬マンマ。猫マンマ。
「お前にはまだ早い!」
きっと犬のお父さんに気合いを入れられるんだろうな。(笑)
[金蓮]で肝臓を鍛え直さなくてはいけないのだ。

|

2008.07.21

豫園

P1040694 P1040698

豫園は上海を代表する有名な観光スポットらしい。
らしいと書いたのは、我不知歴史的上海だからである。
調べてみると、1577年に完成した四川省の役人潘允端が両親のために作ったとされる上海を代表する名園とあり、その2万平方メートルにおよぶ広大な敷地内にある庭園はまるで迷路である。
残念ながら、その日はデジカメを忘れてしまったので画像は1枚もない。
アテンドのSさんは何度となく来ているらしいが、そのたびにどこを歩いているのか忘れてしまい、このときも我々二人はその迷路の虜となり、炎天下35度もあろうかという園内を頭から汗を吹き出しながら、放浪していたのである。
この豫園の外には「豫園商城」という観光客目当ての商店街があるのだが、豫園内にも公的というのか、そんな機関の目が光った商店がいくつもある。
骨董品店なんかもあって、値段はあってないようなものだから、値切りは当然なわけで、いきなり半額のお値段から交渉するのである。
僕は我不知歴史的上海であり、土産など買う気はまったくなかったのだけど、Sさんはやたらとこんなものはどうか、これなんかは骨董としてなかなかのものだなどと、まるで上海の回し者のごとくそそのかしにかかるものだから、ほんのつまらないもの、それが何かとは言えないが、土産として買ってしまったのである。
僕は「敵は本能寺にあり」のSさんを警戒し、もうこの手に乗ってはいけないと肝に銘じ、豫園内の迷路をぶらついた。
不意に一人のおねえさんが寄ってきて、我々の入場券を見せろと言う。Sさんが中国語でなにやら話している。
「このさきに茶館があり、入場券を持っていくとお茶をいただけるらしい」
Sさんはどうしますかと訊いてくる。まあ、騙されるのも悪くはない、どうせ暇なんだから、僕はSさんにそう言って、ここはひとつ騙されてみることにしようということになった。

茶館に入ると、日本語の流暢なやり手ババァならぬ笑ってばかりいるおばちゃんがいて、茶器のセットを前に講釈をたれ、若いおねえちゃんにお茶を淹れさせるのである。
笑うおばちゃんは1枚の紙を示し、
「お茶はなにがいいか?」
と訊ねてくる。あいかわらず流暢な日本語である。
その愛想のない貧弱な紙にはこう書かれてあった。

        養身茶

1[甘片]将軍腹、抑制脂肪吸収、減肥無副作用
2[金蓮]護肝醒酒、脂肪肝、肝硬変、解毒、肝病有特効
3[霊芝]抗癌、癌細胞瀇散抑制、放射治療副作用的緩和
4[青花]糖尿病、血糖値下降、
5[柑茶]急性慢性鼻炎、花粉症、眼病蓄膿症、美容、皮膚病
6[留留]神経衰弱、自律神経失調、神経性頭痛、五十肩
7 略
8[黄仙]便秘、腹部膨脹、痔疾、消化不良、腸道病
9[黒玉]脳梗塞、高脂血症、動脈硬化、血管硬化
10[皇羅]恢復疲労、強精、滋陽、強壮、更年期障害


「わたしは9番を勧めます」
笑うおばちゃんは僕の顔を見るなり切り出した。
これですといって持ってきたガラスの器には、ジャスミンのような香りのする漢方草がびっしりと詰まっている。
「日本人、これよく買っていく」
おばちゃんが言う。
「うむ、ただそれだけのことか」
僕はSさんに笑いながら言った。
「たしかに脳梗塞にはなりたくないけどね」
僕は母が脳梗塞で倒れたのを思い出していた。
「悪くはないけど、今は2番だな」
前日にSさんと日本料理店でしたたかに飲んだので、ここはやはり肝臓を労ってやらなければならなかった。
「これはすごく苦い。苦い」
この辺から笑うおばちゃんの日本語は怪しくなってくる。
「苦くてもかまわない」
「苦い、苦い。いいのか?」
「苦い、苦い、かまわない」
蓮の実の一種だという、乾燥した黒い小さな堅い玉をおばちゃんは器用に潰し始め、そして小さな茶碗に入れ、そこに適度な温度のお湯を差した。差したというよりは、器に向かって湯をぶっかけているといった具合で、器全体がお湯浸しになるのだ。日本の茶道らしきものはそこにはない。
「苦い!」
「苦い、苦い」
「これは苦い!」
「苦い、苦い」
おばちゃんの笑い顔は、いつしか険しくなっている。
「どうです、ひとつお土産に・・・」
おばちゃんに同情したのか、Sさんはここでも「敵は本能寺にあり」になり、僕にその[金蓮]を盛んに勧めるのである。
「それじゃ一缶・・・」
「謝謝」
我知中国的苦茶。(笑)
豫園の庭園はその迷路もさることながら、魑魅魍魎として妖しさもまた奇々怪々なのである。

今日は『海の日』である。
蒸し暑い休日の中、僕は不器用に乾燥した黒い玉を押し潰し、茶碗にお湯をぶっかけ、そして[金蓮]を飲んでいる。
肝臓が元気を出しているのかどうか解らないが、35度という猛暑の中で喘ぎ喘ぎ生きている。
今日の天声人語は『海の日』について書かれていた。
-東京湾に満ちるのは「日本の水」だが、それはアマゾン河口やマルセイユの港にもつながっている。-
アマゾン河口やマルセイユの港につながってる「日本の水」は、まちがいなく上海の港にもつながっている。揚子江にもつながり、そして水郷の街朱家角の運河にもつながっているのだ。

海よ俺の海よ
大きなその愛よ
男の想いをその胸に抱きとめて
あしたの希望(のぞみ)を俺たちにくれるのだ
(『海 その愛』作詞:岩谷時子)

海の恩恵に感謝しつつ。
そして上海でお世話になったすべての人に感謝しつつ。謝謝。再見。
それにしても[金蓮]の不味さといったらないな。(笑)

|

2008.07.19

朱家角ギャラリー

P1040648 P1040650

P1040657 P1040664

P1040667 P1040670

|

朱家角をゆく

P1040669

『街道をゆく』でも『竜馬がゆく』でもましてや『司馬遼太郎がゆく』でもない。朱家角をゆくなのである。
上海から車で小1時間ほど行くとそれがある。水郷の街朱家角。
我不知歴史的上海だから、あいかわらず車の中に閉じこめられ、
「これが清の時代の・・・」
といわれようとも、
「これは明の時代に・・・」
といわれようとも、
「うむ、そうでしたか」
「うむ、なるほど」
などと頷きながら関心を装い、もう少し冷房を効かせてもらえませんかといいたい言葉を飲み込んでいるのである。
我不知歴史的上海だから、ここはネットの力をお借りして朱家角をご紹介すればこうなります。

上海の南東約40km、淀山湖のほとりにある水郷が朱家角。またの名を珠街閣ともいう。その歴史は1700年以上時代をさかのぼった三国時代に始まるという。街の中には運河が通り、明代には水上交通により、商業の中継地として栄えた。白壁と瓦屋根の民家が連なる風景は昔ながらの江南地方の風景を今に伝えている。「上海のベニス」とも呼ばれる、静かでゆったりとした町だ。

我々が車を降りると、やり手ババァらしきご婦人がやってきて、妖しい笑いとともに、
「安くしとくよ」
などとすり寄り、正規の入場料金の半額以下の金をせびるのである。これが上海、なぜか上海、ついでにベニスな上海なのである。
休日となると混雑しているのかも知れないが、この日は月曜ということもあって、じつに長閑な朱家角で、軒を連ねる歴史的建造物を改造してできた土産品店なんかも、呆れるほどのんびりしたものだった。
現地でアテンドしてくれるSさんと僕はやり手ババァに従い、そんな長閑で退屈しそうな瓦屋根の民家群を次々と見て回った。
ランニング姿のオヤジが煙草を吸っている。金魚を入れたビニール袋を持ってきて、買えと言ってつきまとうおばちゃんがいる。手に持ったペットボトルを寄こせと迫るバアさんがいる。何をするでもない退屈そうなジイさんが椅子に座り、こちらを伺っている。その横を洟垂れ小僧がすばしっこく走り回っている。さすがの月光仮面もたじろいでしまうのだ。
歩きを拒むような石道路、濁って流れることすら忘れてしまったような水面、その上を渡る肉を焼いたような鼻をつく焦げ臭い匂い。そのどれもこれもが清の時代明の時代から受け継がれてきているのだろう。中国4000年はやはり手強いのだ。

P1040656

やり手ババァは黙々と前を歩き、時々振り返ってなにやら語りかける。
舟着き場の前に来ると、どうだ、これに乗ってはと勧める。我不知中国語。
Sさんは堪能な中国語を操り、あっさりと半額の料金を交渉する。バアさんはいよいよ呆れて、一言ポツリと言い残して早々に立ち去って行った。我不知中国語。(笑)
上海のベニスかどうかは別として、艪回舟に乗って街の中を走る運河を行くと、1700年前の風が頬を撫で、その気持ちよさは格別だった。もう少し冷房を効かせてもらえませんかなどといった不謹慎な言葉は出てきはしないのだ。(笑)

上海から一番手軽に行ける水郷。「小橋、流水、人家」といわれ、明・清代の街並みと現在に受け継がれる古鎮での人々の生活を垣間見る事ができる。石造りの太鼓橋・放生橋、「街三里、店舗千個」とい言われ石畳の小道に店舗と民家がひしめきあう北大街、江南豪農人家建築の傑作である席氏応接間、清代の「呉中七個」の王昶記念館、レトロな「江南第一喫茶楼」と江南水郷の風情に富んだ水上「遊覧船茶館」等がある。

その後、上海市内に戻って夕食をいただく。
『緑波楼』。上海料理と上海風点心の名店。海外からの国賓も多く訪れる特級クラスのレストランとある。
たしかに小籠包は絶品であった。口に含んだ豚の煮こごりの熱い汁を飲み込み、
「上海蟹はないのですか?」
僕はおそるおそるSさんに訊いてみる。
「残念ながら、上海蟹は12月頃なんですよ」
「うむ、そうでしたか」
「上海蟹がどうか・・・」
「いえ、好きな人を知っているだけで・・・」
上海蟹、上海蟹。マンハッタン、マンハッタン。

いいからまそ、まそ、ま、まそっとおいで
ころがる程に丸いお月さん見に
ギターをホロ、ホロ、ホ、ホロッとひいて
そしらぬ顔の船乗りさん

海を越えたら上海
どんな未来も楽しんでおくれ
海の向こうは上海

ながい汽笛がとぎれないうちに
海を越えたら上海
君の明日が終わらないうちに

我不知歴史的上海。
それにしても、陽水の上海も我不知歴史的上海にかなり近いものがあるな。
陽水の「なぜか上海」を聴きながら・・・。

|

2008.07.17

なぜか上海

P1040679

上海という言葉の響きには、なにやら心地良いリズムがある。
中国でも屈指の都市になっている上海。
ちょっと長い出張でそんな上海へ飛んだ。なぜか上海なのである。
仕事を終えるといろいろなところへ案内してくれる。
こちらはそんなにも期待していないから、そしてどこそこが観たいなどといった下調べもしていないから、まあ、つまりお任せで引っ張り回されたのである。
そんな中で出会ったのが写真にある高貴なお方の像である。
正体不明。我不知中国語。文責無。言語道断。同類相哀。

上海博物館。
最近無料開放になったということで、すでに長蛇の列。
鳥が囁いてるような中国語が飛び交う中で待つこと30分、いい加減帰りたくなったのだが、そこは案内してくれる方のためにも弱音を吐いちゃいけない。
うんざりして、もうこれが限界、あたしゃひとりで帰るわいなと倒れかかったとき、生意気そうな係官らしきのがやって来て入館に相成ったのである。目出度さもひとしおなりの炎暑かな、なのである。

この仏像のような像、紀元前なのか紀元後なのか、つまりそんな有り難い歴史的お宝がゴロゴロしているのでよく解らないが、お顔を拝見していると、なにやら汗がスウッと引いていって、目出度さもひとしおなりの炎暑かな、なのであった。
館内は近郷の田舎から夏休みを利用してやって来たものか、先生に引率された洟垂れ小僧たちが縦横無尽に走り回り、石造りの階段に座りまくり、ノートを取っている姿が微笑ましかった。かつての日本ののどかなよき風景を拝ませて貰っているようだった。
手を触れるな! そんなことが書かれているだけで、仏像なんかはショーケースにも収められていない。これに落書きなどする輩がいれば、これはこれで凄いことになるのだろうと、有り難きかな高貴像を拝見しながらの微笑み返しなのである。
何を言ってるのか解らなくなってきたので、目出度さもひとしおなりの炎暑かな、の見聞録はこれにて終了。
像の妖しきご尊顔に免じて、どうかお許しを。

|

2008.07.06

暗き紅灯の巷

Narutotai
梅雨開けて鳴門の鯛をひとり酌む

富貴名門ノ女性ニ恋スルヲ
純情ノ恋ト誰カイウ
暗キ紅灯ノ巷ニサマヨウ女性ニ恋スルヲ
不情ノ恋ト誰カイウ
雨フラバ雨フルヨシ
風フカバ風フクヨシ
泣イテ笑ッテ月下ノ酒場ニ媚ビウル女性ニモ
睡蓮ノゴトキ純情有り
酒ハ飲ムベシ百薬ノ長
女ハカウベシ人生無上ノ快楽
窈窕(ヨウチョウ)美人ノ膝ヲ枕ニ
一夜明ケレベ夢モ無シ金モ無シ
叩ク電鍵、握ル舵輪、覗クコンパス六分儀
アア、我ラ海行クカモメ鳥 明日ノ命ヲ誰カ知ル
サラバ歌ワン我ラガ歌ヲ ダンチョネ節

このような口上を朗々と語り、

沖ノカモメと商船校ノ生徒ハヨ
広イ世界ヲネ 股ニカケ ダンチョネ

泣イテクレルナ出船ノ時ハヨ
泣ケバ舵輪(ホイール)ガネ 手ニツカヌ ダンチョネ

と10番くらいまで歌い始めるのである。
船乗り版ダンチョネ節、野蛮極まりないのである。
八代亜紀なら、

沖のカモメに深酒させてよ
愛しあの娘とよ 朝寝するダンチョネ

と、これはこれで色っぽいのである。

15,6才の時から歌わさせられていたから、すこぶる怖い餓鬼どもだった。
卒業すると、今では聞き慣れない甲種船長という国家試験免状を取るのが最終目標。これを取ってしまうと、これはもうどんな大きな船の、例えば10万トン、20万トンのタンカーの船長もでき、豪華客船「飛鳥」や「さくら」のようなクルーザーの船長だってでき、果てしない地球のどこまでも航海することが可能なのである。
甲があるから乙も丙もある。乙や丙はある意味限定された海域の航海士や船長しかできないから、やはり甲種船長は手強くもあり、なかなか合格とはいかないのである。

そこで青函連絡船。
何を血迷ったのか、あるいは国鉄の安全輸送のステイタスがそうさせたのか、甲種船長免状を取らなくては採用してくれなかった時期があり、不運にも僕はその頃の採用であった。
かのダンチョネ節を歌っていた学生時分は、外航に船出してしまうと恋愛もままならず、かつての仲間とさえ再会することもまったくできない状況が予想されたから、勢いだけは立派だが、暗き紅灯の巷を思いやって悶々としていたのである。
富貴名門の女性なんかには縁がなく、睡蓮のゴトキ純情のある女性にも暗雲が立ちこめていて、心だけは全開で荒んでいたのである。

僕は二つちがいの姉にお願いしたことがある。
同級生のあの娘ね、このまま外国航路に出たらまともな恋愛なんかできないから、都合がついたら一度紹介してくれないか、そう頼んだのである。
姉は驚き、そして、いつのまにこんな不良になってしまったんだといった顔をして、それからほんのちょっとだけ笑いながら、いいよ、とだけかるく応えた。今から考えると、なんとも切羽詰まっていたような状況で、恥ずかしさもどこへやら、人生とは大海に船出することなんだ、それには筋道というものがある、その筋を通すことがこのお願いなんだ、訳がわからないかも知れないけど、人生には訳がわからないことが一杯で、いつかそれははっきりする、僕は思いつきで言ってるんじゃない、ここだけは解って欲しい、そんな支離滅裂な懇願をしていたようだ。
いまでも姉に会うと、背中を冷たい汗が流れ落ちるのだ。

ダンチョネ節を歌っていた時分、母にはこういっていた。
「外航船に乗ったらね、家の一軒くらいわけないよ、いつでもプレゼントしてやる」
彼は人を喜ぶすのが好きだった。僕もまた人を喜ばすのが好きだったらしい。
生意気盛りはダンチョネ節そのものであった。
母は笑いながら、
「それは楽しみだね」
といい、久しぶりに帰省した年輪も行かない息子のために、好物の具の一杯入った鍋物なんかを作っていた。
こんなふうだったから、母に合わせる顔もなく、連絡船を下船してお盆なんかに函館から帰省すると、姉の時と同じような汗が背中に大量にへばりつき、居心地と来たらすこぶる悪いものだった。
救いといえば、晩年になって母が漏らした言葉がある。
外国へ行ってしまってそのまま戻らなくなってしまう、母はそう思っていた節もあり、そしてこう続けた。
「肌の黒いお嫁さん、金髪のお嫁さん、突然連れてくるんじゃないかとね、そればかりが心配だったんだよ」
母は大正の生まれである。少し変わり者の息子だから、それくらいはやるんじゃないか、どうも真剣にそう思っていたらしい。
「それだけでも、あんたは親孝行だったよ」
「うむ・・・」
僕は笑うしかなかった。
母の父という人は「金鵄勲章」をもらったほどの軍人で、日露戦争後に亡くなった。明治大学に行っていた弟は学徒出陣で神風特攻隊員となり、これまた壮絶な死を遂げている。そして息子はといえば、いよいよ外国航路の船長にでもなろうかというところまできたというのに、赤字の国鉄に飛び込んでしまった。満州を這々の体で逃げ切ってきた母の人生は無情この上ない。
今年のお盆はどんな顔して墓参りしたらよいものやら。
「あんたは親孝行だったよ」
やはり、変わり者の息子としては笑うしかないのである。

富貴名門ノ女性ニ恋スルヲ
純情ノ恋ト誰カイウ
暗キ紅灯ノ巷ニサマヨウ女性ニ恋スルヲ
不情ノ恋ト誰カイウ
雨フラバ雨フルヨシ
風フカバ風フクヨシ
泣イテ笑ッテ月下ノ酒場ニ媚ビウル女性ニモ
睡蓮ノゴトキ純情有り
酒ハ飲ムベシ百薬ノ長
女ハカウベシ人生無上ノ快楽
窈窕(ヨウチョウ)美人ノ膝ヲ枕ニ
一夜明ケレベ夢モ無シ金モ無シ
叩ク電鍵、握ル舵輪、覗クコンパス六分儀
アア、我ラ海行クカモメ鳥 明日ノ命ヲ誰カ知ル
サラバ歌ワン我ラガ歌ヲ ダンチョネ節

ダンチョネ節。
これは悲しみの歌なのである。
悲しみの歌というより、恨み節といってよいのかも知れない。
梅雨の明けたような大阪で、声を小さくそっと口ずさんでみる。

|

2008.06.21

遠方より来たる

Uni

神はわれを見捨てず。
函館からウニが届いた。われウニとたわむれ、そして泣き崩れおり。
友、遠方より来たるの図である。この際、ウニだって友になるのだ。
これはエゾバフンウニ、ムラサキウニではない。味の濃厚さにおいてはバフンウニだ。これに勝るものなし。矢でも鉄砲でも持ってこい。ふたたび、われかの地を想い、ウニの重きに泣きて三歩歩まずなのだ。ありがたや。

ウニと言えば積丹のウニも実に旨かった。
新しい仕事について小樽に住んでいた時分、余市を過ぎて、今ではどこだかすっかり忘れてしまったが、ここの寿司屋のウニ丼は絶品だった。ウニがてんこ盛り、思わずわれ泣き崩れるのである。
ウニを食うなら田舎の小さな料理屋がいい。これでもかというくらいに惜しみなくでてくる。寂しさや悲しさなんてウニを食ったら忘れてしまう。ウニは神なり。ウニを神と崇めよ。汝、ウニと共に生け。マルコの福音に曰くである。

僕は、蟹はあまり食わない。蟹が解らない虫と書くから食わないのではなく、どうも毛ガニ以外は大味すぎて駄目なのだ。
上品さにおいてはカニなどウニの足元にも及ばない。たとえばウニを殻から出して器の上に置くとする。しばらくすると、見よ、汝がウニはまるでか弱きオナゴのように崩れ落ち、よよと泣かんがごとくその姿を変えるのだ。身を溶かす。乙女の姿しばしとどめん。寂しきかな汝が姿。どうにも手をさしのべ、主は汝と共にありと励まさずにはおれないのである。
その点ではカニはいけない。どうだ、食え! カニはそう叫んで器の上で胡座をかいているのである。

カニといえば釧路。釧路の話をすればなにやら礫が飛んできそうだが、ええ、カニはよく食いました。
仕事を終え車で帰ろうとする。するとトランクを開けろといわれる。いわれるままにトランクを開けるとカニが箱ごとドカンと積まれる。食べられないほどのカニがドカンなのだ。カニもて追わるるごとくなのである。われに正義あり。われに微笑みあり。胡座かくカニと共にわれあり。汝の友を愛せ。
こんなふうだからカニは上品に食ってはいけないのだ。殻ごと口に持っていってバリバリとやって身を食い尽くす。伊丹十三の映画に出てきたワンシーン、あれはカニだったかどうか怪しいが、いかにも下品を強調していたようだ。うむ、カニはやはりウニの対極にあるのだな。
目黒のサンマはいいけど、釧路のカニはいけない。マタイ、マルコにルカ、ヨハネ。最近マルコの福音が身に応える。

それにしても暑い日が続いている。
カラ梅雨。傘があるけど雨がない。雨の音を聴け。陽水も泣いている。ついでに村上春樹も泣いている。
花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに。小野小町もきっと泣いている。
ウニを戴きつつとりとめのないつぶやきだ。ビール一缶、空いて候。

|

2008.06.15

惜春

P1040623

鬱勃たるパトスをもて。
こう叫んだのは北杜夫だ。「どくとるマンボウ航海記」。
マンボウ先生はいかがしているかと調べてみたら、まだご健在の様子で一安心。アホウドリにマンボウはつきもので、パトスをもって美しい老人になろうとしているのは実に爽快なのだ。
パトスをもて! パトスをもて!
仕事の合間にネットを覗いてそんな呪文を唱えていると、前のデスクに座ってる女子2名がチラリとこちらに目を向ける。
それくらいならまだいいが、女子には僕の後ろを歩く癖がある。これはけない。聖書にもある。「汝、人の後ろを歩いてはいけない」。マタイ伝第16章。いやこれはちがう。こんなことをいうのは気の弱そうな、泣いてばかりいそうなヨハネに違いない。ヨハネよ泣くな! 神は汝と共にあり。汝の悲しみは神の悲しみなり。
とにかく、窓を背にしている僕の後ろを歩いてはいけない。それがたとえ広い通路に見えようとも、それは通路ではないのだ。ゆっくりマンボウ先生と語らうこともできないではないか。
微笑もて正義を為せ! 
僕に近づいてはいけない。後ろはまっぴらゴメンだ。

朝、出勤すると机の上に封書が乗っていた。
札幌のS.玲子さんからものだ。大きな文字で僕の名前が書かれていて、裏にはこれまた大きな文字でS.玲子である。
ここでも一度書いた同人誌「緒里尽」が入っているに違いない。
Sさんは美しくお歳を重ね、こうしていまだに奮闘しながら「緒里尽」を出しているのだ。
滅多に来ることもない封書、しかも堂々たる女の差出人である。
僕は二人の女子に交互に目をやり、ヨハネのような気の弱そうな声になって言った。君たち、これが同人誌というものだよ。笑い顔がひきつる。悪事をしていないというのにひきつる。これをね、300部印刷するのに要する費用が、原稿用紙、これは625文字なんだけど、1枚につき1000円也。随分昔の話だけど、今はもっとかかってるかも知れない。美しく歳を重ねるにはこれくらいのお金が必要なんだ。まあ、今はネットというツールがあるから少しはマシかも知れないけど、美しい老人になるためにはネットは捨ておけだ。聖書にもある。汝、ネットの悪弊を知れ云々。マタイ伝・・・。ああ、神よなんということか。あなたのヨハネは馬鹿です。どうぞお笑いください。
「まあ、そうですか」。二人は示し合わせたように声をそろえて言う。そうでござんす。そうなんざんす。
そしてね、この女性なんだけど、この方はまったく素敵な人で、もう70になろうかというのにこんなふうに、1年に1回同人誌を出しているんだ、参ってしまうね、実際。手に取った同人誌をパラパラやって見せてやる。ヨハネの顔は相変わらずひきつっているのだ。別に説明しなくてもよいことを勝手に言っている。悲しきは訳もなく繰り出される言い訳。パトスはどこいった。微笑もて正義を為せ! 笑ってくだせえ。ええ、構いやしません、どうぞお好きなように。
Sさんが70。うむ、嘘だ。まだそこまではいっていないにちがいない。殴られる。神を悲しませてはいけない。

僕は「緒里尽」を開いた。
『惜春』、これがSさんの小説のタイトルである。
竹本菊太夫のことが書かれてあった。名も知れず松前の地で逝った義太夫をやる男のようだ。なぜかしら悲しみに満ちた小説だった。うむ、惚れたな。竹本菊太夫、お洒落なお名前だ。ただね、Sさん、弱いよ、これじゃ。もっと大胆に発想しなくちゃいけないぜ。神はお見通しだ。何だって知っている。
菊太夫の悲しみ、ここはこんなに平坦であってはいけない。こんなに善人ばかり出てきちゃ僕は苦しくなってしまうんだ。
石もて追わるるごとく。ご存知の啄木だ。菊さんはどうも弱くていけない。線が細い。もっとボロボロにすべきだった。
世話になったおまさとその息子市太郎に向かって菊太夫はいうんだ。
あたしなんざ悪いことばかりの人生でした。
人生がそんなものだから、こんな蝦夷地の松前くんだりまできてくたばってしまうんだ。
女ですかい、そりゃおりましたともさ。市さんに金の工面をさせて、それであたしゃ遊んでおりましたともさ、ええ。ご存じないのは母親代わりのおまささんと市さん、あなたくらいのものですよ。すみません。あたしゃ馬鹿なんだ。あなたたち親子は実に素晴らしい。いつだって笑っておいでだ。おや、また女を連れて歩いていやがる。義太夫もなかなかだけど、人様の金をあんなふうに使うなんて罰があたるってもんだ。くたばっちまえ。ええ、松前の民は見識がある。大坂ではこうはいかなかった。大坂なんてところはね、ええ、なんというのか・・・。よしましょう。あしゃ労咳でくたばってしまう身なんだ。ただね、市さん。あたしの墓はいらねえよ。これいじょう迷惑はかけられねえ。三途の川を渡られねえ。ちょいと石をひとつ、これだけで構やしねえ。石ころに享年27とひとつだけ。あっさりしたもんだ。そこにね、お願いがあるとするなら、こんなわがままいってほんにすまないことだけど、ハマナスをね、一輪、置いておくれでないかい。特に弱そうなやつを、とびきり弱そうなやつをひとつだけ置いておくんなさい。菊ですかい? そいつはいけねえ。菊はいけねえや。菊は菊太夫だけでたくさんでござんす。ええ、菊はいけねえよ、市さんたら、金輪際いけねえ。やがてそのハマナスがあっしのようにくたばっちまうか、根をつけ松前に生きつづけるか、これはあっしの賭でござんす。丁半でござんす。この期に及んで賭だなんて、なにからなにまで馬鹿な菊太夫でござんした。笑わば笑え糞野郎。ああ、ごめんなさい、お里が知れてしまうというもんだ。大坂がいけないのだ。松前は悪くない。さあ、そろそろおさらばだ。おまささん、市太郎さん、ほんにご機嫌よう。あたしゃ売られてゆくわいな。ヨヨイノヨイ。南無妙法蓮華経。南無阿弥陀仏。神仏よさらば!

祝「緒里尽」第14号。
どうか同人各位に神のご加護がありますように。
信天翁拝。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.07

正義と微笑

社会保険事務所へ行った。
帰りは近くのファミレスに寄って飯を食い、そして太宰でも読もうと決めていた。
それだからオフィスを出るとき青空文庫をプリントしたのだ。「正義と微笑」。
いざプリントをしてみると108ページもあった。他にもプリントをする者がいればかなりやばいことになる。
僕は敢然とプリンターの前に立ちはだかった。べつに敢然とでなくてもいいのだけど、僕は正義と微笑をもって敢然と立ちはだかったのだ。幸運にも誰ひとりとして気がついてはいないようだった。我微笑む。
社会保険事務所の入り口に門番のようにいるおばちゃんは相変わらず元気な様子で、ようこそいらっしゃいました、お茶でもおひとついかがですか、などと言い出しそうに、これも相変わらずの親切な応対なのだ。
お茶など飲んでる暇などない。僕はさっさと書類の届けを済ませて外へ出た。おばちゃんは僕の背中に向かってありがとうのお礼を言う。あなたもね。どうか神のご加護を。

時間が早いせいか、ファミレスは空いていた。
ひとりにしては広いテーブルだったが、僕はそこに座るや太宰を取り出した。108ページである。適当にメニューを見て、そして適当にハンバーグなどを頼んだ。目玉焼きが乗っているやつで、今日は目玉焼きも悪くないと思ったからだ。
飲み物が欲しい。160円プラスするとフリードリンクになるので、そいつを追加して頼んだ。
オレンジジュースを取りにゆき、そして席に戻り、108ページを手元に引いて読み出した。
断食と共に微笑みを、太宰の語りである。マタイ伝の第6章。正義と微笑を。目玉焼きの乗ったハンバーグに微笑みは必要か? 仕方がない。ハンバーグには正義だけにしておこう。
ハンバーグが来た。デミグラスソースがふんだんにかかっていて、ハンバーグ自体はふっくらとできあがり、僕はちょっと満足だったが、そのあとがいけなかった。
件のデミグラスソース、こいつがいけない。味がだらりとしている。甘い。コクがない。これではいけません。
テーブルを見ると、それまで気づかなかったが、ソースの類がなにひとつない。暗澹。あるのは塩だけである。一体全体関西はどうなっているのか。ウースターソースくらいおいておくものだ。ううん、苦しい。汝嘆くことなかれ。断食と共に微笑みを。ハンバーグには正義を。馬鹿らしい。責任者出てこい。これじゃ最後の晩餐だ。
僕はナイフを入れたハンバーグの裂け目めがけて塩を振った。ハンバーグはモーゼが海を二つに割って見せたように大きく開いていたのだ。出エジプト記。いざ見よ、これがモーゼの十戒である。デミグラスソースと塩が混ざり合い、その大海のような奇妙なソースを、僕は切った挽肉片にからめて食べた。味は絶品であった。そんなわけがあるか。ごもっとも。汝、生き来しおのが食の貧しきをしれ。神のご加護を。神はいつだって寛大なのである。

オレンジジュースが二杯。アイスコーヒーが二杯。食後はこう決めていた。
108ページもの大作を読み切るには何が何でも必要なのだ。それじゃもう一杯。僕は席を立ってジュースを取りにゆく。
そしてそこで気がついた。見よ、待合いには食を求めてやってきたごとき民のようなお客が溢れているではないか。
モーゼに引きつられて、エジプトを脱出しようと集まったような悲しきお顔をした民が、まるで心細そうに目には力なく、ぐったりして、いまにも倒れそうな様相なのである。
僕はオレンジジュースを飲み続ける自信もなく、108ページをそそくさと閉じ、辺りをちょっと見回してみる。
いつの間にかやってきたらしい主婦が二人、隣の席で語らい、ステーキにかぶりついていた。その向かいの席ではこれも女二人が食後の煙草をふかしている。
汝の隣人を愛せ。汝肥えてはいけない。煙草は健康に良くないんだぜ。ごもっとも。アーメン。
肥えてはいけない隣人も、健康を自ら侵している隣人も、これからオレンジジュース二杯にアイスコーヒー二杯なのだろう。
かくしてモーゼに引きつられてやってきた民は力なく崩れ、モーゼを痛罵する。
ふん、こんなんじゃなかった。いったい正義はどこにあるというのだ。微笑みなんてくそ喰らえ。神がきいてあきれるぜ。十戒などといってわれわれを騙してる。馬鹿野郎。あの肥えた豚どもをどうにかしろ。
モーゼはきっと泣くにちがいない。そして言うのだ。
「我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。凡そ生きて我を信ずる者は、永遠に死なざるべし。汝これを信ずるか」
民はモーゼと共に泣くにちがいない。もののあわれ。あっしたちが悪うござんした。おお、神よ、そんなに泣かないでくだせいまし。なあに、あっしたちもそんなに馬鹿じゃない。一食くらいがなんだ。ふん、おまえら早いとこ食べて、そして早いとこくたばっちまえ。ええ、神よ、あっしたちは平気です。金輪際平気です。気にしちゃいけません。悪いのはあなたじゃなくあっしたちです。ええ、あっしたちよりも悪いのは、ああやってぬくぬく太って何食わぬ顔をして平気で生きながらえているあいつらなんだ。あなたさまが悪いわけじゃござんせん。すみません。謝ります。そうですとも、われわれ民はいつだって平気なんだ。食うなといわれれば食わない。従順、それが民ってもんなんだ。忘れていました。ええ、そうですとも、あなたさまが悪いわけじゃござんせん。ほんとうです。スンマセン。ヨヨイノヨイ。
お終いだ。僕は畏れをもってその場を逃げ出した。
従順な民の怒りに幸あれ。そして神様、どうか僕にご加護を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.04

美しい老人

「おや、あんなところにお店ができた」
机の上に缶ビールをおいてGさんが言う。
「どれどれ」
僕とSさんが窓越しに外を覗く。
たしかに新装オープンしたらしい小料理屋が、ぼんやりした照明の中に確認できた。
つまみ無しでビールを飲んでいたせいか、誰ともなくちょっと冷やかしに行ってみようかということになった。
マンハッタン、マンハッタン。
心が浮き立つ。
マンハッタン、マンハッタン。
玄関前にある、贔屓筋から贈られたに違いない胡蝶蘭を見ながら、お店の入り口の張り紙に目をやった。生憎なことに、9時まで予約で一杯とある。
マンハッタンが大きな音と伴に崩れ落ちた。心が荒んだ。
「まあ、こんなこともある」
Sさんは踵を返し、地下鉄の駅の方へ歩き出す。
「串揚げでも食べて行こう」
Gさんと僕は従順に頷いた。
マンハッタン、マンハッタン。
心が浮き立つ。
マンハッタン、マンハッタン。

Sさんは65歳である。沖縄県人だからただの65歳ではない。
泡盛をがんがんやるのかなと思っていたら、意に反してSさんはビール一辺倒のお人だ。
その好きなビールをやめて焼酎にしたのが悪かった。
晩酌セットを注文し、それ以外のつまみは無しである。
ウズラの卵の串揚げ、鶏のから揚げ。その他は忘れてしまった。
とにかくそんなに多くないつまみで、僕もSさんもGさんも焼酎のお湯割りをがんがんやったのである。
話題はといえば、中身は何もない。
年を取ると話題からも見放されるのだ。
文学も音楽も絵画も何もない。恋愛などの話題は金輪際無い。芸術からずんずん遠ざかってゆく、これが年を取るということなのかも知れないなと思いながら、僕は熱めのお湯をどんどんグラスに注ぎ、焼酎を飲んでいた。
「ボストンで見かけた老人の話でもしましょうか」
あまりにも淋しいので、僕はそう言ってみた。
「老人?」
「ええ、老人です」
「老人がどうかしたの?」
「美しく年を取ってゆく老人です」
「うむ、美しい老人ね」
「その老人は、公園のベンチに座って新聞を読んでいるのです」
「新聞を?」
「そうです」
「それのどこが美しいの?」
「200ページくらいの新聞なんです」
「うむ、200ページ・・・」
「ただひたすら読んでいる」
「それだけでも感動だな」
「ニューヨークではないところがいいんです」
「ボストンには有名な美術館がある」
「その老人は美術館へも行くのだろうか?」
「行きますね、この老人なら」
「そういう老人にはスキがない」
「ええ、スキがないから美しい」
「老人と海」
「老人と美術館」
「そういう老人に私はなりたい」
「それはちがう。なりたいのは『貝』だよ。昔、そんな映画があった」
「私は貝になりたい。主人公はフランキー堺だった」
「美しくない映画だった」
「ボストンといえば松坂はどうなった?」
「負け知らず、立派なものだ」
「松井はどうなんだろう」
「ヤンキースはもう終わってしまった」
いつの間にか、美しい老人はヤンキースにすり替わっているのである。

マンハッタン、マンハッタン。
心が浮き立つ。
マンハッタン、マンハッタン。
ついに話題に突き放され、僕等はお店を出た。
Gさんが中央線に向かって歩き出す。僕とSさんは御堂筋線だ。
不幸は突然に襲ってくる。なんの予兆もなく、突然襲ってくるのが不幸というものだ。
改札口まで来たとき、Sさんがぐらりと傾き、まるで柔道の井上康生に足払いを喰らったかのようにバタリと転倒してしまったのだ。あっという間の出来事だった。
咄嗟に僕はSさんの左腕を持ち上げ、大丈夫ですかと声をかける。
後ろを歩いていた見知らぬ男が駆け寄り、Sさんの右腕を持ち上げた。世の中まだまだ捨てたものじゃない。
Sさんは、まるで美しく年を重ねた男とは思えない表情で笑っている。
こんな場合は笑うしかない。笑うこと以外に何がある。Sさんの笑いの中にはそんな卑屈な諦念があり、そしてその笑いはまるで美しくない老人のそれであった。
「やはりビールにしておけばよかったですね」
僕も美しくない声になってSさんに語りかける。
Sさんは立ち上がろうとするが、そのあとになってすぐにまたよろけてしまう。
僕は見知らぬ男に礼を言い、Sさんの左脇に肩を押し込み、不自由な姿勢で歩き出すしかなかった。忙しく追い越してゆくおねえさんやおにいさんには目もくれず、美しくない姿勢で歩くしかなかった。
ノートルダムのせむし男。せむし男には老人だって振り向きはしない。
エスカレーターのある広場の近くにあるスクリーンでは宝塚のスターが美しく歌っている。
若い男女が抱き合い、老夫婦は重たい足を引きずって力無く歩いている。
鬼さんこちら、手のなる方へ。鬼さんこちら、手のなる方へ。
僕の頭の中では中島みゆきが歌い続けている。
マンハッタン、マンハッタン。
心がさみしく塞ぎ込む。
マンハッタン、マンハッタン。

僕は美しくない笑いを装い、美しい老人になろうとしている。
正義は決して美しくはない。
同様に微笑みだって決して美しくはない。
だが僕は「正義と微笑」を愛しているのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.01

雨の物語

Rain

お昼を食べに入る店が三軒ほどできた。
その中の一軒は不思議な雰囲気を持った店である。
とりとめて綺麗といった店でもなく、かといって味の方がきわめて絶品といったこともない。店員はといえば、茶髪が悪いというわけではないが、多くの男はその茶髪にピアスである。(笑)
若い女子店員もきびきび動いているが、アルバイトのような方たちがほとんどのようで、この店のどこがいいのかよく判らないが、たまに行列ができたりしているのである。
味が今ひとつと言ったが、そのくせソースも醤油も塩もテーブルには置かれていない。なにからなにまで不思議な店なのである。味に自信がある? そんなことはないとこちらもそれは自信を持って言えるのだが・・・。(笑)
そもそもこちらは、向田邦子や椎名誠のように、気分はウスターソースダボダボ派なのである。
大阪の怪。どうも自分で自分がよく解らなくなっている今日この頃である。

いよいよ梅雨の季節の到来である。
先日はその前哨戦のような日だった。
電車に乗る。にわかに濡れた傘がズボンの裾に触れている。
隣の座席で若い女子が眠りこけ、夢の中をさまよっている。
こんなときはどうしようもなく、傘を蹴るわけにもいかないので、ただひたすら女子のように脚を閉じるしかないのだ。拷問である。(笑)
梅雨の時期はそんな日の連続だ。
お~い、北海道!
こう叫んでしまうのもこの時期なのである。
紫陽花にライラック。
初夏の北海道ではこれらがワッと咲く時期である。
ただ今年の梅雨はちょっと感じが違うのだ。梅雨を楽しもう、そんなところなのだ。

「風の歌を聴け」といったのは村上春樹だ。
今年のワタクシはと言えば、「雨の歌を聴け」なのである。
Just wolk in the rain ではないが、雨の歌を聴かなくてはいけない。
「傘がない」と泣いてしまったのは井上陽水。陽水にも言いたいな、「雨の歌を聴け」と・・・。
ただ、雨といって思い出すのは伊勢正三の「雨の物語」だ。イルカもいいけど、やはり「雨の物語」は正やんがいい。

誰もが物語り その1ページには
胸弾ませて 入ってゆく

さてさて6月は水無月。
梅雨で大雨が降ったりするというのに「水無し月」である。
どんな物語が生まれるのだろう。
かの昼食でお邪魔するお店の味も大胆に変わるといいのだが・・・。
ぞれよりはまずはウスターソースだな。
お願いだからウスターソースを置いてくれ。
水無月の初日。日本ダービーの日。大阪は雨の気配など無い晴れである。
生きていて候。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.24

月よりの使者

P1040613

ローカル線に乗っていた。
車窓に目をやると、一匹の蜂が狼狽(うろた)えながら窓ガラスを上下に行ったり来たりしていた。
本能が目に映る自然に反応するのか、蜂はひたすら車窓の外に行こうとしている。子供の頃の私ならまちがいなくピシャリとはたき落としているに違いない。
私は席を移動した。そして席を移りながら、まもなく到着する駅が城崎温泉であるのを不思議に感じていたのである。
「城の崎にて」の志賀直哉を思い出し、そして「網走まで」の志賀直哉を思い出していた。どちらかというと、そのときの私は「網走まで」の列車にいたようで、随分昔に読んだその志賀直哉の処女作を思い出していたようだ。
思い出すと言ってもその記憶はまったくなく、二人の子どもを連れた母親がどんなふうにして網走行きの列車に乗ったのか、車内の様子はどうだったのか、いや、なによりこの作品の筋立てはどんなものだったのかを思い出そうとしていたようなのだ。
結局何も思い出せないまま、私は今なお窓ガラスを上下に行ったり来たりしている蜂を見ているだけだった。

「網走まで」は、二人の子どもを連れた女の人が客車に乗り込んできて、前の座席にすわる主人公の『自分』が網走まで行くというこの女の境遇をいろいろと想像する、ただそれだけの作品である。
どこにでもある話だが、行き先が網走というところにこの小説に秘められたただならぬ不安があり、今にもくず折れそうな危うさがあり、それが読者を引き込むのであろう。
このように些細な日常を描き出すことが小説になった時代があり、そしてそれを必要としていた読者がいた。
思えば遠くに来たものだじゃないけど、狼狽える蜂の隣の座席に坐る中学生らしき子供たちは懸命に携帯電話のキーを打ちまくっているだけである。携帯に夢中で蜂どころではない。もちろんピシャリなんてやろうはずがない。
この子たちに「城の崎にて」や「網走まで」を読ませたらどんな反応があるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、私の思いは急に月光仮面へと飛んで行くのである。

「三丁目の夕日」じゃないけど、あの頃のヒーローは月光仮面だった。
月よりの使者「月光仮面」は白いオートバイに乗って突如としてやってくる。
悪を懲らしめるためにやってくるのが月光仮面だが、この歳になるとなにやら気分が浮かれているときにも「月よりの使者」はやってくるものらしい。
私はこの時分、正座して月光仮面を観ていたような記憶がある。
あんなに強い月光仮面がいつ登場するのか、早く「サタンの爪」がふんだんに悪事を働き、ここぞとばかりに登場してくれ、そう願いながら少年は正座を続けていたのである。
そんなヒーローであったから、いまでも主題歌は諳で歌える。
サッと書くならこんな具合だ。

どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう

私は仕事を終え、城崎温泉に浸かりながら、ひとりで小さく歌っていた。
金曜の午後だというのに他に客はなく、洞窟になっている風呂は竹でできた塀で女風呂と仕切られていたが、隣からの声が聞こえないのを幸いに、私は月光仮面を歌い続けた。

どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう

二番の歌詞はさすがに思い出せないので、一番だけを繰り返し繰り返し歌っていたのである。
ちなみに月光仮面の原作も、この主題歌の作詞も、かの森進一とゴタゴタのあった川内康範である。

洞窟風呂にある岩に腰を下ろし、風に打たれながらふと足下に目をやると、一匹の蟻がよろよろと小さな枯葉と格闘しているのが目に入った。蟻の傍には温泉がひたひたと迫ってるのだが、これには目もくれず、蟻はひたすらよろよろを繰り返しているのである。蜂の次が蟻だなんて妙な取り合わせだが、私はこの蟻をずっと見ていることにした。
それがここ「城崎」に来た目的でもあるかのように見続けていたのである。
蟻はしばらく枯葉と格闘を繰り返していたが、飽きてきたのか、はたまた目的を全うしたのか、傍にあるプラスチックでできたゴミ入れの壁を器用に登り始め、そして頂上までたどり着くと、哀れにもその中に真っ逆さまに落ちて消えてしまたのである。蟻の運命やいかに。なんとも「城の崎にて」を彷彿とさせる事態であった。

仲間からはぐれてしまった蜂が一匹。
仲間からはぐれてしまった蟻が一匹。
そして突如として疾風のように現れる月光仮面。

どこの誰かは知らないけれど
誰もがみんな知っている
月光仮面のおじさんは
正義の味方だいいひとだ
疾風(はやて)のように現れて
疾風(はやて)のように去って行く
月光仮面は誰でしょう
月光仮面は誰でしょう

私は蜂のことも蟻のことも忘れて、ただひたすら月光仮面を歌い続けるしかなかった。
なんの変哲もない幸せという日常が不幸の向こうに繰り返される。
やはり、『思えば遠くに来たものだ』の心境が私を呪縛して去ろうとしない。
これが現代版「城の崎にて」なのである。
合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.08

大沼の風

P1040558  P1040563

先日、ここで取り上げた「千の風になって」の記事に出てきたモニュメントである。
歌碑だとばかり思っていたら、このようなモニュメントというのか石碑みたいなものが地面に埋め込まれていた。
千の風が舞って、土埃で覆われてしまったら姿を消してしまうんじゃないだろうか。
そんなところもまた「千の風になって」の企みというかコンセプトなのだろうか。
千の風というのはいかにも寂しい。

モニュメントから目を上げれば、そこには駒ヶ岳である。
生憎の時間で、天候もすぐれないせいか、ちょっと寂しそうな駒ヶ岳である。
気が重い日というのはこんな駒ヶ岳が相応しい? 
こんな日は富士にだって月見草は似合わないにきまってる。八つ当たり。
休暇もそろそろ終わりに近いのである。(笑)
とりあえずお約束のモニュメントのご紹介まで。信天翁拝。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.04.19

ダウト

P1000052  P1000345

子供の頃よくトランプ遊びをした。
今はカードとお洒落に呼ぶが、昔はトランプだった。
今の子供たちのようにニンテンドウもプレステーションもなかった時代だから、兄弟が集まってやるゲームといえばトランプだったのである。兄弟ばかりか、修学旅行の列車の中でも同級生たちとワイワイ騒いだものである。
トランプゲームの中でもシンプルで単純なものしか知らなかった。ページ・ワンが一般的に主流で、ポーカーなどはそのずっと後なのである。
向田邦子さんの小説に「ダウト」というのがあるが、これもトランプゲームのひとつでよくやった。配られたカードを順に出してゆき、たとえば「ハートの9」などと言って出すのだが、出されたものが疑わしいと思ったら相手は『ダウト!』と叫び、ピタリと嘘を見破ったらその人の勝ち、単純なものである。
私は嘘が苦手でこの「ダウト」ではいつも負けてばかりだった。
平然とした顔をして、天から槍が降ってきても動じないといった案配で「ハートのエース」などと言ってカードをさりげなく出しても、『ダウト!』と叫ばれあっけなくその場で野垂れ死にしてしまうのである。
「ダウト」の世界は難しい。人生を生き抜いてゆくということはまさしくこの「ダウト」の世界に通じることなのかも知れない。そんな思いを持ちながら向田さんの「ダウト」を再読している休日なのである。
トランプという発音にはなかなか心地よいものがある。
トランポリンもなかなか良いが、私的にはトランプはカードとは別物で、いつもトランポリンの網の上を跳ねているようなそんな印象なのである。ちなみにトリンプは女性の下着メーカーであるが、この心地よさを狙ったものであるか否かは私には解らない。
トランプ、トリンプ、トランポリン。トランプ、トリンプ、トランポリン。
神戸の街はマンハッタン、マンハッタン、トカトントン、トカトントン。
なにかのお呪いにでもなりそうなのである。

昨日の昼飯。
ふらりと入った居酒屋風の店のテーブルは満席で、カウンターに座った。
隣の客と肩触れながら落ち着かなく煮魚定食などを食べていると、TVからいきなり八代亜紀の声が聞こえてきた。
TVに目をやると、デビューの頃とあまり変わらない八代亜紀が歌っている。
♪寒い夜汽車で・・・
「愛の終着駅」である。
店ではオヤジが料理をこしらえ、おばちゃん二人が忙しく立ち回ってる。
「おおきに」
「あんたんとこ、お茶まだやったな、ごめんな」
「焼き魚はそっちのお客や・・・」
おばちゃんは元気よく声をからし、そして八代亜紀は『愛』を叫んでいる。
♪寒い夜汽車で・・・
この「愛の終着駅」は私の数少ない演歌のレパートリーである。
この曲はいきなりサビの出だしで始まるから、この頭に失敗してしまったら一巻の終わりなのである。
鯛のかぶと煮の身をほぐし、声に出さずに口ずさんでみる。そして盛んに歌っていた頃を思い出してみる。
函館の大門に五稜郭。
柳小路に広小路。
青いネオンに赤ネオン。
男に女にママにホステス。
『ダウト!』と叫ばれたのは果たしていつの頃だったのか。
トランプ、トリンプ、トランポリン。トランプ、トリンプ、トランポリン。
神戸の街はマンハッタン、マンハッタン、トカトントン、トカトントン。
昭和はすでにまほろばなのである。


寒い夜汽車で 膝をたてながら
書いたあなたの この手紙
文字のみだれは 線路の軋み
愛の迷いじゃ ないですか
よめばその先 気になるの

君のしあわせ 考えてみたい
あなた何故なの 教えてよ
白い便箋 折り目のなかは
海の匂いが するだけで
いまのわたしを 泣かせるの

北の旅路の 淋しさにゆられ
終着駅まで ゆくという
あなたお願い 帰って来てよ
窓にわたしの まぼろしが
見えたら辛さを 解ってほしい
(八代亜紀「愛の終着駅」作詞:池田充男)


iTunes Store で八代亜紀の「愛の終着駅」をダウンロードし、向田邦子の「思い出トランプ」を読んでいる休日の午後。
トランプ、トリンプ、トランポリン。トランプ、トリンプ、トランポリン。
神戸の街はマンハッタン、マンハッタン、トカトントン、トカトントン。
やはり昭和はまほろばなのである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.04.13

千の風になって

P1030535

歌うことはないが、よく聴く曲だ。
昨日の朝日新聞の「赤be」にこの作者不詳、新井満訳の記事が載っていた。
この三月までの『愛の旅人』欄が『うたの旅人』にかわり、久しぶりに手に取ると、そこには大沼駒ヶ岳の大きな写真が寒々とした姿で威容を誇っていた。
この『愛の旅人』は機会あるごとに即リンクして、関連記事を書き込んでいたのだが、今回からはasahi.comに掲載されていないようで、リンクを貼ることはできなくなった。残念なことである。

代わりにといってはなんだが、昨年の秋の大沼駒ヶ岳を載せてみた。
新井満はこの作者不詳の詩を翻訳するにあたり、Winds と1カ所しか出てこない『風』にこだわり、6カ所も登場させている。その翻訳を完成させたところが大沼にある彼の別荘なのは知っていた。大沼は私の庭みたいなところだから、新井満の次のような談話には敏感に反応してしまった。

「風を見た人っていないですよね。でも、森の中を風が通ると木々が揺れるでしょ。風の形がわかるんです。風の姿を見たような気がしましたね」

駒ヶ岳から吹き下ろす風が大沼の森の木々を揺らし、そこに『風の息』を見た芥川賞作家は一気に翻訳を進め、この作者のいわんとするところが『死と再生のポエム』であることに思い至る。
たしかに大沼の風は居心地がいい。
初夏。テニスに興じ、一汗かいたところでやさしく顔をなでてゆく薫風。
晩秋。湖面に映る駒ヶ岳を揺らすように吹き抜ける一陣の突風。
初冬。このときの風だけはどうにもいけない寒さを伴って襲ってくる暴風だ。
風はいつだってその姿を変え、やさしく、時に凶暴になって人々を驚かせる。
大沼の森を吹き抜ける風を見て、その風が『千の風に』姿を変えるところがなんとなく嬉しかった。
新井満は夏の二、三週間を大沼で過ごすということだから、この晩秋の一陣の突風も初冬の凍りつくような強靱な風も知らないに違いない。
今月の25日、ここ大沼に『千の風になって』の歌碑が建つらしい。
私の休暇が5月に入ってからだからちょっと拝見でもしてこようかと思ってる。
大沼駒ヶ岳の写真を観て、故郷が懐かしくなった休日の午後である。

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません
眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません
死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
千の風に 千の風になって
あの 大きな空を 吹きわたっています
あの 大きな空を 吹きわたっています
     (原詩・作者不詳、新井満訳)


もちろん、風を感じたあとは大沼だんごに流山温泉である。
ついでに、カラオケに行って『千の風になって』でも歌おうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.04.06

三井寺の桜

Nioumon

桜を追って三井寺へ行った。
天台寺門宗総本山園城寺(おんじょうじ)。これが正式な三井寺である。
近くに比叡山延暦寺があり、明智家の菩提寺西教寺がある。

Kannondou

琵琶湖を一望できる高台に観音堂があり、そこの桜は実に見事だった。
みたらし団子を頬張り、ペットボトルのお茶をグイと飲み、一句ひねり出そうかなと思ったがやめた。ワタクシ、芭蕉ではないのである。(笑)

Kannondou2

三井寺がある大津は昔々のその昔、5年間ほど都として存在したらしい。
大津京。その名残があるのか、この街はどこかゆったりと構え、そしてのんびりしている。街の人に道を尋ねたりすると、京都よりは優しい言葉遣いで教えてくれるのが有り難い。

Jyuzu

国宝の金堂は修復中で写真に収めなかったが、中は拝観できた。
大日如来に弥勒菩薩に毘沙門天。室町時代に鎌倉時代、なにやら歴史を感じさせる仏像が睨みをきかせていて壮観だった。
その有り難さを享受しようと腕輪念珠を買った。
魔除け悪除け病除け。ワタクシに女除けはないのである。(笑)
そしてついでに、何を血迷ったのかポケットサイズの「般若心経」まで買ってしまった。
マカハンニャハラミッタシンギョウカンジサイボサツ・・・
腕輪念珠を腕に巻き、般若心経をポケットに忍ばせ、一体ワタクシはどうしようというのであろう。(笑)
これで締めて800円也。うむ、オヤジ晩酌セットの方が良かったかも・・・。
もちろん、ワタクシの大事なかの方には厄除けのお守りを買った。
ギョウジンハンニャハラミッタジショウケンゴウンカイ・・・
魔除け悪除け病除け。そしてついでにかの方は男除けなども・・・。(笑)
えりもの春ならぬ、かつての大津京の春もこれで終わりなのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.04.03

湯舟投手

新年度の始まり。慌ただしい毎日が続いている。
外回りをしていたときの楽しみはなく、オフィスに閉じこめられて今じゃすっかり事務職なのである。
味気ない昼食をとりながらも携帯を握りぼやいてばかりいる。
携帯の向こうの、ピストルをぶっ放すキャリアのかのお方も新年度からは想像を絶する忙しさで、それでも話だけは聞いてくれる。相哀れむ。マンハッタン、マンハッタン。トカトントン、トカトントン。お互い合掌なのである。(笑)

帰宅し、疲れてシャワーを浴びながら防滴ラジオのスイッチを入れる。
熱いお湯と伴にいきなりタイガース戦の実況が流れる。
解説は元阪神タイガースのエース湯舟だった。
湯舟、どこかで聞いたことがあるなあと思いながら、温めのお湯をかぶりながらバシャバシャと髪を洗う。

阪神淡路大震災の年に神戸に転勤してきた。
引っ越し荷物を宿舎に取り込んでいるときにインターホンが鳴った。
この忙しいときにと舌打ちしながらドアを開けると新聞の勧誘員が立っていた。忙しいからと言って断ろうとすると、そのY新聞の勧誘員はタイガース戦のチケットをちらつかせるのである。
勿論それは対ジャイアンツ戦のもので、よかったら今後も提供したいとおっしゃるのだった。
結局1年の契約をし、神戸の街が瓦礫と化しているというのに、ワタクシは犯罪者のような後ろめたさをひきずりながら初めて甲子園球場に行ったのである。(笑)

ジャイアンツのファンでもないというのにジャイアンツの応援席の人となり、マウンドで好投を続けるタイガースのエース湯舟を間近で観ていた。
結果は湯舟の好投もむなしく、タイガースは負けてしまった。
甲子園のカクテルライトが美しく、ここで六甲おろしが聴けたら最高だったがそれも叶わなかった。
人混みに押されながら球場を出てブラブラ歩いていると、一人の男が立ちふさがるように前から近づいてくる。
何事かと思って構えてると、その男はメモ帳を手に取り、
「今日の湯舟はどうだったか?」
と訊いてくるのだった。
なんのことはない、スポーツ新聞の記者だったのである。
「あまり良かったとはいえないね」
あたりまえのことを言ってやる。
湯舟のことは知らないのでそれ以上は言えない。
それでも記者は執拗に湯舟のことばかり訊いてきた。余程タイガース通だとでも思ったのだろう。
「いつもの湯舟らしさがなかったね」
いいかげんうんざり気味に通ぶって応えてやった。
そして通は通なりにそそくさと逃げてしまうのである。(笑)
翌日の新聞には、タイガース通のワタクシのコメントがとびきり大きく載っていた。湯舟万歳。

防滴ラジオから流れる湯舟の声はさわやかだった。
あれから何年経ったのだろう。
神戸の街はすっかり復興し、当時の面影すらない。
我が身を憂い、かのキャリアのお方を想い、なつかしい湯舟の投球スタイルを思い描いている桜満開の4月の夜なのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.03.30

根来寺の桜

Negoro

関西の桜は例年に比べ遅いようである。
先日訪れた紀の国は根来寺の大門の桜。
根来寺といわれてもさっぱり解らない。
根来衆といわれれば、ああ、あの武装した僧侶の集団かと納得する。
タクシーの運転手も根来寺の桜は綺麗だといって説明してくれるが、その先の寺の説明はない。(笑)
ちょっと回って観てみますかといわれたので寄ってみたが、やはり二分咲きといったところでがっかりした。
タクシー内のラジオは甲子園の実況である。
中京大中京と明徳義塾の接戦で甲子園は盛り上がっているようだった。
「和歌山の箕島高校はどうなっちゃったんでしょうね」
「最近はさっぱりです・・・」
「尾藤監督のときは強かった」
「今じゃ智弁和歌山です」
車窓を流れる桜をちらりと見やりながらそんな話をしている。
智弁和歌山といえば県下でも有名な進学校で、野球部の監督は各学年から10名しか部員を取らないらしい。
3学年で30名、この少ない部員数で甲子園常連なのである。
そして聞くところによると、その各学年の県外からの部員数は二、三割に絞っているという。やみくもに県外からの野球留学を認めているわけではないらしい。それで甲子園常連校であり、優勝候補なのである。
そんな話を運転手にしていると、
「お客さん、くわしいね」
と褒められてしまった。
種をあかせば、ほんの二、三日前に和歌山県人から聞いたばかりなのである。
「ただ、ボクは箕島野球が好きなんだ」
「ええ」
「和歌山といって思うのは箕島だけなんだ」
「・・・」
「あとは何も知らない」
「・・・」
運転手は呆れたように無言でアクセルをふかし、根来寺の大門を駆け抜け、やはり三分咲きのしだれ桜のあるところに向かった。根来寺などはもうどうでもよくなっているのである。
タクシー内の甲子園実況は、中京大と明徳義塾の延長戦を伝えていた。
只今、我が家のラジカセからは智弁和歌山対宇治山田商の好試合が実況されている。
今日も一日、家で甲子園漬けなのである。(笑)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.03.23

ヒューマン・スクランブル

Kousien

いろいろなひとたちが歩いてる。
目的があるひとそうでないひと。
ぶつかりあいながらあるいはそれを交わしながら、携帯を持って喚きながらあるいはお辞儀をしながら、とにかく黙々と歩いている。泣いて笑ってまた泣いて。理由(わけ)があってないようで、男と女はそんな想いと伴に歩き続ける。
どこからともなくそんなひとたちは湧いて出てくるようだ。不思議な街だな、大阪は。

甲子園。
ここにもいろいろなひとたちが溢れている。
地方の訛りが飛び交い、贔屓校の勝敗に一喜一憂しそして泣き崩れる。
泣いて笑ってまた泣いて。理由(わけ)があってないようで、そんなふうに地方の訛りは交差する。
今年の春センバツ、我が駒大岩見沢はみごとに散ってしまった。
夏の甲子園に比べたら春センバツはちょっと静かだけど、球児たちの熱気はかわらず熱いものがある。

初戦敗退に落ち込み、久しぶりにミナミで飲んだ。自棄酒である。
ビジネスマンで溢れているキタの梅田に比べたらミナミの難波はどちらかといえば夜の街。ここにもいろいろな人間が溢れかえっていた。人間交差点。
泣いて笑ってまた泣いて。理由(わけ)があってないようで、男と女は想いをただぶつけ合うだけだ。
♪ 春なのに 春なのに ためいきまたひとつ
駒大岩見沢、夏の甲子園でまた会おう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.03.15

池田の豆腐

Campanula

カード会社から毎月送られてくる広報雑誌がある。
そこにねじめ正一さんのエッセイが連載されていて、毎回楽しみに読ませて貰っていた。
「我、食に本気なり」というタイトルだから食べ物に対するこだわりが書かれていて興味深いものだった。
読ませて貰っていたと書いたのは、この連載が今回で終わってしまったからだ。
年間2000冊もの本を読む女(ひと)を知ってるが、ワタクシなどはこの手の雑誌しか読んでいない。そしてこの手の軽いエッセイしか読んでいない。図書館などへは行ったことはなく、まるで恥ずかしいワタクシなのである。

その最後の連載の食はなにかといえば『油揚げ』である。
ねじめさんにいわせれば、揚げたばかりのできたての薄油揚げを焼いてそこにちょっと醤油を垂らし、辛子をつけていただくのが最高なのだそうだ。そして油揚げは断然薄くなくてはいけないらしい。
揚げたての油揚げなど易々と手にはいるわけもなく、スーパーで売られているものは厚いものばかりで、これに関してもねじめさんはお嘆きのようだった。
人生最後の晩餐、ワタクシ的にはねじめさんのように油揚げに醤油と辛子というわけにはいかないな。(笑)

連絡船時代のことである。
午後の2時くらいに乗務して、翌朝の9時くらいに下船という交代勤務があった。函館~青森を2回往復するわけで、睡眠時間は4時間程度だったように記憶している。
交代の朝にはすっかり疲れ切っていてへとへとだった。
「まいど!」
そんな慌ただしい、交代時間のバタバタしているときに聞こえてくる声があった。
そのオヤジはそんなふうに大きな声で叫んで、船長室に入って行く。
池田さんという豆腐屋のオヤジがそのひとである。
池田さんとこの豆腐はもう数十年も連絡船に納められていて、朝な夕な、ワタクシたちはその豆腐を食って津軽海峡を無事故で航行していたのである。
朝にこうしてやってくるということは、今晩の飯のおかずは豆腐料理に違いないのである。簡単な推理だ。われわれは引き継ぎ事項にもないそんな他愛のないことまで言って笑いあった。
「セカンド・オフィサー、頑張ってるか!」
細身で老年の域に達している池田さんは、皺の混んだやさしい笑顔を向けて勢いよくそういうと、廊下ですれ違いざま肩などをポンと叩くのだ。
「ええ、まあ」
と応えたものの、慌ただしい朝に豆腐屋のオヤジから肩を叩かれるということがよくわからなかった。
池田さんは新聞紙でくるんだ二丁ほどの豆腐を持参していて、仲の良い船長なんかにお届けしていた。
「まいど!」
いつになったら池田さんはこう叫んで、二丁の豆腐をぶら下げながら船長室のワタクシのところにやってくるのか、たまにそんなことをぼんやり考えたこともある。

そんな池田さんのご自宅にお邪魔したことがある。
函館の十字街にある池田さんのお住まいは時代を感じさせるに十分で、ギシギシ鳴る急傾斜の階段を昇って行くとそこが池田さんの部屋で、実に趣のあるたたずまいであった。
朝っぱらだというのに、池田さんはできあがったばかりの豆腐を持ってきて、そしてビールの栓を抜いた。仲の良い船長も一緒だったので、三人がそれぞれに乾杯と言ってグラスを持ち上げひといきにビールを飲み干した。
部屋の隅に立てられている三味線が目についた。それを察知してか、池田さんはこの界隈が昔花街で、そのためか池田さんご自身も随分と豪遊された歴史をお語りになった。皺の混んだそのときの池田さんからは想像することが難しかったが、時折見せる粋な仕草はたしかに当時のものだった。
ふいに三味線の音が聴きたくなったが、それは野暮というものだった。
弾き手が池田さんとはかぎらず、おそらくその弾き手がすでにここにはいないことも十分察せられた。

できあがったばかりの豆腐には醤油だけで充分だった。
そして肴はというと豆腐以外に何もなかった。
「豆腐を食う会」、勝手にそう命名して飲んでるのだから、豆腐以外に何もないのは当たり前なのである。
池田さんは早くに奥様を亡くされ、ひとり気ままに生きておいでだったから、晴耕雨読ではないが、暇があったら本などを読み、酒が飲みたくなったら酒を飲む、そんな傍目には羨ましいところがあった。文学にも精通していて、とくに永井荷風なんかは好んで読んでいたらしく、知ったかぶりをひけらかすと、ズバッと切り込んでくるところもあった。刻まれた皺は伊達ではないのである。
「豆腐は何故『豆腐』と書くのか」
豆が腐ったのでは旨くないじゃないか。
ビールが清酒に代わって「豆腐を食う会」は益々絶好調だった。
「そんなことはどうでもいい。旨けりゃそれでいい」
豆腐屋のオヤジはそういって笑いながら酒を飲み干す。
たしかに豆腐が『豆富』だったら庶民は遠のいて豆腐には手を出しかねる。
豆腐は『豆富』になって気位が高くなってはいけない、池田さんはそういいながらも豆腐作りの難しさをさりげなく説いてみせるのだった。

腐って旨いものだってある、そんな極意があるとするならそれは池田の豆腐だ。池田さんの半分も生きていない若造のワタクシも勢いづいて生意気にもそうのたまうのだった。
「屁理屈を言うやつは、豆腐の角に頭ぶつけて死んじまうがいい」
豆腐の角というのはそのためにあるものなんだ。
豆腐屋の主人がいうこんな歯切れの良い言葉はないのである。
「豆腐はね、いつだって豆腐なんだ」
「それ以上のものでもなくそれ以下でもない」
これほどわかりやすい言葉はなかった。
それはやはり池田さんのこだわりであり、極意であったように思われる。
「よし、ババアの店へ行こう」
池田さんが急に思いついたようにいう。
ババアの店とは池田さんが豆腐を入れている小料理屋らしい。
「まだ昼ですよ」
「昼でもなんでもかまわない」
池田さんの足はすでに千鳥足なのである。
豆腐にしては厚みのない痩身の池田さんが、ゆらゆらと泳ぐようにして前を歩いて行く。
「味がないようで味がある、それが豆腐ってものだよ」
「味がない分、いろんな味になれるんだ」
池田さんの左右に揺れる背中はそういっていた。

最後の晩餐。人生の最後に何が食べたいか。
ワタクシなら迷うことなく池田の豆腐を食いたいというだろう。
残念ながらいまの十字街に池田さんの豆腐屋はない。
昨年の秋にぶらっとその周辺を歩いたが、古めかしくも威厳に満ちたそのお店はなかった。
金森の煉瓦倉庫があり、小綺麗なレストランや料理屋は並んでいるけど、その脇をちょっと入ったところにあった、あのギシギシと鳴っていまにも足を踏み外しそうで危なっかしい階段のつくりの池田さんの豆腐屋はすでにないのである。
「まいど!」
あの歯切れの良い池田さんの声はもう聞けないのである。
上にある写真は花屋の前で撮った Campanula Get Me というもの。
なぜか池田さんにはお似合いのような気がして上げた。
花のセンセイに褒められるかな。(笑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.03.10

岐阜駅にて

P1040285

久しぶりに岐阜に行ってきた。
稲葉山城を模した城があり、仕事が意外に早く終わったこともあったのでロープウェーで登ってみようかと思ったがやめた。濃姫はさておき、美濃の方には悪いが、その父道三にはあまり興味がないのである。
そこで閃いたのが岐阜駅にあるツワブキである。花のセンセイである。
駅構内にある“音楽堂”というCDショップの前に花壇があり、この1月30日にはツワブキが咲いていた。それ以来の岐阜だからその後いかがなっているものか、確かめずにはいられないのである。ツワブキが濃姫を押しやったのである。

ツワブキのツワ子はいなくなっていた。
さもあろう、いかに駅構内のショッピングアーケードが暖房されていようと、やはり冬の寒さはこたえるに違いない。
寂しさもあったが、ツワ子さんがフッとどこかへ放浪してしまっていなくなったような、そんなツワブキの葉が勢いを増しているような一画を写真に納めてみた。
ツワ子さんは一体どこへ消えてしまったのだろう。
花のセンセイにそれを報せると、センセイはウッと唸った。
そして寂しいねと一言いってしばらく無言になった。
ツワブキの花言葉。
謙譲」「困難に傷つけられない」
世間の目などを気にせず、思ったことをやってしまう
奔放で型「破りな性格。女性の場合「男勝り」タイプが
多い。うわさや批判には敢然と立ち向かっていきます。

困難に傷つけられなく奔放で型破り、どこかで自流の恋を楽しんでおいでなのかもしれないな。
ツワブキのツワ子さんに乾杯!

P1040290

その花のセンセイから、青函連絡船就航100周年記念絵葉書がとどいた。
なんということか、下にある『昭和63年3月16日 函館港』の記事にはこのお写真こそ必要だった。
バカバカバカ、イワンのバカなのである。
タイムスタンプが3月3日で、これは駒大岩見沢で囲碁の主将をして全国制覇を果たしたご子息の卒業式のあとに実家に立ち寄った日付だった。
“ジャズが似合う街 はこだて”と書かれ、そのあとの報告に寄れば、係留船「摩周丸」を見学し、函館駅2階の連絡船メモリアルホールを訪ね、啄木小公園を散策し、最後は“小さなジャス喫茶”で締めたのだという。
このルートは信天翁のルートである。
残念ながら白井朝子女史には会えず終いだったというけど、さすがにワタクシのあなたではあります。

潮かをる
北の浜辺の砂山の
かの浜薔薇(はまなす)よ
今年も咲けるや

啄木

100万本の薔薇など贈れない。
100万本の浜薔薇だって不可能だ。
せめて一鉢のツワブキだったら贈れるかも知れないな。
MJQの『Love Me, Pretty Baby』を聴きながら。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.03.08

昭和63年3月16日 函館港

P1040281

風邪でダウンしている。
喉が腫れて咳が出て、歩くと関節が痛く熱もちょっとありそうだ。
だいたい風邪を引くとそのフルコースに苦しむ。
これは医者に行って注射などをし、薬などを頂いてもきっちりお約束ごとができてるかのようにフルコースはやってくる。
三日ほどつづいて、それから快復なのである。
その間、修行僧のようになにもしないかというとそうではない。
煙草を吸う。二日目には風呂にも入る。そして冷蔵庫から冷えたビールを取り出しぐいと一息に空け、つまり荒療法だってお手のものなのだ。(笑)
自慢はできません。紳士淑女は真似などしませんように・・・。

青函連絡船就航100年の記事がある。
そうだったのか、昨日がその日だったのか。

祝就航100年 汽笛響く 函館など旧連絡船3隻

【函館】国鉄青函連絡船就航からちょうど百年となった七日午前十時、保存展示されている旧連絡船の「摩周丸」(青函連絡船記念館摩周丸、函館市若松町)、青森の「八甲田丸」、東京の「羊蹄丸」の三隻で同時に記念の汽笛が響いた。摩周丸では、当時の制服姿の連絡船OBが出港前の作業を再現する「模擬操船」も行われ、市民やOBらが懐かしさに浸った。
 模擬操船は同記念館とNPO法人語りつぐ青函連絡船の会が企画。船内にはファンら約百三十人が集まった。連絡船OBが出港を告げるドラを響かせた後、元船長の「長声一発」のかけ声に続いて航海係が汽笛を鳴らし、模擬操船が終了すると、参加者から拍手が起きた。
 午前十時は、一九〇八年(明治四十一年)三月七日に、最初の連絡船が出港した時刻。青函連絡船は八八年三月に廃止された。
(北海道新聞より)

こうして語り継がれてゆくことは悪くないね。
NPO法人といえば白井貴子、いや、この記事にある白井朝子さんだな。
いつもこの人のパワーには負ける。お元気なのが嬉しいです。

ベッドに倒れていてばかりじゃしょうがないので、連絡船関連の資料を取り出してみた。
たしか船員手帳が残っているはずだった。
そこででてきたのがこれである。100年の歴史から見たらほんのわずかのメモ程度のもにしかすぎないが、ワタクシが生きてきた証がそこに遠慮がちにあるのだ。
お見せするほどのものでもないが、これも100年の歴史に甘んじてご披露すると、連絡船を存続か否かの厳しい時期に青函局で陸上勤務をやったのが昭和59年3月10日とある。
JRという新会社が設立される予定になっており、その新会社に数隻でも存続して貰うよう知恵を絞って運行ダイヤ、乗組員の作業ダイヤを考えた日々の始まりである。
悪戦苦闘。労働組合との団体交渉では罵詈雑言を受けたものである。
曰く、
「当直中、腹痛でトイレに駆け込むとき誰もいなくなってしまう」
「安全運航といってるが、連続睡眠時間45分とはなんだ・・・」
「昼飯はいつ食べるんだ!」
「バカヤロウ!」
さすがに鬼の国労だった。(笑)
これが数隻存続のための最良な案なのです。
余り力が入らなかった。ええ、それは十分承知してますよ、でもこれを受けてください。問題は存続にあるんですから・・・。
「受けられるか!」
「バカヤロウ!」
結果は全廃であった。(泣)

その交渉を2年間やり、船員手帳を見ると昭和61年2月14日に船に出ている。
復帰したけど風当たりが強かった。
普通船長で復帰するのだが、今回に関してはもろもろあって、
「船長にはさせない」
そんなお約束ごとあったのかもしれない。
まあ、今になって考えると気が楽でよかったけどね。
ラスト・エンペラーにラスト・サムライにラスト・キャプテン。
日の目を見なかったのはラスト・キャプテンなのである。(笑)
思い出すときりがないけど、船員手帳の最後の欄はこうである。
「雇止年月日及び雇止港」 昭和63年3月16日 函館港。
信天翁の漂流の始まりである。(笑)

こんなことを書いていたせいか風邪の具合が思わしくない。
こんなワタクシも船員手帳の「健康証明書」欄にはこう記載されていた。
肺活量が4580ccで握力はともに45以上、視力に至っては裸眼で1.5以上。
頑強だったのである。(笑)
う~ん、まとまらない文章だ。
思考力なし、すべて風邪のせいにしておこう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.03.05

Softly As In a Morning Sunrise

Mjq

朝日が差している。
こんな日はMJQにかぎる。
理由もなくこんな日は『朝日のごとくさわやかに』だ。
ミルト・ジャクソンのヴィブラフォンが頭を駆けめぐる。
どうだ、おまえのためにスイングしてやってるんだ。それなのにそのざまなんだ、一緒にスイングしろ!
僕は従順に布団を押しのけてベッドをとびだし、そしてコーヒーをおとす。
そして憂鬱な顔をして煙草に火をつけ大きく吐き出す。
いつだって休日の朝はそうだった。

ふいに携帯が鳴った。起きろ!
休日ではない。ミルト・ジャクソンではない。
ただその声は“朝日のごとくさわやか”だった。
仕事だろうと叱咤する。
そのわりには自分も仕事になんか行きたくないとだだをこねる。
僕は憂鬱な気分を押しのけてベッドをとびだしてコーヒーをおとしにかかる。
今日の朝はそんな朝で始まった。
そして携帯を切った僕は憂鬱にもどり、MJQを聴く。
さて、これから仕事に向かう支度に取りかかる。
やはり、ミルト・ジャクソンが囁いてくる。
どうだ、おまえのためにスイングしてやってるんだ。それなのにそのざまなんだ、一緒にスイングしろ!
「はい」
僕はいつだって従順になる。
さて、仕事だ、仕事だ。
僕は冷めたコーヒーに咳き込み、駆けだして電車に飛び乗る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.01

えきそば

Chyoco

仕事で東加古川へ行くことになった。
加古川まで行き、そこから普通に乗り換える。
昼飯をとるため一時加古川駅を出るのも面倒で、そのまま駅構内にある蕎麦屋に入った。
「えきそば(昆布入り)」というのを注文してびっくりした。
昆布を麺にからめ、箸でそっと持ち上げてみるのだが、どうも麺の色がおかしい。蕎麦の色をしていない。
口に含み、味を確認してみるのだがどうも蕎麦の味がしない。
それもそうだろう、なんと麺は中華麺だったのである。(笑)
出汁は和の蕎麦のもので麺が中華なのである。とんこつスープをぶっかければそれはもう立派なとんこつラーメンである。塩スープをぶっかければそれはもう立派な塩ラーメンである。

店内を一渡り眺めてさらに驚いた。
カウンター席だけのこちら側からは向こう側には行けず、向こう側は駅構内ではないからこちら側へは来られない。駅の仕切りが厳然としてあるのである。(笑)
驚いたのはこちら側と向こう側のメニューが違うことだった。
向こう側には飯類のメニューがあるというのに、こちら側にはそれはなく、「そば」だけなのである。
これはおそらくJRの規定かなにかにひっかかるのだろう。
そのなんとも妙な「えきそば(昆布入り)」を食べながら、多分、「日本で一番旨くないそば」であるに違いないと思った。恐るべし播州人なのである。(笑)
ただ、播州人の名誉のために言うなら、こういう発想から新しい食の文化が生まれるのかも知れないということだ。ちょっと苦しいけど、「日本で一番旨くないそば」が「日本で一番旨いそば」に変身することだってあるのだ。
中華麺に味噌スープなんてのも今じゃ立派な「味噌ラーメン」に成ったではないか。汝諦めることなかれ。
頑張れ「えきそば(昆布入り)」なのである。頑張れ播州人なのである。

「えきそば(昆布入り)」で舌が麻痺したわけでもないが、チョコレートでお口直しなど。
行きつけのスナック、中国四千年の歴史のママさんから頂いたチョコです。
バレンタインデーのためにとっておいたもので、その日に行けなかったから昨日こっそり頂いた。
前日のお客の入りがさっぱりで『泣きたくなったわよ』などという口説き文句を聞きながら、チョコレートで釣られている哀れなるかな中年である。
昨年と同じパッケージのチョコレート。
バレンタインデーとは過去を滑稽に思い出す日なのかもしれない。
今頃になってバレンタインデーの話などとは情けない。合掌。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.02.27

自由が丘

Jiyuugaoka

今、『自由が丘』という焼酎を飲んでいる。
東京のminaちゃんから頂いたものだ。
頂いたというよりはこちらからなかば強制的に要求したもので、彼女は快く応じてくれたのである。
有り難うの電話をかける。彼女は答える。
「おいしい?」
「うん、旨い」
「どんなふうに?」
「ツワブキの花のように」
「バカ」
「うむ、バカだ」
minaちゃんはワタクシの花のセンセイなのである。

太宰の小説『朝』のシチュエーション。
これに似た小説を書いたことがある。
同人誌の仲間は評価してくれたけど、先生と名のつく方々からは不評だった。先生の評など気にはしていないけど、君は大人の恋を知らない、そこがこの小説の弱さだ。
「君はね」、「君のね」、そういって辛辣な評をガンガン言ってくるのは彼の木下順一さんである。
「彼はね」、「彼のね」、そういっていつも寄り添ってくれていたのは彼の坂本幸四郎さんである。
木下さんからそう言われると、いつも歯を食いしばり少年のように羞じらいをこらえていたあの頃の自分が懐かしい。
坂本さんは一緒に酒を飲んでいればそれはそれでよかった。

今は大人の恋をしている。
だから今ならそれなりの『朝』が書けるかも知れないと、『自由が丘』をあおっているあなたのワタクシだ。
『自由が丘』の彼女は言うだろう。
「君、つめがあまいよ」
「うむ、・・・」
なすすべがないのである。
それよりはminaちゃん、『自由が丘』が空いちゃったんだけど・・・。
太宰の時代だったら電報でこうだな。
「至急、『自由が丘』送られたし!」
あなたのワタクシ、メールします。
「自由が丘、自由が丘、トカトントン、トカトントン」
“至急送られたし”よりはイカしているよね。
お願いします。
信天翁拝。


| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.02.24

『朝』

Dazaiosamu

もう27,28年くらい前になるだろうか、太宰の筑摩書房の全集を購った。
たしか隔月1巻発売で、価格も当時としては安くないものだった。
予約を入れ、隔月1回本屋に出向き受けとるのが楽しみだった。
その全集の中に、太宰としては地味な『朝』という掌編があって、これにはちょっとドギマギしたのを憶えている。

「今晩泊めてくれないか」
などといって主人公が知り合いの娘さんのところにどかどかと上がり込む。
この男はお酒を飲んでいて、太宰そのものの酔っぱらいである。(笑)
急に停電にでもなったのだろうか、主人公と娘さんは暗い一間で一夜を明かすことになる。
娘さんが蝋燭を持ってくる。
ぼんやりと蝋燭の灯のともった中で娘さんが問う。
「この蝋燭、どこへ置きましょうか?」
それに答えて主人公の酔っぱらいが言う。
「燭台は高きに置け、聖書にある」
なかなかの名言である。

寝つけない主人公は思う。
そうだろう、彼はしたたかにお酒を飲んでいるのだ。
早く朝が来ないか。たよりない灯りの中で彼は念ずる。
そしてこうも思う。
蝋燭の灯が消えるのが早いか朝が来るのが早いか。
「○○ちゃんが危ない」
ついにはそんな思いにまで駆られてしまう。
「○○ちゃんが危ない」
多分こんな科白だったと思うが、この科白がいかにも太宰だなと思っていまでも鮮明に憶えているのだ。
たよりない蝋燭の灯りがふっと消えたとき、窓に朝の日がぼんやりと差し込むというそんな話なのだが、「斜陽」や「走れメロス」や「桜桃」よりも惹かれる掌編だった。

すでに太宰は古典だが、ふと思い出してしまうところは今でも捨てがたい。
ここを過ぎて悲しみの街。これも太宰の名科白だったかな。
富士には月見草がよく似合う。これよりは格段にいいと思ってる。
それにしても無頼派とよばれる作家がいなくなった。
日曜の夕暮れ時、中島みゆきの「泣かないでアマテラス」を聴きながら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.13

ミニー・ザ・ムーチャ

Ellington

ここしばらくデューク・エリントンばかり聴いている。
Book Off で、中島のアルバムを買ったときのついでに手に取ってみたやつだ。
AmazonにもiTunes Storeにもないところを見るとジャンク品だな、これは。(笑)
ちなみに上のアルバムはジャンク品ではありません。

ザ・ムーチャ。
エリントン楽団の抑制されたこの曲はいかにもムーディだ。
それに比べたら、ハーレムの『コットンクラブ』でのキャブ・キャロウェイ楽団のそれはかなり派手なもので、当時のハーレムの妖しさ危うさ脆さを物語っている。
キャブ・キャロウェイ。村上春樹は、キャブ・キャロウェイの持つ特異さはもはや時代を超越し、音楽スタイルを超越した一種伝説的なものなのだと言っている。さすがに村上春樹である。村上春樹の概念をさえ飛び越えている、それがキャブ・キャロウェイなのである。

このザ・ムーチャ、フランシス・コッポラの娯楽作品『コットン・クラブ』ではふんだんに流れ、そして秀逸な効果を醸し出していた。
それだからデューク・エリントンのCDからいきなりザ・ムーチャが流れたとき、頭をよぎったのはチンピラ役のニコラス・ケイジであり、その兄を演じていたリチャード・ギア、それよりはその恋人役のダイアン・レインだった。
『ゴッド・ファーザー』に到達する前のコッポラの作品で、コッポラ自身は自らの移民のルーツを探る作品として仕立て上げたと言ってるが、その不気味さにおいてハーレムは決して妥協していない。

タップの刻む音が、ミュートが効いた管楽器のうねった音がみな戦慄にすり替わってゆく。さすがに黒澤明を師と仰ぐコッポラの娯楽作品である。
それにしても冒頭部のダイアン・レインが美しすぎます。
ヨウツベでそのさわりを感じてください。

こんなタップができたら最高だ。
泣かせるコッポラの作品ではあります。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.02.02

夜を往け

Nakajima_miyuki

神戸はどんよりとした曇り空。
こんな時に限ってミスをする。
想いが同じであっても食い違いが生じるときもある。
相手を困らせ、動揺させ、泣かせ、そして軽蔑される。
生まれてすみません。
生きていてもいいですか。
道化になることの難しさここに極まれり。
逃げ道はね、作っておかなくちゃね。それでなきゃ死んじゃう。
窒息死だ。トカトントン、トカトントン。

誰かが責めて誰かが泣き崩れる。
誰かが呆れて誰かが見捨てられる。
いかるがの里の乙女は夜もすがら衣機織れり秋近みかも。
いい歌だね。誰が歌ったというのだ。会津八一。
人生空回り。トカトントン、トカトントン。
どうしたというのだ、一体全体。
へい、ワタクシがイスカリオテのユダです。
大笑い。ユダがきいて呆れる。
おーい、こちらにお銚子をもう一本。
マンハッタン、マンハッタン。
また逃げ出すというのかい、キミは。
驚天動地、支離滅裂。誠心誠意、虚心坦懐。
あたしゃ売られてゆくわいな。トカトントン、トカトントン。

3分後に捨ててもいいよ 通りがかりゆきがかり
知らない話にうなずいて 少しだけ傍にいて
身代わりなんかじゃないけどさ 似てる人を知ってるわ
恋と寂しさの違いなど誰がわかるのかしら

あぁ 流れてゆく車のヘッドライトは天の川
あぁ 流れてゆく人の心も天の川
3分後に捨ててもいいから いまだけ傍にいて

コンパクトに映して見れば 時計はみんな昔回り
二度と戻らない人ばかり 浮かんでは消えてゆく

ねぇ 子供の頃あたし星を見てるのが好きだった
ねぇ 子供の頃あんたどんなふうだったの
3分後に捨ててもいいから いまだけ傍にいて

こんなビルの隙間にも 白いカモメが飛んでいる
紙切れみたいな人生が ねぐら探している

あぁ 流れてゆく車のヘッドライトは天の川
あぁ 流れてゆく人の心も天の川
3分後に捨ててもいいから いまだけ傍にいて

あぁ 流れてゆく車のヘッドライトは天の川
あぁ 流れてゆく人の心も天の川
3分後に捨ててもいいから いまだけ傍にいて
(中島みゆき『3分後に捨ててもいい』より)

| | コメント (11) | トラックバック (1)

2008.01.30

花のセンセイ

P1040245

花のセンセイと電話で話し込んだ。
息子の話になり、センセイは憤っていたけど、聞いているとこの息子はかなりの大物である。
囲碁をやっている。全国高校選手権でも優勝している強者である。
灘校の子と選手権で打ったときのこと、見事この子をくだしたそうである。
対戦後、名人級の過去の棋譜を頭に詰め込んだ灘校はこう訊いてきたそうだ。
「ここのところで、どうしてここに打ってきたの?」
どうも名人級の棋譜にはそのような手はないらしい。
灘校の読みが完全に狂ってしまったのである。
「ここに打つとキレイだったから」
センセイの息子の弁である。
ここに打って、次にここに打つ。そうすると盤面は彼にとって絵画を描いている画家のように満足する結果となる。そんな思いを秘めながら、彼は盤面を彼のキャンバスのように縦横無尽に流れ打ち、そして彼独自の絵画を完成させたのだろう。それで勝ってしまうところがすごい。自在流。棋譜などもともと彼には必要ないのかも知れない。
彼の頭の柔らかさに感嘆せずにはいられない。
「灘校ってすごいの?」
「キミ、灘校知らないで相手と打ってたの?」
「うん」
「バカみたい」
「そんな人に勝ったんだ、ボク」
「・・・」
若さとは羨ましいかぎりである。

「いまどこから?」
「岐阜駅にあるビルの中」
CDショップから流れるコブクロの曲を携帯は拾っていたに違いない。
そのショップの店頭にある花壇に目をやると、いろいろな草花が咲いていた。外の寒さを感じることもなく、草花は健康そうに上へ上へと伸びていた。
黄色い花が目につき、花名の札を確認すると、ツワブキと書かれていた。
ツワブキは派手さはなく、そして貧相でもなかった。
「ツワブキがある」
「ツワブキ?」
「うん、向田邦子さんの・・・」
「ツワリのツワからとったツワ子さん」
「いえ、ツワブキのツワ子ですと言っていた」
「常子さんもいたなあ」
「常子さんは、花のセンセイ。君と一緒だ」
そんな会話のBGMがコブクロというのも悪くない。
「息子さん、いつ帰ってくるの?」
「もうすぐ」
「よろしく哀愁だ」
「うん」
岐阜もまんざら悪くはないのである。

帰宅してツワブキの花言葉を調べてみた。

P1040243

ツワブキ。
「謙譲」「困難に傷つけられない」
世間の目などを気にせず、思ったことをやってしまう
奔放で型破りな性格。女性の場合「男勝り」タイプが
多い。うわさや批判には敢然と立ち向かっていきます。

向田さんはここをツワ子に重ねたに違いない。
ツワ子、ワタクシの「花のセンセイ」そのものである。
ワタクシは、そんなツワブキをきわだたせるカスミソウなのである。
ツワブキに乾杯!
ヱビスビールを飲みながら。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008.01.27

信天翁考

P1040222  P1040220

カニを食った。腹一杯食った。頭が痛い。
昨夜は至福の夜だったというのに、今朝の目覚めは最悪だった。
高級ワインが提供され、鹿児島の焼酎がずらりと並び、どういう訳かロシア産の火を噴きそうなスピリッツまで鎮座していた。まさに殺されそうな状況だったのである。
カニなんてものは食べ慣れてるからそんなに感動はしない、そう思っていたのが大間違いで、この度のカニには度肝を抜かれた。ピンク色のタグがひとつひとつのカニの爪につけられていて、中の白く澄んだ透明な身ときたらそれはそれはみずみずしく、甘みはいつまでも深く口の中でひかないのである。
日本海は柴山港が誇るブランドズワイガニなのである。

蟹イコール北海道というイメージがある。
有り難いようなそうでもないようなイメージだが、昨夜に限っては有り難くなかった。
「これをどう捌くの?」
中国四千年の歴史を生きているマダムが訊いてくる。
「これはね、ハサミでこのように・・・」
「お上手ね。それではこれみんなお願いね」
「・・・」
中国四千年は遠慮というものを知らないのである。
それからというもの、ただひたすらカニを捌いていた。ビールを煽り高級ワインを水のように飲み干し、ヤケクソでスピリッツで火を噴きながら、ただひたすら親の敵を討つような形相でカニと戦っていたのである。
どうもカニは苦手である。旨けりゃ旨いその分だけカニは苦手である。

「こちらで、お唄いになりません?」
元上司が同伴された女性の声である。
「お先にどうぞ、選曲しますから・・・」
「あら、そうですか。すみませんね」
彼女はマイクを握るとその場に立ち、なにやら身体を左右にお揺らしになり、歌い始めた。それはまるで、その曲を歌っている越路吹雪そのものであった。
「彼女はね、宝塚に行きたかったんだ」
元上司はこっそりと教えてくれた。
その間も、元上司と同郷であるという彼女は身体を左右にお揺らしになり歌い続けていた。
「どうぞ、次はあなたよ」
歓声と拍手にご満足気味に、宝塚を夢見ていた彼女がおっしゃる。
「北海道の曲がいいなあ」
元上司である。
「あら、北海道? それじゃあれあれ・・・」
宝塚を夢見ていた彼女はあれあれからその先を思い出せないでいる。
「あれよ、あれ。昔のコマーシャルの・・・」
「・・・」
「洗剤だったかしら・・・」
「ママレモンママ?」
「ちがうわよ、♪サッポロのひと~ で終わるの・・・」
「うむ、知ってます、ええ。タイトルが思い出せない・・・」
「思い出せなくても唄って・・・」
「・・・」
マンハッタン、マンハッタン。タカラヅカ、タカラヅカ。
女とは宝塚を夢見てるときが華なのかも知れない。
「北の漁場」に「石狩挽歌」、結局ワタクシの北海道の歌はそんな強烈な演歌にすり替わってしまった。カニを腹一杯食べて歌うのだから、中島みゆきの「IlOVE You,答えてくれ!」よりははるかにそちらの方が似合ってる。
「いいわよねえ、北海道」
鹿児島から宝塚を夢見て神戸に数十年住んでいるという彼女が、しみじみとお漏らしになられた。
カニはいきなり思い出を引っ張り込もうとする。旨けりゃ旨いその分だけカニは思い出を引き込むものなのだ。

「『信天翁』って機関誌なのよね」
痛い頭でいるとそう質問してきた。
「そうです」
「どんな機関誌?」
我が母校の機関誌。ググってみるといい」
「う~ん」
「ググると、多分二番目がそれで、四番目に来るのが『漂流記録』になるはずなんだ。こいつの検索順位を抜くことが出来ない。以前は『漂流記録』がトップに来ていたというのに・・・」
母校の教授らしい金川センセイは言語学をお得意としているらしく、ご自分のホームページで『信天翁』について熱っぽく解説なされている。信天翁の阿呆はアホにあらず、ボードレールを引用した語り口はきわめて歯切れがよい。
痛い頭でしばらくぶりにそこを覗いてみた。
ちょっと面白かったのがこれ、
神様の贈り物…若葉(マーク)の頃・女子高物語』。

 僕は女子校と男子校の両方の教師の経験がある。最近では男子校が少ないのでこういう経験をした人は少なくなっていると思う。
 男子の夢の職業として甲子園の監督、指揮者、女子高の先生というのがあげられるが、後二者の経験があるので羨ましがられる趣きもあろうが、指揮の経験は散々だったし、女子高ではもてなかったので、(以下略)

こんな切り口で展開してゆくのが実にいい。
やはり『信天翁』とは阿呆に通ずるのかも知れない。
まだ頭の方が思わしくない休日の暮れ時である。
休ませていただきます。


| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.01.24

ジェットストリーム

31rfmk7129l_aa200_

深夜放送の「ジェットストリーム」。
城達也のシブイ声に引き込まれよく聴いていたものだ。
今は伊武雅刀、彼もなかなかシブイ声、惹かれます。
「シブイ声をしてますね」
手前味噌だけど、電話口の向こうの相手からよくいわれることがある。
会ったこともない相手からそういわれるとちょっと照れる。
ただいま、ジェットストリームを聴きながらの即興記事の書き込み。
明日、東京へ出張。雪が降る。ホームにて。この世は解けないシーケンス。
チャーリー・パーカーのスリリングに満ちあふれた「ナウズ・ザ・タイム」を聴きながら。


| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.01.19

花の名前

Mukouda

マンハッタン、マンハッタン。
向田邦子さんの『マンハッタン』がどんな小説だったのか思い出せず、悶々として歩きながら、気がつけば近くの本屋に入っていた。マンハッタンを探し当て、居酒屋でビールを飲みながら目を通した。マンハッタン、マンハッタン。心地よいリズムが頭の中を駆けめぐる。
『マンハッタン』は意に反して落胆に変わった。
なんとも不甲斐ない男が、なんともだらしなく生きていた。
これじゃ印象に残らないはずだ、そんな思いでマンハッタンをパタンと閉じ、ビールのお代わりを注文していた。

石蕗(つわぶき)のツワコ。
向田さんの『花の名前』にふいに現れる女の名。
女は、
「ご主人にお世話になっているものですが」
といって唐突に現れる。ただ現れるだけなのだ。石蕗とはそんな花?
花の名前などまったく知らなかった男が、主人公の妻である女に教わって、やがて石蕗のツワコにいたるのである。
花にまつわる二人のくだりが実にいい。


 結婚する前、松男は花の名前をほとんど知らなかった。
 桜と菊と百合。
 知っているのは、これだけである。よく聞くと、この三つもあやふやだった。
「桜だけは自信があります。ぼくの中学の徽章ですから」
と威張るので、桜と梅との区別をたずねると、とたんに頼りなくなった。
「やめようかしら」
 常子は、うちへ帰ってため息をついた。
 これからの長い一生、何の花が咲いて何の花が散ったのか関心のうすい男と暮らすことは、二十歳になった常子にはさびしいことだった。
 花の名前だけのことではないのである。
(新潮文庫「思い出トランプ」中『花の名前』より)


昨日のことである。
『花の名前』、この小説のような場面に遭遇した。
彼女は唐突に、花は何がお好きかしらと問うた。
不意を喰らって、遮二無二思い出したのがこの小説、『花の名前』だった。
下手な答えをしようものなら軽蔑されるに違いない。
「やめようかしら」
二十歳の常子の思いが頭にちらついた。
「カスミソウかな」
苦肉の返答である。
「カスミソウ? それ、花かしら?」
思いは千々に乱れるのである。
「花ではないかも知れないけど、花にしておこう」
「ふ~ん」
「こういう場合はね、花になるのがカスミソウなんだ」
「苦しいわね」
「苦しくて息ができない」
「ふ~ん」
やはり、思いは千々に乱れるのである。
そのあと、彼女は花についていろいろ教えてくれた。
それはまるで『花の名前』にでてくる常子さんのように。
「思い出した」
「なにを?」
「好きな花」
「なに?」
「カタクリの花」
「・・・」
「カタクリの花は、梅林の隅にひっそりと咲いているんだ」
「それで?」
「春になるとね、とても綺麗で・・・」
「ふ~ん」
墓穴を掘っているのである。

『花の名前』をはじめて読んだとき、これは大変なことになったと思った。
花の名前を憶えなくてはいけない。どんなことがあっても、花の名前を聞かれたら即答できるように、これがついてまわった。いつかきっと、このような場面に遭遇する。そんな確信があったのである。
そんな状況が突如として襲ってくるなんて。
マンハッタン、マンハッタンなんて呪文のように唱えていたのがいけなかったのかもしれない。『いつか王子様が』で手を打っておけば良かったのである。トカトントン、トカトントン。ヨヨイノヨイ。どうか神の御駕籠がありますように。
『ベビーズブレス。「少女の息づかい」』
彼女が教えてくれたカスミソウの英名である。やはり常子さんなのである。
トカトントン、トカトントン。ヨヨイノヨイ。ついでにマンハッタン、マンハッタン。
我に幸あれ。どうか神の御駕籠がありますように。

桜と梅の違い。水仙と百合の違い。はたして月見草はどんな色だったのか。
花の名前。それがどうした。
女の名前。それがどうした。
そんな松男の心境にはなれず、今もこうして悶々と桜と梅の違いを気にかけている休日の午後なのである。
向田さんはおっしゃる。
「女の物差しは二十五年たっても変わらないが、男の目盛りは大きくなる」
けだし名言である。
はたして、ほんとうに男の目盛りが大きくなるかどうかは別として。
気にかかるのは、変わらないと思いつづける女の物差しの方である。
キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」を聴きながら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.01.16

マンハッタン

Kitasabae

日本海に行ってきた。仕事である。
こちらでは、北陸に出ることをそう呼ぶ。
福井、石川、富山は総じて日本海なのである。
大阪は晴れていたというのに、北陸トンネルを抜けると積雪があって、そして横殴りに雨が降っていた。気温は格段に低く、歩くことさえ億劫だった。甘く見てはいけない、さすがに日本海なのである。

仕事を終え、帰りの電車を待つも来る気配さえない。
無人駅。ホームにある待合所でひとり瞑想に耽っていた。
自動券売機にお札を入れて切符を買うと、釣り銭のコインの音だけがけたたましく響き渡る。雨がたよりないガラス戸を打ち、水滴がかすかに流れてゆく。
「ホームにて」、そんな気分じゃないな。


雨が空を捨てる日は
忘れた昔が 戸を叩く
忘れられない 優しさで
車が着いたと 夢を告げる

空は風色 ため息模様
人待ち顔の 店じまい

雨が空を 見限って
あたしの心に 降りしきる

(中島みゆき『雨が空を捨てる日は』より)


ひとり口ずさんでいたのはそんな歌。
どんよりとたれ込めた雨雲はあくまでも低く、かじかんだ手に気分は滅入るばかりだった。日本海の福井は鯖江、なんとなくこの街には似合う曲だ。

ニューヨークの雨も冷たかった。
駅のホームでひとり思い出すのはそんなニューヨーク。
ブルックリンから地下鉄でタイムズスクエアに出て、ブロードウェーでミュージカルを観たときも横殴りの雨だった。
そんな雨の時でさえニューヨーカーはいたるところでキスをしていた。
「ニューヨークではね、いつだってキスをしてなきゃ女は逃げて行くんだ」
イエロー・キャブのドライバーは得意げにそう言った。
「知っておいて悪くない」
ドライバーの捨て台詞である。
『ハロー・ドーリー』の余韻が抜けないマンハッタンの夜、キャブはジャズクラブ目指して冷たい雨の中をひた走る。

マンハッタン、マンハッタン。
向田邦子にそんな小説があったな。
神戸の街はどこかマンハッタンに似ていなくもない。
マンハッタン、マンハッタン。
ニューヨーカー気取りで女を離すものかとキスの雨、こんなところもお似合いの街なのかも知れない。神戸はいつだってニューヨーカーになれる街。ジャズがお似合いのそんな街。いかがです、神戸。
日本海の冷たい雨はいろいろなことを思い出させてくれる。
マンハッタン、マンハッタン。
はて、どんな小説だったろう。


Imagine there's no heaven
It's easy if you try
No hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today....

(ジョン・レノン『イマジン』より)


日本海は福井の小さな駅のホームにて。
iPodから流れるジョン・レノンのイマジンを聴きながら。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.01.12

『マスカレード』を聴きながら

George_benson

砂山の砂に腹ばって眠っていたようだ。
2007年と2008年の狭間を彷徨っていた感じもする。
いたみを遠くに感じる初恋もいいが、そこから先にある狂おしいまでの恋も悪くはない。天才である啄木はいつもそうやって恋をしていたに違いない。東海の白砂に泣き濡れ、指の間からこぼれ落ちる砂にたまには涙しながら。
天晴れな啄木なのである。

昨日、行きつけのスナックに寄った。
台湾人であり、アメリカ留学の経験のあるママは聡明で美しい。
ブログの話になって、サイトを教えろというがこれには応じていない。それじゃ印刷して披瀝せよと迫るが、これも今のところ応ずる気はない。何かの拍子で見られる羽目になる、そのためにも「聡明で美しい」だけはことわりを入れておかなければならないのである。(笑)
今年もお店を閉めてカニを食うパーティをやる。
タラバに毛ガニに日本海のズワイガニ、これをてんこ盛りにしてガツガツ食う。カニはそうして一心不乱にガツガツ食うのが一番旨い。

そんな聡明で美しいママがぽろりともらした。
日本の『お神籤』は嫌いだ。突然、こうもらしたのである。
「大凶だなんて、馬鹿にしている」
相当に血圧をお上げのようだった。(笑)
それはそうであろうなと同情しつつも笑いをこらえていた。
そもそも大凶なんてのがあることすら知らなかった。その大凶を引き当てた。ママの話はまだまだ続いた。
一日に三回、それも違う神社でお神籤を引いたというのに、その三回のいずれもが『大凶』だったというのである。
これには同情しないわけにはゆかず、それは当たりくじなんだよ幸運の当たりくじ、などと訳の分からないことを口走っていた。
「それがね、そのあともう一回引いたのよ」
「うむ、それで?」
往生際が悪い中国四千年の歴史を生きているオンナなのである。(笑)
「『凶』だった。大凶よりはマシだと思った」
ママのため息はそのままわれわれのため息でもあった。
「その年は良くなかった?」
おそるおそる訊いてみた。
「まあまあだったわね。一日に『大吉』を三回引いた年よりは・・・」
「大吉を一日に三回?」
「ええ、その三年くらい前の年」
中国四千年の歴史を生きているオンナは聡明で美しく強かなのである。(笑)

函館からの帰りのANA便で手に取った「翼の王国」、この新年号にはいつも今年の運勢がのっている。
昨年もその前の年も「四柱推命」だったが、今回は「風水」だった。
自分の干支を真っ先に開いて読んだ。
曰く、
「多くの機会がおとずれる実りある年となりそうです。プレッシャーや競争に遭遇することもあるかもしれませんが、努力を惜しまず前進していくことが大切です」
努力を惜しまず前進あるのみ、なかなか手厳しいのである。(笑)
客室乗務員が側を通ったとき、いつものように、他の人の手垢のついていない新しい「翼の王国」を持ってきて貰いいただいた。
笑顔が美しい客室乗務員というのはいいものである。
これには努力を惜しまず、前進だってやぶさかではない。(笑)
I Love You,答えてくれ! のワタクシの元客室乗務員のお嬢さんはお元気なのだろうか。ANAは素敵な航空会社です。
まったりとした休日の昼下がり、かるいジョージ・ベンソンのギターにのった『マスカレード』を聴きながら。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.01.06

砂山の

Oomorihama

湯の川温泉に一泊旅行した。
「しおさい亭」というホテルの後ろは海で、その海はのんびりと穏やかだった。
雪も降らず、ひねもすのたりのたりのだらんとした海がどこまでもつづき、裏手に回ると、ちょうど夕日が沈む頃だった。
函館山の左で陽はかすかに雲間で輝きを増し、大森浜の砂浜を一瞬際だたせ、そしてゆるやかに沈んでいった。なんとももの悲しく、綺麗で鮮やかな光景だった。
『砂山の砂に腹ばい初恋の・・・』
啄木の歌を口ずさんでみるが、終わりが思い出せないでいた。
確か最後は、『・・・を遠くおもい出づる日』のはずである。
何を遠くおもい出づる日なのか。

この大森浜には昔、砂山があったという。
連絡船の著書の多い坂本幸四郎さんに聞いたところによれば、この砂山は赤い砂山で、何故赤いのか解らないが、とにかく赤くそこにあったということになる。
「どうもね、あの砂山は不可解なんだ」
鼻の頭を赤くしてそうおっしゃる坂本さんは少年のようだった。
戦争の話なんかの後に出た言葉だから、そのような関係のものだったのかも知れない。だが、その先はやはり『・・・を遠くおもい出づる日』ではないが、思い出せないのである。
こんな思いにつかれるのなら、真面目に坂本さんの話を聞いておけば良かったと、われながら悔やみ恥じつつ、相変わらず思いは『・・・を遠くおもい出づる日』なのである。
そんな坂本さんも今は亡く、函館の大森浜は悲しみだけをひっそりと包み込むようにしてただ在るのかもしれない。

もう日が変わろうかという時間だったが二度目の温泉につかった。
7階の大浴場は海に面してガラス張りで海が一望でき、イカ船が1艘だけ煌々と白い灯りを放って漁をしていた。
オリオン星座の斜め下には悠然とシリウスが輝き、波は依然として穏やかだった。
温泉を出て、海に面したロビーのソファに腰をかけた。
シリウスが明るかった。砂山を探してみるがあるはずがない。
それでも、砂山砂山と呪文を唱えるようにしてあたりを見回す。

携帯を取りだしてメールを打つ。シリウスのような女史。
砂山の砂に腹ばいを確認してみたかったのだ。
返ってきたメールには、砂山に腹ばいの回答ではなく、『・・・を遠く思いいずる日』のヒントでもなく、田辺聖子の小説が面白いと書かれてあった。さすがに天才を豪語する女史である。(笑)
シリウスがね、とても綺麗なんだと書いてやると、田辺聖子の主人公はそんなロマンチストではないと返ってくる。
シリウスはなかなか手強いのである。(笑)

砂山の砂に腹ばい初恋のいたみを遠くおもい出づる日   啄木

仕方がないので自力で思い出した。
『いたみ』である。『いたみ』を感じよである。
初恋だってなんだって七転び八起きだ。七転八倒ともいう。
いたみを感じなくなったババァたち。これは最悪。(笑)
て、これはよしもとばななの『アルゼンチンババァ』を参考に。
明日でいよいよ休暇も終わり。合掌。(爆)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.01.04

今朝の雪

Yuki

ここは日が暮れるのが早い。
窓越しに入る日を受け、句をひねり出そうとしてみた。
春といっても周りに雪じゃいかんともしがたい。

春よ春なぜにあなたは春なのか。
面白くない。馬鹿らしい。
君よ君なぜにあなたはアホなのか。
面白くない。阿呆くさい。

正月早々気に病むことがつづいた。
胃弱な漱石先生じゃないけど、胃がきりきりする。

酒を呼んで酔はず明けけり今朝の春    漱石

お酒を飲んでも酔わない。
今朝といわず昨日も一昨日も。
ま、こんな正月があってもいいか。

酔いもせで窓辺に紅く今朝の雪   信天翁

多分、誰かのせいだと思うんだけど。
辻でじっと空を見上げる碧梧桐の牛の心境だ。(爆)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.01.03

杉の子

Suginoko

函館での新年会。
集まったのはみな私より若い6人。
ワインと料理でお腹を満たし、それから舶来居酒屋「杉の子」に寄った。
正月二日だというのに、超満員だった。
いたるところから大声が聞こえる。みな家無き子?オイオイ...
なんとも北の呑兵衛というのは・・・。

途中から北の女性写真家が加わった。
ずっと連絡船の写真を撮り続けてきたひとで、なかなかの女傑だ。
今も函館駅2Fでメモリアル写真が飾られているという。
白井朝子さんという。
朝子さんはお酒をぐいと飲み干す。
「貴子さん、お強いですね」
と言ったら、
「朝子です!」
ときっぱり渇を入れられた。白井朝子なのである。
なんとも北の女というのは・・・。

連絡船の話で盛り上がった。
もうすでに昔のことだというのに、みながみな当時の出来事を振り返る。
そういえば、その昔にもいろいろここ「杉の子」に集まって愚痴っていた。
そんなとき、マスターはいつもにこにこして聞いておられたなあ。
そんなマスターも鬼籍の人となり、壁に掛けられた写真になってほほ笑んでおられる。
無理矢理ママの元子さんを隣に呼んで写真を撮った。
今その写真を見てるのだが、いつの間にか隣には旦那がいた。なんともすばしこいのである。ドッチガヤネン...(笑)
これは許可無くアップできないのでお蔵です。(笑)
なんとも北の新年会とは・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.01.01

願をかける

Mado

元旦の朝。
目が覚めると雪が降っていた。
携帯でメールを入れて、それからお屠蘇をいただく。
日が顔を出し、それでも粉雪は舞い、積もった雪はおびただしいまでの水分を含んで重たそうだ。
仕方がないので玄関前の雪かきをした。
雪をかく。北海道では雪をはねるとはいわず、雪をかくという。
うっすらと汗をかいたところで止めた。風邪を引いては元も子もない。

Jinjya

近くの神社へ行ってみた。
思いっきり田舎の神社である。
賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼。
隣には超ミニのおねえさんが深々と頭を垂れていた。
何をお願いしているのだろう。
そんな間にも降る雪は容赦ない。多分積もるだろう。

Omikuji

お神籤を買う。
大吉。

ふる雨は
あとなく晴れてのどかにも
ひかげさしそう
山ざくらばな

ひかげがちょっと気になるが、まあいい。
『恋愛』 誠意を尽くせ
ごもっとも。誠意を尽くさなくちゃ恋愛は成就しない。
絶え間なく降る雪。東京の空を想ってみる。

コンビニを覗いてみた。
ここしばらく新聞を読んでいない。
新聞という新聞はことごとく売れて無かった。
石を蹴飛ばそうと思ったが圧雪の道に石はない。
降る雪を恨めしく思い帰路につく。
元旦の朝晴れていうことなし・・・。
漱石にそんな句があったような・・・。

ふる雪のすだれをくぐり願をかけ    信天翁

元旦の朝とはさみしいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.31

Killing Me Softly With His Song

Roberta_flack
Roberta Flack

年賀状書きに大掃除。
そんなところにかつてのCA嬢minaちゃんからメールがきた。
I Love You,答えてくれ!を読んだという。
大晦日、最後なんだからI Love Youを叫べと言う。じゃじゃ馬である。(笑)
Killing Me Softly With His Songではどうかというと、駄目だという。
やはり、じゃじゃ馬なのである。
それじゃわたしも男だから言おう。I Love You。I Love You。
いかがでしょうか。(笑)
Killing Me Softly With His Song。
これ、どうして『やさしく歌って』になるんだろう。
どうでもいいけど、2007年もあと数時間で終わりだね。
どなたさまもよいお年をお迎えください。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.12.24

クリスマスキャロルの頃には

Itunes

クリスマスキャロルの頃には、わたくしのiTunesのメニューのよく聴くトップ25、こんなんでした。
よく見えないので抜粋すると以下のようになります。
恥ずかしいので、適当なところで止めておきました。

 1.All Want For Christmas Is You
 2.サンタが街にやってくる
 3.Sweetheart
 4.本日、未熟者
 5.I Love You, 答えてくれ
 6.本日、未熟者
 7.ラスト・クリスマス
 8.顔のない街の中で
 9.ホームにて
10.いつか王子様が
   ・
   ・
   ・

Xmas

トナカイ君も、スピーカーの上で御機嫌だぜ。(笑)
みなさま、よいクリスマスイヴを。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.12.19

とまどうペリカン

Pelikan

ペリカンと聞いて万年筆を思う人はかなりの通だと思う。
若い頃、練習船でシンガポールに入港したときのこと。
街を歩いているとおにいさんが声をかけてきて、この万年筆、安くするから買えという。見るとそれはあきらかに偽物と分かるペリカンだった。
当時のシンガポールのドルは海峡ドルといって、1ドルは120円であった。
6ドルだったか7ドルだったか忘れたが、わたしは騙されてみることにした。
偽物とはいっても書き心地は悪くなく、その偽ペリカンを使って、その後の航海日誌をひたすら書きつづけたのである。
いつか社会人になったら本物のペリカンを買おう、大袈裟ではなく、そのときわたしは心に誓ったのである。(笑)
社会人になって買ったペリカンの万年筆は、その後何処かに紛失してしまった。おそらく連絡船の廃止とともに何処かに雲隠れしたに違いない。

向田邦子さんは万年筆を貰うのを得意としていた。
ご自分で買うのは簡単だが他人様が使用して使いやすくなった万年筆、これを狙うのである。
飯を食わす。酒を飲ます。上げ膳据え膳。使わなかったのは色仕掛けだけであると述懐されている。(笑)
そしてかの万年筆は本妻となり、それまでのものは2号となり、3号となるのである。
向田さんのおねだりを真似たわけではないが、ボールペンをいただいた。
飯を食わすわけではなかった。酒を飲ますわけではなかった。ましてや色仕掛けなど使うはずもない。
使い古したものをと所望したのだが、新品が届いた。可愛いトナカイのオマケまでついて・・・。(笑)
メーカーは恐れ多くもペリカンである。
箱を開いてその姿形に色を見たとき、わたしは何故か若き頃に行ったシンガポールを思い出し、青春を彷徨っていたようである。

『とまどうペリカン』、これは井上陽水の曲だが、久しぶりに聴いている。

夜のどこかに隠された
あなたの瞳がささやく
どうか今夜のゆく先を
教えておくれとささやく
私も今さみしい時だから
教えるのはすぐ出来る

夜を二人でゆくのなら
あなたが邪魔者を消して
あとを私がついてゆく
あなたの足あとを消して
風の音に届かぬ夢をのせ
夜の中にまぎれ込む

(略)

あなたライオン 金色の服
その日暮らし 風に追われて
あなたライオン 私はあなたを
愛してとまどう ペリカン
(井上陽水『とまどうペリカン』より)

『とまどうペリカン』、好きな曲です。
明日、このペリカンで50枚の証明書にサインをします。サラサラと・・・。
手首がくたびれることこの上ない。
ペンの使い方がなっていないから・・・。(汗)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.12.15

あん肝に「男山」

Ankou

今日、ちょっとした用事があって神戸三宮に出かけた。
ちょうどルミナリエの土曜とあって、大層な人混みであった。
某ディズニーのCMじゃないけど、
「これ、ラッピングしてくれませんか」
といって、ラッピングステーションでおねえさんに頼んだのである。
「ねえ、だれに送るの?」
そんなふうに訊いてくるものとてなく。(笑)
おねえさんは笑みをたやさず、ラッピングについていろいろ訊ねてきた。
「お色はこんな感じでいいですか?」
「そんなところでいいですよ、ええ」
「このようなものもありますが・・・」
「そんなところでいいですよ、ええ」
「リボンはこんな感じで左におくとか・・・」
「そんなところでお願いします」
おねえさんは笑っているのである。(汗)

帰りの電車に乗る前に、晩飯を食べた。
晩飯といってもいつものようにご飯はない。
お一人用お造りとあん肝である。それが上の写真。
あん肝はいけないね。
前回も記事に上げたけど、これってみな同じ、どこぞで造ったロールしたハムを切っているような・・・。
多分ね、船場吉兆のように、どこぞで造ったものを手前どもで造りましたといって出している。河豚には気を払ってるかも知れないけど、鮟鱇にはね・・・。
舐めてはいけない。(怒)

あん肝の初体験は函館。20代だった。
大門の地下にあるお店で、おかあさんがお一人でやっていた。
おかあさんというより、おふくろさんだった。
当時の連絡船のおじさんたちに連れられて行き、鮟鱇などオジサンたちが食べるものと思っていて、おかあさんが造ってくれた鮟鱇鍋にあん肝、鮟鱇のとも和え、なんとも贅沢な鮟鱇づくしのすべて、みな箸をつけなかった。
その後になって、それなりの歳になって、このおかあさんのところでいただいたあん肝、この味は忘れようとしても忘れられない。

お安い値段にしめたと思って飛びついても鮟鱇は振り向いてくれない。やはり鮟鱇というもの、これはしかるべきお店で大枚をはたいて食べなければいけない、そんな贅沢なものなのである。
ただこのお店、関西には珍しく北海道の地酒「男山」をおいているのである。
「男山」を注文し、ふと横から聞こえる話に耳を傾けると、これが右左の年配の男女、どちらもわけありのご様子。べらんめい、勝手にしやがれである。(笑)
どうもこのルミナリエの時期はいけないね。
何故か函館大門が懐かしい神戸の夜である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

魔界の迷宮

Wakayama

昨夜は一度もPCの電源を入れていない。疲れてバタン、お終いである。
和歌山市への出張、ひどい一日だった。
朝、なんば南海駅の近くの喫茶店でモーニングサービスをいただいていたら携帯にメールがあり、周りの人に負けずにしっかり朝飯を食えと励まされ、そこまでは良い一日の始まりのように思えたが、そこから先が魔界の迷宮である。(笑)

和歌山市駅のタクシー乗り場で順番を待ってると、黒塗りのタクシーが先に2台行ってしまい、次が黄塗りのそれで、その後がまた黒塗りが続いていた。わたしは運良くというか悪くというか、間に入った黄塗りを見事ゲットしたのである。イエローキャブ、嫌な予感がした。(笑)

「○○会社、わかりますか?」
「あンだって?」
お歳の頃は80歳近くと思われる運転手さんが、なんというか、志村けんがコントでやる耳の遠くなった爺さん風に聞き返してくるのである。嫌な予感が現実のものとなった。(笑)
「○○会社です。△△町××丁目ですが・・・」
「・・・」
ご返事がない。(泣) やはり、嫌な予感が現実のものとなった。(笑)
「○○会社ってどこや?」
運転手さんは窓を開き、近くに立っている同僚に訊くのである。
同僚の教える道順を反芻し、志村けんの「あンだって?」爺さんは、否、ご年配の運転手さんは頷くと思いきや、首をかしげながら、う~んとひとつ唸りながら、車を発進したのである。益々わたしは不安になるのである。

運転手さんがいきなり車を降りてしまった。
「ややこしいところだ」
そう言って車を降り、近くの自動車修理会社やその付近を歩いているのである。運悪く人通りが少ないところで、運転手さんはそこで呆然と立ちつくすこと数分、わたしはため息またひとつなのである。(笑)
「こちらが海だから、ここでいいんやろ?」
わたしに訊いてくる。
「○×γ△■√★β」
「ファミリーマートがあそこだから・・・」
そう言って車を発進させると、今度は袋小路である。
「うっ」
運転手さんの絶句である。
「こっち、曲がったろうか・・・」
またしても行き止まり。
どこかの会社の敷地に迷い込んだらしく、行く手にはロープが張られてあった。
「なんやこれ・・・」
「πr=cx”×γ△■√★β」
「難儀なとこや」
難儀してるのはわたしの方なのである。

「会社に電話してみます。道順を訊きましょう」
「うむ」
携帯で連絡を取ると担当が出た。
「タクシーの中ですが、どうも道に迷ったらしくて・・・」
運転手に代わってくれと言うので、無口になってひとり唸っている運転手さんにわたしは携帯を渡した。
「うん、うん」
「海に向かって右に折れ・・・」
「あン、なになに・・・、次を左?」
「そこは行ったんやが・・・」
時々独り言が入る。待つこと数分である。(笑)
わたしは尾張・三河のあき竹城おばちゃんドライバーを思い出していた。
二種免許は安全なんよ、安全運転ができるものにくれるんだ。これは憶えておけ。これも安全運転のなせる技なのであろうか。思いは千々に乱れなのである。
「よし」
「わかりましたか?」
「この辺らしい・・・」
「x=c”y=qr"""▲γ=4π"rβ」
なにがよしか判らないが、ご年配の運転手さんはありがとうもなく無言でわたしに携帯を返してよこすと、再びゆっくりと車を発進させた。
おお、神よ我を救い給え。合掌。
会社はすぐ近くにあった。
『灯台見失い船漂流す』の図なのである。
つごう30分を要していた。(泣)

もうこれ以上は書けません。
「徳川吉宗の故郷へようこそ」
駅前に大きく掲げられた案内表示である。
わたしならこう書き加えるであろう。
「紀州路、魔界の迷宮へようこそ!」
尾張・三河の徳川といい、ここ紀州徳川の地にも余り来たくないような・・。
相変わらず漂流しているのである。(笑)
Mariah CareyのSweetheartを聴きながら。(爆)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.11

気がつけば名も知れぬスピーカーが

Desk3

気がつけば同じスピーカーを2個買っていた。
無論自分の意志で買ったもので、なにかに血迷った訳ではもちろんない。
流れ流れて幾千里。あたしゃ売られて行くわいな。名も無き海外製品。超低価格。それ故お値段の方は公表できない。悪しからず。(笑)

始めにいたずらにひとつ買い、あまりに気に入ったので、昨夜電車を1駅前で下車し、もうひとつ、つまり2個目を購入したというわけである。クリスマスプレゼントとして使えるかもしれない、そんな思いもあった。
わたくし、パソコン・ショップではワゴンを覗いて歩くのが好きなのである。掘り出し物がある。そこを狙うのが好きなのである。
件のスピーカーはワゴンではなかったけど、ここのパソコン工房では海外ものの、そしてブランドなどまったく無視した恐れを知らないものを扱っていたりする。(笑)

ここ数日、このスピーカーからはビル・エヴァンスが流れっぱなしだ。
ここをご訪問くださる某お嬢さんは、鋭く、それは「いつか王子様が」なのだろうとお思いかも知れないが、実はわたくし、「ダニーボーイ」が好きで、次には「ヒアズ・ザット・レイニー・デイ」なのである。
今も「ダニーボーイ」が流れ、クリスマスが近いというわけでもないが、「サンタが街にやってくる」なんかが流れているのである。
ひとり静かにウィスキーなどを舐めている冬の夜長というのも悪くないのである。
これはけっして負け惜しみではなく・・・。(苦笑)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.12.09

気がつけばこんなにも

Old

気がつけば○○編、ルミナリエからサントリーオールドです。
1週間に1度行くお酒のスーパー、3週間でこんなにも。(笑)
さすがに本日は残り5,6個というところでした。
3週間、ということはこの間、ワタクシニッカを袖にしていたということ?
売りにでも出そうか。(爆)

| | コメント (14) | トラックバック (0)

気がつけばルミナリエ

Luminarie2

昨夜、神戸三宮でかつての同僚と落ち合って酒を酌んだ。
小牧行きのタクシードライバーのおばちゃんの話などを報告し、さて、いつものお店へという段になって、同僚がその前にルミナリエでも見て行きますかという。
こちらも毎年見てる手前、ここに記事をあげる手前、よし、行こうじゃないかということになった。翌日の土曜や翌々日の日曜じゃかなりの混雑が予想されるし、願ってもないことだった。
ここは8時過ぎまで待て。燭台は高きに置けじゃないけど、8時前までは長蛇の列、焦ってはいけないのである。
歩きながら同僚の彼曰く、第1回のルミナリエに家族でやって来て、小学生の娘を肩車してガレリア(光の回廊)を歩いていたら、人の波に酔った娘が肩越しに嘔吐したそうである。衣服は台無し。(笑)
そのとき以来ルミナリエはゆっくり見たことがないそうで、生憎、こちらも野郎と一緒にルミナリエを見たことなどないことをいい合いながら大笑いした。
彼によれば、この娘さんは今は立派な高校生になり、最近は家に帰っても口をきいてくれないそうである。世に悲しきは思春期の娘を持つオヤジ哉なのである。合掌。(爆)

2007年版、ガレリア(光の回廊)にスパッリエーラ(光の壁掛け)をどうぞご覧ください。
半落ちならぬ、半酔いで撮った写真だけど、カメラが良いせいかまあまあいけるかなと・・・。(笑)
今年は100円寄付を募っていたので、100円とはいわず、ポケットにあった小銭を鷲づかみで基金箱へ投じたのだ。
まあ、100円とともに10円、1円が大量に混じってはいたけど・・・。(大汗)
ついでに、2005年版、2006年版を下にリンクしておきます。
なんといいますか、凛と心が引き締まります。
神戸の震災を忘れてはいけない。あらためて心より合掌。

Luminarie
ガレリア(光の回廊)

Luminarie3
スパッリエーラ(光の壁掛け)

Luminarie4
スパッリエーラ(光の壁掛け)

・2005年のルミナリエはこちら
・2006年のルミナリエはこちら

うむ、いろいろな方からいろいろなコメントをいただいている。
お気に召したら、写真はご自由にお使いください。(笑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.12.08

タクシードライバー

Station

昨日の出張、名古屋で新幹線を降り、在来線に乗り換える。
目的の駅で降り、タクシーに乗った。
ドライバーは女性で、どこかあき竹城に似ていて、お歳は察するに50代中頃と見た。
車を発進させるや、いきなり、
「お客さん、どちらから?」
と訊いてきた。
「大阪です」
と答えると、
「ああ、わたしも大阪や」
なんて応じてくる。
あき竹城に似て、どこか乱暴なのである。(笑)
かつて名古屋に住んでいたことなどを話し、大阪の話などにも話題が及び、ちょっと運転の方が気になったので、
「運転は長いんですか?」
と訊いたら、
「50年やってます」
と言う答え。どこか自慢気であった。
仕方がないので、
「それなら、腕はいいんでしょうねえ」
と褒めたつもりで言ったら、
「お客さん、タクシー運転手の二種免許ってのは、腕の善し悪しで取れるようなものじゃないんだよ」
と、あくまでも乱暴にあき竹城なのである。(笑)
「といいますと・・・」
「安全なんよ、安全。運転が安全でなかったら取れないんだ」
「・・・」
「だからね、私はスピードは出さない。時間がないからもう少し速くって言われても断る」
「そのとおりですね」
「勘違いされては困るんだなあ」
「ええ。僕は急いでませんよ。大丈夫です・・・」
「二種免許ってのは安全運転なんだから。安全運転して与えられる免許だってことを憶えていた方がいいよ」
「はい」
怒られているのである。(笑)
このままずるずると二種免許の講義を受けるというのもしんどかったので、話題を尾張・三河に振ってみた。
「こちらには長く住んでるんですか、大阪を出て・・・」
「大阪より長くなってしまった」
「そうですか」
ここで、どちらともなくため息ひとつ。(笑)
「住みやすいですか、大阪に比べて?」
「ここ? 嫌いだねえ、イヤなところだ」
「どんなところがですか?」
「人間がね、横柄で威圧的なのよ」
「というと・・・」
「まず威圧してくる、そして相手が『青菜に塩』になったところでようやう普通の話になる。徳川家康に似てるんだよ」
「う~ん、解るような気がします」
徳川家康がどんなだったか解らないが、ここは相づちを打っておくことにこしたことはないのだ。
青菜に塩といった言葉の響きがなんとも可笑しかった。可笑しかったけど、尾張・三河人には悪いけど、わたしも名古屋在住時代はいろいろな人間と出会い、そしていろいろな人間からこのような同じ思いをして来た経験があるから、素直に納得できるところもあったのである。
「私はね、ここのひとたちには本心は言わないね」
「ええ」
「会社の集まりでもね、本心は言わない。口は開かない」
「大変ですね」
「大変でも食って行かなきゃならないから仕方ない」
「それもそうです」
「とにかくここの街ときたら・・・」

これ以上は書けません。(笑)
およそ30分間、わたしはあき竹城に終始怒られていたような気がします。
このような御仁を、件の如き『青菜に塩』にせしむる尾張・三河人というのはさすがに恐るべしなのである。
このおばちゃん、今日も颯爽と運転を決めているに違いない。
多分、スピードを控えめに、そして安全運手に徹しながら・・・。
ひとつ、おばちゃんの故郷大阪から歌を進呈して差し上げます。

ふるさとへ向かう最終に
乗れる人は急ぎなさいと
やさしいやさしい声の駅長が
街なかに叫ぶ
振り向けば空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる窓の中では帰りびとが笑う
走りだせば間に合うだろう
かざり荷物をふり捨てて
街に街に挨拶を
振り向けばドアは閉まる
(中島みゆき「ホームにて」より)

お陰様で、この後のお仕事は順調に進みました。ホントカヨ...。(爆)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.12.05

あん肝

Ankimo

鮟鱇の肝である。
なにを隠そうわたくし、鮟鱇には目がないのである。
なかでもあん肝に鮟鱇のとも和えときたら、これはもう逆立ちして踊っちゃう。(笑)

昨日名古屋に出張して、ほんとうは帰らなきゃならないところ、面倒くさくなったのでそのまま一泊してきた。
急遽ビジネスホテルを探し、晩飯を食いに出かけたところでメニューにあったのがあん肝であった。
揚げ出し豆腐とイカ刺しでビールを飲んでいて、ふと壁に掛かってる短冊に目をやると、なんとあん肝があった。
あん肝はお高いから、二切れくらい出てくればそれで充分OKだったのだが、なんとそれ以上のあん肝が出てきたのである。
鮟鱇の時期はこれからだが、どこでどう間違ったのか知らないが、あん肝なのである。さすが名古屋というか・・・。(笑) 旬じゃないのでまだ肝の旨みはなかったが、それでもなかなかシブイあん肝だった。

前のテーブルにふと目をやると、ひとりのオヤジが料理一品でお酒を飲んでいた。いかにも単身赴任らしいオヤジで、一見して堅物である。
ここのお店では地酒を置いていて、地元愛知や兵庫、新潟、宮城とそれなりに知られた銘柄である。北海道の「男山」があれば即座に注文したものを、新潟、宮城じゃ物足りないので、わたしは焼酎などを注文して抵抗していたのである。(笑)
かのオヤジは素焼きのグラスでグビリと一飲みし、お代わりを注文していた。あいかわらず料理の方は一品、そのままである。
おばちゃんがやってきて、持ってきた1升瓶を新しい素焼きのグラスに注ぎ始めた。その1升瓶に目をやると、それは「立山」だった。できるオヤジでなのである。(笑)
注ぎ終えて帰るおばちゃんを呼び止め、わたしも同じ「立山」を注文した。かすった程度にかのオヤジと視線が合ってしまった。「やあ、ご同輩」、オヤジはぶっきらぼうにそんな風に見ていたのかも知れない。

晩酌セットで飲み始めた自分を責めてみた。
よ~く品書きを見るがいい。「立山」にあん肝である。オヤジに先を越されてはいけないのである。(笑)
さて、これからの時期、鮟鱇万歳の季節到来である。
ただ、西の河豚に東の鮟鱇っていうから、なかなか旨い鮟鱇に巡り会えるとも限らない。ここは一丁気合いを入れるしかないか。
それにしてもくたびれた一日であった。合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.01

そして神戸

昨夜の疲れが残ってる。
いうまでもなくお酒の飲み疲れ。
金曜日の帰宅時は、たいてい大阪から神戸に行き、かつての同僚と飲み明かすことになってる。
飲み明かすと言っても終電までというところなのだが。

その昨日だが、午前中は神戸で仕事だった。
冬到来と思いきや、ここしばらく暖かかったせいか、街並みはまだ秋の様相だった。銀杏が枯れて落ち葉となり、忙しく歩いている人たちもコートを脱いでいたりした。昼飯を食うにはまだ早かったので、久しぶりにハーバーランドをうろついてみた。
平日の午前だから観光客の姿もちらほらで、天気もすがすがしく晴れていたから、もうこれは絶好のロケーションだった。
早速デジカメを取り出して観光人になった。
苦心して撮影した神戸観光写真、絵葉書にでもどうぞ。

Kareha
♪枯葉散る夕暮れは~。われ泣きぬれて蟹とたわむる。

Kanransya
人もなく、ただひたすら回る観覧車かな。

Orientaru
あまりにもおとなしく、静かなりし絶景かな。
このオリエンタルホテルとホテルオークラの間の向こう側にかつての職場がある。
「さよならの向こう側」である。(笑)

Tower
これはどう見ても絵葉書だな。たしかに絶景ではある。

Tower2
こちらの方が絵葉書に向いてるかも。穏やかなたたずまいだ。

Mozaiku
ホテル・カリフォルニアではない。その名をモザイクという。
お洒落な飲食店やら、神戸グッズを置いているお店が入ってるショッピングモールなのだ。

Mozaiku2
モザイク、こんな感じです。休日ともなれば人で溢れます。
まともに歩けない。ぶつかり放題。オススメです。(爆)


それにしても枯葉散る夕暮れならぬ、枯葉散る昼下がり、ひとりさみしくぶらつくというのもなんとも悲しい。侘びしすぎる。
何処かにフラメンコダンサーでもいないかしら。(汗)

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007.11.28

鯛めし定食

P1030529

イギリスサンドじゃ物足りないので鯛めしです。(笑)
広島は福山、ここへ行ったら必ず昼飯を食うところがある。
JRの高架下にあるんだけど、ここの限定何食という鯛めし定食がこれ。
鯛めしに鯛の刺身が付いていて、そして天麩羅までも。
♪瀬戸は日暮れて~ 夕波小波~
思わず歌ってしまうのである。(笑)
なんとこのお値段、イギリスサンドと一緒なのだ。
♪瀬戸は日暮れて~ 夕波小波~
またしても歌ってしまうのである。
とにかくね、瀬戸の花嫁なんです。ドウイウイミダ...。
なんとも楽しい毎日ですこと...。(爆)

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2007.11.26

夢千代

Home

仕事を終え、仲間内で酒などを飲んでいたらカニの話になった。
これからの日本海、ズワイガニがめっぽう旨い時期になる。
北陸ではベニズワイ、越前では越前ガニである。
こちらで日本海といえば、香住とか津居山とかであるが、ついでに温泉は城の崎がすぐ近くなので、カニと温泉ツアーがこれからの主流となる。
たまに出張で香住など行ったりすると、これはもう騒々しくなる。

「泊まりだな、城の崎に」
「カニを食って温泉につかる、こたえられない」
「ここのほんとうのズワイはこの時期だけなんだよ」
「どういうこと?」
「解禁時以外は北海道から運搬船で来たりする。つまり、この時期以外はロシアのズワイなんだ」
「へぇ~」
「だから泊まるべきなんだ、この時期は城の崎温泉に」
酒のアテは柿の種である。
そんな惨めったらしいアテでカニを想い、ビールなどをさみしく飲んでいるのである。

「温泉といえば、ここの近くには浜坂がある」
「あそこは高い」
「夢千代だからね」
「夢千代といえば吉永小百合だ」
「シャープのアクオス」
「夢千代日記、浜坂が舞台だった」
「だから高いんだ」
「芸者は菊千代だろう」
「え?」
「夢千代よりは菊千代がいい」
「菊千代? 知らないなあ」
「菊千代といえば『七人の侍』の三船がそうだった」
「クロサワの?」
「長い刀を振り回すんだ」
「それはいけない」
「山賊みたいだった」
「菊千代はだめだ」
このあたりで柿の種はもうなくなっている。
干からびた小魚が恨めしく皿にのった。

「竹千代はたしか徳川家康だった」
「おお、家康」
「三船よりいけないな、竹千代は」
「山賊よりはましかもしれないが・・・」
「やはり、芸者は菊千代がいいにきまってる」
「いや、夢千代だろう」
「芸者ワルツ」
「やはり、芸者といえば夢千代だ」
「で、今も浜坂には芸者さんはいるの?」
「いないだろう」
「国破れて山河あり。芸者はいないな」
「夢千代さんはいないのかあ」
「菊千代だっていない」
「竹千代は?」
「夢千代がいないんだから竹千代だっているわけがない」
「あたってる」
「国破れて山河ありだから」
「残念だ」
「千代に八千代にさざれ~」
「石のいわおとなりて~」
「君が代?」
「これも国破れて山河ありだ」
「・・・」

夢千代も菊千代も竹千代も散々なのである。
なんというか、三連休惚けなのである。(笑)
わたくし、明日は香住じゃなく名古屋に出張です。
で、カニはどうなった。(爆)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.11.23

二合半

L_bird
(イラストは「海の素材屋さん」から)

先日、函館からやってくるカミさんを待っていると、空港が吹雪のため出発が何時になるか解らないという。結局、2時間半遅れで飛び立ち、関空からのリムジンバスが着くのがなんと午後の9時になるという。迎えに出て、それでもまだ1時間以上も待たなくてはいけないので、ふらりと焼鳥屋に入った。
愛想の良い親父が出てきて注文を取り、暇だったせいか、カウンターにでも座らせて話をしたかったようだが、テーブル席に座ってひとり焼き鳥で酒を飲んでいた。
焼き鳥は当然鶏で、べつにキャベツが皿に盛られて出てきた。
いろいろあるもので、ここというか関西ではたいてい串にはネギなどが挟まっていない。鶏は鶏だけである。
キャベツに塩を振り、焼き鳥の合間にバリバリとやる。
最近は肉というものに神経質になっているから、キャベツばかりをバリバリやっていたら、さきの親父がキャベツをふんだんに別盛りで持ってきてくれた。ありがたい。
その後ももうひとつ別盛りでキャベツを運んでくれた。兎になったような気分で、さらにありがたい。関西人はこうして初めてのお客にお愛想を振る舞うのである。多分。(笑)

焼き鳥といえば、北海道ではたいていの場合豚である。
鶏と言ってるくせに、何故豚なのか。これは解らない。
レバーもタンもハツもすべて豚である。これもよく解らない。
そういえば、北海道では肝臓をレバー、舌をタン、心臓をハツとメニューに書かれているが、関西ではそのものずばり肝臓に舌に心臓である。たしか、名古屋では心臓をハートなんて呼んでいたような記憶もあるが、これはもうすっかり忘れてしまった。薄情なものである。(笑)
そして室蘭であるが、ここは人口の割合に比べて焼鳥屋の数が確か全国一番だったはずである。これもそれほど自信があるわけではないけど、ここも当然ながら鶏は出てこずすべて豚のオンパレードである。
全国一番の焼鳥屋の数からいって、味は確かに良かった記憶がある。
わたしはお店自慢のタレよりはいつも塩でいただく。
何も混じりのない塩でいただき、それが旨かったらタレなのである。

青函連絡船がなくなる前、函館のボーニ森屋というデパートの裏手に「二合半」という一軒の焼鳥屋があった。
ここの焼き鳥というか、レバーもタンもハツもすべて絶品だった。
特にレバーなどは大きめにできていて、焼き上がったその姿は芸術品のようにフワッとしてうっとりするくらいだった。口に含むとやわらかく、レバーとは思えないくらいじつにクリーミーな深い味がした。
もちろん塩だけで充分、何も足さない何も引かないなのである。
夕方に連絡船の乗務を終え、ほっとした気分で止まり木に座るのがなんともいえず好きだった。その道では評判の店だったので、7時前には席が埋まってしまい、外で待たされたりしたが、それでも根気よく待ったものである。雨の日も風の日も雪の日も、たとえ気が遠くなるほどの時間を要しても、われわれは根気よく待ったものである。
市役所がすぐ近くにあったから、この連中が誰よりも早くやってくる。役所の人間というのは焼き鳥のためにのみぞ生きる、なのである。ボーニ森屋のお嬢さんたちもたまにやってくることもあったが、このときは幸運のくじを引き当てた気分であった。
そして焼き鳥を頬張り、燗の付いたお酒をやりながら、われわれは連絡船の行く先を大いに案じ、熱っぽく語り合っていたような気がする。

ここの主人は女将さんで、どうも計算には疎いようであった。
しかも無口。お愛想を言ったてビクともしない。手強いのである。
いつも勘定がまちまちというか適当で、あんなにたくさんの焼き鳥を食い、あんなにたくさんのお酒を飲んだというのに、1000円で釣りが来たりした。
同僚が、
「間違っていませんか?」
と言おうものなら、どこからともなくケリが入った。(笑)
ただこの女将、気分屋でもあったようで、忙しく炭火に向かってるときなどに、
「レバーにタンにハツを塩で5本ずつ」
「あ、それからお銚子を2本追加!」
などと注文をしようものなら、勘定は倍づけされて目の前にあるのだった。
そのときも、かの注文した同僚には容赦なくケリが入ったようである。(笑)
残念ながら今はもうなくなってしまったが、焼き鳥を食う度、わたしの思いはいつだってこの「二合半」に飛んで行く。
連絡船もなけりゃ「二合半」もない。
函館への思いも薄らいでゆくわけである。
女将さん、どうか息災でありますように。(祈)

「おおきに」
親父にまた来ますとお愛想をいって店を出た。
リムジンバスの着く停留場に行くと、カミさんが所在なげに立っていた。
時計を見ると9時半を回っている。
「まいど!」
このときばかりは威勢の良い関西人になるのである。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2007.11.21

寒い夜に

Aero

ガスファンヒーターが心地よく回ってる。
ONKYOのAEROからはキースのソロコンが流れている。
重い日。こんなONKYOのAEROだって平気で電車で持ち帰ってしまう。(笑)

眠気の襲ってくる暖かくなった部屋で、気になるブログを巡回してる。
故郷の新しくなった駅舎の写真があり、雪のうっすら積もった函館の写真もあった。おまけに、「おまけのオールド」の写真まで飾ってあった。
寒さには死ぬほど弱いって絶叫していたお嬢さんは大丈夫だろうか。(笑)

帰りに寄った家電屋でヘッドフォンをいろいろ試してみた。
いかにもいい音を出すぞってやつを耳に当ててみる。
そんなことを繰り返しながら、気がつけばいくつものヘッドフォンが抽斗の中に溢れていたりする。
四つ五つを聴き比べ、バッグからipodを取り出していつも聴いている曲を選曲してみた。
なんのことはない、今愛用しているものが一番良い音を出していた。
灯台もと暗し、人生とはそんなものなのかもしれない。

明日、久しぶりにカミさんが陣中見舞いにやってくる。
ルミナリエはまだ先だというのに・・・。
多分、明日の晩はイカ刺しなんだろうなあ。(苦笑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.11.18

ウィスキーがお好きでしょう

寒くなったからではないけど、またまたウィスキーの話です。(笑)
ようやくガスファンヒーターが運転されました。
本日の室温がやはり20℃。外はからっと晴れているようで、外で日に当たっていた方が暖かいかも。
いずれにしても、ファンは快調に運転されている。目出度し、目出度し。

♪ウィスキーがお好きでしょう~
♪もうすこししゃべりましょう~
石川さゆりのこの歌もなぜかこの時期に聴くとジ~ンときますねえ。
このジ~ンに切ない思いを抱きながら、小雪さんのさりげない流し目に狼狽えながら、ふと待てよと思った。
たしかウィスキーはニッカじゃなくちゃいけない、なんて記事を書いた記憶がある。それを思い出してしまったのだ。
そこで検索をかけてみたらありました。ニッカの生みの親、竹鶴政孝物語
ニッカがアサヒの傘下に入ってしまって久しいけど、やはりニッカには愛着がある。今頃、余市はうっすらと雪化粧かしらん。この北の国の自然の厳しさが髭のウィスキーを育んでいるのである。
♪ザンザンジダン~シュビズバ~に浮かれて、石川さゆりに酔いしれて、気がついたらわたくし、浮気をしていたのね。(笑)
そしてさらに、オールドのことに触れている記事もあるではないか。
なんといいますか、わたくし節操がないものでして・・・。
光陰矢のごとし、年を取るってことは素敵なことなのです。オイオイ...。
なんかいろいろ書いてるね。

先の記事にあるオールドの小瓶のオマケ、これは酒の安売りスーパーで偶然に見つけたもの。
かれこれ1週間が経つからもうすでにないかも知れないけど、先週は山積み状態だった。オールドの方はまだ半分くらい残っているけど、これからちょっと覗きに行ってきます。そうなんです、本日も「重い日」なのであります。(笑)
そして本日も違うオマケなんかないものかと・・・。
そうですね、小雪さんがついてくるとか・・・。バカミタイ...。
この時期、世はボジョレヌーボーばかりがもてはやされているが、小雪さんだって、いや、角だってダルマだって頑張っているのだ。
といいつつも、ボジョレヌーボーにオマケがついていたら落ちるな、多分。
ええ、わたくし節操がないものでして・・・。(爆)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.11.17

ふたつのオールド

Old
「suntory_old.wav」をダウンロード

日増しに寒くなってきているようだ。
お風邪を召してダウンされている方もちらほらいるようですが、ご自愛を。
わたくしの部屋の気温、現在20℃といったところですが、暖房は入っていません。我慢してます。(笑)
こんな日は、ウィスキーのお湯割りなんぞをいただいて寝るにかぎります。

先週の「重い日」に買ったサントリーオールド、これが上の写真です。
なにやら子供のような小さな小瓶が写ってますが、これは目の錯覚ではなく、付録といいますかオマケといいますか、デカ瓶についてきたものです。
オマケだけどこのオールド、ウィスキーは入っていない。
そこで何が入っているかというと、♪ザンザンジダン~シュビズバ~、そうです、あの名曲が入っているのです。(笑)
こんなチビのくせして、電池もスピーカーも内蔵していて、♪ザンザンジダン~シュビズバ~、なのです。
試しに画像の下にあるファイルをクリックしてみてください。
どうです、優れものでしょう。(笑)
コンビニや酒屋さんにまだあるかどうか判りませんが、是非欲しいなんて興味がある方は飛んで行ってはいかがでしょう。

明日は全国的にさらに寒くなるようです。
「恋は遠い日の花火ではない」
ウィスキーのお湯割りなんぞを飲んで、早く休みましょう。
明日はガスファンヒーター、活躍してくれるかも。(爆)

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2007.11.14

少年二人

Hankyuu

日増しに寒くなっているようだ。
北の国の生まれだからといって油断をしてると、いつの間にか高熱を出してたりする。すでにインフルエンザの流行のおそれありとか。夜な夜なだらしない生活はいけないのである。
現在の室温23℃、これが寒いかどうか判らないが、ガスファンヒーターを試運転してみた。
あんなに五月蠅かった蚊右衛門の姿が見えないので、誘い出してみようという魂胆もあったのだが、蚊右衛門はどうも東京の某所に飛んで行ってしまったようである。多分、ここよりは数段住み心地が良いにきまってるが。(笑)

昨日、出張だったので少しだけ遅い電車に乗った。
時間に余裕があったので、梅田までは普通電車である。
いつもより空いている車内で新聞を読みながらいると、次の駅でいくらかの客が乗り込み、それでも座席はとびとびであるが座れる状態だった。
その客の中に小学生らしき二人の少年がいた。
この少年二人は、席を競って飛びつくわけでもなく、まるで大人のような態度でどっしりとし、私のすぐそばに立って大人しく話し込んでいるのである。まるで関西の子供らしからぬ落ち着いたそぶりで。(笑)
不思議な少年二人の顔を見ると、これもまた関西人らしからぬ賢そうなさわやか面立ちなのである。
話の内容までは判らなかったが、ゆったりとした話しぶりはこれまた関西のガキンチョらしからぬ・・・。(笑)

私が感心したのはこれから先である。
次の駅、さらには次の駅に電車が止まって客が降り、歯抜けではあるが充分席が空いたというのに、この少年たちは一向に座ろうとはしないのである。
私の前の席ではひとりの女子が眠りこけ、隣のオヤジの肩にもたれかかっていたりしてるのだが、少年二人はこんな哀れな見苦しい姿にも一向に興味を示さず、ただひたすら突っ立っているのだ。
そして終点の梅田の二つ前の駅、十三であるが、ここで大量の客が降りて車内ががらんとしたとき、はじめて少年二人はどちらからともなく声をかけ、空いてる席に座ったのである。
私は唸ってしまった。お見事。親の顔を拝見してみたい。
すっかり錆び付いてしまった頭を、後ろからガツンとやられた感じだった。
昨日の出先でのお仕事、気を引き締め、心してかかりました。
虚心坦懐。温故知新。因果応報。慇懃無礼。青色吐息。ああ、無情。
世の中まだまだ捨てたものじゃない。ああ、栄冠は君に輝く。
それにしても、十三から座るってところがいいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.11.10

重い日

「思い日」ではない。「想い日」でもない。「重い日」である。
昨夜の飲み疲れで、一日中ベッドでゴロゴロと小説などを読んでいた。
夕方になって、晩飯も食わなくてはいけないので、近くのスーパーに出かけた。今日は重い日と決めて出かけた。
重い日、これは重たいものだけを買う日なのである。こう決めている。
野菜や刺身やパンや果物などを一緒に買ってしまっては歩きづらいことこの上ない。よたよたと足がおぼつかない。

本日の狙いは、サントリーオールドにウィルキンソンの炭酸に缶ビールに濃い茶にそれとダイヤアイスである。
店内を歩きながら、ブルーベリーのジャムを掴み、ワゴンにあるチリ産のワインと減塩醤油を追加した。どれもこれも重たい水ものばかりである。
レジを済ませ、スーパーを出て歩きながら肝腎の濃い茶がないことに気づいた。お茶は面倒なので、200mlのでかいやつをいつも御用達している。
まもなく家というところにもう一軒のスーパーがあるので、そこで買うことにして歩いた。
濃い茶の200ml一本。他店のレジ袋を一杯にさせ、レジのおねえさんの前を通るにはあまりにも恥ずかしく、しのびない買い物である。

「ああ、これね、人から頼まれたものなんですよ」
訊かれもしないのに、レジ袋を指さし弁解などをしそうなのである。
浮気がばれたときの言い訳にどこか似てるのかも知れない。
卑屈にならずに堂々と、
「その先のスーパーが特売日だったんだ」
こう言ってしまえば浮気などバレはしないのだろうか。(笑)
そんなことをぐずぐず考えながら店内を歩き回り、気がついたらカートの中はお祭りのようだった。
バターピーナツにヒラメの刺身にキューピーマヨネーズ、ピザにバターロールにチーズクラッカーに生牡蠣に豆腐に生わかめにヨーグルト、真っ赤な青森のリンゴまでがはみ出しそうになって踊っていた。
家がすぐそことはいえ、両手に三つものレジ袋を抱えながら、よたよたと歩いて帰ってきた。

頭がすっきりしない日の買い物は御法度である。
只今、冷蔵庫の前でため息をついている。
今晩、何を食えというのだろう。
重い日ならぬ、重労働の日に合掌。


| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.11.07

冬の散歩道

Fuyunosannpomiti

蚊右衛門の話である。
夏も終わったというのに、残り香ならぬ残り蚊が一匹我が家に住み着いてるようで、こいつが蚊右衛門である。
蚊右衛門はニュースなどを見てると、ブ~ンとどこからともなくやってきて、私の顔の前を低空飛行する。
見えている分には余裕があるので、私はサッと手で払いのけ、軽くいなすのだが、これが就寝中の暗闇の中だと、思わず無意識に手が飛んでゆく。ピシャリと頬を打ち、その痛みの中で確認してみるのだが、蚊右衛門は見事にそれをかわして未だに健在のようである。
多分、いずれは哀しい運命であろう。(笑)

寒くなりました。
サイモン&ガーファンクルの「冬の散歩道」を聴いています。
ニューヨークやボストンの冬の経験はないけど、札幌や函館の冬の経験は山ほどある。札幌はいつでも雪が落ちてきても不思議ではない時期、函館はまだまだ雪は降らないだろう。
こちらは空気が乾燥していて、地下鉄を降りて乗り継ぎの阪急までの道すがらは軽く汗などかき、上着を脱いでしまうこともある。北国の生まれだからこの程度じゃ参らないが、周りに目をやると、すでに冬用のコートなどを着込んで完全防備の女子などもいて、これはなんとも面白い光景である。「冬の散歩道」なのである。

M嬢には電気ストーブを買うなんていってたけど、昨日、ガスファンヒーターを買ってしまった。裏切り者である。(笑)
ウィズ・ガス。ガスのある暮らしを楽しもう。これはこちらの大阪ガスのキャッチコピー。これにまんまと乗せられてしまったという哀しき図式なのである。
試し炊きをしてみたが、なんとなく良い感じで、ウィズ・ガスなのである。
M嬢は今日、オジサンたちを前にしての研修の講師を務めるらしい。
風邪が治ったばかりらしいけど、彼女の根性ならまず心配はないだろう。
私はこれから名古屋、岐阜へと出張である。
これから朝飯を食い、ipodに「冬の散歩道」を取り込んでいざ出陣。
昼飯は味噌カツと決めている。オジサンだって頑張っているのだ。
本日は全国的に晴れらしい。冬のお散歩にはちょうどいいだろう。
ところで、蚊右衛門はどこ行った。(爆)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.10.30

天使の微笑み






昼に難波の地下を歩いていたら、クリスマスツリーの設置作業をやっていた。
さすがに関西の商魂は逞しいなと呆れつつ、昼は回転寿司にした。
「函館市場」、それが回転寿司の店名である。
回転して前を流れる寿司をおもむろにつまみながら、函館のことを思った。

先日、ある方からメールをいただいた。
メールはこれを買ってくれ、これを読んでくれ、果てはこんなゴシップを知ってるかみたいなものしか来ないので、真面目に目を通すこともなく、タイトルだけを読み流しそれでお終い、結果、未読の山なのである。
そんな未読の山から拾ったのが、先の方からのメールであった。
この方とは、「天使の微笑み」というサイトの管理人さんだった。

わたくしのブログには、恥ずかしながら「人気記事ランキング」などという洒落にもならないものを設置していて、ただ今の第1位には、「木下順一さんのことなど」が晴れがましくも躍り出ているが、これは木下さんとご縁のあるM嬢が奮闘している結果なのである。記事に参ったなどというコメントもメールも未だに無いのがなにやら複雑な心境ではあるが・・・。
ただ、「木下順一さんのことなど」がトップにいてくれることは、それはそれで嬉しいかぎりだ。
M嬢は函館ご出身でスチュワーデス(死語?)をおやりになり、それからJRAのインタービューワー。そして現在は・・・、忘れました。(汗) 利発で美しくて可愛いのである。
M嬢に袖にされたら一巻の終わり、わたしゃ売られてゆくわいな、なのである。(笑)

先の方のメールに戻ると、この管理人さんは木下さんのお嬢さまとご結婚をされているとのことだった。
興味深く文面を追うと、木下さんの足跡を紹介してゆく主旨でサイトを立ち上げたとあり、木下さんとわたくしとのエピソードが目に浮かぶようであるとおっしゃり、このつまらない拙ブログにリンクを張ってよろしいかというものであった。嬉しいことである。
いつであったか、「木下順一」でググってみたことがある。
そのときのGoogleは「天使の微笑み」をいの一番に掲げ、そして信天翁の「木下順一さんのことなど」をその次に拾い出してくれた。さすがにGoogleである。(笑)
それ以来気になっていた「天使の微笑み」。
サイトを拝見しても、そのときはどなたが管理人さんか判らなかったが、こうしてメールをいただくと、木下さんとの縁(えにし)がどこかで繋がっているのかと、そんなふうな感慨にとらわれてしまう。

上の写真は「天使の微笑み」にあるものを借用しました。
これは木下さんがタウン誌『街』を編纂していた頃の事務所の風景です。
わたくしもここへは呼ばれたこともあり、なつかしい風景です。
不作法な野郎よりは、木下さんはいつだって女性がお似合いだ。
左がO木玲子で真ん中がかつての北海道はミスW内のS藤玲子。
わたくしの同人誌『晨』の仲間です。そして玲子の安売りです。(笑)
今年の年末は、『晨』の仲間に連絡でも取って忘年会でもやろうかなあ。
ちなみに本日のGoogle君、「木下順一」で検索してみたら、信天翁がトップに躍り出ていた。よく見ると、かのM嬢のコメントだった。
やはり袖にされたら、わたしゃ売られてゆくわいな、なのである。(笑)

ひとり、酒を飲みながらの書き込み、まったくとりとめがない。
「神戸ハイボール」は、ウイスキーと炭酸を混ぜマドラーで13回転半。厳密なのである。
本日、サントリーオールドで神戸ハイボールとシャレてます。
「天使の微笑み」の管理人さんの奥様に、これを進呈させていただきます。

そういえばお父さま、下戸でしたね。
これもシャレということで。(謝)

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2007.10.27

準備万端

Bvlgari

もういくつ寝るとお正月?
お正月には酒飲んで、凧など揚げずに休みましょう♪
気の早い話だけど、正月帰省の航空券取りました。
ANAのマイレージクラブ特典予約、二ヶ月前の予約開始が本日9時30分。
12月27日分を、予約開始時間と同時にアクセスして見事にGetしたのだ。
血と汗と涙で貯めた15000マイルが飛んでいって候。(笑)

毎月の電気代ガス代はマイルへ移行。
毎月のスーパーへの買い出し、つまり食費もマイルへ移行。
コンビニで購入する新聞もカップ麺もおむすびもマイルへ移行。
昼のレストランも食堂も、大丸も阪急もユニクロも、ヨドバシもヤマダもミドリも、そして一人寂しくBarで飲む神戸ハイボールだってマイルへ移行だ。(笑)
あまりにもカード会社のお得意さんになってしまったので、つまり年間使用額がある水準をクリアしてしまったので、なんと、いつのまにか貯まったマイルはその5割り増しになって移行されているのである。
わたくし、頭のてっぺんから足の先まで、体内を駆けめぐる血の一滴までANAのマイルで侵されております。(笑)

先日飛び込んだ某Y電器。
ここはブランドもののフレグランスなんかも置いている。
わたくしの愛用は上の写真にあるブルガリのブルー・プール・オム。
買い置きのため、立ち寄ったら必ず覗いてみるんだけど、その日はなんと3000円で釣りがくるお値段だった。
二つを鷲掴みにしてレジへ。Y電器のポイントも貯まっていたけど、ついいつもの癖でカードを切ってしまった。
ブルガリの香りがANAのマイルに変身なんてなかなかでしょう?
じつにセコイ生活をしているものだと呆れてしまう今日この頃。

もういくつ寝るとお正月? お正月には凧あげて コマを回して・・・
やはり酒飲んで休むにかぎる、それが正月だ。
明日天気になあれ。(笑)

続きを読む "準備万端"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.10.21

晴れたらいいね

P1030741

暑い暑いと言ってたら、急に寒くなってきた。
「そうだ、ストーブ買おう」
急に思いつき、昨日、電気屋に行ってみた。
いろいろあってよく判らない。
よく判らないけど、今年は電気式と決めている。
灯油は運ぶのも面倒だし、灯油屋を探すのも億劫なのだ。
電気ストーブはどこか頼りないけど、そんなに家にいるわけでもないので、「そうだ、ストーブ買おう」は「そうだ、電気ストーブ買おう」なのである。(笑)

電気屋の偵察を終え、久しぶりに「Book off」に寄った。
目眩がしそうなCDの山をかき分け、数枚を鷲づかみにしてレジに向かい、そこで広げてみたらドリカムにMAMAS&PAPASだった。それにDUKE ELLINGTONにDEXTER GORDON。
狙ったものはなかったが、どれも250円也なので、なんか得した気分だった。
なにげにドリカムか、これは自分でも判らない。(笑)
吉田美和の相方が亡くなってしまったからかな。やはり、よく判らない。

P1030745

そんな判らないCDが、薄暗くなったわが部屋で鳴っている。
『決戦は金曜日』に『晴れたらいいね』、これくらいしか知らない。
MAMAS&PAPASの『CALFORNIA DREAMIN』がかかり、そして『MONDY MONDY』のハーモニーが静かに流れている。
さて、ジャズの大御所、DUKE ELLINGTONはいつになったらかかるのだろう。
気怠い日曜日。これからスーパーへ買い出しだ。
電気ストーブはどこいった。(笑)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.10.20

深まる秋

Kiku

早いものです、この日曜日は菊花賞。
深まる秋だなんて言っておきながら、いきなり菊花賞だなんて。(汗)
今日は仕事が混み入ってどこにも寄れないで帰宅した。
どこにも寄れなかったのは飲み屋です、ええ。(笑)
週末だというのになんとも情けない。週末にブログだなんて・・・。(笑)
しょうがないから菊花賞の出馬表でも載せましょうかね。
ついでに、帰宅時に立ち寄った大丸のコスメのおねえさんもオマケです。

Daimaru

ここ数日、やたらと電車に乗って飛び回っている。
そして気がつけばコックリコックリ。午睡である。つまり眠ってる。
以前にこのブログでも記事にしたことがあるが、完璧に眠りに落ちてしまうのはなぜか女性が多い。ほんのわずかの距離でも、それが居心地の良くないバスであろうと、世の女性は実にあっさり眠りに落ちてしまう。スキだらけ。不思議な現象だ。
男というのは、外に出たら周りはみな敵という意識が潜在的にあるのか、簡単には眠らない。一服盛られないかぎり眠りはしない。(笑) 女に比べて神経が四方八方に張り巡らされているのかも知れない。
こんなことを言ったら、世の中の女がみな馬鹿なようにとられかねないが、そうではなくて、油断大敵とよく言うが、女というものは油断に対して男よりは神経が行き届いていない、残念ながら油断というものに多く気を払っていないような気がしてならないのである。

「女のバッグ」というのもある。
「センセイのカバン」でもなく、「女のカバン」でもなく「女のバッグ」である。
これは女の居眠りより強烈である。
通勤途中や電車の中でよく見かける光景だが、バッグのファスナーを閉じず、どうぞ見てくれみたいな・・・。開陳しているのである。
女のバッグの中は女の衣の中と同じだと思ってる。見せてはいけない。
さすがにじろじろ見るわけにもゆかないが、化粧水にファンデーションにリップにお菓子にペットボトル。極めつけはヴィトンの財布なんかが無造作に放り込まれているのはいかにもスキだらけで、女のミステリアスなバッグの中味が台無しなのである。
勝手にしやがれ。あたしゃ売られて行くわいな。
世捨て人になってはいけない。(笑)

電車の中で眠ってはいけない。
そう思っていたのだが、最近、よく眠りに落ちてしまう。つい四つほど先の駅までだというのにコックリコックリである。
男だって油断に多く気を払っていないやつもいるのである。
これはなんというか、四方八方に敵がいなくなった年齢がそうさせるのかも知れない。
ただ、カバンはしっかり閉めている。男のカバンの中なんて面白味もなく、タイガースファンで汗臭くなった阪神電車みたいなものですが。(笑)

さて菊花賞。
女の居眠りに女のバッグときたら、「夢の中」でドリームジャーニー、「ティファニー」でマンハッタンスカイというのはいかがでしょう。ティファニーは宝石だけど、この際バッグだって構いはしない。
全く責任は持てませんが・・・。
事故責任、いや自己責任で。(笑)

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2007.10.19

北海道日本ハム

P1030720
思いっきりおめでとう(笑)

P1030729
ヒルマンが見えない(笑)

祝 北海道日本ハム。
リーグ優勝、やってくれました。
札幌ドームの熱気が伝わってきました。
これで一気に日本シリーズを優勝して欲しい。
ちなみにこの写真、我が家の液晶TVからパチリです。なかなかです。(笑)
これでゆっくり眠れます。オヤスミナサイ...。Zzz・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.10.14

神無月

P1030706

もの思う10月。
もの思わなくても10月。
挨拶もなしに勝手にやってきた10月。
本日、ここにきてようやく衣替え。
まとめて十数枚の夏のYシャツをクリーニングに出す。
出張の帰りに、ひやかしに寄ったお店で買ったウールのジャケット。
まだ袖を通していないスーツが二着。神無月とはそんな月。

P1030715

気になっていたAero Sound System
休日だというのに難波まで出かけてその音を確認。
BOSEには到底及ばない音だけど、悪戯で買ってしまった。
iPodに取り込んだビデオ&ムービーが、液晶TVで再生できるはずなのに何度チャレンジしても出てこない。
ウイスキーを煽り、気合いを入れて挑むも反応なし。神無月とはそんな月。

函館のとあるスナックの名物マスターが亡くなった。
マスターとはそんなに親密ではなかったが、娘のM子さんは後輩の嫁さんだからよく知っている。
今日2時から「お別れの会」があったらしい。
急遽カミさんをやったが、このあと、お店を開けるのだと言っていたそうだ。
本当は来週から営業の予定らしいけど、今日集まった方たちのために開放するのだという。故人もきっと喜んでいることだろう。さすがM子さんだ。あっぱれ。

iPodに取り込んだビデオ&ムービーが映らないTV画面を横目に、Charlie Haden & Pat Metheny を聴いている。
アルバム「Beyond The Missouri Sky」 の中の『He's Gone Away』だ。
なんとも哀しくやるせないメロディがおとなしく、ささやかに流れている。
Pat Methenyの切なすぎるギターの音色、これも神無月の悪戯であろうか。
合掌。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2007.10.09

恋は遠い日の花火ではない

神戸ハイボール。
かつて神戸にあった伝説のバーらしい。
先月函館に帰省したとき、ANAの機中で読んだ機内誌「翼の王国」に紹介されていて、その魅力に惹かれた。
開店が1954年とあり、残念ながらの閉店が1990年。平成2年だから、私が初めて神戸勤務したときにはすでになかったということになる。
ここで出されていたハイボールがやけに旨かったらしい。
なんでも、ハイボール以外を注文できるのはマスターがよほど機嫌の良いときだけだったとか。
だいたいバーのマスターなんてのは、そんな一風変わったオヤジが多いのが定説になってる。
神戸ハイボールはグラスにウィスキーを入れ、炭酸を注ぎ、最後にレモンピールを吹きかけただけで、氷は入れないらしい。抜群の旨さとある。
閉店になってしまった神戸ハイボールだが、神戸ハイボールは市内のちょっとしたところで今も飲めるそうだ。
紹介されていたそんなお店の中で、行ってみたいと思ったのが神戸港中突堤にあるホテルオークラ最上階の「スターライトラウンジ」。
ここは以前の勤務場所のすぐ近くで、そうと知っていたら足を運んでいたものを・・・。悔やまれてならない。

ウィスキーを初めて口にした時代、水割りなどというものはなくて、ハイボールだった。
ハイボールがどんな飲みものかも解らず、アメリカ映画で見たひとつ憶えで気がつけば注文していた。
炭酸が入っていたかどうかはすでに記憶にないが、こんな不味いものよく飲むものだと呆れたものだ。
それが今やいっぱしの酒飲みである。炭酸などというややこしいものはいらないからと言って、ロックでガブ飲みだって平気な人間になっている。時の移ろいというものは残酷で哀しいものだ。
今日、散歩がてらに街を歩き、覗いた酒屋で上等の炭酸を買った。ウィルキンソン炭酸。
神戸ハイボールにはこのウィルキンソンの炭酸を使っているらしい。
このウィルキンソンも何故か記憶にすり込まれていて、それはちょうど受験勉強中の深夜放送のコマーシャルだったように思うが、こんなふうに神戸で思い知らされるとは皮肉なものである。
今、サントリーオールドのロックにウィルキンソンをたっぷり注ぎ、♪ザンザンディダン シュビズバなんて口ずさみながら、気分はリー・ヴァン・クリーフになっている。

お待たせしました、サントリーオールド第二弾です。(笑)
「この課長の背中篇」、いいなあ。男としてはこう生きたいものだ。
今宵は長塚課長と弁当屋の田中裕子ねえさんに乾杯だ。
ただ、このご両人のCF、お湯割りじゃないか。ガッカリ。
そういえば、こんなお湯割り全盛時代もありましたな。
やはり、光陰は矢の如しなのである。
美しき哉我が人生だ。ヤケクソともいう。(笑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.10.08

マイ・オールド・フレンド

「1985_8bspfxta0dm.mp4」をダウンロード
リー・ヴァン・クリーフ(0:59)(こちらがオススメです)


リー・ヴァン・クリーフ(0:29)

昨日、ぶらりと寄ったショップで見つけたのがYou Tubeの動画をiTunes経由でiPodに取り込めるソフトiGet You。
頻繁に使うこともないから、ちょっと迷ったけど、I Get Youしてしまった。
おそるおそるインストールし、さて何を取り込もうかと迷ったあげく、中島みゆきのそこそこのものをI Get。
iPodで持ち出して聴くのもいいけど、液晶TVに動画を映し出してiPodを聴くというONKYOから発売されている「AERO Sound System」なるものもあって、これにもなんだか触手が伸びている。(笑)

そんなことはいいとして、昨夜、一人水割りを飲んでいたら、急にサントリー・オールドの昔のCFが観たくなった。
♪ザンザンディダン シュビズバ って渋いBGMが流れるやつ。
この曲の作曲はなんと、小林亜星さんらしい。驚いた。ぶったまげた。(笑)
最近流れている、一人住まいの娘を案じて父が嘘をついて上京してくる「父の上京篇」や、過去に流れた、夜の街での別れ際に女性社員が課長の長塚京三さんに向かって言う、『課長の背中見るのが好きなんです』と言って泣かせる(汗)「課長の背中篇」もいいけど、ここはなんと言ったってリー・ヴァン・クリーフのものだろう。

昔を思い出しながら、しみじみとしてしまった。
いずれはこんな風に年をとってしまうのだろうな、そんな思いで見ていたCFだが、自分がそんな年齢に近くなろうとはね。
こんなリー・ヴァン・クリーフのように渋くスマートに歳を重ねて行きたいものだ。

友達?
たくさんいるよ。
子供・・・おとな
男・・・女
はげしいの、やさしいの
軽いの・・・重いの
新しいの・・・ふるいの
もっとふるいの
結局、みんな好きだね

シブイ! めっちゃシブイ!
泣かすね。泣けた。
マスター。オールド、ダブルでもう一杯。

次回は長塚京三、田中裕子ご両人のものをアップする予定です。
乞うご期待!(笑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.10.06

K代さんからのはがき

Letter

昨夜遅く帰宅すると、郵便受けに1通のはがきが投函されていた。
差出人に目をやると、それは函館のK代さんからのものだった。
相変わらず達筆である。そして相変わらず気遣いのこもった、優しくて愛情のあるものだった。

K代さんとは函館の同じ同人誌にいた。
K代さんは小説は書かず、身の回りにある出来事などを随筆にして投稿していた。優しくて品のある丁寧な文体は誰からも好かれていた。他の同人の作品を評するときも、実に愛情に満ちた評をし、その優しさを遺憾なく発揮していたのである。

はがきは、私の移転通知に対する返信であった。
此の度はご丁寧におたより有り難うございましたとあり、新しい仕事や引っ越しなどでの疲れを気遣ってくれている。
函館の男子高校の教師をお辞めになり、今は悠々自適の生活を送っているはずだが、随筆を書き続けているのかどうかはこの文面では判らなかった。ただ、お元気にされている様子だけは充分に読んでとれた。
K代さんのはがきの最後には、かつての同人だったR子さんが今でも小説で気を吐き、最近では北海道新聞の書評で大きく取り上げられたことが記されていた。そして私に対し、まだ書いているのかと問うて終わっている。

函館の女は元気である。
突然飛び込んできたK代さんの便りを手にして、そんな元気な女たちを思い出している。K代さんはもとより、RさんにSさんにNさん、そしてこれぞ函館の女傑といえるYさんだ。
窓から入り込む秋風に誘われるように、函館、Yさんと検索してみると、面白い記事がヒットした。
北海道新聞函館支社が募集している「いさり火文学賞」のもの。
応募資格が道南にゆかりのある人というのは良しとして、そんなことよりも私の目を釘付けにしたのはその審査委員の顔ぶれだった。懐かしいYさんの名前があり、そして5人の審査委員のうち、4人が面識のある方たちだったのである。
AさんにSさんにTさん。その方たちは私の同人誌の合評会に現れては評をしてくれた。丁寧に評をしてくれたり、ときには親の敵にでも会ったかのように激しく罵ったりしたのである。元気なのは函館の女ばかりではないのである。
ここに木下順一の名前がないのが寂しい気もする。
木下さんが健在だったら、間違いなく彼は審査委員長格だったことだろう。
「いさり火文学賞」。ここだけには応募することはできないな。(笑)

「○○さんも書いていらっしゃるのでしょうか」
K代さんの最後の文面である。
何も書いていない私は戸惑い、顔を赤く染め、K代さんからのはがきをそっと机の袖に押しやるのである。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.09.28

第一滝本館

Takimotokan

札幌に墓があるので、彼岸もとっくに過ぎたというのに墓参りである。
そのまま帰るというのも芸がないので、登別まで高速を飛ばし、第一滝本館に泊まることにした。
私にとって滝本は思い出の温泉で、というか、私にとって北海道の温泉と言えば登別で、そして風呂は第一滝本館ということになる。

Sikotutouya

小学校6年の修学旅行は洞爺湖、登別温泉だった。
洞爺湖で遊覧船に乗り、そしてオロフレ峠を越えて登別に出て熊牧場を見た。
それだけの記憶しかないが、その時泊まった第一滝本館の大浴場だけは今でも忘れられない。
今でこそ登別温泉にはたくさんのホテルが林立しているが、当時は第一滝本館くらいしかなく、あとは大抵がこぢんまりした旅館だったと記憶している。
温泉は大きなプールになっているものもあり、どういうわけか、ここでは男女一緒になって泳げたように思う。
水着なんて当然持参しないから、みんな素っ裸になって泳いだ。
いくら小学生とはいえ、女子も男子も素っ裸だから、これはいま考えてみると相当に乱暴な話なのだが、当時はなんの疑問も持たず、教師も生徒も一緒になってワイワイ騒いだのである。

Tさんは、小学生にしては胸の大きなというのか、胸の大きくなった、校内でも評判の可愛い女子生徒だった。いわばマドンナであり、当然ながらわれわれ悪童はTさんを探したのである。
ところがTさんはどこを探しても見つからなかった。
悪童の中でもとびっきりの悪童がどこで情報を仕入れたのか、Tさんはひとり部屋にいて、ここには来ないのだという。
われわれはみなガッカリした。マセた馬鹿どもである。(笑)
やはりマドンナは、どんなことがあってもマドンナなのであり、マセタ馬鹿どもに裸の姿などは見せないものなのである。
そんなふうにひとり納得はしたものの、私の思いはより一層Tさんでいっぱいになり、胸が焦がれた。
初恋地獄編ならぬ、初恋登別編である。

そういえば、ここ登別温泉には地獄谷があり、源泉となっている硫黄の匂いをふんだんに含んだ湯煙をもうもうと立ち上げている。地獄の閻魔様、つまり鬼なんかも売りにしていて、いたるところでギョロリと睨みをきかしている。
淡く悲しきわが初恋登別編。当時の鬼が意地悪をした、私はそう踏んでいる。
オロフレ峠を久しぶりに越えながら、そんな甘い思いに浸っていた。
第一滝本館、思い出のいっぱい詰まった温泉なのだ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.09.25

函館大門の灯

Oonumanite

久しぶりに函館大門で飲んだ。
日曜日のことだからすでに二日も前のことだが、未だに酔っているような気がする。
「一夜限りのグランド・キャバレーの灯」として、奇特な女性が私財を投げだし、昭和40年代後半に賑わったキャバレー「未完成」を一晩だけ復活させた。函館の盛り場大門が息絶えて久しいが、sachiyoさんという30代の女性が華やかなりし大門を知るなんてことはないと思うが、彼女はボランティアをかき集め、協賛会社などを募って頭を下げて回り、今や廃屋に等しい蜘蛛の巣が張ったような「未完成」を当時そのままに再現して見せた。
頭が下がるというか、何がそこまで彼女を衝き動かすのかなんて解らないが、多分、無事終わったようである。
翌日の朝刊には、当時のうら若きホステスさん達が、それなりにお歳を召した姿で誇らしげに写真に収まっていた。
多分、無事終わったようであると書いたのは、残念ながら、私はチケット完売で入場できなかったのである。

北洋漁業が全盛で、連絡船も賑やかだった時代、大門は大いに賑わった。
花見といえば大門に繰り出し、忘年会といえば大門に繰り出し、そして勢い「未完成」を含め三つあったキャバレーをハシゴして回ったりした。ホステスさんも多いときでは100名は優にいて、鯛やヒラメの舞い踊りではないが、それはそれは竜宮城のような賑わいだったのである。
記憶にあるのは、加藤登紀子さんが旦那の逮捕留置でドサ回りをやるにいたり、ここ北のキャバレーにやってきたことだ。
それが「未完成」だったか「ハーバー・ライト」だったかは忘れたが、私はそのステージのためにだけ勇んでかけつけ、お登紀さんの歌う「知床旅情」に涙した。
「この歌のためにだけ来たんだよ」
セット料金だけで頑張る私に、三人もついたホステスさん達は快く了解してくれ、
「それじゃわたし、もっと良い席を取ってやる」
そう言ってひとりが席を立ち、遙か向こうの席を確保して手を振っているのだった。そして信じられないことに、どこからかかすめ取ってきたビールとつまみまでそのテーブルに並べて待機しているのだった。
有り難きは北の田舎の心優しきホステスさんなのである。

当日の「未完成」には入れなかったが、その前日の前夜祭にお店を覗いた。
慌ただしくスタッフが動き回り、前日だというのに、ぎりぎりまで打ち合わせがつづいているようだった。
ステージや天井のシャンデリアはたしかに昔のままを再現しているようで、朧気な記憶がぼんやりとだが甦る。
sachiyoさんらしき女性がいたので声を掛けてみた。
完売だというチケットのことやらいろいろ話を聞きたいことはあったが、口をついてでた言葉は、
「某ブログをやってます」
ただのその一言だった。
「ああ、某ブログですか」
それがsachiyoさんの返答で、それじゃと言って私は外に出た。
なんともあっけないというか愛想のないと言うか、締まらない会話だったが、それ以上話すこともないように思われた。とにかく彼女は髪こそ振り乱してはいなかったが、かなりしんどそうだった気配が見て取れたのだ。多分、2,3時間しか寝ていないのであろう。
「ブログにコメントいただき、やってきました」
こんなふうにいえば良かったかと思ってみても、それは後の祭りというものだ。どうも「杉の子」で飲んだ「なんとかハイボール」がいけなかったようだ。
すっかり足を取られてしまい、酔いが急に回ってきたこともあった。
向田さん流にいわせるなら、「一服盛られた」感じで、照明の落とした店内のsachiyoさんの顔のピントまでもがあやしくて、「一服盛られた」というよりは、「二服盛られた」ような酔いの急襲だったのである。

当日は仕方がないので、後輩のA君と「杉の子」で飲んだ。
「杉の子」はA君の奥さんがやっているスナックのようなバーのようなお店で、賑やかだった大門の面影を残している、そんな数少ない貴重なお店なのである。
かつて辻仁成が函館の街を舞台にした「海峡の光」で芥川賞を受賞したが、この「杉の子」らしきお店も登場しているような気がしないでもないが、そんな縁もあって、前の奥様の南果歩さんを伴って幾度か来ていたりもする。
A君と居酒屋で宗八カレイとイカ刺しとサンマの刺身を食い、「杉の子」に戻ると、かつての職場の青年T君が女性を伴ってカウンターに座っていた。
われわれは二人を挟んでカウンターの人となり、二人のことなどお構いなしにそれぞれ勝手に話し始めた。
「『未完成』、知ってますか?」
私は隣に座る女性に訊ねた。
「ハイ。『未完成』、知りません」
当たり前である。
「お前、いつから彼女いたんだよ」
A君が隣りに座るT君に話しかける。
「いつというか・・・」
「ほら、ビール、もっと飲め」
いきなりというか、乱暴な話である。
静かにとり澄ましていたT君は苦笑いになり、いつしか鼻は赤くなっていた。
「Y子さんといいます」
T君が私に彼女を紹介する。
「良い名前です」
「ハイ。ありがとうございます」
Y子さんは、いつだって「ハイ」と言ってから次の言葉を返してくる。
「いまね、『未完成』に振られてきたの」
「ハイ。振られて?」
「ええ、振られたんです」
「ハイ。どうしてです?」
「チケットが完売で・・・」
「ハイ。チケットが・・・」
私はここで、キャバレー「未完成」についてY子さんに講義をしてやる。
「そのsachiyoさんって、よく解らない女性だよね」
「ハイ。でも偉いと思います」
「偉い?」
「ハイ。頑張っているから・・・」
Y子さんは優しいのである。
「それよりチケットがね、残念だった」
「ハイ。チケット、残念でした」
「先輩、Y子さんは小学校の先生してるんです」
T君が心配そうに声を掛けてくる。その気持ちは充分よく解る。
「どちらの小学校?」
「ハイ。東大沼小学校。ご存じないでしょう?」
「東大沼は知ってます。湯けむり会員だから」
「ハイ。湯けむり会員?」
「流山温泉。東大沼にありますよね」
「ハイ。あります。流山温泉」
「トルシエジャパンだってワールドカップ前、東大沼でキャンプを張った」
「ハイ。そうです。その近くです」
「東大沼は有名なんです」
「ハイ。そうなんですか」
無茶苦茶な話である。
そんな乱暴な狼藉者が侵入しようと、Y子さんは明るく笑っている。
そしてバックからデジカメを取り出すと、
「ハイ。みんなで撮りましょう」
いつしかY子さんは溌剌とした先生に早変わりし、酔った二人の狼藉者とT君に集合合図を掛け、シャッターを切った。
A君の奥さんのM子さんが笑いながらビールを出す。
「ハイ。わたくし、もう飲めません」
「それじゃT、お前が飲め」
A君の気合いである。
T君の鼻の頭はさらに赤くなっていた。
良きカップルというか、T君にはもったいないY子さんである。
気がつけば12時になろうとしていた。
「未完成」には振られたが、悪くない一日が終わろうとしていた。
「一夜限りのグランド・キャバレーの灯」。
果たしてこの大門の灯が再び灯ることはあるのだろうか。

翌日、私はカミさんを誘って東大沼に行った。
トルシエジャパンのサッカーグランドはあったが、東大沼小学校は見つからなかった。
大沼国定公園の小さな島々を渡って歩き、紅葉にはまだ早い秋の大沼の写真を撮って回った。
上の写真はカミさんが撮ったもの。
やたらと私に向かってシャッターを切っている。
その理由を訊くと、
「もしもの時の写真、いまから撮っておくの」。
なんというか、死んでたまるかの心境なのである。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2007.09.17

可愛いラジオ

Radio

9月も中を過ぎたというのに、とんでもない残暑が続いている。
誰のせいでもないとわかってるけど、35度とはどうよ。
エアコンをガンガン回し、宛名書きの続きをやっている。
もちろん、「本日、未熟者」を聴きながら・・・。(笑)

バッグの中をゴソゴソやってたらラジオが出てきた。
先日、大阪の電機屋を冷やかしていたとき、ワゴンの中から顔をのぞかせ、
「どうだ、買ってくれねえか」
と声をかけてきた可愛いやつだ。
手に取ってみると、防滴型、お風呂で聴くシャワーラジオだった。
のんびり風呂になど浸かってる時間なんてないが、1000円で釣りがくるような安い代物だったので、騙されたつもりで買ったのだった。

ちょうど汗もかいていたから、風呂に入り、防滴の効果を試してみた。
マンションの風呂の配置上FMの電波はちょっと弱く、「どうだ、買ってくれねえか」君は頼りなかったが、AM電波はしっかり受信していた。
のんびり風呂になど浸かってる時間なんてないなんていっておきながら、しばらくボーッとしながらそのラジオを聴いていた。
そういえば、風呂に浸かりながら読書する方もいるらしい。
相手は紙だから、防滴というわけにはゆかないのだろうけど、今後、パソコンを浴室に持ち込み、音楽やら読書やらを聴いたり見たりする、なんて御仁も現れるのだろうか。
そこまでしなくともと思いながら、懸命になってFMの電波を拾っている。
秋はどこへ行ったのだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.09.16

本日、未熟者

Mijyukumono
本日、未熟者(itunes store)

新しい仕事に就いて二ヶ月が過ぎた。
あっという間に過ぎてしまったのか、ようやく二ヶ月なのかよく判らないが、今というか今更というか、退職にあたっての挨拶状などを書いている。
宛名を書きながら、いろいろな思いが錯綜する。
願わくば、こいつとは二度と一緒に仕事なんかしたくないな、そんな方もあれば、よく飲みよく食った仲のいい同僚もいる。こいつはいつだって手を煩わせてくれたな、そんな若者はいまでも気になる。
気になるのはそんな若者ばかりではなく、名前だって気になった。気になったというか、普段気づかなかった名前が突如として現れるのだ。
いつも苗字で呼んでいた彼、彼女が、突然敏彦になり靖夫になり、三雄になり公哉になり、そして亜矢子になって京佳になるのだ。彼女は京佳だったのか、今の今まで気づかなかった京佳さんを思い出してしまうのである。

スティールパン、バカでかい鉄でできたお椀のような楽器を皆で叩いて演奏する。もちろんソロだって有りだが、合奏がほどよい音色を奏でだし、そこそこ聴けなくもない。
同僚からチケットを貰い、彼等のグループが演奏する会に付き合わされたことがある。彼等の出番が来る前だった。まだ始めて間もない技術の未熟な若者たちが、バカでかい鉄でできたお椀を叩きだした。皆が懸命になって調和を図っていて、観客を魅了するところまではさすがにいかなかった。
そこでわたしは京佳さんを見てしまうのである。
京佳さんは遠慮がちにそのパンを柔らかく叩き、そうかと思うと笑顔を見せてゆっくりとひとつ、ふたつと間をおいて叩いたりする。これでもかこれでもかと、力まかせに叩けないこのパンは京佳さんには向いていないな、わたしはそんなことをふと思った。
「あら、いらしてたんですか? 恥ずかしいわ」
翌日、京佳さんはそう言って笑った。どこか含羞を含んだ笑いだった。
京佳さんはわたしの部下である。
「いい音色だったよ」
「ほんとですか、うれしいです」
わたしは心にもないことを言って京佳さんを喜ばせた。
京佳さんは、やはり含羞を含んだ笑いを見せた。

どこから見てもアブナイ客だった。
個人情報に絡みそうな資料の開示を迫っている。
応対しているのは京佳さんである。アブナイ客は京佳さんの言ってるひとつひとつの言葉をメモし、その翌日から毎日といってよいほど電話をかけてきた。
君はこういったじゃないか、君はこの資料は出せるといったじゃないか、そんなことをアブナイ客は電話の向こうで繰り返し、京佳さんは懸命になって応対していた。電話は小一時間に及ぶこともあった。押し問答。
「上司を出せといわれても、私、頑張ります」
京佳さんは頼もしいのである。
二週間くらいたってまた電話があった。
「正式に情報開示請求をなさってください」
相変わらず京佳さんは懸命になって応対してるのだが、いつしかその声が急に消えた。上手く納得させたのかと思って京佳さんを見ると、彼女は受話器を持ったまま眠っているようだった。
上司は出しません。有り難いというか立派というか、天晴れな女である。
秀敏に雄二郎に幸宏に勇雄。
典子に章江に玲子に須磨子。
宛名を書きながらそれぞれの思いは尽きないのである。
ワープロに慣れたせいか、手書きというのはちょっとしんどくて、今日は途中で止めてしまった。
もう二ヶ月が過ぎているというのにである。
わたくし、『本日、未熟者』。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2007.09.11

夏から秋へ

P1030500

今日は午後から休暇を取った。
別に急ぐ用があったわけでもないが、理由は「信天翁」にある。
こう書いてしまったらなにやら意味深だが、なんのことはない、ATOKが欲しかっただけだ。
VAIOにしてから漢字変換エンジンがマイクロソフトのMSIMEになってしまい、もう使いづらいったらない。
同梱されていたのがMS Officeで、一太郎が入っていないから当たり前なのだが、やはり使い慣れたATOKが欲しい、それで休暇を取り、ミナミのLABI NAMBAまで走ったということなのだ。
「あほうどり」とキーボードで打ち、MSIMEで変換すると、
「アホウドリ」
「あほうどり」
候補はただのこれだけである。つれない。出直してくれ。(笑)
これがATOKだと、
「アホウドリ」
「あほうどり」
「信天翁」
「阿呆鳥」
「阿房鳥」
とこうなる。お見事。胸のつかえが下りた。ざまあみろ。(笑)
やはり愛すべきはATOKなのだ。
もう14年の付き合いだからね、離れられない。古女房。
これでブログの更新も安泰だ。これは嘘です。(笑)

帰りに“なんばParks”をぶらついてみた。
人が多いねここは。平日の真っ昼間、何用があってこんなに若者たちが集まるのか、一体彼等は仕事をしているのか。
人のことはいえた義理じゃないけど、この現象、いつも不思議に思ってる。
最近は年をお召しになった方たちが増えている印象だけど、これはやはり団塊世代が大量にリタイアした2007年問題を象徴しているのかもしれない。いや、今日目についたのは、それよりは遙かにお年を召した老人たちだった。このように、
今後この国ではさらに老人たちで街が溢れかえるのかもしれないな。
ATOKを小脇に抱えながら、道行くお年寄りたちに目をやりながら、そんなことをぼんやり考えてみた。
ちなみに「老人」をATOKで変換してみたら、「老人」ひとつしか候補がなかった。さしずめ、老人は老人なんだよ、ATOKはそう主張しているようだった。
悔しいので、変換キーを叩き続けると、
「老人」
「ろうじん」
「老人たち」
と、いままで自分が打ちまくったらしい「老人の連想変換」の注釈付きで並んで出てきた。
さすがにATOKというべきか、なにやらうれしかったが、実はATOK、
「あなたもそろそろその仲間入りなのだよ」
そんな狡猾な思惑も秘めているようで、なかなか手強いのである。
ATOK、袖にしてやろうかしらん。(笑)

ベランダのアルミ戸を開けてみた。
涼しい風が舞い込んでくる。
久しぶりに自然の風に思いっきりあたるというのもいい。
そろそろ秋かもしれない。
暦の上ではとっくに秋なんだけど、これしきの風で騙されたりはしない。
多分、今週いっぱいは夏でしょう。
夏。夏の流れ。夏の別れ。夏を惜しむ。
それじゃ「なつ」を変換。
「奈津」
「捺」
「なつ」
これだけ。素っ気ない。
奈津子という昔の女を思い出してしまった。(笑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.09.09

少しだけ動き始めた

Vaio

新人のVAIOです。
DELLにあるiTunesで購入したりCDから取り込んで溜め込んだ楽曲、これが700曲あまり。これをシフトして引き継ぐのに半日掛かってしまった。どうやって取り込むのか、手探りでなんとか強引に押し倒してやった。(笑)
今のんびりとBOSEから音を出してるところだけど、さすがSONYというか、なんとなく切れのよい、シャープで締まった音がグッド。
て、気のせいかもしれないけど・・・。
まあいいや、本人が満足してるんだから。(汗)

気分は「サーモンダンス」の中島だ。
ええ、いま流れてる曲、下にあるYou Tube の中島なのです。(笑)
『生きて泳げ、涙は後ろへ流せ』
涙など流さないほうがいいに決まってる。
先日発売の「ダヴィンチ」、中島特集を掲載しています。
どうでもいいけど、Vistaって使いづらい。(泣)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.09.08

Dellにさよなら

Dell_pc

先日の帰宅電車でのこと。
ホームに到着した電車がそのまま折り返すので、当然車内の客は降りる。
その下車する客を待って、それから次の客が乗り込むのだが、私が座った向かいの女性は一向に降りる気配がなく、開いた本に夢中になっている。本の表紙がこちらを向いているのでタイトルが確認できた。
「四日間の奇跡」、それがそのタイトルである。
まるでその「四日間の奇跡」にのめり込むように、あるいは「四日間の奇跡」に埋没でもしているかのように、ピクリとも動かない。この女こそが奇跡のようだった。暑い夏が延々と続いているから、こんなふうな奇跡の女が一人くらいいたって悪くない。
彼女はこのまま三宮まで引き返し、そしてまた梅田までやってくる、この繰り返しをどれだけ続けるのだろう。
どうでもいいことだけど、やはり奇跡的な女には違いないようだ。

この奇跡的な女が残暑にやられているように、私も夏の名残の灼熱にやられ、帰宅途中に立ち寄った電機屋でパソコンを衝動買いしてしまった。
VAIO、何も調べずにキーボードを叩いていたら店員がやってきて、
「本日は決算前の大特売です」
という。
特売という言葉にはいつだって敏感に反応する弱い人間だから、気がついたら値札を指差し、
「この端数、これなんとかならないの?」
と口走っていた。
店員が計算機を叩き出し、今夜限りの大特売と書かれた値札から、さらに2%を割り引いてくれた。
「お客さんには敵わないなあ」
浪速の商売人には負けてはいられないのである。

今そのパソコンの環境を整備している。
6年ほど愛用してきたDellからいろいろなソフトをシフトし、悪戦苦闘を強いられ、頭に血が上っている。危険ですから近寄らないでください状態なのである。この男、凶暴につき状態なのである。
いつになったら終わるのか、昼飯も食べていない。
そんな状況をおもんばかってか、長年連れ添ったDellのCDドライブが大きな音とともに勝手に飛び出し、マウスポインタが言う事を利かなくなり、終いには繋いだBOSEの片方のスピーカーから音が消えた。
私の衝動買い、意外とよいタイミングだったのかもしれない。
「そんなあなたが悪いのよ」
そっとDellに呟いてみる。
「わたしゃ売られてゆくわいな」
まるで都都逸の世界なのである。
女との別れがつらいように、PCを袖にするというのもどこか切なく、男としては気が退けるものなのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.09.01

大トロに泉州茄子

Nisiumeda4

9月になった。長月。なにもするでもない長い月の始まり。
そして来月にはそんな長月に愛想をつかし、神が姿をくらます神無月。
どうでもいいけどバカみたいに暑い日はつづいている。暑さの中でおぼれてしまいそう。エアコンは回り続ける。

二日酔いの重たい頭に渇をいれ、朝刊をパラパラ。
高砂親方の暑苦しい顔。社会面である。
「戻ったら会見しないと」
その見出しである。朝青龍がそう言ってるらしい。
どうもこの方、そのまま戻ってこないような気がする。
大相撲の世界は厳しい。本人がまだやると言ったって、親方が廃業届を協会に出せばそれで終わり、朝青龍は消えて無くなるのである。反論の余地無し。欠席裁判。モノノアワレ。高砂親方のお顔はいつだって暑苦しい。

ズボンとシャツをクリーニングに出した。
向かいがクリーニング屋だから簡単なものだ。
ついでに紹介すると、その隣が薬局で、反対隣がブティック、居酒屋、鮨屋とつづき、そしてマンションの1階が泌尿器医院で、その下の地階がスナックにちゃんこ料理屋だ。この見事さはどうだ。美しい日本のわたし。泣けるじゃないか。
Yシャツを二、三枚手に取って点検し、その二、三枚をダンボールに仕舞いこんだ。大分疲れ切ってきたので、次の資源ゴミの日にでも処分する。こちらは正規の手続きをとった廃業届。合掌。

見事なことといえばラジオが凄い。
ポッドキャストのために、カセットテープを聴くことが出来ればいいだけのラジカセを買ったのだが、これのチューニングが思うように行かない。3千円で釣りが来るような代物だから、ダイヤルを必死になって、ゆるりゆるりと、おそるおそる合わせてみるけど、なかなか合わない。大阪の局も神戸のKissFMもガンとして受け付けない。ユーミンの声がとぎれとぎれに、そして喘ぎ喘ぎ断続を繰り返してる。頑固というか、昔のゲルマニュームラジオのごときなのである。強かな女のごときなのである。性悪女、降参。
PCだって負けてはいない。起動に5分は要する。
ラジオにPC、こちらの方はまだまだ廃業届を出すというわけには行かない。

函館からマグロのトロが届いた。
松前沖で獲ったマグロをその場で解体し、即売してるのを買ったらしい。
松前と大間は津軽海峡を隔ててすぐだから、これは大間のマグロといってもいい。二日酔いで頭が重いけど、これはすぐに戴きなさいといってるに違いないので、生ワサビをおろし、冷えたビールで戴いた。
冷蔵庫の中には買い置きの泉州茄子(なすび)があったので、これもついでに手で裂いていただく。マグロのトロに冷えたビールに泉州茄子の揃い踏み。有り難きかな我が休日である。

これやこれ江戸紫の若茄子    宗因

江戸紫ではないけど、泉州茄子の紫も色鮮やかだ。
「これやこれ」と、我が魂も舞い踊っている。
残暑になんか負けてはいられないのである。
ちなみに上の写真は・・・。
もう説明はいいですね。(笑)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.08.29

レッドソックス

Nisiumeda3

最近、仕事でいろいろな人と会う。
そしていろいろなことを訊かれる。
例えばこんなこと。
「野球、どちらのファンですか?」
「ええ、レッドソックスです」
「・・・」
「松坂の・・・」
相手は苦笑いして、その先は語らず。
多分、タイガースって言って貰いたいんだと思う。
ところがどっこい、レッドソックスなのである。(笑)

今日は和歌山市に行ってとんぼ返り。
サザンという特急に乗っての帰りの車中、車窓ののんびりした景色を見ていたら急にサイモンとガーファンクルが聴きたくなった。どういうわけか、まるでアメリカ的ではない風景なのにサイモンとガーファンクルなのである。
ipodをバッグから取り出し、スイッチを押す。
「ミセス・ロビンソン」に「スカボロー・フェア」、そして「ボクサー」に「明日に架ける橋」。
いろいろな思い出の映像が、車窓の向こうの山間の景色にオーバーラップされて流れてゆく。
「ご出身はどちらですか?」
「函館です」
「どうりで・・・」
何がどうりでかは解らないが、どうりでなのである。
いろいろなことを訊かれるというのも悪くはない。
明日は美濃の稲葉山城に出張です。
斎藤道三に濃姫、信長の亡霊だってでてくるかもしれない。(笑)

上の写真は、もうここではすっかりお馴染みになった(笑)、JR大阪駅桜橋出口から地下鉄四つ橋線西梅田駅に向かう途中にある、連絡通路の壁画です。
これも結構気に入ってる。
そろそろ夏も終わりかなあ。やれやれだ。

| | コメント (10) | トラックバック (1)

2007.08.27

阪神競馬場

Hanshin2

昨日、何を血迷ったか阪神競馬場に行って来た。
『そうだ、京都行こ!』
のコピーじゃないけど、
『そうだ、競馬場行こ!』だった。
宝塚にある阪神競馬場、久しぶりだった。

神戸に震災があって、その年に赴任してきて、「ガンバロウ神戸!」を歌いながら、何故か休日ともなれば足は阪神競馬場に向いていた。とにかく、歩いて5分という環境がポンと背中を叩くのだった。
その時と比べて何も変わっていないから、その変わっていない分だけいろいろ思い出すことがたくさんあった。
競馬場のターフはやはりいい。

「お客さん、転勤ですか?」
宝塚市役所で住民票を移し、新しい住まいに向かうタクシーの中で運転手が訊いてきた。
「こんな震災後に、非道いことをするもんだ」
確かに非道いことをするもんだと思った。
ただそれは、前任地の釧路を発つときまでの話で、市役所から宿舎に向かう車中、ワッと飛び込んできた白鷺が羽を開いたような阪神競馬場を目の当たりにしたとき、その気持ちは何故か吹き飛んでいた。
「これ、傷んでないの?」
「競馬場?」
「ええ」
「いくらかは傷んでるらしいけど、そこはお国が金かけてるから」
お金をかけてるからそう易々とはやられるはずがない、運転手はそういいたかったのだろう。

夫婦二人の宝塚での新生活は、水ホースを買うところから始まった。
4階の部屋のベランダのガラスは破れていて、その破れたガラスの代わりにダンボールが貼ってあり、そして閉めきらないアルミ戸を通して黒いゴムホースが室内に引かれていた。
その1本のゴムホースから頼りなく水が流れ、われわれは用を足した後、あるいは浴槽の水張り、そして炊事洗濯の時などこのホースを縦横無尽に操ったのである。
これではいけないと思い、三方向に分けられる器具とホースを買い求めに走った、それが新生活のスタートだったのだ。

正面スタンドの右端に、芝生でできた小高い丘状の観覧場があり、大抵の場合、われわれはそこに横になってビールを飲み、場内にあるファストフーズ店で買ったハンバーガーなどを食べたりした。
歓声を気にすることもなく陽を一杯に受け、のんびりと、まるで牛にでもなったかのように寝そべってはビールを飲んだりした。サラブレッドの駆ける蹄の音だけが心臓の鼓動のように届いた。震災があったなんて嘘のようだった。
そして一際高い歓声。妻がいきなり駆けだして行く。わたしはポケットからそっと馬券を取りだしてみる。そしてさらに一際高い歓声。

一人そこに横になり、天を仰いだ。
夏雲が形を変えて崩れかけている。
ここは阪神競馬場。
『そうだ、競馬場行こ!』
開催は間もなくです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.08.26

春日野

Daimaru16f

昨夜、ひとり日本料理屋で食事をした。大丸の16階にある夜景が臨めるお店。案内された席がちょうど良い具合に正面がガラス張りで、夜景がきれいだった。外で夕食を取るなんて滅多にないことだが、なんとなくこの16階というやつが気になっていたのだ。
ちょうど向かいが阪神デパートで、その屋上がビヤガーデンになっていて、ビールジョッキを空けながら虎ファンが騒いでいる。面白いのでデジカメを向けシャッターを切るとストロボが光った。
慌ててストロボ無しにし、月曜の出張で使う書類を引っ張り出し、目を通す振りをして、そしてデジカメのシャッターを切る。隣の女性二人連れが、職場のことを愚痴ってる。もう一方のお隣では年輩の男が若い女を口説いてる。
16階というのも悪くはないが、夜景を見ていても、大阪は大阪なのである。

Tsukihitei

運ばれてきた料理です。“春日野”というらしい。
すぐに飯というわけにもいかないのでお銚子を注文し、刺身などをつまんでみる。天麩羅をつまみ、豆腐を頬張っている頃には職場の愚痴は佳境に達し、男の口説きは加速してきたようだった。
ビルの谷間を車のヘッドライトが流れてゆく。何もかもが平穏な、そんな終わりなのか始まりなのか判らない一日が妖しく蠢いてゆく。
“春日野”という名が恨めしい。
ここは大阪キタの街。思えば遠くに来たもんだ。(笑)

続きを読む "春日野"

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.08.22

ああ、栄冠は君に輝く


第89回高校野球選手権閉会式 ~栄冠は君に輝く~


甲子園の外でやってた熱闘甲子園ライブ

栄冠は君に輝く

(作詞:加賀大介 作曲:古関裕而)

1.雲は湧き 光溢れて 天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ
  若人よ いざ まなじりは 歓呼にこたえ
  いさぎよし 微笑む希望 ああ栄冠は君に輝く

2.風をうち 大地を蹴りて 悔ゆるなき 白熱の 力ぞ技ぞ
  若人よ いざ 一球に 一打にかけて
  青春の 賛歌をつづれ ああ栄冠は君に輝く

3.空を切る 球の命に かようもの 美しくにおえる健康
  若人よ いざ 緑濃き しゅろの葉かざす
  感激を 目蓋にえがけ ああ栄冠は君に輝く


Iwamizawa Kousien1

Stand3 Eikan

Beer Soto

高校野球にはやはりドラマがある。
あんなに劣勢だった佐賀北が、ほんのわずかのチャンスで逆転勝ちした。
広陵のベンチ側である1塁外野席で私は呆気にとられてしまった。
誰しもが広陵の勝利を信じて疑わなかったその瞬間、ドラマは始まった。
決して不調ではなかったはずのピッチャーが満塁でフォアボール。そして信じられようことか、次の打者に満塁ホームランを喰らってしまったのだ。
一瞬の出来事だった。1塁側応援席はため息と伴に呆然とうなだれる者たちで騒然となった。
その向かいのアルプス席からは怒濤のような喚声が響き、球場全体を揺るがし、巨大な渦となって1塁アルプスをたちどころに飲み込んでしまう。なんというドラマの演出だろう。

栄冠は君に輝く。
この大会歌を聴きたくて最後まで残った。
ブログをひもとくと、2005年の駒大苫小牧の2回目の優勝時にも同じようなことを書いている。
今回はあの時と違って、冷静に聴くことが出来た。そしてついでだから、ipodでボイスメモしてみた。
甲子園の雰囲気だけでも届けば嬉しい。
2007年夏、これでほんとうに終わりです。
それを告げるかのように、稲妻が窓に光り、雷が鳴り響きだした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

これで最後

Nisiumeda2

私の最期ではありません、甲子園です。
いよいよ泣いても笑っても今日でお終い。お仕舞いともいう。
3年も連続して甲子園の決勝を観てるのだから、今日も当然観に行きます。
なんとなく勢いで佐賀北のような気がしますが、今までのピーンと張った緊張の糸がプッツりと切れてしまわないか、ここが天下分け目の関ヶ原、本日決勝のポイントと見てますが如何でしょう。
いずれにしても、悔いのない試合をやって貰いたい。
甲子園で飲む冷えたビール、これは間違いなく今日でお別れです。(笑)

上の写真、勿論、横尾忠則のイラストではありません。
もうここではすっかりお馴染みになった(笑)、JR大阪駅桜橋出口から地下鉄四つ橋線西梅田駅に向かう途中にある、連絡通路の壁画です。
これもなかなか気に入ってます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.08.21

なんだ・こりゃ

Bunsyun

うだるような暑い日が続いている。
家でゴロリと横になり、レースのカーテンを揺らして舞い込む風を感じながら、買っておいた文藝春秋を開き、平成19年度上半期の芥川賞授賞作品などを読んでみた。諏訪哲史の「アサッテの人」、それがその作品である。
タイトルにまず驚き、そして読み出してみて、さらにその内容の奇抜さに腰を抜かした。
「なんだ・こりゃ」、これは向田邦子さんのエッセイだが、読み始めから終始一貫して私の思いはこの「なんだ・こりゃ」だった。選考委員の選評が気になり、読後に拾い読みしてみると、石原慎太郎が同様に躓き、「文学の、言葉の不毛」として怒り心頭、小説のなんたるかを説示していた。例えばこんなふうに。

 大体、作品の表題がいい加減で、内容を集約表現しているとも思えない。自分が苦労?して書いた作品を表象する題名も付けられぬ者にどんな文章が書けるものかと思わざるをえない。曰くに『グレート生活アドベンチャー』、『アウラ、アウラ』、『わたくし率イン歯ー、または世界』、『オブ・ザ・ベースボール』、『アサッテの人』。いいかげんにしてもらいたい。

もともと芥川賞は小説家の登竜門としてあるのだから、新人が新人らしく新しい試みを、あるいは桁外れの冒険をするのは一向にかまわないが、それでもこの「アサッテの人」はやはりどうも私には「なんだ・こりゃ」なのであった。同時にこの作品の授賞を決定した選考委員の勇気、これはこれでやはり私には「なんだ・こりゃ」なのである。
「なんだ・こりゃ」なので、私には悲しいかな、この作品にコメントすることは勿論、筋書きなどについても触れることは躊躇われる。つまり、何から何までまるで「なんだ・こりゃ」なのである。これは小説を埋葬する小説を装った評論なのかも知れない。興味があれば、是非とも書店で文春の立ち読みなどをしてはいかがだろう。
そしてその後、以下に引用する向田さんの「なんだ・こりゃ」を御吟味下さい。(笑)

 今から十年ほど前のことだが、新宿コマ劇場のそばでお酒を飲み、二、三人の友人と連れ立っていい機嫌で歩いていたら、地下の穴ぐら酒場のようなところでアングラ舞踊団が公演をやっているのが目についた。(中略) やがて、フイゴのような女のすすり泣きが聞こえ、一隅にうすいあかりがともった。
 吹雪の中を、白い市女笠、白い衣装の旅支度の若い女が、難渋しながら歩いてゆく。どうやら彼女は花嫁で、たったひとりで遠い土地の見知らぬ男のところへ嫁いでゆくところらしい。花嫁は真白い化粧で死人(しびと)のようにみえる。
 風と雪にさいなまれ、肌もあらわになった花嫁は突如あらわれた男に手ごめにされる。舞台は暗転すると、天井からするすると格子がおりて女郎屋となり、赤い襦袢をかきあわせた女が、客席に向かって、格子の間だから手を突出し、客を引いている。その化粧は、さっきと同じく、真白い死人(しびと)の顔なのである。
 こういったことを、おどろおどろしい舞踊劇でやるわけだが、このとき、男の声があった。
「なに、やってんの」
酔った初老の男であった。
(中略)
 冷やかすとか、わざと面白がって言っているというのではなかった。本当に、一体なにをやっているのか、見当もつかなかったのであろう。
(中略)
 感心して見ているフリをしているけれど、どこかに少し無理をしているものがある。それを、素直に言いあてられて、ほっとするというか、急に力が脱けたというか。(中略)
 女郎役の女優は、みなさん痛々しいほどの熱演であったが、一度温度の下がった空気はもとへもどらなかった。結局、耳に残ったのは、吹雪の音でも女の叫びでもなく、
「なに、やってんの」
という男の声であった。
 新しい音楽。新しい衣装。新しい考え方。正直いって、よく判らず、いいとも思えないのだが、そう言うと、オクレているようで気がひける。
「なんだ・こりゃ」
「なに、やってんの」
 素面でこう言う勇気があればいいと思いながら、つい物判りのいい顔で笑っているのである。
(向田邦子著「無名仮名人名簿」中『なんだ・こりゃ』より)

判らないものは判らない、それでいいのだろう。
石原慎太郎の本音も、そんなところにあるのだろうとひとりほくそ笑んでいる。
新人賞が氾濫している昨今、直木賞がプロ作家としての認証みたいな色合いがあるのに比べたら、この芥川賞というやつ、もうすでに使命を終えたようにも思えなくもないのだが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.08.18

素麺汁

Nisiumeda

今朝起きてコンビニへ朝刊を買いに行き、横になって気になる記事に目を通し、うとうとしながらそのまま寝込み、目が覚めたらお昼を回っていた。
昨夜遅いこともあったけど、とにかく眠たいのである。
こんなに気温が高い日が続いているから、とにかく休め、脳が身体にそう命じているのかも知れない。
別にやることもないので、そのまま横になっていたらまた眠ってしまった。
時計を見たら2時半だった。
まるで今晩の24時間TVを観るのに備えているようだ。

24時間TV、今年は欽ちゃんが走るらしい。66歳、お元気なのである。
完走できるかなと思っていたら、朝刊にお節介な記事があった。
禁煙普及を進める医師等でつくる「日本禁煙学会」なるところが欽ちゃんに助言してるというのだ。
「医学的に見て極めて非常識」
これが「日本禁煙学会」の助言である。
つまり、そのような暴挙はお止めなさい、そんなところだろう。
欽ちゃんはヘビースモーカーらしいのでその身体を案じてのことなのだろうが、当の欽ちゃんにしてみれば大きなお世話のなにものでもないだろう。出鼻をくじく、まさに欽ちゃんは出鼻をくじかれてしまったのである。
ここまでくるのに、トレーニングやら健康管理やらで相当な準備をしているのだから、止めろと言われても応じられるわけがないのである。非常識もまた常識である。
こんな余計とも思える助言を流し目で読みながら、私はくわえ煙草である。

素麺を茹でてみた。
昼もとっくに過ぎているというのに遅い昼食である。
そのまま食べるのもよいが、ここは冷ました八丁味噌で作った汁の中に具と伴に泳がしていただくのも良いと思い、味噌を探していたら、冷蔵庫の中から半ば固くなった、岡崎の八丁が出てきた。
半ば固くなったと書いたが、手に取ってみると半ばどころではなく、カチンカチンの、まるで石のように固い八丁だったが、私は根気よく、これを湯で懸命になって溶いた。(笑)
具は残り物の野菜が主だったが、出来上がってみたらこれはこれでなかなかの素麺汁だった。味噌は偉大なり。それにしても恐るべきは三河の味噌である。私の健康管理はすべて味噌で成り立っている。
まるで関係ないことだが、つい秀吉の母である大政所を思い出す。味噌と秀吉と大政所。新説でもご披露しようか。(笑)

上の写真は、JR大阪駅桜橋出口から地下鉄四つ橋線西梅田駅に向かう途中にある、連絡通路に飾ってあるポップアートらしきもの。
通路の両側の壁にこのような絵が描かれているが、アーリーアメリカンぽくって気に入っている。
特に気に入ってるのがこれ、今にもこの女性の後に続きそうになってしまった。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.08.12

午後のひととき

Pm_0300

昨日の甲子園から一転して、今日は主夫だった。
洗濯をして、そして布団を干した。
シーツやタオルケットは熱風であっという間に乾いてしまう。
布団を取り込み、ベッドメイクを終え、あまりにも暑いので冷蔵庫からビールを出す。エアコンはフル回転だ。
いかり豆。こいつをアテに喉を潤してると、iTunesからは中島みゆきが歌い出す。北の国の女にゃ気をつけな。勿論だ。
ビールを飲みながら、いかり豆を食いながら、昨日の電車の女を思い出す。

女は泣いていた。
ツレの男が何やら話しかけてるが女は黙って泣いている。ハンカチを口にあて、ただ泣いている。
向かいに座ってる少年が、隣の祖父らしい男になにやら話しかけている。
「何故、泣いてるの?」
そんなところかも知れないなと思った。
それを気にするでもなく、女はやはり泣いていた。
僕は女よりは、その少年の方が気になり、そしてじいさんが気になった。
僕がじいさんならなんて答えるだろう。
「なんか、悲しいことがあったんだろう」
多分、これじゃ答えにはなっていないだろう。
「大きくなればわかるよ」
これでは少年を困惑させるばかりだ。
僕は苦笑した。
甲子園で汗を拭いた黄色いタオルを口に押しあて、恥ずかしい気持ちになって苦笑していた。

ああ、待っても春など来るものか
見捨てて歩き出すのが習わしさ
北の国の女にゃ気をつけな
(中島みゆき「北の国の習い」より)

何故か北の国の女を思い出す。
いかり豆が無くなった。ビールもすでに空になっている。
「誰だって泣きたいときはあるものなんだ」
これが僕からの少年への答えだ。
あいかわらずエアコンはフル回転だ。
夏は終わったというのに・・・。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

夏が終わった

Komatoma

駒大苫小牧、残念ながら負けました。
私、自慢じゃないですが、この駒苫の甲子園での試合を4年間見続けています。
4年前は楽天に行った田中君が1年生で、このときは2回戦から決勝までをすべて、そして翌年も2回戦から決勝戦まですべて観戦し、そして昨年も1回戦を除き、決勝までの全試合を観ているのです。
どの年も1回戦を観なかったのは、多分、負けるだろうと思ったからで、ここを勝ったらご褒美に観戦し続けてやろう、そんな星一徹のような心温まる親心なのです。(笑)
そして結果はすべて決勝まで行った。
ところがそのジンクスを破って今年は1回戦から応援に行ったものだから、神は我を見捨てたというか、惜しくも負けてしまった。なんとも皮肉なことです。やはり1回戦は行かなきゃよかった。(笑)
ただ、北海道なんてどのチームが甲子園へ行っても出ると負けで、甲子園のお荷物といわれた時代を考えたら隔世の感があります。

嫌な予感はすでに試合前にあった。
甲子園駅を降りてチケット売り場まで歩いて行くと、アナウンスが繰り返し流れていた。
「1塁側アルプス席は間もなく売り切れです」
そんなバカな。決勝戦でもあるまいし、売り切れだなんてそんなアホな・・・。
長蛇の列に混じって並び、さて次は自分というところで、チケット売り場の小さな小窓が無惨にもガシャっと閉じられてしまったのだ。いまどき、あんなにも無愛想な対応はどこの役所でも見られない。売り切れですの一言もなくガシャんである。関西の女は冷たい。泣くに泣けないというか、今年のタイガースの優勝はないぞと腹の中で呟いてやった。(笑)
仕方がなく1塁アルプス席に近い外野席を確保し、まだ続いているらしい第三試合に目をやると、これがなんとも凄まじい展開になっていた。
私の第二の故郷である富山代表の桜井高校が敢然と東福岡と闘っていた。
9回まで2点リード、このまま逃げ切るものと思いきや、ああ、無情、土壇場で同点にされ延長戦。檄を飛ばそうと思ったが、運悪く、1塁外野席は東福岡ではないか。ああ、無情。この焦れったさといったら例えようがない。
そしてついには逆転負けのオマケまで付いているのだから、これは幸先いいわけがない。

かくして不吉な予感が的中し、駒大苫小牧は甲子園を去っていった。
そして私はチケット売り場のお姉さんを恨み、周囲を東福岡に囲まれてしまった我が身を悔やんだ。ついでにタイガースの今年の優勝がないことを確信したのである。(笑)
勝者がいれば敗者がいる、あたりまえのことなのだ。
でもこのチーム、試合もそうだけど、試合前の練習でも光るものがあった。
関西の野球好きが駒苫アルプス席を埋め、その外野席までも中学、高校の球児らしい生徒達が何かを掴もうと大挙してやってくるのだからそれが解るというものだ。
贔屓目にいうのじゃないけど、少なくとも1塁外野席に陣取った関西人は、これすべて駒苫が楽に逃げ切るものと暢気に観戦していた。広島相手にである。
カクテルライトに照らし出される両チームの選手達を見ていて、ああ、いい時代が北海道にもやってきたんだなと、ほんの少しだがセンチになったりしてビールを煽っていた。自分が生きている時代にこんなことが起ころうとは、私の余命もそろそろなのかも知れないのである。(笑)

ただこの試合中、途中からお隣に坐ったアベック、これがどうも・・・。
駒苫が点を取ればワーっと歓喜し、広陵が点を入れると思いっ切りバンザイだ。いい時代が北海道にもやってきたんだなという私の感慨は粉々に吹き飛び、残りわずかな余命は運良く長引いたようなのであった。
無料の外野席、たしかにデートの場としては最適かもしれない。
どちらが勝とうが負けようが、そんなことはどうでもよい。この両チームはわたしたち二人の愛のために精一杯の戦いを見せてくれている。ああ、なんとも素敵な演出ではないか。
どちらもガンバレ!
「あ、どうしてそこでエラーするん。あかんなあ、まったく」
「あ、なぜ走らんの、もうひとつ先の塁を狙え! ああ~~」
「よっしゃ、これで勝ちが決まりや! バンザイ!」
「え、セーフ? アウトやんかアウト。審判、どこ見てんだか。ああ~~」
「あかん、あかん、それ振らな勝てへん!」
「やった、やった。バンザイ! バンザイ!」

これが正しい、正統派の高校野球の観戦なのかも知れない。
いずれにしても、私の夏は終わったのである。(笑)

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2007.08.10

2007年夏 甲子園


2007年夏 甲子園 駒大岩見沢アルプススタンド。雰囲気をお楽しみ下さい。長いので、適当なところでパスしてください。(笑)


駒大岩見沢-帝京の一戦。
試合開始時間を勘違いし、着いたら5回裏だった。(汗)
なんとも恥ずかしい話です、情けない。
そんなわけでもないのだろうけど、駒岩、負けていました。

Game

暑さのせいなのか、バッターの振りがいまひとつ気になった。
なんかフルスイングしてないというかできないというか、ちょっと元気がなかった。

Stand2

応援席の風景はこんな感じ。
みな北海道は岩見沢から来てるんだろうね、ご苦労さんです。

Stand

そしてこれが生徒達。
ここもかなりというか、なまら暑いんだけど、よく頑張っていた。

Tuta

甲子園正面の蔦はやはりバッサリと無かったけど、この1塁側アルプス席の壁はまだ健在だった。
いずれここもきれいになくなってしまうんだろうね。

Komadai

いつものおまけです。(笑)
駒、駒が仲良く並んでいる。
このボール、昨年よりも値上がりしてやんの。甲子園の商魂は逞しい。(笑)

上に並べて置いてあるファイルで夏を感じてください。
駒大岩見沢の応援はちょっと地味だったかなあ。
明日は気を取り直して駒苫の応援に行ってきます。
相手は広島じゃけ、ちと手強いかも。(笑)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.08.09

熱闘甲子園 2007

Kousien2006

あす、甲子園へ行きます。
第1試合の駒大岩見沢対帝京戦、これです。仕事、休みました。(笑)
こちらは連日暑い日が続き、歩いているだけでぶっ倒れそうです。
高校球児って信じられないくらいすごいと思う。ぶっ倒れないから。(笑)

写真は昨年の阪神甲子園球場です。
この見事な甲子園名物の蔦、球場の大改造で取っ払われているはずです。
それはともかく、ドントコイ帝京なのである。(笑)
て、帝京って優勝候補なのね。(汗)
まあ、運を天に任すというか・・・。
ヒグマ打線がんばれ!(祈)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007.08.02

秋楽

Jrtoukai

今日は久しぶりに名古屋に行って来た。
JRの東海道線に乗ったら、吊り広告にこんなのがありました。

秋楽。

JR西日本のどの電車乗ってもこんな広告はない。
さすが尾張三河というべきか、JR東海はやることが度肝を抜く。
つまり、東海地方はすでに秋なのである。(笑)
このク○暑い夏の盛りだというのに・・・。
負けました。合掌。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.07.31

兵庫県立美術館

Art

芸術の秋でもないのに美術館などを。
先の「選挙に行こう」の記事を書いて、そして選挙に行って、立ち寄ったのがここです。
兵庫県立美術館はひっそりとしたたたずまいの中にあって、そしてわたしがデジカメを買っていの一番に撮った建物でもあります。
以前の住まいからは歩いてもすぐだったので、暇があればぶらりとやってきたりもしたけど、今じゃなかなか寄ることもできない。
ちょうど「巨匠と出会う名画展」をやっていて、入ろうかなと思ったけど選挙がね、控えていたからやめました。10月までの開催だから、時間はたっぷりあることだし慌てることもない。
三カ月しか経っていないというのに、このあたりの風景が妙に懐かしかった。
「尾道を行く」といい、なぜか最近はデジカメに凝っていて、下手な文章書くより余程気が利いているのかも知れない。
なかなか印象派的な写真だと思うのですが、いかがでしょう。(笑)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007.07.30

尾道を行く

今日、出張で尾道へ行って来た。
古い街並みがなかなかの雰囲気だった。
忙中閑あり、そんな尾道のスナップなどを。

Ekimae

ちょっとくすんだ色合いの尾道駅前。
閑散としているのはどこの地方も一緒だ。
ただね、見ようによってはパリのモンマルトルに似ていなくもない(?)。

Saka

やはり尾道といえば坂の街。
この急激な昇りは宅配便泣かせに違いない。
雷が鳴って夕立が来て、そして青空が瀬戸を際だたせていた。

Kawara2

坂を上って、眼下に海を見下ろす。
向こうに見えるのが向島で、造船所が所狭しと幅を利かせている。
かつて乗船していた青函連絡船もここで造られた。
さすがに造船王国広島は健在なのだ。

Fumiko

駅前の道路に面してある林芙美子の銅像。放浪の女だ。
書店に寄ってみたら、芙美子のコーナーがあって驚かされた。
芙美子はこの尾道の海をほんとうに愛していたようだ。

Ramen

尾道ラーメン、おまけです。
これから仕事だったので、もちろんお酒などは飲んでいません。
見た目味が濃いような気がするが、食べると意外とあっさりしていた。
お店を出ると、もの凄いスコールが襲ってきて、これは歓迎されてるのかなとひとりごちていた。

| | コメント (16) | トラックバック (0)

2007.07.23

鯖の塩焼き

ヒカリものが苦手で、鯖は特にいけない。
青物の魚は生き腐れというくらいだし、その青物の中でも魚偏に青なのだから、鯖の生き腐れは他の追随を許さない。(笑)
そんな鯖でも、焼くとヒカリが無くなってしまうので、これは充分食べることができるから不思議だ。
今日の昼食で食べた鯖の塩焼き、これは旨かった。
梅田にある夜は居酒屋になるお店のようだが、ふらっと入って食べたのだが、この焼き具合がなんとも良くできていて、魚の食べ方に関してはだらしないくらい下手なのだけど、すっかり平らげてしまった。
やはり魚は焼きで決まるのだ。大阪のオカンが焼く鯖、これが食い道楽といわれる所以なのかも知れない。

鯖をなめてはいけない。
ちょっと感動したので記事にしてみたけど、次に行くとき、これはお酒をグィとやりたいな。(笑)
カウンター席のみのこぢんまりとしたお店。
オカンとオバンとムスメがひとり。明日も寄ってみようかと思っている。
大阪も満更捨てたものじゃないのである。
もちろん本心です。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.07.21

机を買った

Desk

今日は暑い一日で、おまけに二日酔いときて体調は最悪だった。
エアコンを回してグッタリしていたらチャイムが鳴り、注文していた机とイスが届いた。マホガニーのちょっと落ち着いた趣の木製のデスクで、思っていたよりもなかなかいい感じだ。
パソコンをのっけてみて、ついでに京の町屋風にすだれを垂らしてみた。
涼しくなるどころか、むしろ暑苦しくなったようだが・・・。
蝉が鳴き出し、いよいよ梅雨も明けたようだが、これといって何もすることがない。香を焚いてみる。やはり蒸し暑い。
ジャズをかけ、蝉とのコラボを聴きながら目を閉じる。
次は中島みゆき。蝉の声が次第に遠のいてゆく。

3分後に捨ててもいいよ 通りがかりゆきがかり
知らない話にうなずいて 少しだけ傍にいて
身代わりなんかじゃないけどさ 似てる人を知ってるわ
恋と寂しさの違いなど誰がわかるのかしら

あぁ 流れてゆく車のヘッドライトは天の川
あぁ 流れてゆく人の心も天の川
3分後に捨ててもいいから いまだけ傍にいて

コンパクトに映して見れば 時計はみんな昔回り
二度と戻らない人ばかり 浮かんでは消えてゆく
(中島みゆき「夜を往け」から『3分後に捨ててもいい』より)

時計はみんな昔回りで二度と戻らない人ばかりか。泣かせるね。
どうでもいい夏がいよいよ本番を迎えます。
どなたさまも体調など壊しませぬように。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2007.07.14

妊婦

昨日の帰宅時の阪急電車。
座席に坐って発車を待っていると、ひとりの妊婦がわたしの前に立った。
20代の、見るからに初産らしい若い女性だった。妊娠8ヶ月、そう見た。
いつの間にか通路は客で溢れ、相変わらずのざわめきでごった返している。
「どうぞ」
妊婦にひとこと声をかけ、わたしは席を立った。
「いえ、いいんです」
「かまいませんよ」
「それでは・・・」
わたしは後ろを振り向かず、ぼんやり立っている客たちの間をすり抜け、乗降口の扉の前まで歩き、そこに無頓着を装って立った。どうせふたつ目の駅で降りるのだから、大層なことをした思いはなく、むしろ、よくぞわたしの前に立ってくれた、そんな、若い妊婦さんに選ばれた自分にちょっとだけ満足していたようである。

JRも阪神電車も地下鉄も、これはどこでもそうかも知れないが優先座席があるのだが、阪急電車にはない。
これは阪急が血も涙もないのではなく、優先座席を設けるよりは、全席これすべて優先座席なのであるという考え方らしいのだ。
まことに立派というより他ないが、乗る方の客にいわせてもらえば、そんなに立派な客たちばかりではなく、老人だろうと杖を使用している怪我人であろうと、勿論妊婦であってもなかなか席など譲ってもらえなく、まるで所在なく、放心したようにして通路に立っている姿を目にするのである。
そんな性善説の限界を知ったのか、これは無念極まれりかもしれないが、近く阪急電車にも他の電鉄同様優先座席が設けられるそうである。これは喜んで良いのか悪いのか、微妙なところではある。
とりあえずは阪急電車の善戦に拍手だけは送っておきたい。

席を譲るときのひとこと、これを考えてみた。
たとえば昨日のような妊婦さん、どうひとこと残して席を去るべきか。
「どうぞ」の後につづく気の利いたひとこと。
ハリソン・フォードだったらこうなるのかもしれない。
「どうぞ」
「いえ、いいんです」
「かまいませんよ」
「それでは・・・」
「この席はね、どうも君を待っていたようなんだ(ウインク)」

ブルース・ウィルスならこうなるのだろうか。
「どうぞ」
「いえ、いいんです」
「かまいませんよ」
「それでは・・・」
「この席はね、君は勿論だけど、ベイビーのためにあるんだ(笑)」

ついでにトム・ハンクスならこうだろうか。
「どうぞ」
「いえ、いいんです」
「かまいませんよ」
「それでは・・・」
「僕も少しはお腹は大きいけど、君よりはね・・・(笑)」

個人的にはトム・ハンクスだな。(笑)
なかなかハリウッド・スターにはなれないのである。
勿論、向田邦子のような脚本も書けないのである。

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2007.07.08

あわせ鏡

Raiti_1

これライチです。
昨年も本場もんをいただいて記事にしたのですが、今年も連絡があり、ものすごく大量にいただきました。
これでどこから見てもわたくし、楊貴妃です。(笑)
今年のは何故か甘みが増したような、そんな気がします。
お米だって美味い年もあれば不味い年もあるように、ライチにもその年の天候により美味い不味いがあるそうです。
これは台湾のママさんからの受け売りですが・・・。(笑)
冷蔵庫で冷やし、中島みゆきを聴きながら、皿一杯のライチを食ってます。
そんな本日のわたくしめの心境はといえば、「あわせ鏡」です。


グラスの中に自分の背中がふいに見える夜は
あわせ鏡を両手で砕く 夢が血を流す
なりたい夢となれる夢とが本当はちがうことくらい
わかってるから鏡みるとき芝居してるのよ
つくり笑いとつくり言葉であたいドレスを飾るのよ
袖のほつれたシャツは嫌なの あたい似合うから

鏡よ鏡 あたいは誰になれる
鏡よ鏡 壊れてしまう前に
つくり笑いとつくり言葉であたいドレスを飾るのよ
袖のほつれたシャツは嫌なの あたい似合うから


放っておいてと口に出すのは本当はこわいのよ
でもそう言えば誰か来るのをあたい知ってるの
明るい顔ができるまでには クスリたくさん必要よ
大丈夫よって言えるまでには お酒 必要よ

鏡よ鏡 あたいは誰になれる
鏡よ鏡 壊れてしまう前に
明るい顔ができるまでには クスリたくさん必要よ
大丈夫よって言えるまでには お酒 必要よ

鏡よ鏡 あたいは誰になれる
鏡よ鏡 壊れてしまう前に
明るい顔ができるまでには クスリたくさん必要よ
大丈夫よって言えるまでには お酒 必要よ
(中島みゆき アルバム『いまのきもち』から「あわせ鏡」より)


楊貴妃だって鏡をみて泣くときだってある。
鏡はいけないね、本当の自分を晒してるから。
歳を取ると鏡から離れると言ってた女性がいたけど、解る気がします。
そしてその女性はこうも言っておりました。
「鏡をみなくなったときがあなたとのお別れ」
今年のライチはちっとも甘くない。
甘みが増したというのは気のせいなのだ。(笑)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.07.07

忘れがたき人を訪ねて

Takubokuitizoku
東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる

今日の朝日新聞赤beの「愛の旅人」は石川啄木だった。
啄木と橘智恵子を扱っていて、タイトルは「忘れがたき人を訪ねて」である。
読んでいて、なるほどと思った。それにもまして、橘智恵子と岩見沢がこんな関係だったことを初めて知った。
漂流難民のような啄木は、函館、小樽、札幌、釧路と浪々と流れ行き、岩見沢にはその足跡さえなかったはずだが、私の岩見沢のすぐ近くにあった母校の校歌には、「炭田ここに啄木の もと築くところ」なんて歌詞がひょいと出てきたりして、何故か戸惑ったものである。いまこうして橘智恵子との関係を読むにつけ、満更縁がなかったわけでもないということを知ったのだが、それにしても、やはり戸惑いは戸惑いである。

啄木といえば函館には桜井健治さんがいる。
ここでも紹介されているが、桜井さんは函館でも有名な啄木研究家だ。
市の職員をされていて、わたしが函館にいたとき、一緒に同人誌をやらないかという話もあった。桜井さんが提唱したのではなく、連絡船関係の本も多く出していた元通信士だった坂本幸四郎さんが音頭をとり、函館在住の作家である木下順一さんなどにも声をかけ、評論中心の同人誌をやろうということになったのである。
勿論桜井さんは啄木である。坂本さんはお得意の時実新子を中心にした川柳を、そして木下さんは小説の評論である。
わたしはといえば、坂本さんの提唱で、ジャズなんかをやると面白いからそれで行け、たったこれだけであった。実に乱暴なものであった。
何度かお酒を飲みながら準備にかかったが、結局のところ話がまとまらず、同人誌はポシャちゃったが、このときに聞いた桜井さんの啄木論は実に面白かった。特に宮崎郁雨や金田一京助からの借金の話は忘れられない。姿勢を正し、スーツにネクタイをきりりと締めて、膨大な額の借金を抱えた啄木を真剣に語るのであるから、わたしには桜井さん本人が借金を抱えているように思え、それはそれは泣けるものだったのである。
この赤beによると、桜井さんは現在、市商工観光部長をされているようで、啄木の借家跡など17カ所を紹介するマップ作成にあたっているらしい。人生どっぷり石川啄木なのである。
まだまだ現役の啄木研究家であるということがなにより嬉しい。

この「愛の旅人」の冒頭に出てくる、「忘れがたき人人(二)」にある啄木が智恵子のために詠んだという二十二首の歌とは次のようなものである。

いつなりけむ
夢にふと聴(き)きてうれしかりし
その声もあはれ長く聴かざり

頬(ほ)の寒き
流離(りうり)の旅の人として
路(みち)問(と)ふほどのこと言ひしのみ

さりげなく言ひし言葉は
さりげなく君も聴きつらむ
それだけのこと

ひややかに清き大理石(なめいし)に
春の日の静かに照るは
かかる思ひならむ

世の中の明るさのみを吸ふごとき
黒き瞳(ひとみ)の
今も目にあり

かの時に言ひそびれたる
大切の言葉は今も
胸にのこれど

真白(ましろ)なるラムプの笠(かさ)の
瑕(きず)のごと
流離の記憶消しがたきかな

函館(はこだて)のかの焼跡(やけあと)を去りし夜(よ)の
こころ残りを
今も残しつ

人がいふ
鬢(びん)のほつれのめでたさを
物書く時の君に見たりし

馬鈴薯(ばれいしよ)の花咲く頃と
なれりけり
君もこの花を好きたまふらむ

山の子の
山を思ふがごとくにも
かなしき時は君を思へり

忘れをれば
ひょっとした事が思ひ出の種(たね)にまたなる
忘れかねつも

病(や)むと聞き
癒(い)えしと聞きて
四百里(しひやくり)のこなたに我はうつつなかりし

君に似し姿を街(まち)に見る時の
こころ躍(をど)りを
あはれと思へ

かの声を最一度(もいちど)聴(き)かば
すっきりと
胸や霽(は)れむと今朝(けさ)も思へる

いそがしき生活(くらし)のなかの
時折(ときおり)のこの物おもひ
誰(たれ)のためぞも

しみじみと
物うち語る友もあれ
君のことなど語り出(い)でなむ

死ぬまでに一度会はむと
言ひやらば
君もかすかにうなづくらむか

時として
君を思へば
安かりし心にはかに騒ぐかなしさ

わかれ来(き)て年(とし)を重ねて
年(とし)ごとに恋しくなれる
君にしあるかな

石狩(いしかり)の都(みやこ)の外の
君が家
林檎(りんご)の花の散りてやあらむ

長き文(ふみ)
三年(みとせ)のうちに三度(みたび)来(き)ぬ
我の書きしは四度(よたび)にかあらむ

(歌集『一握の砂』から「忘れがたき人人(二)」より)

啄木は恋の歌の達人である。
ここまで迫られたら木っ端微塵、女なら誰しも落ちてしまうのではないか。
男だったら自分の財を投げ出し、いくらでも貸してしまうに違いない。啄木は恋の歌の達人であったたと伴に、大いなる借金の達人でもあったのである。
ここに紹介されている、啄木のロボットと結婚したという盛岡市の石川啄木記念館の学芸員の山本玲子さんという方のお気持ちも十分理解できるというものである。
ただ、

 「度重なる手紙に智恵子も淡い恋心を抱き、それを感じた啄木は『これ以上近づくと危ない、清い思いでいたい』と引いたのではないか。啄木のそっけないはがきに、智恵子は『その程度か』と考えたのかも」。山本さんはそう想像する。
(『忘れがたき人を訪ねて』より)

これはちょっと違うのではないか。
恋多き啄木のことである、山本さんがどう贔屓目に見ようと、わたしには次の恋が啄木にはあった、そう睨んでいるのですが・・・。
これは一度、桜井さんにうかがってみたいところである。

死ぬまでに一度会はむと 言ひやらば 君もかすかにうなづくらむか

七夕の夜、久しぶりに忘れがたき人を想ってみるのもよいかもしれない。

・赤be、『忘れがたき人を訪ねて』のつづきはこちら。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2007.06.24

汽笛がきこえる

Bridge

雨が降っている。
宝塚記念だというのに、梅雨空からは大粒の雨が音を立てて降りだし、勢いを増してきたようだ。
天気予報を見てないので判らないが、まるで大雨洪水警報でも出ているのだろうか。第48回宝塚記念は、今年の上半期を象徴する大荒れの展開で終わるのだろうか。


先日、東京で久しぶりに昔の仲間と会った。懇親会の席である。
「先輩は、幻の船長なんですよ」
ひとりが盛んに場を盛り立てていた。
青函連絡船の後輩でかれこれ十数年ぶりある。
「そうそう、幻で終わってしまった」
それにつられてもうひとりが囃したてた。私は笑うしかなかった。
それにしても皆、よく集まってくれたものだ。
二度目の退職というのも悪くはないなと思った。


連絡船が廃止される4年前のことである。
私は管理部門にいて連絡船の航海士や部員の人事などを担当していた。
誰それをどこの船に配置換えするとか、次の一等航海士は誰で、船長はこの男だなとか、これは競馬の予想ではないので、かなり緻密なデーターをかき集め、後ろ指を刺されることの無いよう、公正をきさねばならないのは勿論だった。
この時期はちょうど連絡船の廃止問題も絡んでいて、われわれは同時進行で三隻、あるいは四隻が残ったときの運航体制の配乗人員についても考えなくてはならなかった。つまり国鉄が解体され、JRという新会社が発足したとき、これくらいの人員で運航できるのなら、数隻は存続してもいいかなといった、新会社への提案のようなプランも作っていたのである。そのためには一隻あたり数名の定員を削減しなければならなかったのである。所謂合理化というやつだ。

プランを作成した以上、組合との団体交渉にも臨まなければならない。
何が辛いかといって、この交渉ほどいやなものはなかった。誰だって自分の首を絞めることなどできるわけがない。
人が減った分安全が脅かされる。安全は輸送業務の最大の使命であるといっておきながら、お前達は何を考えている。
名にしおう国鉄労働組合である、団体交渉は傍聴人の応援部隊も含めていつも怒号の嵐だった。
「当直中、危険を感じたら船長を呼んで下さい」
「深夜でもか!」
「勿論です、かまいません」
「船長の睡眠時間は保証しないのか!」
「それが船長という職務です」
「冷たいね、あんたらは」
「そういわれてもかまいません」
「それで安全運航ができるのか!」
「とにかく、深夜でもなんでもたたき起こしてかまいません」
われながら過激な答弁だったと思うが、それが当時としては精一杯だった。
交渉は決裂、その足で次に向かうのは「船長会」である。
ものものしい雰囲気の中、老練な船長達を相手に交渉の経過を説明する。
「数隻の連絡船を存続するためには、皆さんの協力が不可欠です」
「しかし、あれはないだろう」
「あれとは?」
「船長を使うというあれだよ」
「仕方がないのですよ」
「他に案はないのか」
「あれば、こちらがうかがいたい」
すでに交渉の情報は入っているらしく、なんでもかんでも船長を使うということに対してアレルギーを持っている船長もいた。こういう方には正直ご退場願いたかったが、やんわりと頭を下げるしかなかった。
こんなことで連絡船が終わってはいけない。
こんなことで内部分裂していてはいけない。
世の中とは不条理なことばかりなのだ。
とにかく今は「忍」の一字で頑張らなくちゃいけないのだ。
そんな決意みたいなものが持続していたことが不思議なほどだった。


上野発の夜行列車降りたときから
青森駅は雪の中
北へ帰る人の群は誰も無口で
海鳴りだけをきいている
私もひとり連絡船に乗り
こごえそうな鴎見つめ泣いていました
ああ、津軽海峡冬景色

ごらんあれが竜飛岬北のはずれと
見知らぬ人が指をさす
息でくもる窓のガラスふいてみたけど
はるかにかすみ見えるだけ
さよならあなた私は帰ります
風の音が胸をゆする泣けとばかりに
ああ、津軽海峡冬景色
(阿久悠作詞、三木たかし作曲『津軽海峡冬景色』より)


毎夜深夜の帰宅であった。
たまにはお酒を飲んで帰ることもあった。
泣きたいのはわれわれの方だよ。だれともなく呟く。
俯き加減に歩いていると汽笛が鳴っている。津軽海峡はまさに雪だった。
喘ぎ喘ぎ連絡船が青森へ、そして函館に向かって走っているはずだった。
♪こごえそうな鴎見つめ泣いていました
♪ああ、津軽海峡冬景色
ひとり口ずさみ、あいかわらず俯き加減に、雪に足を取られながらも歩き続けていた。
この時期のお酒が我が人生で一番不味く、旨くない酒だったように思う。

その人事担当の職務から解放され、船に復帰することが判ったときは小躍りした。そして職務は船長だという。つまり船長になって船に戻るのである。三十代前半、一番若い船長だった。
三人の候補がいたが、人事の線引きは私がやる。
上司は自分の好きな船を選んで自分で線を引き持ってこいというのである。
乱暴な話だ。思いは千々に乱れてであった。

結局、私は船長にはならなかった。
こんなことをつらつら書き始めたらいつまでたっても終わらないので止すが、私はそれで幾分ホッとしたとこがあった。
幻の船長と呼ばれるのも、それはそれで結構なことではないか。そう思うことにした。それは私にとって名誉なことなのかも知れない。船長は数々あれど、青函連絡船の長い歴史の中で、幻の船長と呼ばれ続けるのは私しかいないのである。
函館には残れない。仲間に顔向けができない。私は函館を去るしかなかった。
そんな思いをもって函館を去った者はたくさんいる。
そんな思いをもちつつ函館に残った者もたくさんいる。
辻仁成の小説、「海峡の光」が世に出るのはこれから数年後である。


さて、宝塚記念である。
私の現在の住まいから阪神競馬場までは電車でひとつである。
行きたい気もするがこの雨じゃしょうがない。諦めた。
あなたの夢は何ですか?
私の夢は女馬二頭です。ウオッカにカワカミプリンセス。
ことしの宝塚記念はこの女傑二頭で決まりです。ここから流します。
まあ、外れたら外れたで自棄酒というものだ。ヨヨイノヨイ。

| | コメント (28) | トラックバック (0)

2007.06.18

勝つか負けるか

Jra

神戸淡路の震災があった年、わたしは神戸に赴任した。
ベランダのガラスは割れたそのままで、なんとかそこにダンボール紙をあてがい、台所やトイレやお風呂の水はそのベランダから高圧ゴムホース一本で取り込んでいた。
ホースを持って台所で米を研いだかと思うと、次には風呂に持ち込んで浴槽に水を張り、そして用をたしたあとの始末をこのホースで一気に流してしまうのである。
住んでいたところは、そんなにも大きな被害があったというのに、歩いて5分程度のところにある阪神競馬場はビクともせずに健在だった。皮肉な話である。
しょげてばかりもいられないので、私と妻はその健在な阪神競馬場が開催の時なんかは足繁く通ったものである。
ターフを見ながら小高くなった芝生に腰を下ろし、場内の売店で買ったハンバーガーなどを食べながらレースを観戦した。
お互いに千円ずつつと予算を決め、私は血統なんかを分析して、妻はあてずっぽうで、人相の良い馬なんかを選んで馬券を購入していた。
岡部~とか、武~とか、田中~などとあらんかぎりの大声を張り上げて声援を送っていたのである。
勝つか負けるかといえば、これは勝つに越したことはない。
あてずっぽうが当たって、緻密に分析した血統の良血馬が無惨にも負けたりしていた。
それでも競馬は楽しかった。震災で傷ついた人達を慰め、サラブレッドは勇気を持って生きて行けとばかりに我々を励まし続けてくれたのである。
生きて行くこと死んで行くこと、これもひとつの賭けかも知れないなと、そのとき私は真剣に考えていたようである。

ここ5年ほど人間ドックを受けている。
自慢できる話ではないが、ほぼ毎日お酒を飲んでいるというのにひっかかったことがない。
肝臓も腎臓も立派なもので、医者も驚いているほどだ。何か秘訣でもあるのか、医者はきまってドックの成績表を見ながら訊いてくる。
「ドックの数日前から酒は断っている」
仲間のひとりはそういって神経質になっているが、私はこれといって何もしていない。お呪いやジンクスは信じていないからだ。それよりも普段の生活そのままでドックを受診する方が、たとえ結果が目を覆いたくなるものであっても、それに対処する策が見えてきて建設的だと思っている。
普段のままがいい。そう思ってしまうと、前日は9時までに食事を済ませておくようにといわれても、8時過ぎまでお酒をいただき、それから悠長に食事を摂っていたりする。それを医者に話すと、これは一様にシブイ顔をしてから、そしてつぎには完全に無視されてしまうのだ。
その結果は半か丁か。
そんなドキドキするような判定がちょっと好きだったりもするからおかしなものだ。勝つか負けるかなのである。
そんな生意気なことをいっていたら、いつかはその賭けに負けるに違いない。そんな不安はあるにはあるが、勝つか負けるか、賭けとはそういう種類のものだから仕方がない。
今も先ほどまでお酒をいただいていた。
明日は6回目の人間ドックである。
そして6月24日、第48回宝塚記念が阪神競馬場で行われる。
思いは千々に乱れているのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.06.17

父の日

My_room

わたしは父の経験はこの世に生まれて一度もない。
そして父も逝ってしまってるので、そちらの方の心配もない。
仕方がないので、いつものように掃除して洗濯して終わりだ。

ゴロゴロしていたらチャイムが鳴った。宅配便。
カミさんからのもので、「父の日プレゼント」と書いてある。
開けてみると「八海山」がでてきた。
彼女のお父さんでもないが、ここは有り難くいただいておくことにする。
「立山」でないところがミソである。(笑)
さて、肴でも買ってこようか。
世のお父さんたち、どうかお幸せに。(拝)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.05.31

今日は函館から

Harisutos

函館にいるわけじゃありません。
今晩9時から日テレ系で放送の「ニッポン旅x旅ショー」、函館からだそうです。

みどころ(その1)

女性が喜ぶエレガントでおしゃれな旅を企画。古い洋風建築が建ち、情緒あふれる元町エリアを散策するほか、フランスの高級グラスメーカー「バカラ」のフランス国外唯一のミュージアムを見学し、食事は夜景を一望しながらフランス料理を堪能する。また、食後はナイトクルーズも楽しみ、心地よい海風に吹かれながら、海からの絶景を楽しむ。
(日テレサイトから)

みどころ(その2)

男のロマンを存分に味わえる場所や料理を紹介。地元漁師に豪快な漁師めしをごちそうになるほか、土方歳三ゆかりの五稜郭に行き、幕末の志士が抱いたロマンに思いをはせる。さらに、プロが集まる市場に行き、注文を受けてから食材を仕入れに行く「男の丼」と呼ばれる丼をオーダーする。ほかにも絶品のウニ丼やラーメンも登場する。
(日テレサイトから)

つまり、「女の函館」対「男の函館」対決というところでしょうか。
あまり期待はできないけど、よろしかったらあなたも是非どうぞ。(笑)

| | コメント (28) | トラックバック (0)

2007.05.29

聖ヨハネ教会

Photo_18

アルバムを整理していたら出てきた1枚。
ゴミ箱へと思ったけど、今日は何もないのでこれを上げます。
函館のハリストス教会の近くにある聖ヨハネ教会。
ぼんやりしてるのが冬の月。美しくもなくなんとも悲しげだ。憂鬱。
昼間見るとそんなに綺麗な教会じゃないけど、こうして見るといいな。
マタイ、マルコにルカ、ヨハネ。アーメン。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.05.27

ウオッカで乾杯

Feel_live

今日は忙しい朝だ。
MLBのエンゼルスとヤンキースに釘付けとなり、コンビニのおにぎりを口に運び、ミニどん兵衛をすすり、合間にスポーツ紙に目をやっている。
今日は日本ダービー、年に一度のお祭りだ。ヨヨイノヨイ。

昨日は休日だったが、仕事のお付き合いでお昼からお酒を飲んでいた。
こぢんまりとした会だったが、なかなか面白い人間が集まっていた。
ひとりがつかつかと寄ってきて、連れの方を紹介してくれた。
「京都のお公家さんの出です」
そう紹介された連れの方が名刺を出し、照れくさそうに笑ってる。
たしかに公家のようなお名前だった。
綾小路に似た、○居小路と書かれている。そしてそのお名前がまた公家らしいものだった。このお名前を書いてしまったらすべてが解ってしまいそうなので、残念ながらご紹介はできない。いずれにしても、親がかなり知恵を絞ってというか、○居小路に相応しいひねりにひねったお名前だった。

一度紹介したことがあるが、女性が結婚して姓が変わるとしたら、それはどのような姓が好ましいかアンケート調査した結果があり、ズバリその第1位は綾小路さんであった。第2位は伊集院さんであり、第3位が白鳥さんだったように記憶しているが、これは定かでない。
ついでに紹介しておくと、最も嫌われ、あたしゃ絶対に嫌だと悲鳴に近いお叫びを上げている姓は、毒島さん、鬼頭さんに鮫島さんであり、つまり「毒」、「鬼」、「鮫」がついていてはいけないのだそうだ。世の女性とは誠に勝手なものである。
「つかぬ事をお訊きしますが」
お公家さんに名刺を渡し、気になることを訊ねてみる。
「ええ、どうぞ」
「京都で先の戦争といえば、これは『蛤御門の変』だというらしいのですが、これはほんとうですか?」
お公家さんは白髪の髪にそっと手をやり、品のある笑い顔をお作りになって、こう答えられた。
「いえ、『応仁の乱』です」
負けた。さすがに京都人には敵わない。
今朝の二日酔いの原因は、確かにこの「応仁の乱」があるのは間違いない。
今もまだ、私の頭の中は「応仁の乱」なのである。

そんな痛い頭をなだめすかしながら、今日の日本ダービーを予想している。
どうせ外れるのだから、ここは一番「応仁の乱」に相応しい優駿馬を探し当てることにしようか。
京都は日本の王家にまつわるところ。
王はキング。法皇からホウオー。王室はロイヤルということになる。
アサクサキングスにフサイチホウオーにヒラボクロイヤルあたりか。
「応仁の乱」に限らず戦は勝たねばならない。
ヴィクトリーなんかが浮かんでくるな。
戦には士気を鼓舞するためのマーチも必要だ。
西洋とは違って、京都の戦にマーチは似合わないけど、ここは強引にトーセンマーチなんてのも悪くない。
戦に勝ったら乾杯だ。「完敗」という嫌な二文字が頭をかすめるが、ここはウオッカで行くしかないか。ウオッカで乾杯だ。
ウオッカといえば、ただ1頭、果敢にも男馬ばかりの戦に挑戦してきた女馬だ。女傑。アマゾネス。卑弥呼。天照大神はどこへ隠れた。
かくして応仁の乱はアマゾネスの参戦によって西洋と東洋の歴史を根底からひっくしかえし巻き返しをはかった徳川幕府は都を焼き討ちせんと京都の宮家は千年の系譜や幾星霜・・・。頭が混乱してきました。

フサイチホウオー、ヴィクトリー、ウオッカ。
法皇戦に勝利してウオッカを飲む。
どうですこの並びよう。東京優駿馬はここからでます。
結論、いつだって女性の味方でいたいから、女傑ウオッカを推薦します。
思いは千々に乱れてなのである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.05.24

眼鏡を買う

Zoff

そうだ、京都行こ。
そうではない。
そうだ、眼鏡買うたろ、である。

仕事の帰り、なんばのZoffに寄ってみた。
100均ならぬ、5,000円、7,000円、9,000円均である。
左が右よりかなり悪く、どこの眼鏡屋でも通常より割高になってしまう。
5,000円均を狙い、多分駄目だと思って冷やかしていたら、
「大丈夫ですよ」
という。
あっけない。笑っている。男のくせにすり寄ってくる。
あまりの馬鹿らしさに呆れて、作ってしまったのが写真にある眼鏡だ。
税込み5,250也。加工時間30分。広告に偽りなし。
縁日の金魚すくいみたいなものだ。騙されたと思って買いました。
いまのところ十分見えてます。
これで所持している眼鏡が五つになってしまった。

むしゃくしゃしてるとき、これは、
「そうだ、京都行こ」ではなく、私の場合は、
「そうだ、眼鏡買うたろ」
なのである。
馬鹿みたいな話である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.21

初夏の風に打たれて

今日は天気が良かった。
こんな日は仕事なんかやめて家族に会いたいと思う。思うけど会えない。
勤め人って、家族と顔を合わせる時間ってどれくらいあるのだろう。
ほんの僅かな夜の時間と休日くらいか。考えると淋しいね。
それじゃ単身赴任とあまり変わらないというか、似ているじゃないか。
残りの人生、そんなに永くもないから女房でも呼んで一緒に住もうか。

そんなことを考えながらホームに来ると、階段を上がってきた坊さんとすれ違った。坊さんは袈裟懸けで、なにやら首から提げたiPodのようなものを手にしている。よく見ると携帯電話だった。年の頃は40代前半というところか。なかなかのものである。

携帯を握りし坊主ホーム行く     信天翁

来月ひと月でこの仕事辞めます。
そしてそのままここに残ることに決めました。
5年、6年、あるいは7年はここで生活します。北海道よ、さようなら。
新しい仕事、新しい生活。まるでチェホフの「桜の園」だ。
坊さんが引導を渡してくれたようで何やら嬉しい。
ただせめて、坊さん、携帯ではなく、iPodで決めて貰いたかった。
初夏の風に打たれ、酔って候。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2007.05.20

天の網の目

Oomorihama
啄木座像

函館に湯の川というところがあって、ここは良質な温泉で有名だ。
ここを西の方に向かってすぐの所に啄木小公園があって、かの啄木が座像となって鎮座し、
「汐かをる北の浜辺の砂山のかの浜ナスや今年も咲けるや」
と歌っている。
そんな湯の川温泉は、わが青春時代の遊び場だった。
啄木なんか振り向きもせず、温泉入って酒を飲み、酒を飲んではおねえさんたちと騒いでいたのである。

「明日の約束、忘れないでね」
カミさんが友人の個展を見に行こうと誘っている。
「ごめん、ちょっと先約ができて・・・」
丁重に断って湯の川で騒いでいた。
そこに偶然にもカミさんが入ってきた。お互いに連れがいる。私には女性が、カミさんの連れはかの個展の彼女である。
こういう場合、どう言って良いものか解らない。汐かをる北の浜辺の砂山だって冷たいものだ。われ泣きぬれてである。
われ泣きぬて戯れているのは蟹ではなくて、れっきとした淑女であった。
やあ、と挨拶だけして私と連れはそのお店を出た。

「天網恢々疎にして漏らさず」という老子の有り難いお言葉がある。
天の法の網は目が粗いようでも、決して悪事を見のがすことはないという意味である。
悪事をしていたかどうかは別として、勿論潔白であるが、天の法の網はなかなかに厳しいのである。
カミさんの疑わしき目は天の法の網ではないにしても、私は身の潔白を証明するのに時間を費やした。
それから数週間後、またしても私は天の法の網に引っ掛かることになる。
カミさんの友人の女性の車に同乗していたとき、あろうことか、カミさんの車とすれ違ってしまったのだ。性懲りもなく天の網が覆い被さってきたのである。
このときほど、「天網恢々疎にして漏らさず」の老子のお言葉を肝に銘じたことはなかった。同時に思い出されたのは、「李下に冠を正さず」であった。紛らわしいことをしてはいけない、中国四千年の歴史は伊達じゃないのである。

こんな前科を背負って生きている。
いやちがう、悪いことはしていないので、これは前科とは言えない。
「天網恢々疎にして漏らさず」とは私のような小市民には困ったことに違いないが、それより困ったことは現在の携帯電話の普及である。
よりによって私のところはSoftbankなので、夜の9時までは何時間話していてもSoftbank同士なので無料なのだ。
今こうしてブログの記事なんぞを書き込んでいても携帯が鳴る。天の網の目である。
私は今朝の朝食のメニューまで報告することになる。ああ、なんてことだ。
お天道様はすべてご承知さ。
「天網恢々疎にして漏らさず」とはくだけて言えばこんなところか。
人間、自己を律し、謙虚に、慎ましく正しく生きなければならない。
まさに、李下に冠を正してはいけないのである。
やることもなく、ふと函館の湯の川温泉を思い出している休日の午後である。合掌。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

戸惑う

テレビ小僧の続きではないけど、VIERAがデジタル、BS、CSと豊富にチャンネルがあるものだから、一日中これから離れがたく、本物のテレビ小僧になってる今日この頃です。
それにしても新しい発見ばかりだ。テレビの進化には驚くことばかりです。

テレビに戸惑ってるばかりじゃなく、もう一つ二つ戸惑ってることがある。
長年住んでいた近所のスーパーが変わってしまったのがそのひとつ。
売り場は勿論のこと、扱ってる商品がけっこう同じようでそうでない。
好みの食品、とくに鮮魚がいけない。
もともと肉は食べない方だからどうでもよいけど、こと鮮魚にはうるさいので、納得行かなければ諦めるしかないが、ここ数日は受難の毎日が続いている。ちとオーバーだけど、これには困り果てている。

それとカード決済が出来なくなってしまったことが痛い。
わたくし、何を買うにもカードを使ってマイルを貯めています。
朝刊一部、牛乳パック1個、カップ麺一つでもとにかくカードです。それが出来ないとなればいかがしたものか。
私、実家に帰らせていただきます。(笑)
近所にはもう1軒スーパーがあるけど、ここはちょっと高級で躊躇ってる。
環境が変わるってことは泣けることなのだ。
やはり、“私、実家に帰らせていただきます”なのです。

コンビニにも戸惑っている。
売り場が違うのは致し方ないけど、照明の具合がいけない。
暗い感じのコンビニ、これは堪らない。どんなにおねえさんが愛想が良くたって、新聞だけ買って帰りたくなってしまう。
おかしなもので、たかがコンビニだけど、これが駄目だと思ってしまったら、そこにやってくる客までが気に入らないというか、やはり、“私、実家に帰らせていただきます”なのである。
そんなことばかり考えながら、なんとなく新居の片づけが終わった。
鏡を見りゃザンバラ髪だ。
床屋までは知らないので、明日は馴染みのカットサロンに行くしかない。
ついでに温泉入ってY電機寄ってショッピングモール冷やかして・・・。
電車乗り継いで半日がかりということになる。
主夫だっていろいろと大変なのである。(笑)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007.05.14

VIERAへいらっしゃい(その2)

Viera_1

ビエラへいらっしゃいと言っておきながら、今日初めて取り説読みました。
そこにTnaviなるものがあって、読んで行くと、どうもインターネット接続が出来て、いろいろとサイトが見れるらしいのだ。画像が崩れるおそれもあるということだが、ええいっとばかりにチャレンジしてみたのが上の写真です。
信天翁の漂流記録、こんな風に表示されました。
なんとなく感激したのでみなさんもご覧あれ。オモシロクモナイデスガ...。(汗)
今の液晶TVってすごいね、オソレイいりました。(笑)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.05.13

夕刻に思う

Home_1

住まいを替えて、なんとなく初めての休日のような気がする。
すぐにGWが入ったためで、家が片づいていないというのに、自宅に帰ってしまったためだ。
そのツケが回ってきて、この土、日はてんてこ舞い。今、ようやく一息ついている。いや、一息つけたである。まだまだやることはたくさんあるが、一息つけたのである。(笑)

いまこうしてホッと一息つくと、開けはなったベランダからいろいろな音が舞い込んでくる。
飛行機の飛んで行く音、新幹線の通過音、自転車のブレーキ音に車のクラクション、どれもが忙しそうに耳に届いてくる。ピアノのレッスンらしい軽快な音楽まで聞こえてくる。
中でもちょっと気を惹くのは子供達の遊び声だ。実に大きく、そして実に愉しそうなのだ。
何やら駆けっこをしているようで、わっと歓声が上がったと思ったら、それが泣き出しそうな大声にかわり、ついには悲鳴にかわるのである。男の子の声よりは、女の子の声が実に愉しそうで、その分大きいのである。
何をやってるのか覗くことはしなかったが、子供は何をやっても愉しいものなんだなあとつくづく思う。
思えば遠くに来たものだ。泣けるね。(笑)

写真は前に住んでいたところの寸景。
ここは子供の声はしなかったが、潮の香りが窓から忍び込んできた。
ベランダからはゆるりゆるりとした水面が臨め、この時間になると夕日が穏やかだった。凪いだ海と湾岸高速道路の向こうに沈む夕日である。
こうしてみると、子供達の大騒ぎの喚声も、凪いだ海に沈む夕日もどこか似ていて悪くない。
さて、しみじみとした気分はこれで終わり。
振り向けば、未開封の段ボールが三つにその横の冷蔵庫の中は空である。この時間は、スーパーへ買い出しの時間でもあるのだ。
沈む夕日よりは、今晩の飯の心配をしなければならないのである。(笑)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.05.10

岸田劉生の軌跡

Ryuusei

岸田劉生と言えば麗子像。
麗子と言えば岸田劉生なのである。
それほど劉生は愛娘の絵ばかりを描いていた。わたしなどは劉生という画家は麗子しか描いていないに違いないと思ってるくらいだ。
そしてその愛娘の麗子であるが、どう見ても可愛くなく描かれ、その作品によっては亡霊のごときにぼんやりと佇んでいて、しかもその図が「麗子住吉詣之立像」のように提灯をぶら下げていようものなら、これはもう怨念に充ち満ちた亡者、平家の落ち武者を想像してしまうくらいなのだ。

五稜郭公園の花見時、期せずして満開の桜を背景にぼんやりと麗子が浮き立って見えた。
ちょうど桜のピンク色が眩しいくらいに鮮やかで、暗く沈んだ麗子像はやはり桜の背景にはどこか相応しくなかった。しかしながら、満開の桜の中から浮かび上がるような麗子像は不思議な印象を与え、今までにない劉生の企みみたいなものが解ったような気もする。

「劉生の軌跡」とある劉生展が函館美術館で開催される。
どれくらいの作品が持ち込まれるのか解らないが、「麗子住吉詣之立像」は展示されるのだろうか。展示されるのなら是非行ってみたい。そして真っ先に確認したいのは麗子の足だ。だが多分、それは叶わない。
麗子の足。
わたしが亡者と見た麗子立像を、向田邦子はこう見ている。

 若い時分は、劉生でいえば代表的な「麗子」の像が好きだった。ところが、いま一番心をひかれるのは同じ麗子の像でも「麗子住吉詣之立像」なのである。マーガレットと呼ばれた毛糸編みの肩掛けを羽織り、くすんだ朱色の絞りの着物を着た麗子が、三段重ねのアコーディオンのような奇妙な形の提灯を下げている立ち姿である。
 若い時分は、この絵の持っている暗さ薄気味の悪さがひとつ好きになれなかったが、いま見るとゾクゾクするほど好い。
 夜は暗く冬は冷たく、神社やお寺のお詣りは、はしゃいでいるようなもののどこか恐ろしい。子供の頃、漠然と感じていたものが、みごとに一枚の絵になっている。更にもうひとつ、素足で立つ幼い麗子の足の、親指と人さし指の間が離れているのに気がついた。下駄をはいて育ったまぎれもない日本人の足なのである。
(向田邦子著「無名仮名人名簿」中『麗子の足』より)

さすがに向田邦子の視点は鋭い。
麗子は、夜の暗さ、冬の冷たさの中でいかにも不安に襲われ心細く、神社の鳥居の前で引き返したいくらいなのだ。それを誰が誘ったものか、お詣りだなんて、ああ、なんて恐ろしい。早く帰りたい。父はどこへ行った。母はどこだ。提灯の明かりが消えそうだ。こんな毛糸の肩掛けだって何の役にも立ちゃしない。世はなんて不条理なんだ。怖いったらありゃしない。どなたかお助けを。すでに悲鳴を上げそうなのである。
そんな子供の心情がこの一枚の絵にあるという指摘はやはり向田邦子なのであろう。

そして麗子の足。これはどうしようもなく降参である。麗子は日本人なのである。ゾクゾクはしないけど、ゾッとはする。ゾッとはするけど、麗子の足が日本人の足であることにホッとした。この夏は下駄だ。我が足をそっと眺める。
麗子の足、これは是非とも観察したいものである。

「岸田劉生の軌跡」。
時期は6月、桜が終わってライラックが咲き始める、北海道の初夏の始まりである。
そんな初夏の風を受けて、麗子は微笑んでくれるだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アルバム

Art_museum

ほんとは岸辺のアルバムなんてタイトルにしたかったけど、どこにも岸辺を感じさせるもの無かったのでただのアルバムです。桜を載せたお堀のアルバムだったらなんとかいけそうだけど、桜特集はすでに終了してしまったので駄目です。(笑)
五島軒のカレーなんかもあるけど、この写りがなんとも悪い。
あまりの悪さに落胆していたら、2時間ほど眠ってしまった。疲れました。

そこで仕方がないので、こんな写真を紹介させていただきます。
何の変哲もない美術館の写真です。面白くない。
北海道立函館美術館。この像もよく解りません。(笑)
五稜郭公園のすぐ近くにあります。よろしかったら是非どうぞ。
何が展示されているか、GWで休館、観てないので解らない。
6月には岸田劉生展をやるようです。

Kisida

あっ、また桜が写ってる。
やはり岸辺のアルバムからはほど遠い。(笑)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.05.02

『晨』に想いを寄せて

Sin16 Sin_no16

ここに『晨』第16号がある。
1988年とあるから、国鉄が国鉄でなくなり、青函連絡船が無くなって間もない頃だろう。
この表紙が今までにない出来映えで、わたしは無理を言って、この加藤寛之の表紙の画を頂戴した。
それが上の写真にある原画で、そのとなりが『晨』第16号である。
こうして並べてみると、懇情していただいた意味も解るというものだ。

この画の写真を撮ろうと額縁を外したら、中から画の裏に張り付いていた一枚の小さな紅葉の押し葉がぽろりと落ちた。
今が2007年だから、約20年もの間、紅葉の葉は額の中に閉じこめられていたことになる。
私はその枯れて色素の失った紅葉の葉を見ながら、『晨』の同人を思い出していた。
佐藤玲子、西塚綾子、横谷芳枝、小木美里、矢代奈津子に中村玲子。
思わずページを開いて、その同人各々の小説の頭の部分だけを読んでみた。
巻頭にある私のものは出来がひどかった。恥ずかしい代物だった。
にもかかわらず、巻頭に載せてくれたのは、このぽろりと落ちた紅葉をそっとしのばせた人に違いなかった。
その各々の冒頭の部分だけをご紹介することにする。
私を除いて、彼女らの『晨』に寄せる熱い想いが伝わってくる。
私はこの頃、無職の身だったのである。

 札幌から小樽へ向かう車中、私は暗い気配のする海ばかりを見ていた。
 車窓には、通路をへだてて反対側の座席に坐る、ひとりの若い女の顔が映しだされていた。
 女の顔は、暗い海の上に重なるように、あざやかに浮かびあがってはたちどころに消え、ふたたび予告もなくふいに現れたりした。
 瞬時に消えてしまう女の顔にかわって現れるのは、無人駅のホームの灯りだったり、小さな傘をつけた、心ぼそいばかりの白熱灯の外灯だった。
 いかにもさみしそうなその外灯をみながら、私の気持ちはますます滅入るばかりだった。
(信天翁「塩谷の風」より)

 梅雨の晴れ間、思いがけぬ強い日射しに水面が煌めく。
 コの字の建物に囲まれた中庭の池は、縁に石を置き青苔を配したり、ちょっとした風情だった。
 ゆるやかな泳ぎの鯉どもが、水際に立った周造の影に反応し、頭を擡げて全身これ口といったあんばいに餌をねだる。周造は半透明の水に目をこらした。デカ、と呼んでいる真鯉は群から離れて泳いでいる。心なしか時どき体がかしぐように見えた。
(佐藤玲子「鯉」より)

 三度目の話に、とみ子は会ってみようと気持ちが動いた。
 結婚相談所に入会して、これまで二度話がきた。理由をみつけて断った。
 相手の離婚にとみ子はこだわった。
 今度の人は太鼓判だ、と所長は大乗り気で薦めた。
 死別に、とみ子の心はかすかだが動いた。
(西塚綾子「ホップ・ステップ・ジャンプ」より)

 旅先での娘の結婚式を終え、最終便で函館空港へ着いた。
 ロビーで親戚縁者との挨拶を済ませた頼子は、車の手配に回った夫の洋一をさりげなく探していた。
 待つ、ということに少し抵抗はあったが、『人生には、タイムリミットがある』の言葉にいくらかの望みをつないでいた。人影がまばらになり、どこからか湧いてきたように清掃機具を持った人達が機敏に行動を開始した。ロビーには頼子ひとりが残っていた。
(横谷芳枝「食卓」より)

 バスから降りる客を出迎えていた若いボーイが、ふとよそ見をした。
 丁度私が彼の前に立った時で、そういう態度とても不愉快。心当たりもないまま片手でスカートの端を引っ張ってみたり、一応やってみたんだけどボーイは無反応のままだった。やってられない、と通り過ぎたらボーイはきちんと前に向き直って、後ろの赤ら顔のおばさんに御辞儀をした。
 縁起を担ぐ訳ではないが、嫌な予感がする。
(小木美里「迷霧」より)

 タクシーの運転手が何か言ったようだ。頭の中で鳴り響く声だけを追い続ける耳は、運転手の言っていることまで聞き分けることができなかった。妹尾典子は機械的に目的の病院名をくりかえした。典子の頭の中は一瞬静まり返った。だが声は単に場所を移動しただけで、今度は右胸の下でじくじく鳴いている。
(矢代奈津子「杖」より)

 スーパーマーケットを出て二十メートルも過ぎた所だった。
 後ろからつけてきたらしい女の子が私の腕をいきなり掴んだ。
「おばさん、ちょっと----」
 そのままぐいっと押さえられて道の片側に寄せられた。
「なにか、用なの」
 母の臨終が近く、私は札幌の病院につめてから五日になる。私の顔や歩き方に疲れが現れ、物売りやカンパや署名の標的になったのかと、一瞬ひるんだ。
(中村玲子「克子」より)

この小説群の出だし、何かが起きる気配を感じますか?
『晨』の同人はいつだって懐かしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.01

桜、がんばる

Sakura_3 Sakura2

寅さんの妹ががんばってるわけじゃない。(笑)
昨日、ようやく函館の桜、開花宣言があったようです。
早速、五稜郭公園へ行って撮ってきました。
今更桜なんてとおっしゃる方がほとんどでしょうが、そのお気持ちも解りますが、まあ、この健気な北国の桜に付き合ってくださいませ。
陽当たりの良いところでほころんでいたソメイヨシノです。
ここ以外はまだ一分、二分咲きといったところでした。
ここ五稜郭公園の桜は、五稜郭の堀に沿って桜が植樹されていて、満開になるとそれはそれは綺麗なものです。
今日が満開なら五稜郭タワーに昇ってその全景を撮りたかったのだけど、生憎そうも行かず、気が向いたらこの連休中にでもチャレンジしてみたいと思っています。
昔歩いたコース辿り、ジンギスカン鍋でわいわい騒いだ桜の下で思いに耽り、ひとりごちておりました。
こういうのを邂逅っていうのかもしれないけど、似合わないから止します。
それにしても昔の仲間が居ないってことはちょっとばかり淋しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.04.30

今宵はのんびりと

Stereo

家でゴロゴロしてばかりもいられないので掃除をした。
ちょっとだけ片づいたので、久しぶりにJAZZを聴いた。
いつもは小さなスピーカーで周囲に遠慮し、ボリュームなんかは押さえ気味にちまちまと聴いていたが今日は違う。ここは都会のマンションじゃない。広大な北海道の一軒家なのだ。矢でも鉄砲でも持ってこい。(笑)

ALTECのスピーカーをガンガンいわせて聴いている。
ミルト・ジャクソンのビブラフォンが澄んだ金属的な音で迫ってくる。
ジョン・ルイスのピアノがもの静かにリズムを刻む。
ケニー・クラークのドラムはあくまでもおとなしい。
パーシー・ヒースのベース、これは絶妙な間の取り方だ。
しばし目を瞑りニューヨークの風に打たれる。なんとも心地よい乾いた風だ。

モダン・ジャズカルテットのあとは中島みゆきだ。
このつながりはどうなってるのかって、ええ、これは私にも判りません。
ALTECのスピーカー、中島の息づかいまで忠実に再現してくれる。
「時代」が「流星」に、そして「愛よりも」から「空と君のあいだに」だ。
さすがにこのスピーカーは名機なのだ。中島との距離が縮まったな。(笑)
青春時代、借金して買って良かった。
ALTECのスピーカーの鮮やかさ、一度聴きに来ませんか。
今宵は音楽喫茶のオヤジです。(笑)

ALTEC LANSINGはこちら。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2007.04.28

愚痴のひとつもいいたくなる

Takuboku_1 Takuboku2
啄木一族の墓(立待岬にて)   東海の小島の磯の白砂に・・・

久しぶりに函館の家でゴロゴロしている。
午前中はBOSとNYYのMLBなんかを観戦してゴロゴロ。
ヤンキースタジアムの気温が12度と紹介されて、昨日関空からのフライト時、現在の函館の気温12度とアナウンスされたのを思い出してしまった。これじゃ桜の開花は先の先だと思った。夢のまた夢、いやちがうな、桜の開花は夢じゃないから。ゴロゴロしていると頭の中まで横着になっている。頭の中身までゴロゴロなのだ。
松井も松坂も白い息を吐き吐き頑張っていたね。
忙中閑あり状態の昨日までがまるで嘘のようだ。

その忙中は、なんといってもADSLの設定でNTTや@niftyに幾度となく電話していたことだろう。おねえさんやらおにいさんの説明を受け、ようやく解決して繋がり、ヤレヤレといったところだったが、こちらにきてダイアルアップ接続してみると繋がらない。ADSLの設定でおかしくなったのか繋がらない。ええ、そうなんです、こちらの我が家、未だにダイアルアップ接続なのです。
カミさんがインターネットあまりやらないので、ここの家、世の中から取り残されているのです。化石状態。(笑)
今も@niftyのおにいさんの世話になり、こうしてようやく繋がりました。
原因は、どういうわけかダイアルアップ接続の設定をしたアクセスポイントがきれいさっぱり無くなっていた、これです。このPCもいよいよ寿命かなあ。
笑うに笑えないので、こうして愚痴っているというわけです。情けない。

何とか繋がるようになったけど、ダイアルアップ接続というそんな劣悪な環境には変わりありません。
日々更新は根気の要ることだけど、何とか茶を濁してゆこうかと、こんな一存で臨んでおります。オオゲサナ...。
特に画像なんかのアップはアップアップです。ツマラナイシャレダ...。(笑)
ここまできたら自棄なので、その画像をアップしてみました。
これで愚痴った思いが解消されたかというと、ええ、そんなわけはない。

東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる   啄木

現在の心境です。
啄木一族のお墓に合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.04.24

いきなり杖というタイトルだけど、杖を必要としているわけではないのです。
杖を片方の脇に抱き込み、ソロリソロリと歩いている方を見かけた、それだけです。
それだけのことだが、ここでちょっと考えた。
杖というのはこの場合、不自由な方の脚をかばうのだろうか。それとも自由が利く方の脚をかばうのだろうか。

人によっては、自由な方の脚がやられたら両脚がいけなくなってしまうから、これは自由な方こそかばわなければならないという。また人によっては、痛くて不自由なのだから、そりゃ当然不自由な方をかばうに決まってるという。果たしてどちらが正しいのだろう。
整形外科医に訊いてみたいところだけど、転居で忙しいので止めた。(笑)

剣豪柳生十兵衛は片方の目をやられたとき、咄嗟にもう一方の目をかばったという。たしかにもう一方の目は大事である。両目を失った剣豪など世にいるわけがない。
聖書では、片方の頬を打たれたらもう一方の頬を出しなさいと教えている。
これは頬だからいいが、十兵衛のように目を打たれたらもう一方の目を出しなさいというのだろうか。生憎クリスチャンじゃないので解らないが、これも一度教えを請うてみたいと思っている。
東洋と西洋、剣豪とクリスチャン。解らないことばかりだ。
ところで杖はどちらが正しいのか。剣豪とクリスチャン、これだけでは答えは導き出せないな。
転居で忙しいというのに、家の中がまだ片づいていないというのに、こんなことを考えている我が身が悲しい。(泣)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.04.15

VIERAへいらっしゃい

Viera
TH-32LX60

新生活のスタートなので、小雪さんのビエラ、買ったよ。
新製品が出たりしているせいかめっちゃ安かった。(笑)

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2007.04.14

目覚まし携帯

携帯電話を取り替えたときに早速やることがひとつある。
そんな大袈裟なものでもないが、これをやらないとどこかきまりが悪い。
携帯を取り替えてもう四ヶ月にもなろうとするが、この時も勿論これだけは怠りなかった。
馬鹿げた話なのだが、ANAのサイトに飛んで行き、着信メロディを入手する、これがそのきまりなのである。
中でも「Another Sky」は機内搭乗時に流れている曲で、機内のバタバタと慌ただしい様を思い出したりしてお気に入りの1曲だ。

「Another Sky」は前の携帯でも頻繁に着信を報せてくれたし、勿論今の携帯でもさらに磨きがかかったような音量で着信有りのお報せを鳴り響かせている。着信の報せと伴に何故かワクワクし、気が急くのである。
いつの間にか前の携帯は目覚まし時計代わりになってしまったが、「Another Sky」の方は健在で、未だに毎朝決まった時刻になると健気にも私をたたき起こしてくれている。
現在の携帯の目覚ましメロディは同じANAサイトから頂いた「非常用設備案内」で、これはその名のとおり、機内で非常用設備のアナウンスが始まる前に流れてくる曲である。「バタバタワクワクの慌ただしさ」から、「それ逃げろ!」に危険度がパワーアップされたのである。これでは起きない訳には行かないのだ。

今朝、うとうとしていたら「Another Sky」が鳴り響き、それが鳴りやんだと思ったら「非常用設備案内」のメロディがそれに続いて鳴り出した。「Another Sky」の方は充電中の携帯からで、「非常用設備案内」は枕元に置いてある携帯から鳴っているのである。それも示し合わせたように機内搭乗の慌ただしさの後に、「それ逃げろ!」なのである。
充電中の携帯は手の届かないところにあるのでそのままにして置くしかない。「それ逃げろ!」の方は切ろうと思えばすぐにも切れたが、これも余興としては面白く、そのままにして置いた。

それからが大変だった。
休日だというのに、朝の6時半に「Another Sky」と「非常用設備案内」が等間隔に、しかも交互に鳴り出すのである。
気が急くのだが眠い。眠いのだがどこか落ち着かない。その内本当に目が覚めてしまった。見事に目が覚めてしまった。勝手にしやがれである。
「非常用設備案内」は4,5分の等間隔で3回、「Another Sky」は5回鳴り続けた。どちらも優劣つけがたいが、個人的には役目を終えながらも健気に鳴り続ける前の携帯に軍配を揚げたい。
それにしてもこの朝の目覚ましの手法はかなりいける。朝が苦手な御仁にはお薦めである。

昨日の朝日新聞に、このANAの記事があった。
なんでも就職志望企業ランキングの中で2位ということらしい。
もう昔の話だが、ロッキード事件があって当時の総理大臣田中角栄が逮捕され、ANAの社長の若狭得治が証人喚問で呼び出され、喘ぎ喘ぎしていた頃を知る身としては不思議な思いがしてならない。
まさにあの頃のANAは「非常用設備案内」状態だったのだ。会社存続危機一髪。みながみな非常用脱出設備を使って逃げ出さんばかりだったのである。
ロッキード事件も今や記憶にとどめているものとて少ないであろう。めぐるめぐるよ時代はめぐるなのである。
月日というのはあっという間に過ぎて行く。時間など在ってないようなもの。光陰は百代の過客である。
「Another Sky」の着信音を聴きながら、そんな遠い日の出来事を思い出している。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.04.10

桜ららら~

今年の春は桜に縁がないと言っておきながら、桜です。(笑)
大阪城公園の桜。職場から歩いて2,3分のすぐのご近所。
昼飯、弁当を買って出掛けました。満開。狂いそうに満開。
ひらひらと、ひらひらと桜のひとひらまたひとつ。
開いた弁当に舞い込んできた桜のひとひらの潔さ。
卵焼きが薄紅色の桜に遠慮しがち。含羞。はじらいもまた良し。
それにしても、野郎二人で食う弁当の悲しきことの哀れかな。(泣)

Oosajyou

Oosakajyou2

Oosakajyou3

Oosakajyou4_1

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007.04.08

忙中閑あり

Kirisutegomen

世の中は面白い。
今日、Googleでご訪問くださった方、検索語はなんと、「斬り捨て御免」といった御仁がおられた。
こんな記事書いたんかなと思って我が身を振り返ってみたら、書いてました。(汗) なんと、約52,100件中の10番目です。バンザイ...。(笑)
紙面の都合上(笑)8番目からしか揚げていませんが、この上の順位の方もすべてタイトルは「斬り捨て御免」です。
何と申しますか、世にこれほど「斬り捨て御免」がいるかと思えばタジタジです。(笑)
信天翁の「斬り捨て御免」、ご興味あらばこちらからどうぞ。何とも馬鹿馬鹿しいというか・・・。(大汗)
それにしてもコメントくれたTAKAさん、やはり今頃は原稿に追われて平家の落ち武者状態なんだろうなあ。合掌。

今日は電話だったけど、たくさんのおねえさんとお話した一日だった。
お引っ越しのため諸事万端、いろいろ手続きが大変なんです。
先ずはNTT西日本のおねえさんから始まり、大阪ガスに@niftyにフュージョンにペリカンです。疲れてしまったので、関西電力と市の水道局は明日に続きます。(笑)
この忙しさの所為にするわけではないけど、桜花賞、見事にハズレです。
やはり今年の春はとことん桜には縁がなかったということで。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.04.07

桜に縁のない春もある

六甲山の麓にある病院。
よろよろと倒れそうな足取りで辿り着いたのが先週の月曜日だった。
受付前の待合所には患者は一人としていない。閑散としている。厭な予感がした。
「内科の外来は午後は休診です」
愕然。この世の終わり。厭な予感が的中したのである。
「近くに内科、ありますか?」
この世の終わりがそのまま声になって表れている。
「ちょっとお待ち下さい」
そう言ってから、受付嬢はなにやら電話をしている。
「二階の内科1番へどうぞ」
「受診できるのですか?」
「はい」
この世の終わりの効果があったらしい。
午後を回ったすぐということもあり、医者が居残っていたのだ。
行政サービスとはこういうことなのだなと思った。いや、医療は行政ではないからそうは言わないに違いない。医療サービス。いや、厳密にはこれも違うな。そんなどうでもいいことを考えながら二階へ上がると、待ってましたとばかりに女性看護士がやってきて、咳き込む私をチラと見てから、
「あら、大変な咳、これをしましょうね」
と優しく言ってマスクをかけてくれた。
私はまるで学童のように弱々しくそれに従い、気分もいつの間にか学童そのものになっていた。

診察室で医者と向かい合う。
医者は大きなマスクをしていた。うぐいす色をさらに薄くしたような、ちょうどTVドラマの手術の場面で執刀医がかけている、そんなどこか厳めしいようなマスクで、それと同様なマスクが私の顔の半分を覆っていた。
マスクとマスクが対峙しているのである。
これはどうも滑稽というか、私は不謹慎にも笑い出しそうになった。
笑ったところで、顔の半分をマスクが覆っているのだから気配は判らないわけで、判りそうにでもなったらゴホゴホと咳き込めばいいのである。顔がきしむ。苦痛に悶えているのである。立派な患者である。

通勤電車の中で、同じような滑稽な場面に遭遇することがある。
私の前の座席に居並ぶ三人、これがみな揃ってマスクなのである。
その電車が帰宅時のものであって、居並ぶ三人越しの背景がとっぷりと暮れた闇夜であったなら、これはかなり強烈というか、ホラー映画を思わせ、今にもこの三人が示し合わせたように襲いかかってきそうな、そんな怖さがあるのだ。最近のマスクは立体型で出来ているせいもあって、怖さといったら半端じゃない。
私はこのような方達とは目を合わさないようにしている。どんなことがあっても目を逸らすことにしている。
ところが、そう思えばそう思うほど目線が勝手にそちらの方へ行ってしまうのである。フロイト先生はどういうか知らないが、思いとは違った方へと心は誘(いざな)われて行くものらしい。

医者と私のマスクである。
勿論立体型で出来ているので、これはどう見ても迫力があった。
その迫力に磨きをかけていたのが、あのうぐいす色をさらに薄めにした色である。これは手術の執刀医が冷ややかな目だけをギョロリとのぞかせ、後は全部隠してしまうくらい大きなものだから、怖くないわけがないのだ。
「どうしました?」
医者のマスクが訊いてくる。
「就寝中、咳が襲ってきて眠れません」
私のマスクが応える。
「他には?」
「汗が出て、洟がでます」
「喉は?」
「痛みはないようです」
「それでは口を開けて」
医者のマスクが近寄ってくる。
そこで私はマスクを外し、口を小さく開く。ゲホッ。
「上を脱いでください」
言われたとおりにすると、聴診器がヒタヒタと数カ所這って行く。
「後ろを向いて」
これも言われたとおりにする。相変わらず背中を聴診器がヒタヒタである。
「肺炎は大丈夫なようです」
再びマスクをかけ、正面を向くと医者が言った。
「ありがとうございます」
何がありがとうか解らないが、患者はこの際そう言うしかないのだ。
「三日経って、症状が変わらないようなら精密検査しましょう」
礼を言って診察室を出た。
「お大事にね」
私を学童にしてくれた看護士が笑顔で見送ってくれた。

私はこの大袈裟すぎるほどデカイマスクがすっかり気に入ってしまった。
病院の帰り、このマスクを外そうかどうか迷ったが、周囲に細菌をばらまくのも躊躇われたので、そのままかけて行くことにした。
手術室の執刀医のマスクが顔を半分隠して歩いて行くのだ。
閑静な住宅地に入ると、それほど大きくもない桜の木が一本目にとまった。
日当たりがよいせいか、桜は満開だった。
ひらひらと風に揺られて、一枚、また一枚と宙を舞ってるものさえあった。
舞って降り落ちる桜のひとひらは、これはおそらく執刀医のうぐいす色をさらに薄めにした色の怖さに恐れをなしたに違いないと思われた。
仕方がないので、私はこの野暮なマスクを外すことにした。
外してはみたものの、桜のひとひらはわれを競ってなおも舞い落ちてくる。
近くにある女学校の生徒が三人、桜には無頓着な様子で坂を下りてくる。
部活にでも使われているようなごついバックにも、桜は優しげに舞い落ち、さりげなく絡みついているようだった。
多分、今年の桜はこれで見納めだな、判然としない頭の中でそう思った。

あれから1週間。
ようやく風邪から解放されたようである。
こんな詰まらないブログに書き込むと、多くの方が心配してくださった。
有り難いというか、恐縮至極である。
この場をお借りして御礼申し上げます。m(_ _)m
私はまだまだ生き続けます。(笑)

お花見どころではなかったけど、今年の桜はデジカメに一枚も収まっていないけど、明日は桜花賞がある。
宝塚・阪神競馬場の桜は満開に違いない。行けるはずもないので、TVで満開の桜を楽しむことにしよう。
武騎手のアストンマーチャンは大丈夫だろうか。
オトコ馬のような名前のウオッカは大丈夫だろうか。
風邪なんて何処吹く風、思いはすでに桜花賞なのだ。
現金とはこういうことを言うのである。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.04.01

オートロック

風邪の具合が思わしくなく、相変わらず寝込んでいる。
舌に味覚が無くなり、もうこれでそろそろ風邪ともおさらばだなと思っていたら、咳が止まらなくなり、関節が痛くなり、終いには熱が出た。何をするのも億劫だ。風邪なんかと馬鹿にしてはいけないのである。

寝込んでいたら電話が鳴った。不動産会社のお兄ちゃんだった。
「新しい鍵、交換が終わったのでお渡ししたいのですが」
次に移り住むマンションの鍵の交換を終え、さあ、いつでも入ってくれて結構とのことなのだ。
鍵もそうだが、畳やクロス、襖にいたるまで新しく張り替えられ、綺麗にされているはずである。月も改まって、契約では今日から入ることが可能となっていた。
いろいろ事情があって、今月の中旬を引っ越しの目処としている。
「オートロックね、あれはどうやって開けるの?」
気になっていたことを訊いてみる。
マンションの入り口の扉がオートロックになっている。何やら数字が並んでいて、ちょこちょこっと押してやり、扉を開けるのである。いままでそのような扉があるところには住んだことがなかった。
「え、オートロック? ああ、あれは鍵で開けます」
そんなことも解らないのかといったように、受話器の向こうでお兄ちゃんが笑ってるようだった。

関空から神戸の自宅へはいつもは乗り合いのタクシーを利用している。
リムジンバスよりは若干高くつくが、自宅の前まで送り迎えしてくれるので、最近はこればかりだ。
ただ、この乗り合いタクシーだと、最後の方に回された客はかなりダメージを喰らい、1時間くらいのものが2時間を要してしまったりすることもある。幸か不幸か、私は2回ほど後回しにされた経験を持っている。
神戸に入ったところで海側に曲がり、そこで客を降ろしたかと思うと、次には身を翻すようにしてタクシーは六甲山へ進路を変え、一人降ろし、さらに六甲山の山麓まで進み、次々と3名もの客を順次降ろしてゆくのである。我が家は遠のいて行くばかりだ。後は野となれ山となれ。
途中で諦めの境地となり、悟りを開いた坊主のごとく、降車する若い女性を見ているしかなかった。

この乗り合いタクシーだが、考えようによっては結構危ない気がしないでもないことに気がついた。
丁度乗り合わせた客が若い女性ばかりといったこともあったのだが、彼女らのマンションがまるで手に取るように解ってしまうのである。手に取るように解ってもただそれだけのことかも知れないが、中にはよからぬ輩もいないわけではない。ストーカーまがいのこともあるかもしれない。個人情報保護なんてどこ吹く風なのだ。
自分は不審者ではないぞとさりげなく彼女らを見ていると、きまって彼女らはマンションの扉の前で数字のキーを操作している。それも堂々とした高級マンションばかりで、いかにも都会で一人暮らしといった様子なのである。
ゴロゴロと海外旅行のお土産の詰まったバックを転がし、オートロック化された扉を解除する。部屋の中にはオール電化のシステムキッチンがあり、場合によってはペットが飛びついてきたりするのであろうか。
敵わない。これこそが平成の若者の姿であり、“神田川”の世界などどこを向いてもないのである。
縁がないと思っていたら、これも幸か不幸か、望んでもいないのに、私も4月からはこのオートロックの仲間入りなのである。

「暗証番号みたいなものはないの?」
「なんのですか?」
「オートロック解除の・・・」
「ですから解除は鍵でやるんです!」
「お客が来たとき、鍵もっていないと思うけど・・・」
「それは部屋で解除してやればいいんです」
「誰が?」
「あなたがです!」
「・・・」
よく解らないままにお兄ちゃんとの会話は終わった。
いや、お兄ちゃんの方が根負けしたようだった。根負けとはいわないな、辛抱できなくなったのかも知れない。
電話を切って気がついたのだが、鍵の受け取り日なんかは決めていない。
洟の詰まって平衡感覚の失くなった頭では思考力が限界なのである。
ぼやけた頭の中で数字だけが踊っている。
お兄ちゃんの電話、用件はなんだったのだろう。
前途多難なのである。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.03.26

ICOCAとPiTaPa

行コカ、ピタパっと。
どうでもいい話ですみません、ICOCAにPiTaPaです。
ICOCAはJR西日本の非接触型ICカード方式による乗車カードの名称です。
ちなみにJR東日本ではSuicaと言ってるらしい。
ICOCAにSuica、厳密には違いがまだあるのかも知れないが、それはどうでもよい。オイオイ。
このカードをJRの改札口の読み取り機に接触させてやると、ピッと音がして、スィとかパッとか実にスマートに通過することができる。
PiTaPaもICOCAやSuicaと似たようなカードでピッ、スィあるいはパッである。
違うところと言えばPiTaPaの場合、JRは勿論、阪急、阪神、京阪、神戸・大阪の地下鉄等大抵の電車や地下鉄が利用できるところだろうか。つまり阪神間では、このPiTaPa1枚あればどこにだって行ける優れものなのである。

今日、目出度くPiTaPaデビューした。
面白かったので、定期券があるというのにPiTaPaである。
地下鉄は回数券がまだ残っているというのにPiTaPaである。
つまり、なんでもかんでも見境なくPiTaPa、PiTaPaなのである。
いつだったか、ある青年が鞄の底に保管しているらしいPiTaPaカードをその鞄ごとドカンと接触させているシーンを見たことがある。こういうアホなことを平気でやっちゃうところが関西人で、いつかはオレも、なんて思うわけはないが、PiTaPaに恋焦がれ、密かに胸を痛めていたのだ。(笑)

そこで本日の第1回目の記念すべき通過、見事にしくじってしまった。
ゲートが閉まる。ブザーが鳴り係員が飛んでくる。
別に怪しいものではありませんと周囲の目を気にしつつひとり弁解をしていたりする。なにも持ってませんと両手を上げている。コレハウソデス。(笑)
便利なものには必ず落とし穴がある。隣の芝生はいつだって青いのだ。
何でもかんでも便利だからと言って信じてはいけないのである。
こんな大人になってはいけません。(笑)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.03.22

春の風邪

風邪を引いてしまった。
夜中に三度起きてパジャマを替える。
朝起きるも食欲無し。牛乳を1杯。本日閉店休業。
洗濯機を回し、夜中に替えた下着類を放り込む。爽快。

横になり、新聞に目を通す。
「タミフル10代転落15件」の見出し。
タミフルはいけない。厚労省のバカヤロウと一言。
テーブルの上にある飴ちゃんをひとつ頂く。
鼻がぐするが熱がないだけまだマシか。

陽が差してきた。風は冷たい。
洗濯物をベランダに干す。爽快。
横になり朝刊の続きを拾い読み。集中力がない。
飴ちゃんの味が無くなった。思いっ切り噛み砕く。
歯はまだ大丈夫だ。

昨日届いた阪急HANAカードを手に取る。
ピタパがついている。明るい図柄。オレは女子か?
HANAカードを押しやる。新聞を畳む。
気がつけば昼。依然、食欲はない。

コーヒーを落とす。
冷蔵庫にチーズケーキが1個。昼食としては悪くない。
また汗が出てきた。身体が重たい。横になる。
春の風邪。鬼の霍乱。罰当たり。
病床六尺信天翁編。(笑)

続きを読む "春の風邪"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.03.17

時代はまわる

中島みゆきの「時代」。
何故か最近よく口をついて出る。
何かあったのかというと、確かに何かはあった。
人生の海の嵐に。窮屈な人生。時代はまわるのである。

          時代
                     作詞 中島みゆき
                     作曲 中島みゆき
                     唄   中島みゆき

今はこんなに悲しくて
涙も枯れはてて もう二度と笑顔には
なれそうもないけど

そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう
まわるまわるよ時代はまわる
喜び悲しみくり返し
今日は別れた恋人たちも
生まれかわってめぐりあうよ

旅を続ける人々は
いつか故郷に出会う日を
たとえ今夜は倒れても
きっと信じてドアを出る
たとえ今日は果てしもなく
冷たい雨が降っていても
めぐるめぐるよ時代はめぐる
別れと出会いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれかわって歩き出すよ

まわるまわるよ時代はまわる
別れと出会いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれかわって歩き出すよ
今日は倒れた旅人たちも
生まれかわって歩き出すよ

こんな詞を中島は20代で書いてたわけだ。
すごいね、中島は。言うことなし。天晴れ。
本日はこの詞の紹介、これで終わりです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.03.07

本日創刊

Gracemarisol

GRACE
marisol

まったく縁のないというか、関係のない記事です。(笑)
新しい40代の女性をターゲットとした女性誌が誕生しました。
そのひとつがGRACE(グレース)。
この雑誌の紹介にはこうあります。

人生の「第二開花」を迎える40代の女性読者に向けて、優雅で上質なライフスタイルを提案する、全く新しいハイクオリティマガジン誕生。

もうひとつがmarisol(マリソル)。
同様にこの雑誌紹介はこうなります。

今、社会で一番輝いている世代、働く新40代のためのファッション誌『marisol(マリソル)』創刊。女の魅力、上品に自己主張します。

凄いことになってきた。
鈴木京香に川原亜矢子。お綺麗です。
人生の「第二開花」を迎える40代に社会で一番輝いている40代である。
世はまさに40代が華なのかも知れない。
ご興味があれば是非ご購読を。

やはり、ほとんど意味のない記事なってしまった。
ただ、お綺麗な二人の写真を飾りたかっただけです。(笑)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007.03.04

春のゆらゆら

Yurayura

今朝目を覚まし、ふと天井に目をやると星の瞬きのようにキラキラと光るものがあった。室内はぼんやりとだが暗い。それがこの写真である。
天井にゆらゆらしながら、チカチカと思い出したように信号のようにサインを送って寄こす。SFの映画でもないが、しばらくはそのサインを解読しようと試みた。
「長い付き合いだったな」
そんな風にも読めたし、
「気を落とすことなんかないんだぜ」
と、慰められているようなチカチカのサインのようでもあった。

以前、ここにも書き込んだように、うちのマンションはすぐ前が海になっていて、そしてそれが南に向いているので、朝ともなれば大量の光が射し込んでくる。朝のそれを嫌って、完全遮光のカーテンを取り付けたのだが、カーテンレールとカーテンの隙間から、海面がかすかに波打つ日などはこのように天井に花が開くようにというか、海面の揺れに合わせるようにチカチカというかキラキラが反射して映像となって現れるのである。
平日はそんな余裕はないが、休日ともなればこのようにして信号の解読なんかをしてゆったりと愉しむのである。
写真からはゆらゆらと形を変えて光る具合は見られないが、この光の具合はどこか夜の街のネオンに似ていて落ち着かないのも確かなのだ。

3年間お世話になったこのマンションともサヨナラをする。
今度のマンションには海なんか付いてない。
初めてここに入居した日を思い出す。
神戸の震災後に立ったばかりのマンションで、引っ越し荷物を整理しているときなども新築建材の香りが所狭しと匂っていた。
ガス屋がやってくる。電力会社がやってくる。水道屋もやってくる。引っ越しというのはいつだってその時は賑やかなものなのだ。子供などがいようものなら側ではしゃぎ廻り、それはそのままTVCMの画になるのだろう。
ベランダからは阪神湾岸高速が見え、夏になるとその右手の神戸寄りに港祭りの花火が派手に打ち上がった。
そんなときはワイングラスを片手に、「鹿鳴館」の青年将校になりすまし、ちょっと気取ったポーズでそれに魅入ったものである。
休日は休日でその海側の広い道路は忙しくなる。老若男女、我を競ってジョギングに精を出す。そんな光景をベランダからゆっくり眺めているのも気が和むものだった。
「よく頑張ったな」
「これからも元気でやれよ」
天井に反射するゆらゆらは、そんな風に解読することもできなくはない。

今、少しずつだが荷物の整理をしているところだ。
ここで増えたらしい小雑貨類を段ボール箱に押し込んでいる。
ここでの思い出らしいものをすべて段ボール箱に放り込んでいる。
まだひと月はあるというのにである。気が急いている。焦っている。
これは春がいけないのかも知れない。春はどうしてもいけない。
私たちは春の中で 淋しさに苛立っていた
私たちは春の中で わからないものに苛立っている
私たちは春の中で 失くさないものまで失くしかけている
これは中島みゆきである。やはり春はいけないのだ。

春の訪れを感じさせる、海面からの陽炎のようなゆらゆらの便り。
春というのはやはりちょっと嬉しく、そしてちょっとだけ躊躇いの伴った切ないものなのである。
さて、思い出の封印を再開するとしよう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.03.01

浅虫の椿旅館

Photo_17

昨日の記事にあるようなPCの状況だというのに、よりにもよって無線LANのルーターを買ってしまった。(笑)
これにはちょっとした事情があるのだけど、無線LAN自体は何の問題もなく構築されました。気のせいか知らないけど、有線より速くなったような気がする。やはり気のせいだな、これは。
こんなことしているよりは、外付けHDDでも買った方が良かったかも。
それよりも、新しいPCに買い換えた方が良かったのか。

今使ってるPCはDellです。
あの映画、「24時」で華々しく使われていたヤツ。
あの映画ではカチャカチャとキーボードを叩かれまくり、かなりハードに使われていたけど、うちのはやんわり使っているというのに、すでに2回ほど入院しています。(笑)
そしていまもマウスの接続に難があるようで、USBからしかマウスは動いてくれません。
カーソルが勝手に動いたり、そして消えて無くなったりしちゃって、サポートに連絡したらUSBからでよろしくとのこと。さすがに3回目の入院は嫌だから、こうして騙しながらというか、愛情込めて愛おしく扱っているのです。
これじゃ良い記事が書けるわけがない。
でも、弘法は筆を選ばずって言うから、敢えてわたくし・・・。
これ以上書くのは止めておこう。(笑)

写真は、昨年末にお世話になった浅虫温泉の椿旅館。
ここの温泉は惚れ惚れします。
函館だって温泉の宝庫だけど、ここの泉質は一目置きます。
棟方志功がここに逗留した理由も解ろうというもの。
そこで昨日の志功画伯の怒っておいでのお写真、ここ椿旅館に飾られていたものをパチリと失敬させて貰ったものです。
怒っているというより、よく見ると笑っているな、これは。(笑)
鬱々とした日には温泉が一番だ。
浅虫に飛んで行きたいところだけどそれは叶わない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.02.28

鬱々たる日々

Sikou

そんな大袈裟な話ではありません。(笑)
これはお馴染み棟方志功画伯。
パソコン、ハードディスクがオーバーフローしそうな危険な状態。
そこで要らないものを次から次へと削除していたら志功画伯のお写真が。
どうも怒られているような気配だったので残しました。(笑)

画像ファイルや音楽ファイル全盛の今どき、40GBじゃついて行けないね。
iPodが80GBだから笑っちゃう。いや、笑えない話だ。
今、何故か女子十二楽坊聴いています。
これも削除してしまおうかと思って躊躇ってます。
思い切ってバッサリと・・・。
さて、どうしたものか...。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.02.24

神戸南京街春節祭


神戸南京街春節祭

毎年恒例の神戸南京街春節祭です。
春の訪れを感じさせるには今日は寒かった。

この写真は中国の獅子舞。
このようにして南京街のお店を順に廻って練り歩く。
この獅子舞に合わせて流れる音楽が上のボタンをクリックすると聴けます。
単調ではあるけど、そこはお国の違いということで。

Sisimai

これは南京街の特設ステージ。
いろいろ趣向を凝らした獅子舞などが披露されていました。
獅子舞よりも、観客を観察している方が面白かった。(笑)
それにしてもみなさん、携帯電話をご活用されているようで・・・。

Nankinmati

今日の南京街は人で溢れかえっていた。
南京街って日中は人の通りが多いけど、7時過ぎると静かになっちゃう。
でも今日はやはり違ってた。人の波、波、滅入っちゃうよ。(笑)
「ぎょうざ苑」なんか行列が絶えることがなかった。
なんといいますか、夕飯抜きでした。(泣)

Nankinmati2

久しぶりにのんびりした休日でした。
神戸は今が旬かな。
春はもうそこまでということか。
春なのに、春なのに、ため息・・・。
やめておこう。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Last song for you

Minica

さよならの向こう側。
山口百恵が引退するときに歌っていた歌詞にある“Last song for you”。
百恵ちゃんの歌う姿を見ながら、この歌詞に来ると何故か涙したものです。

♪あなたの燃える手 あなたの口づけ
♪あなたのぬくもり あなたのすべてを
♪きっと私 忘れません
♪うしろ姿 みないで下さい

今でもちょっと泣けちゃうね。
4月は出会いと別れの時期。
わたくしもお世話になった今の職場を辞します。
4月ではなくもうちょっと先の7月頃ですが、この数ヶ月間はあわただしい毎日が続きそうで滅入ってしまいそう。(笑)

とりあえず明日、愛車のミニカを廃車に出します。
これは北海道を離れるときに赴任先の鳥羽まで乗ってきた車で、北海道仕様、形は小さいくせにフルタイム四駆です。深雪でも何でもガンガン走る。軽快なワン子のようです。
名古屋でも神戸でも車は要らない環境だったので、年間のガソリン使用量が20リッター程度でした。1週間に一度、バッテリー充電もかねてスーパーへのお買い物だけでした。それ以外はまったく動かない。ビクともしない。何とも呆れた話です。(笑)
バッテリー上がりの話をすれば、正月帰省で函館から名古屋に戻ったら見事に上がってしまい、キーを入れてもラジオさえ入らない状態だった。泣きました。ガソリンスタンドに電話を入れ、バッテリーを新調して彼は復活してくれたのだった。
所有者のだらしなさにミニカは呆れ、泣きたいのはオレの方だと主張していたのかも知れない。

このミニカの想い出といえば、伊勢志摩にある「ヤマハリゾート 合歓の郷」へ幾度となく通ったことだろうか。伊勢志摩の観光地はスペイン村もそうであるように、車がなくては回れない広大な地に点在しているので、ミニカは充分活躍してくれました。
一度カミさんと合歓の郷でパットゴルフをしての帰途、右後方の車輪付近から何やらゴトゴトした音が聞こえてくる。不安が走る。車軸が折れてしまうなんてシャレにもならない。
ベアリングだなと察知して適当な町工場へ飛び込むと、それがズバリ的中。
この愛車ミニカのために次の週の休日は返上で、この遠方にある町工場と付き合わざるを得ない事態にあいなった。

ここのオヤジが良い人だった。本田宗一郎のような風貌だった。
函館ナンバーをちらりと見て曰く、
「ずいぶん遠くから来たものだ」
たしかに遠いところといえば遠いところだ。
「ええ、まあ・・・」
言葉を濁す。旅行で来たわけではない旨を伝える。
「今、部品がないけどどうしよう?」
「うむ、・・・」
こう言っては失礼だが、かなり山里なのである。
何故か知らないが、オヤジとカミさんと私でのんびりとお茶を飲み、世間話などしている。
急いてはいけない。山里と言うところの時間はこうして流れているのである。
「中古部品を探しておくから、週末に来るといい」
お別れの時のオヤジの言葉である。
この優しさを断ってはいけない。函館ナンバーの名がすたる。(笑)
このオヤジの腕がしっかりしていたせいか、この後、我がミニカは故障を知らないのである。
さすがに本田宗一郎なのである。
他にも似たような想い出はいっぱいあるけど、それには触れまい。

深雪に猛烈な吹雪。かつてはそこを誇らしげに疾駆していたミニカ。
今は異郷の地でのさよならです。
悲しんではいけない。
同情してはいけない。
同情するなら金をくれ。
Last song for you。今度はいつといえません。

♪Thank you for your kindness
♪Thank you for your tenderness
♪Thank you for your smile
♪Thank you for your love
♪Thank you for your everything
♪さよならのかわりに

さよならの向こう側、笑いながらのお別れです。
合掌。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007.02.19

私鉄沿線(その2)

P1020703

「続く。カモシレナイ...。」が性懲りもなく・・・。
読みたくもないかも知れませんが、続きです。(笑)
この写真のマンション、いかがでしょうか?
今日一日、アパマンショップのおにいさんとお付き合いしました。
はっきり言って、落ちそうです。

宝塚歌劇場 阪急電車で15分位(多分)
神戸三宮  阪急電車で20分位(多分)
大阪梅田  阪急電車で20分位(多分)
京都河原町 大阪+30分弱?(どうでもよい。オイオイ...)

久しぶりに阪急に乗ったけど、やはり阪神とはどこかが違ってる。
若い女子が圧倒的に多いです。駅周辺もどこか華やかな感じがする。
これもどうでもよい話ですが・・・。

今日は温かく、春の息吹を存分に感じた一日でした。
もうすぐ桜が咲きそうな気配。嘘です。(汗)
菜の花でも食ってやろうかと思いました。
思っただけで、つましい独り酒の現実ではありますが。

ああ、春はあやまちのみなもと。
中島みゆきに言われなくてもそれくらいは知っている。
春よ春。ああ、何故に春。春は躓き。春に狼狽することなかれ。
私たちは春の中で・・・。
春の中でマンションがどうした~。
こりゃ春に浮かれてるな。(爆)

続きを読む "私鉄沿線(その2)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.02.17

私鉄沿線

Takaraduka2
阪急宝塚駅南口

♪改札口で君のこと~
唄ってる場合じゃない。(笑)

神戸に住んで大阪で仕事をし、そして京都で遊ぶ。
こんな生活ができたらいいなと思っていたら、夢が叶ったというか、現在の暮らしがそうなってるのだから面白い。
そんな状況もいつかは崩れてしまうもので、そろそろその時期かなと覚悟をしていたら、思わぬ転機がやってきた。
「好きなだけ楽しんでくれ」ではないが、これからも当分の間、神戸大阪京都の三都物語である。帰れない者たちへ。まさに帰れない者なのである。

理由あって転居しなくてはならなくなった。
大阪も京都も知らない街に等しいので、神戸を中心に探し回っている。
いざ探すとなるといろんな思いが入り交じって、三歩前進して二歩後退みたいな、そんなことの繰り返しだ。
私鉄沿線。国鉄がJRになったいま、こんな言葉があるのかどうか解らないが、まず優先すべきはこの私鉄沿線ということになる。

神戸大阪間には、山の手から海にかけて東西に阪急、JR、阪神と三つの電車が走っている。
現在は阪神で通勤しているが、車内はいつだってタイガースの「六甲おろし」のような雰囲気があって息苦しいというか汗臭い。(笑)
その点山の手の阪急電車は清楚としており、なぜかしら宝塚歌劇のすみれの花を思わせるところがある。すみれの花と伴に日経新聞が似合う阪急に比べ、阪神はいつだって派手な見出しのスポーツ新聞がお似合いなのだ。
その中間に位置するJR、これはもう素っ気ない。ただ闇雲にビジネスやら旅行やらの客を運んでいるだけの印象がする。
これは正しくない理解かも知れないが、概ね当たっている正しい理解でもあるのだ。(笑)

さて、そこでどこに住むかである。
「六甲おろし」か「すみれの花」か「素っ気なさ」かである。
答えは明白だ。誰に尋ねようもなく明白だ。勿論、「すみれの花」である。
そこまでは良いのだが、そこから先が三歩前進して二歩後退なのである。
三宮、六甲、御影、岡本、芦屋、夙川、西宮に武庫之荘。
ついでに門戸厄神、小林に逆瀬川。宝塚も入れておこう。
賃貸マンション、ビックリするくらいお高いのだ。
迷える子羊。帰れない者たちへ。ああ、無情。
最近の愛読書は「アパマンショップ」に「minimini」に「CHINTAI」だ。
ここ三日間ほど寝ていない。勿論大嘘です。(笑)
続く。カモシレナイ...。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007.02.13

妻、帰った

Ikutajinguu

菊池寛の「父帰る」ではない。妻が帰ったである。
この三連休、妻に奉公させられた。(笑)
行くところがなかったので、藤原紀香が結婚式を挙げるという生田神社に連れて行った。
ここは三宮の飲み屋街のすぐ近くにあるので、目を瞑ってでも行ける。
祝日の夕刻にもかかわらず、結構な人出だった。老いも若きもである。
すれ違いざまの少年曰く。
「ここで、紀香が結婚するんやで!」
意気揚々である。笑ろた。
生田宮は縁結びの神社。
よく解らないが、二礼二拍手一礼を強制される。
これから縁に恵まれますようにって・・・。
よくぞここまで縁が切れないでやって来たものだと我ながら感心しきり。
静かになった部屋でひとり冷や酒を飲んでいる。
縁とはよくよくコワイものである。合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.02.09

春につまずく

この時期はため息ばかりである。
人生の海の嵐にではないが、全国を“転勤”という名のイカダに乗って漂流しているようなもので、今はその嵐の真っ直中にいるといっていい。日々憂鬱とはこのことだ。

それが理由でもないが、昨日、同僚と久しぶりに飲んだ。
姫路の彼は4月に横浜に行くことが決まった。妻と娘と母を置いての漂流劇第三幕の始まりである。そんなに深刻になってもしょうがないので、われわれの飲み方といったらそんな降って湧いた災いなんかを笑って吹き飛ばす。顔で笑って心で泣いているのだ。

その帰り道。深夜の0時である。
駅に向かって歩いていると、通りの角に突き出すようにして立ち飲み屋ならぬ、立ちラーメン屋があった。ひとりでブラリとラーメン屋というのも悪くない。
ここ数年、飲んだ後のラーメンというのは遠慮していた。若い頃はいくら食べても太らない体質だったので遠慮は要らなかったが、ここにきて、さすがにその神話は見事に崩れ、日々毎朝、ベルトの穴を気にしてばかりいる。納豆をマメに食べ続けている効果でもないのだろうが、最近お腹の周りがすっきりしてきたような気がする。そんな、目に見えるような効果が現れてきたというのに深夜のラーメンである。イワンの馬鹿である。

白く、幾分濃いめに濁ったとんこつラーメンだった。
横に並んでガツガツと麺をすすっているオヤジ達に混じって若いカップルもいる。深夜のラーメン屋とはいえ、ここの通りはいつだって賑やかだ。
麺はストレート。ちぢれ麺に比べていまひとつ愛想がないような気もするが、味の方はなかなかだった。気がついたら麺はおろか、丼の中の汁まで見事になくなっていた。
考えるまでもないが、ましてや人生の海の嵐にでもないが、とんこつラーメンを食うのは初めての経験だった。とんこつラーメンも札幌味噌ラーメンに劣らず悪くはない。

お腹の辺りを気にしながら駅まで歩く。
途中、小公園らしい若者達のたまり場がある。この公園といっていいのか広場は、新聞にも出ていたが、ちょっとした話題になっている公園だ。「凸凹(でこぼこ)広場」、あるいは「パイ山公園」などと呼ばれ、実は本当のところ名は無いのである。まるで漱石の「吾輩は猫である」ではないが、未だに名が無いのだった。だったと言ったのは、目出度くも、晴れて名がついたからである。つい二、三日前のことである。
「さんきたアモーレ広場」、それが晴れて命名された名である。たしかに「パイ山公園」は下品である。凸はあるが凹はないので「凸凹広場」も相応しいとは言えない。どうでもよいと言ってしまえばそれまでだが、「さんきたアモーレ広場」は深夜になっても若者達がたむろしていた。それもどうでもよい光景であるといえばそうに違いないのだが。

朝起きるとパンが無かった。
パンが無い日はひとつ早い電車に乗ることにしている。梅田にある喫茶店でトーストとゆで玉子のモーニングをいただく。それがキマリなのだ。
それが今日はどう間違ったのかマックに入ってしまった。足が勝手にマックに向かっていたというか、気がつくとマックに入っていたのである。朝マック。
このマクドナルドというところへもここ一年は入っていない。自慢するわけではないが、健康のことを考えるようになってからというもの、あのいかにも高カロリーに見えるバーガーなんか食べる気がしないのである。たまに旨そうに食ってるCMなんかを見るとさすがに「食いて~」という気分になるのだが、そこは忍の一字で我慢しているのだ。

それなのにマックに入ってしまった。
しばらくぶりというのは怖いもので、注文の仕方まで忘れている。
おねえさんが言ってる言葉が分からない。
おねえさんは速射砲のように責め立ててくる。気が急く。コインを落としてしまう。ついでに赤面してしまう。かろうじてチーズバーガーとコーヒーを注文した。
おねえさんは相変わらず意味不明の早口でお礼を言って笑っている。
周りを見るとみなが一心不乱にバーガーにパクついている。
朝マック。長いカウンターに横一列。男も女もその体躯は実に立派だ。まるで牛かと見まがうように実に立派だ。そして私はまた一人赤面してしまう。

深夜のとんこつラーメンに早朝の朝マックである。
この時期はやはりどこか回路が狂ってしまうらしい。
今までの苦労が水の泡というか、春という季節の到来はなにかしら馬鹿げていてどこかもの哀しい。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007.02.03

旅割先行予約

梅は咲いたか桜はまだかいな。
暖冬暖冬と騒いでいたら、日本列島、日本海側は寒波に大雪。冬将軍ってやつは油断も隙もあったものじゃない。
そんな冬の真っ直中、ゴールデンウィークの航空券の先行予約が始まった。
ANAの旅割。通常は2ヶ月前のチケットの先行予約だけど、何だかよく解らないけど、今年はすでに6月分までのチケットの先行予約受付を開始したようである。喜んで良いのか悲しんで良いのかやはりよく解らない。
関空~函館、13,300円也。乗らせていただきました。(笑)

ただね、ゴールデンウィークって4月だから、これはちょっとした賭けということになる。果たして4月にここに住んでいるのかってことが問題。問題先送りの内閣じゃないけど、転勤はないと踏んで、ここは運を天に任せて予約を完了させた。キャンセルするとね、50%取られちゃう。ペナルティ。問答無用。慈悲がない。(笑)
往復運賃の50%とといえば13,300円也です。
うむ、それだけありゃ旨い酒が呑めるじゃないか。オイオイ...。

ということで、無事に4月、関空を離陸できるかどうか解らないけど、上空から睥睨した関西国際空港の写真なんかをアップしておきます。
どうか4月、旨い酒が呑めますように。柏手。
往生際が悪いというか・・・。(汗)

続きを読む "旅割先行予約"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.01.31

神戸ハーバーランド

これはGooglemapsで俯瞰した神戸港です。
神戸港といってもハーバーランドがある一画です。
sumiさんのブログ、「日々歳々」を参考に、まあ、はっきり言ってパクリですが、なんとか我が神戸港を貼り付けてみました。(笑)
wikimapiaというそうです。きれいな画像がブログに貼り付けられる。
左にある→、←や+、ーをクリックするとポートタワーや海洋博物館なんかも見えて面白いです。

記事を書く。
それに関連してGooglemapsを貼り付けるというのはイケますね。
ただし、わたくしの場合、Googlemapsを貼り付ける。
無理矢理関連した記事を書く、こんな案配でしょうか。

そこで無理矢理記事を書きます。(笑)
ここハーバーランドから見る神戸港、ポートタワーがあり、神戸海洋博物館があり、オリエンタルホテルがあるという、ええ、ポスターなんかに使われる最高のロケーションなのです。
ここでパチリとカメラのシャッターを押せば、あなたも立派な名カメラマンに変身です。
みなさんも、冬が終わったら是非ともおいで下さい。
つまらない記事になってしまった。(爆)

簡単な使用説明はここをご参考にしてください。
「日々歳々」ブログ
宮城県地理情報センター

完全に逃げてます。
ええ、説明を書く時間が・・・。
いやなB型の性格だ。(泣)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.01.28

カニを食う

Kani2

ド~ンとご覧のとおりカニです。
日本海、津居山は由緒正しいブランドもののベニズワイです。
津居山は、かの志賀直哉で有名になった城崎温泉の近くだ。
そのカニ、これを昨夜、10人ほどでムシャムシャいただきました。旨かった。
届いたときにはまだ生きていて、脚をごにょごにょ動かしていたけど、カニの運命なんてあっさりしたものです、儚い。そこで、茹で上がったばかりのお姿がこれです。
シャンペンとワインと終いにはウイスキーと、シャレにもならないカラオケまでついて大騒ぎだった。
台湾ご出身のママの、粋なチャイニーズレパートリーだけは良かった。
終電で晴れがましく帰宅した。(笑)

今朝起きると頭が痛かった。(泣)
シャンペンとワインとウイスキーとカニが混じり合って、胃の中で異種格闘技をしている、そんな爽やかでも何ともない苦しい朝だ。いや、シャンペンとワインとウイスキーとカニはすでに消化されてるはずだ。いずれにしても胃の中は異種格闘技の終盤を迎えているのかも知れない。
パソコンの電源を入れ、iTunesからJazzを適当に選曲。
MJQにBill Evansが慰めてくれるが、こちらは一向に爽やかではない。(笑)

冷蔵庫を開ける。水を飲む。
ゴソゴソやって探し当てたのが551の肉まんひとつ。
この551という肉まんは、阪神間では有名なものだ。行列ができたりする。
二日前くらいに買ってきた残りのひとつ、電子レンジに放り込んで約1分。
熱々のその551にかじりつき、ペットボトルをぐびりとやる。
胃の中の異種格闘技に新たな新参者の登場だ。

カニパーティの翌日の朝。
この生活の落差といったらありゃしない。
温泉に浸かる。関西スーパーで食料買いだし。ヤマダ電機を冷やかす。ユニクロを冷やかす。ついでに本屋で立ち読み。
この後の我が行動パターンである。
不思議とまだ生きている。(爆)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.26

帰路につく

阪神電車ホーム(2006.10.3)
Hanshin_home

パソコンで聴く(7:46)

勤務を終えて帰路につく、阪神電車編ポッドキャストです。(笑)
Micro Memoを買ったので、どんなものか試してみました。
なんて暇なやつなんだとお思いになるでしょうが、お察しのとおりです。

阪神電車を知らない方のためにロケーションを説明します。
・帰路は始発の大阪梅田駅発姫路行きの特急電車です。
・入線する電車をホームで待ってるところから始まります。
・ホームで向かいの電車の案内が聞こえます。
・電車入線。ドアが開きます。
・乗り込んですぐにやることは、進行方向に向かって座席の向きを変える。
 ガタガタ騒がしい音は、その座席を変えている音です。
・次は車内アナウンス。
・出発進行。
・梅田から数分は、地下鉄になってるから反響して騒音がすごい。
・無事に地上に出て静かになったところで終わりです。(笑)

と、まあこんなところですが、いかがでしょう。
通路にはお客がビッシリ立っていて大変なんですが、それほど馬鹿らしい会話もなく、この6時半頃の時間帯は結構紳士淑女的です。(笑)
これが9時を過ぎようものなら・・・。ご想像にお任せします。
というか、そんな時間帯に一度チャレンジしたいものかと・・・。(汗)
このシリーズ、続けてよいものだろうか。
大阪らしいインパクト、欲しいなあ。(爆)

注)クリックしても再生がはじまらない場合は、お使いのパソコンに音声を再生させるソフトが入っていない可能性があります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.25

通天閣

Tuutennkaku

ジャンジャン横町デビューしてきました。(笑)
綺麗な身なりで行ってはならない。
コワイお兄さんを見たら逃げ出せ。
お客をまじまじ見てはいけない。
串カツのタレの二度づけはやってはいけない。
掟です。(笑)
安くて旨くてご機嫌でした。
スーツで行ったけど、なんとなく無事に帰ってきた。万歳。
この通天閣、一度まじまじ見たかったんだ。
今じゃ昼は観光客で賑やからしいけどね。安心ですよ、ええ。
ただね、昼間っからガンガンお酒やってるらしいけど。
大阪といえば通天閣だからね。何はなくとも通天閣。(笑)

Syougi

写真には上げないけど、ここは「王将」で有名な坂田三吉の将棋の駒までモニュメントとしてある。
♪吹けば飛ぶような将棋の駒に
♪かけた命をわらわば笑え
女房の小春は泣いてばかり。
ちょっとだけ口ずさんで歩いてみた。
コートのエリをね、ちょっとばかり立てて寒風をやりすごす。
ここだけが時代に取り残されたような、そんな昭和がありました。
上の写真のように、将棋を指している人たちを外から観戦してるなんて、ここに住む人たちの粋を感じる。
間違いなくまた行きます。
ジャンジャン横町に乾杯だ。

続きを読む "通天閣"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.01.21

手に負えないラジカセ

Photo_16

ポッドキャスティングづいているので話題をもうひとつ。
今回は昔のカセットテープ使ったんだけど、ラジカセが無かったのでテープの編集ができない。躓いたわけです。(笑)
そこで近くのY電器に行って急遽購入したのが上の写真にあるラジカセです。訳の解らないメーカーで2,480円。どうです、小さくて可愛いでしょう。(笑)

テープ編集終わったのでお役ご免。
ちょっと可哀相なので、FMでも聴いてやれってことで頑張ってるんだけど、うむ、悪戦苦闘中です。
ご覧のようにチューニング幅が狭くて如何ともしがたい。
つまり選局するのが難しいんですよ。(泣)
膝の上にちょいと乗せて昔式のダイヤルを回しているんだけど、なんか神戸のFM KISSしかチューニングできない。
いきなり“三丁目の夕日”の世界です。(笑)

でも、なんか懐かしくて満足な時間を愉しんでます。
ダイヤル、どんなに慎重にゆっくり回しても合わなかった時代、イライラしながら焦ってばかりいたなあ。
ともあれFM KISS、愉しんでます。
それにしても夜のFM KISSって、大阪に負けないくらいローカルやんか。
関西弁の氾濫だ。
まあ、それも“三丁目の夕日”らしくていいや。(爆)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お知らせ

信天翁のポッドキャスティングへの案内はこちらから。
小説の朗読などをおいてます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Micro Memoという

Micro_memo

これがボイスレコーダーのMicro Memoってやつです。
第5世代のipodに適当なものがないか探していたら見つけました。
見つけたと同時にポチッとやっちゃったら、昨晩届いてしまった。(笑)

そこでこれをどのように使うか、ここが問題なんですね。
ポッドキャスティングづいているからといって、これを使ってDJ番組作成なんて器用なことはできない。
講演や会議に使うって手もあるけど、それもちょっとひねりが足りないかな。
BARかスナックのカウンターに立てて、おねえさんたちの会話を録るってのはどうか。
あるいは通勤電車の殺気だった気配を録るというのはどうか。とんでもないハプニングがあったときなど笑えるかも知れない。

これで録音してできたWAVファイル、ipodをパソコンに繋ぐだけでiTunesに取り込まれる。そしてiTunesでmp3に変換してやると、これでポッドキャスティングのスタンバイ終了というわけです。
さて、どのように活用したものか。
なにか面白そうな使い方があったらご教示下さい。
衝動買いというのも困ったものです。(汗)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.20

ポッドキャスティングを始めた!

 只今、ポッドキャスティングにトライしています。
 手前味噌ですが、過去にラジオ放送された小説を揚げてみました。 活字媒体は左サイドバーに載せていますが、朗読となるとこれがちょっとだけ趣が変わり、また新たな感じ方ができます。
 iTunesの項目「Podcast」に、右サイドバー下方にある赤色のバナー「Podfeed」をドラッグ&ドロップするか、バナーを右クリックし、プロパティからアドレスをコピーしてiTunesの「詳細」から「podcastを登録」に貼り付けると取り込めます。
 また、ポッドキャスト専用受信ソフト「Podcast Juke」に赤色のバナー「Podfeed」をドラッグ&ドロップしても同様に取り込めます。「Podcast Juke」のダウンロードはこちらから。
キリギリス
遺書(その1)
遺書(その2)
遠い残像(その1)
遠い残像(その2)
遠い残像(その3)
 ご興味のある方は是非お試し下さい。
 コメントなんかを頂けると喜ぶと思います。(信天翁拝)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007.01.16

鎮魂のルミナリエ

「_xvid.mp4」をダウンロード
(Quick Time Playerで観られます)

なんとか間に合いました。
昨年になってしまいましたが、2006ルミナリエの映像です。
早くにアップしようと思っていたのですが、動画のアップが解らなくて、しょうがないのでYouTubeのアカウントを取って、なんとかアップすることが出来ました。
明日はココログがメンテナンスなので、今夜がギリギリでした。(汗)


ミサ曲が流れます(1分38秒)


この映像はデジカメのFX8で撮ったものなので、そんなに綺麗とはいえません。ただ、ここに流れている鎮魂ミサ曲がなかなか胸を打つのです。
東遊園地のスパッリエーラに集う人々のざわめきがかぶってるのも意外な効果を出している。
明日1月17日、胸を熱くしてこの鎮魂ミサ曲に涙してください。合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.14

携帯電話の健気さ

理由あって携帯電話を替えた。
理由と言っても大したものではない。つまり自分でもよく解らない。(笑)
料金が安いらしい、ただそれだけである。
ただそれだけの理由で、8年もお付き合いのあったドコモからソフトバンクに移行するのだから、われながら驚くというか、B型の血液を呪ってしまう。(笑)

わたしの携帯は滅多に鳴らない。
鳴るとすればそれはカミさんからのものだ。
職業柄、職場から掛かってくるケースがあるとすればかなり緊急事態だ。そんなに頻繁に緊急事態はないから、いつまで経ったって職場からの電話はないのである。
たまに職場の仲間から電話があったりすると、それはたいていどこそこの飲み屋にいるから来ないか、そんなけしからぬ誘いのものばかりだ。

そこで困ったことが発生した。
カミさんが無料通話を良いことに、毎日毎日、頻繁に電話してくるのだ。
一般電話なら金が掛かるが、この携帯ならいつまでも、それも何回掛けてきても無料なのだから始末に負えない。
拘束、これじゃまるでどこぞの将軍様の国みたいだ。
元気でいるか、友達出来たか、お金はあるか、今度いつ会える。
函館と神戸、ここ数日、さだまさしの世界が延々と続いているのである。

役目を終えたドコモの携帯、これに難渋している。
電話は掛からないがこの携帯、枕元に置いておくと決まって朝の6時半にわたしをたたき起こしてくれるのだ。
それは自分が設定した時間なのでしょうがないと言えばしょうがないのだが、この携帯の時刻設定を解除したり、電源を切ったり、ましてや充電をサボるなど何故か出来ないでいる。つまり生きていて欲しい、これがあるのだろう。かと言って、ショップに持って行ってリサイクルに使ってくれと申し出るのも躊躇われる。
どうしたらよいものか。悩みに悩みながらも今日のこと、日曜日だというのに、やはり朝の6時半にたたき起こされてしまった。使い古したものとはいえ、健気に使命をこなしているものをむげに捨ててはいけない。
無表情ながら、ドコモの携帯はそんなことを主張しているようである。

むげに捨ててはいけない。
これに似たような記事が今日の朝刊にもあった。
関西版だけかも知れないので全文引用する。

■捨てられない手袋

 娘は冬になると、ある手袋を取りだしては、ため息をつく。茶と白のしま模様の手袋の指先はすり切れ、手首回りも緩んでいる。それでも捨てるとは言わない。
 この手袋は娘の13歳の誕生日に家庭教師から贈られたものだ。その日、宿題を忘れた娘は「これではプレゼントは渡せないよ」としかられた。帰り際、彼は玄関でくるりと振り向き、「はい、お誕生日おめでとう」と笑いながら小さな包みを渡した。ふくれっ面の娘の顔がぱっと喜びに変わったのは言うまでもない。
 それから数週間後の1月17日、神戸を激震が襲った。一瞬にして家々は壊れ、道はうねり、空には黒煙が上がった。翌日、私たちは尼崎の私の実家に避難を決めた。めちゃくちゃになった室内で、とりあえずの着替えをまとめた。その時にあの手袋をつかんだ。
 その青年が下宿で亡くなったと聞いたのは1ヶ月後。今にして思えば、倒壊したアパートの下敷きになっていた青年の「連れて行って」という叫びだったのだろう。
 娘はなぜ手袋を捨てられないのか。震災へのどんな思いを捨てられないでいるのだろうか。毎年あの日、あの時刻に、娘は公園の慰霊碑に、「ふるさと」のメロディーをバイオリンで届ける。「忘れないよ」という娘の言葉に、風になった青年はろうそくの炎を吹き消す。今年は13回忌。

神戸市東灘区  小山 るみ  大学講師・54歳
(1月14日付 朝日新聞『ひととき』より引用)

13回忌。それを思うと胸が熱くなります。
その年の4月6日、神戸に転勤発令のあったわたしとカミさんは、瓦礫の街を彷徨っていた。目的の宝塚へはどう行ったらよいのか皆目見当がつかなかった。神戸での漂流の始まりである。そしてその漂流は今でも続いている。

捨てられない。捨ててはいけない。教えられることはいっぱいだ。
胸を熱くしながらも、13回目のあの1月17日は間もなくやってくる。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2007.01.13

納豆の行方

納豆が関西でも爆発的に売れているらしい。
正月番組でフジTVが取り上げてのものだが、この番組、偶然にも暇だったので見てしまった。
以前にも寒天を取り上げ、スーパーから寒天が消えると入った事態に遭遇し、このときは必死で探し回ったのだけど、今回の納豆、そこまで懸命にと言うか、血眼にはなっていない。
寒天のインパクトよりはかなり落ちるというか、納豆には悪いが、なんの感動もなかった。
というより、納豆はそのように健康によいものだと知っていたし、現に納豆無くては生きて行けない口なので、何を今更アホなことを、こんなところだった。(笑)

メーカー悲鳴、納豆品切れ相次ぐ ダイエット効果情報で

 番組は7日夜のフジテレビ系の情報番組「発掘!あるある大事典II」。納豆に含まれるイソフラボンにダイエット効果があるとうたい、正月太りを納豆で解消しよう、といった内容。朝晩1パックの納豆を食べ続けた男女が減量に成功した例を紹介した。
(asahi.comより)

それにしてもTVの力って恐ろしいね。
関西でっせ、関西。
以前の関西人は、まあ、わたくしの周りと言うことで限定させていただければ、納豆を食うなんて人間じゃない、近寄らないでくれ、とっとと退場してくれ、ほら、出口はそちら。あるいは、この縁談はなかったことにしてくれ、君が納豆を食うなんて知らなかった、娘はやれん、さあ、出口はそちら、こんな状況だったのだから。
「納豆、大丈夫です」
こんな人間を発見したら、飛びついてキスでもしたくなっちゃった。(笑)
そんな状況も、今じゃどこのスーパーでもそこそこの種類の納豆を置いてくれているのだけど、この記事の写真にあるように、納豆の棚が空っぽだなんて誰が想像しただろうか。責任者、出てこい!(笑)

明日にでもスーパー行って偵察してきます。冷蔵庫空状態。食うもの無し。
納豆、棚が空っぽ状態だったらいい迷惑だ。
やはり、責任者出てこいなのである。

続きを読む "納豆の行方"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.01.12

鰊漬け

Tukemono_1

昨日、新年会。
今日、新年会。
酒を飲んでいる。呆れたものである。
胃腸の弱い漱石はお正月、これを一番苦手としていた。
鴎外は得手としていたが、そんな鴎外を知ってか知らずか、漱石は凧揚げなんかしていたようである。両文豪の極端が面白い。

シャワーを浴び、ホッとした気分で冷蔵庫を開けたら鰊漬けが出てきた。
「鉈切り」とも言う。
大根を鉈でザクザク切って鰊と漬けるから「鉈切り」である。
これが実に旨い。北海道では欠かせない漬け物のひとつだ。

亡くなった母親が毎年送ってくれた。
見よう見真似で、カミさんが漬けたのが上の写真の鰊漬けである。
帰り際、こっそりバッグに入れやがった。いい度胸をしている。(笑)
姿形は良いが、味の方はというとまだまだなのである。

酒のアテが無い。
仕方がないので、これをつまみに缶ビールの栓を抜く。

悠然と女房つくりし鰊漬け    信天翁

明日もまた新年会。
漱石じゃないが胃腸、大丈夫かなあ。合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.01.09

四柱推命学の十二支

今日中にこの記事を仕上げなくてはいけない。
なぜなら、昨年の今日、同じ記事をエントリしているからだ。
昨年と今年、妙な因縁である。さあ急げ、時間がない、夜が明ける。

昨年同様、帰りの全日空で「翼の王国」を読む。
ついでに昨年同様新しい一冊を貰って帰ってきた。
そこに書かれていたわたくしめの今年の干支はこうなる。

澤地翠(たくちすい)。
欠けた月が再び満ちてくる。
憂いは散じ、喜びがやってくる。翠は集まるという意味。
家を離れていた人は故郷に帰る運勢である。万事が順調に運ぶだろう。
いつも謙遜、正直をモットーとしていれば、自分の力を思い切り発揮できる大吉の卦象である。
目上の人や先輩、同僚の助力によって思わぬ成功をする。さらに皆が心を合わせて共同で行えば大成功する。
1~2月   財運は常に側にある。
3~4月   家庭内に憂いが生じる。家族の健康に注意が必要。
5~6月   金銭、事業面ともによし。争いごとはつとめて避けるべし。
       必ず災難がふりかかる。
7~8月   口は禍のもと。
9~10月  女難の運あり。色事には気をつけるべし。必ずおかしなことにな
       る。
11~12月 吉凶どちらでもない。一度得てまた失う。火災に注意。

なかなか良好な卦であると思う。
他の干支を読んでみても、これに勝るものはない。
なんと言ったって、欠けた月が再び満ちてくるのであって、憂いは散じ、喜びがやってくるのである。
今年は転機の年と見た。思い当たるところがある。
今は書けないが、機会があれば書かざるを得ないであろう。
今はただ、いつも謙遜、正直をモットーとして仕事をしよう。
それにしても後半、9月から12月までが大変だ。特に、

女難の運あり。色事には気をつけるべし。必ずおかしなことになる。

これは泣かせる。
先日の御神籤でも、恋愛に関しては「一線を越すな」なのだから、相当に色事には注意しなければならないということになる。
女難の運。疑わしきは罰せず。ナンノコッチャ...。

ちなみに昨年はこうだ。

風地観(ふうちかん)。
観は詳細に念入りに見極めるということ。
世の中の動きや人をうわべだけで判断してはならない。
またこの卦には、静かな地上に大風が起こるという意味もあるので、突然波風が立つ兆しもあることを教えている。
ただし、すべてが悪いわけではなく落ち着いて物事を観察し、周囲の動きに気を配っていれば、多くの人の信望を得て地位を確保することができる。教育者や指導的な立場にいる人には非常に良い卦である。健康、金運は吉。思わぬ財産を手に入れる。
1~2月   波乱ぶくみ。軽率な行動は控えて家族と過ごす時間を大切に。
3~4月   前半生活をきりつめなければならないことになるが、困窮した
       後には偶然にも財物を得るであろう。
5~6月   運気上昇。
7~8月   財星が家門を照らしている。万事が都合よく運ぶ。
9~10月  すべての厄が去り、福がくる。
11~12月 思いがけなく地位や高名を得る。傲慢にならず健康に気をつけ
       て過ごせば吉。

2006年を振り返る。
突然波風が立ってしまった。
多くの人の信望は得なかった。
思わぬ財産は手に入らなかった。
うむ、なんというか・・・。
どちら様もお幸せに。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.01.07

寒すずめ

0005

凄い風が吹いてる。
のんびり過ごした休暇も最後なので、いつもの大沼にある温泉へ行った。
上空の雲は飛んで行き、突風は露天風呂の湯面を上から掻き混ぜている。
温泉はぬるく、いつまで浸かっていても体は温まらない。
眼前にある倒木、ここに二羽のすずめが身を寄せ合っていた。
突風は容赦なくこのつがいらしい二羽のすずめを翻弄している。
見るともなく目をやると、二羽のすずめはよろよろしながらも風に耐え、そして転げ落ちるようにあえなく飛ばされ、それでも再び元の位置に戻ってくる。
なんというか、巣があるわけでもないのに、その場に執着する意味が解らない。転げ落ち、転げ落ちしながら4度5度と同じことを繰り返し、元の位置に戻ってくるのだ。
いつになったらその場を去るのか、根気比べのように見ていたがこちらが負けた。およそ30分、露天を飛び出す。
この夫婦は実に見事なものだ。

巻く風に寄り添い転げ寒すずめ     信天翁

上の写真はこの温泉にあるレストラン。
湯上がりセットが美味い。
冷えたビールをやりながらカミさんにこのつがいのすずめの話をしてやった。
蕎麦をすすりながら、感心している様子だった。
ここは源泉かけ流し温泉。
蕎麦をすするカミさんはいつだって
「ここは『源泉垂れ流し』なのよ」
になってしまう。
意外と二羽のすずめもこんな夫婦なのかも知れない。
明日、無事神戸に帰れることを願いつつ。(笑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.01.01

初日の出

Munakata2

函館は初日が拝めました。
みなさん、あけましておめでようございます。

もう昨年のことになってしまったが、浅虫温泉にある椿館に行ってきた。
この温泉旅館は古く、棟方志功ゆかりの宿でもある。
いたるところに志功の版画や絵が飾られている。
その中の画にあった志功の毛筆になる書から。

万里水雲長慈航又何処
ばんりすいうんながくじこうまたいずこ

要約するとこういうことらしい。
人生は涯しない大海原を漂うごときもので、何処へ行くのかわからない。
きょうもまた菩薩の慈しみを信じて、航くのみである。
機縁の深さを示す言葉とある。
涯しない人生の先も見えてきてるが、この1年、これで生きて行こうか。
本年もよろしくお願いします。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2006.12.30

津軽海峡冬景色

まるで邂逅の行脚である。
津軽海峡を初めてトンネルで渡った。
トンネルを抜けると、それはそれは殺伐とした風景が展開している。
駒子などそこにいるわけもなく、川端のようなロマンなどあろうはずがない。失恋に打ちひしがれた思いこそがそこにはふさわしい。それが津軽の竜飛崎である。トンネルを抜けた列車はその荒涼とした雪原を突っ走って行く。

青函連絡船が健在であった頃、津軽海峡は庭のようなものだった。
竜飛崎は遙か遠目にしか確認できないが、冬に大時化がやってくると、連絡船は息を喘ぎ喘ぎ竜飛に向かって針路を取る。
暴風と大波に船首を立て、われわれは船と伴に懸命に自然という猛威と格闘するのだ。
津軽海峡、なかなかの曲者なのである。

Hakkodamaru

青森駅で降りる。
目の前になつかしい八甲田丸が係留されていた。
黄色いペンキがところどころ無惨に剥げ落ちている。
夏の観光シーズンなら賑わいもあったのだろうが、この年末じゃ閑散としていても無理がない。
船は死んでしまっちゃいけない。どうにもいけない。

Bridge_1

このブリッジは当時のままだった。
ここで操船していたのかと思うと、ちょっとこみ上げてくるものがあった。
というか、何故か今でも運航している連絡船のブリッジに来ているような、さて、これから出港スタンバイ、そんな気分に陥ってしまったのだ。
コーヒーを湧かして飲んだテーブルがそのままっていうのもいけない。
航海日誌に友人の名前がそのままってのもいけない。
後ろから誰かが声をかけてきそうな、そんな気配がどうもいけない。

Tsugarykaikyou

津軽海峡冬景色の歌碑。
この前に立つとセンサーが働き、いきなり石川さゆりが歌い出した。

♪上野発の夜行列車降りたときから
♪青森駅は雪の中
♪北へ帰る人の群は誰も無口で
♪海鳴りだけをきいている
♪私もひとり連絡船に乗り
♪こごえそうな鴎見つめ泣いていました
♪ああ、津軽海峡冬景色

♪ごらんあれが竜飛岬北のはずれと
♪見知らぬ人が指をさす
♪息でくもる窓のガラスふいてみたけど
♪はるかにかすみ見えるだけ
♪さよならあなた私は帰ります
♪風の音が胸をゆする泣けとばかりに
♪ああ、津軽海峡冬景色

阿久悠作詞、三木たかし作曲。名曲です。
周りに人もなく、思わず一緒に歌ってしまった。
今年の紅白、石川さゆりは何を歌うのだろう。
青函連絡船、思いははるかにかすむだけなのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.12.27

旧函館区公会堂

Koukaidou

ハリストス正教会を西に向かって少し歩くと、旧函館区公会堂にぶつかる。
相変わらず閑散として静かな通りだったけど、中国からみえたらしい家族連れの観光客に出くわした。意外と知られていないが、冬の北海道観光は台湾、韓国などからが多いのだ。
元町小公園からライトアップされた公会堂だが、葉をすっかり落としてしまった寒々しい枯れ木がちょっと五月蠅い。

| | コメント (19) | トラックバック (0)

ハリストス正教会

Harisutosu

今日の函館、雨が降ってます。師走の雨、こんなことは滅多にない。
昨日元町界隈を歩いたのだけど、ほんとなら雪があるはずなのにまるでない。
上の写真は、函館ハリストス正教会の夕暮れとその後のライトアップされたものを合成したもの。
クリスマスも終わって観光客もまばらで閑散としていた。
この雨はやがて雪に変わるそうである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.12.24

函館ヒストリープラザ

Photo_15

金森レンガ倉庫前の通りです。
湿った雪がしんしんと落ちていたのですが、融けてしまいました。
今頃は昨日同様、花火が打ち上げられて大変な混雑でしょう。
こんなふうにライトアップされるとなんとなくロマンチック。
どこか外国の街にでも迷い込んだような、そんな雰囲気があります。
でも、どこを向いてもアベック、アベックで実に騒々しい。
“きよしこの夜”とはなかなか行かないのである。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.21

中東の若者の祈り

Photo_13

民族紛争の絶えないイスラエルとパレスチナ、この双方の若者が中心の管弦楽団「ウエスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ」が、8月にベルリンで演奏したベートーベンの「第九」ライブとある。指揮はダニエル・バレンボイム。

朝日新聞朝刊のおすすめレビューに寄れば、「中東の若者の祈りにじむ第九」とあり、本公演に向けた練習は「イスラエル・レバノン紛争」のさなかに始まったそうだ。
名指揮者バレンボイムの意図するところは、互いに「敵」とみなしている若者達のポジティブな場の提供ということらしい。
このジャケットを見るだけで演奏の迫力が伝わってくるようだ。

このおすすめレビューと同じ面に、青島幸男さんの死を悼む記事が載っている。
青島幸男といえばすぐに思い出すのが「シャボン玉ホリデー」だ。
日曜午後6時半。家族そろってTVの前に正座したものである。
クレージーキャッツにザ・ピーナッツ、昭和のバラエティー番組のはしりは間違いなくここにある。
ハナ肇とザ・ピーナッツの伊藤エミ、ユミ姉妹の掛け合いギャグが面白かった。
「ハイそれまでよ」に「分かっちゃいるけどやめられねぇ」。
こんな面白い時代を生きてきたことに感謝しなきゃならない。
そういえば、大人の女性にはじめて恋したのはこのザ・ピーナッツのお二人だ。
「情熱の花」に「恋のバカンス」は今聴いても泣けてくる。

木枯らしが身にしみる師走。2006年もいよいよ終盤です。
今年の年末、このバレンボイムの「中東の若者の祈りにじむ第九」を聴いて終わりとしよう。
青島幸男の死を悼みつつ。合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.20

大阪を知ろう

Butatama

昨日のお葬式は奈良である。
いま時分の奈良はとても冷え込んで寒い。京に勝るとも劣らないくらい寒い。さすがに古の都の縁であろうか。 大阪市営地下鉄から近鉄に乗り換える。
この近鉄奈良線が通過する駅に掲げてある案内板、これが目を惹いた。
何が目を惹いたのかというと、行き先案内は名古屋だったり三重の鳥羽や伊勢だったり京都だったり大阪難波だったりと、実に華やかなのだ。
各県が入り乱れて登場するものだから、今、自分は何処にいるのだろう、そんな錯覚を覚える。
今、何処にいるのだろうならまだましで、自分は何県人なんだろうなんてことにもなりかねないのだ。
最近はトワイライトエキスプレスが運行されているから、JR大阪駅に行ったら行き先方面に「札幌」なんて掲示されたりするので、これはちょっと感動ものだ。
ミステリアス・ワンダーランド、それが大阪なのである。

葬儀の帰り、余りにも寒いので鶴橋で降りた。
この駅周辺はコリアン・タウンのようになっていて、韓国式の衣料品店や装飾店や総菜店や飲食店が軒を連ねている。本場風キムチもたっぷり山積みだ。
お好み焼きの「風月」本店、これが目的なのだが、小路が狭く、しかもこの小路が幾つもあるので難儀を強いられた。
総菜屋のおばちゃんに訊いてようやくたどり着くと、そんなに広くない2階のテーブルに案内される。
風月は神戸にも支店はあるが、本店で食べるお好み焼きが良いという。
注文したのが「いか豚玉」、上にある写真がそれである。
熱々を口いっぱいに頬張り、冷えたビールを流し込む。
奈良も京都も大阪の寒さまでもがいっぺんに引いて行く感じだ。
冬にビールだなんて思われるかも知れないが、北海道人はまったく平気だ。道民にとっては冬こそビールなのである。それだけに、どこの飲食店の店内も暖かくしている。夏真っ盛り、それが北海道のビヤホールなのである。
ミュンヘン、サッポロ、ミルウォーキ、ビール本場のミュンヘンだって、ミルウォーキーだって札幌と緯度は一緒だ。
ビールは寒くなくてはいけないのである。

冬限定メニューだという「牡蠣塩」と「鶴橋キムチ」を追加してビールを飲んでいると、隣の席からなにやら賑やかな会話が耳に届く。
おひとりはかなりのご高齢で、中年の男女に解いて聞かせている。
みなさん長くこちらにお住まいの韓国ご出身の方達らしい。
ご高齢が曰く、
ヒトラーが・・・、
曰く、
南アのアパルトヘイトが・・・、
曰く、
ボスニアヘルツェゴビナは・・・、
曰く、
日本人と韓国人は・・・、
曰く、
山本五十六は・・・、
曰く、
日本の侵略が・・・、
曰く、
岸信介は・・・、
曰く、
極東裁判でマッカーサーは・・・。

わたしは牡蠣塩を食って、そしてビールを流し込むだけである。
街は元気でなくてはいけない。
その街に住む人も同じように元気でなくてはいけない。
そして、パブだろうが立ち飲みだろうが、このように元気でお酒をいただくのが良い。
大阪鶴橋、実にアカデミックでパワフルな街なのだ。
ミステリアス・ワンダーランド、それが大阪なのである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.12.19

喪服の月旦

ココログの記事数を見ると、720にもなっている。
2003年の12月から、詰まらないことばかりよくぞここまで書いたものだ。
誉めてはとらわせないが、ここまで書いてくると、中には幾度となく同じことを懲りもせず取り上げているものもある。
喪服なんかもそうかも知れない。葬式に出るたびに喪服を見てしまうから、勢い喪服になってしまうのだ。
そこで今日も喪服だ。つまり、葬儀に出てきたのである。

伊丹十三の映画「お葬式」じゃないが、お葬式というのはどこか滑稽なところがある。滑稽なところがあるというのとはちょっと違って、滑稽が突如としてやってくるのだ。
向田邦子さんの「喪服の月旦」もそのような作品である。
これは葬式を揶揄してばかりいるのじゃなく、厳粛なものには多少の滑稽があっても良いというおおらかな温かさなのである。厳粛さと滑稽さ、そのいずれもが一人の人間の臨終にこそ交錯するものなのかも知れない。
向田さんの父が息を引き取ったとき、咄嗟に母が豆絞りをお顔にのせたという話はどこか滑稽だけど笑えない。

ココログの過去の記事にこんなのがあります。

 向田邦子さんに“喪服の月旦”というのがあり、月旦とはなにかと不思議に思っていたら、なんのことはない“品定め”だった。“喪服の月旦”、つまり葬儀で集まった縁者達の喪服の容姿に対して“品定め”するのだ。厳粛な場においてでも喪服姿は気にかかるのである。
 そもそも喪服とは誰が身につけても美しく映るらしい。葬儀という厳粛な場にあって、そして悲しみにくれる哀切な感情を包み込み、すべての方、とくにご婦人の喪服姿はかなり美しく映える。
( 2005.04.17『わたしたちは春の中で』より )

「喪服の月旦」は向田さんの力作である。
勿論、今日の葬儀で喪服の月旦などしていたわけじゃない。
ただ、どうも葬儀に出るとこの「喪服の月旦」を思い出してならないのだ。
不謹慎と思われるかも知れないが、どうか大目に見てやって欲しい。

今日の葬儀は、わたくしの課にいる青年の父親のものだった。享年85。
若い頃にいろいろ発明に凝ったりし、アコーデオンなんかも奏でたらしい。
苦しむこともなく、やわらかく息を引き取ったようである。合掌。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.12.17

銀の龍の背に乗って

Dr.コトー診療所。 いよいよ今週が最終話。
彩佳の手術は成功するのだろうか。ハラハラ、ドキドキ。

もう、こうなったらフジテレビから引用しちゃいます。(笑)

 彩佳(柴咲コウ)の手術を目前に、コトー(吉岡秀隆)は彩佳の主治医・鳴海(堺雅人)から「会わせたい人がいる」と呼び出された。そこで鳴海はコトーにひとつの助言をする。それを重く受け止めながら、しかし何かを思い言葉が出ないコトー。
 そして彩佳の手術の日。島では、重雄(泉谷しげる)らが漁協で、原(時任三郎)は茉莉子(大塚寧々)の店で、そして診療所には島民たちが、みな彩佳を心配し、誰とはなしに集まってきていた。病室では彩佳がコトーに、胸の再建手術をしないでほしいと頼んだ。その理由は…。
 手術が始まった。しかし、コトーの様子がいつもと違う。冷静さを失い、手が震え、看護師に声を荒げる…。鳴海は見かねて声をかけるが、それも届かず…?!
(フジテレビ『Dr.コトー診療所2006』より)

テーマ曲となってる「銀の龍の背に乗って」が実に効果的。
やはり視聴率がよいのでしょうか、中島の曲ではiTunes storeでダントツに売れています。
どうぞ、しばしお耳をお貸し下さい。
どうです、南の島のゆったりした風景が目に浮かぶでしょう?

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2006.12.16

週末の午後

Cure_jazz

ジャケットも素敵だけど、演奏もボーカルもなかなかです。
やはり週末というのはこの手のジャズにかぎる。
ちょっと疲れてるときなんかは特にね、グッと沁みるものがある。
VOXの方でも同じことを書いたばかり。
やはり疲れているようだ。(笑)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.12.15

師走のマフラー

Photo_12

北国の育ちだからマフラーなど必要ない。
そう思っていたが、なんだか最近やたらと他人のマフラー姿が気になってならない。特に電車内で目に入るマフラー族、これがなかなか良い感じなので観察している。
そんなわけで勢い、マフラーを買ってしまった。(笑)

その巻き方というか結び方だが、これはいろいろあるようだ。
元は船乗りだから、ロープの結び方はいろいろ識っている。
引けば引くほどきつく結ばれるボーライン・ノットなんてのは基本中の基本で、これだけ識っていれば船乗りなんて合格だ。(笑)
クラブ・ヒッチってのもあったな。
ただ、ボーライン・ノットやクラブ・ヒッチが出来るからといって、マフラーが上手く結べるとは限らない。むしろその逆で、こんなものを識っていちゃ首を吊ってしまいかねない。マフラーに関してはなんにも役に立たないのである。(笑)

女性は美しい。マフラーを上手に結んでいる女性は美しい。
厳密に言うと、マフラーを上手に結んでいる女性は美しく見える。(笑)
折角マフラーを買ったのだから、ここは上手に巻いてみようと思いネットを徘徊してみたが、これが複雑怪奇、こんなややこしい結び方など出来るわけがない。
そもそも男子のマフラー巻き指南のサイトってあまり無く、女性ばかりではないか。大分前にヨン様巻きなんてのが流行ったようだが、今はどうなってるのだろう。まあ、あれは似合いそうもないから当然パスだけど。(汗)

とにかく、女性は化粧にしろ、七つ道具を駆使して難しいことを簡単にこなしてしまう。
美しく装うためには一心不乱、言語道断、前後不覚、起死回生なんでもやってしまうのである。
昔、健さんこと高倉健が首からだらりと、マフラーを結ぶなんてことはせず、たださげただけの映画を観た記憶がある。これがなんとも格好良かった。
マフラーの結び方なんて難しいので、すでに早々とギブアップしてしまい、健さん流のさらりと垂らしたスタイルで行こうと決めた。これじゃマフラーの効果がないじゃないかとご指摘される向きもあるかと思うが、面倒くさくないのが一番なのである。
わたしはこれを「ヤクザ巻き」と呼んでいる。黒のコートにエンジのマフラーである。

マフラーに師走の風やヤクザ巻き    信天翁

これで梅田や神戸の街を闊歩するのだ。
この怪しい男を見かけられた方、決してお声など掛けませぬように。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.12

宝塚スターカレンダー

Takarazuka

神戸に震災があった年、転勤で宝塚にやってきた。
やってきたというよりは、与えられた住まいが宝塚だった。
ここには宝塚歌劇場があって、そして阪神競馬場なんかもあって、住むにはもってこいの処だった。
宝塚市役所に行って住民登録をし、晴れて宝塚市民になったとき、何故か頭の中では宝塚スターのことばかりを思っていた。市民になった以上は一度は歌劇を観に行かなくてはならない、そんなどこか義務にも似た思いがしたのである。

そんな思いはすぐに実現した。
ひょんなことからチケットが手に入ったのだ。叩けよさらば開かれんである。
本来、雪組や月組や花組といった公演のチケットはファンクラブが独占しているから、そんなには簡単に手に入らない。
そんな事情もあって、入手したチケットはスター公演のものではなく、スターの卵、つまり宝塚音楽学校の生徒が卒業記念に公演する、まがい物といっていいのか、いわばホンモノではなかったのだ。ヌカ喜びだったのである。(笑)

そんなことはどうでもいいのである。
すみれの花咲く通りを歩き、そして女たちの花園である歌劇場に入り、ついでにといってはなんだが、トイレまで使用させていただいたのだ。宝塚歌劇場とはいえ、男子トイレだって立派に在るのだ。それを知っただけで充分だ。
上気していてなにがなんだかすっかり忘れてしまったが、赤系で統一された花園はなんともうっとりするものだった。
記憶にあることといえば、女子ばかりが溢れかえるようにいっぱいで、男子は数える程度だったということだろうか。
そんな恥ずかしい思いも、宝塚市民だということでなんとなく説得力があり、かろうじて沽券を保ったものである。

そんな話を酒のつまみでいいふらすものだから、いつのまにやらヅカファンにさせられてしまった。
そんなわけで酒飲み仲間から、
「今年のカレンダーです」
って届いたのが上の写真です。
何組に誰がいるかなんて解るはずもないけど、美しいカレンダーはやはりそれなりに素敵だ。
その年、雪、花、月、星に加えて、新たに宙(そら)が誕生したのだけははっきり憶えている。
そしてその宙組の初代トップが和央ようか姿月あさとである。
うむ、ここまで知っているということは・・・。
自信がないけど、意外とヅカファンなのだろうか。(爆)

続きを読む "宝塚スターカレンダー"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.12.11

牡蠣の小鍋だて

Baian_1

毎日新聞「余録」から。
季節柄、池波正太郎の鍋に関して紹介している。
『梅安晦日蕎麦』の一シーンとしてこう記している。

 とっぷりと暮れてから梅安と彦次郎は、居間の長火鉢に土鍋をかけ、これに出汁を張った。
 笊(ざる)に大根を千六本に刻んだのを山盛りにし、別の笊には浅蜊の剥き身が入っている。
(「梅安料理ごよみ」講談社文庫)

うむ、旨そうだ。
とはいっても、ただの大根に浅蜊である。
これをどう食うかというと、池波先生はこう続ける。

 鍋の出汁が煮えてくると、梅安は大根の千六本を手づかみで入れ、浅蜊も入れた。
 刻んだ大根は、すぐさま煮えあがる。それを浅蜊とともに引き上げて小皿へとり、七色蕃椒(なないろとうがらし)を振って、二人とも、汁といっしょにふうふういいながら口へはこんだ。
「うめえね、梅安さん」
(「梅安料理ごよみ」講談社文庫)

小鍋だて。
やはり、旨そうなのだ。
梅安と彦次郎は、これで燗酒なんかをグッと煽るに違いない。判ってる。そんなことくらい判ってる。
千六本は手づかみで、浅蜊は一気に入れるにかぎる。小皿に盛ったらとうがらしだ。こんなことくらい、やはり判ってる。

「余録」氏はこの後、ごくりと生唾を飲み込み、そしてじっと耐え、最近の大根や白菜やキャベツの獲れすぎを嘆いた生産者が、トラクターで圧し潰すさまを紹介してこの世を憂れいておられるのだ。
野菜が獲れすぎだといって生産者が廃棄する、この情けないさまを『梅安晦日蕎麦』に引っ掛けるところが見事だ。天晴れ「余録」。

帰宅して冷蔵庫を開ける。
中には白菜と牡蠣が入っている。
小さな一人用の土鍋に出汁を張り、沸騰したところで刻んだ白菜を手づかみで放り込む。頃合いを見計らって牡蠣も入れてやる。
煮えあがったところでそれを小皿に盛り、柚子ポンを軽くサッとかけ、そして一味唐辛子を振ってやる。
それをふうふういって口にはこび、グラスのビールを一息に流し込んだ。
旨い。実に旨い。お見事。
「うめえね、梅安さん」
と言いたいところだけど、梅安はおろか、猫一匹居りゃしない。
そうなのだ、カミさんは昼に帰ってしまったのだ。

「うめえね、梅安さん」
もいいが、ひとりで食う小鍋だても悪くない。
ええ、単なる空威張りですよ、空威張り。
人恋しと泣け十二月だ。合掌。

続きを読む "牡蠣の小鍋だて"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.12.09

神戸ルミナリエ2006

降り注ぐ光、神戸ルミナリエ2006が始まりました。
阪神大震災の犠牲者の鎮魂と復興への願い、今年で12回目になります。
思えば瓦礫に埋まる神戸の街に赴任してきたのが震災の年の4月でした。
ここまで復興するとは思っても見なかったけど、神戸はすっかり元気です。
ガレリア(光の回廊)にスパッリエーラ(光の壁掛け)をご覧下さい。

Photo_4

昨年と似ていなくもないけど、微妙なところに変化があるらしい。
左のビルからの部屋の灯り、これがちょっと邪魔というか・・・。

Photo_5

あまり良くない画像ですね。
別に手を加えた訳じゃないけど、なんか写真というよりは絵のようだ。

Photo_6

この写真も同様にあまり良くない。
まあ、気分だけでもお楽しみ下さい。(泣)

Photo_7

これは東遊園地のスパッリエーラ(光の壁掛け)。
ここはガレリア(光の回廊)を抜けてくると、ワッと現れます。
光の明るさが、なんともいえないくらいに美しい広場です。

Photo_8

同じくスパッリエーラ(光の壁掛け)です。
人がたくさん集まって、まさに遊園地そのものでした。

Photo_9

これはメリーゴーランドではありません。
小さな願いの鐘がたくさんつり下がっていて、それに向けてお金を投げ入れ、募金と伴に願を掛けます。
チリ~ン、チリ~ンとやさしい鐘の音が広場に流れ、子供達は大はしゃぎだった。

Photo_10

まるで大聖堂のようなスパッリエーラ。
ここの広場には延々と、止むことなくミサ曲が流れていました。

Photo_11

同じような写真ばかりで恐縮です。これでお終い。
今年も無事ルミナリエが終わりますように。アーメン。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006.12.07

ワンダーランド・ファンタジア

むか~し、むかしの中学生の頃の話。
受験勉強に励みながら、しっかり深夜放送を聴いていた。
オールナイト・ニッポンや城達也の“ジェットストリーム”なんかと伴に、お気に入りだったのが“ABCヤングリクエスト”だった。

このヤンリクは大阪のABC放送のものだが、深夜帯になると電波の入りがいいというか、北海道の田舎にまで微かながら届いていたのだ。
この時間帯になると、僕は親爺に買って貰ったトランジスタラジオと懸命に格闘し、弱々しく頼りないABCの電波を拾うのが日課だった。

リクエストはがきを出すなんてことはしなかったが、大阪から流れてくる関西弁とそれに乗った軽妙なジョークは僕をわくわくさせた。漠然とだけど、いつかはきっと大阪に出るだろうなと思って、胸はさらにわくわくしたのを記憶している。
リクエスト曲がかかり、お笑いがあり、そしてその合間にお決まりのCMが流れる。
このCMが、何度も何度も軽快な音楽と伴に流れてくるものだから、僕は諳(そら)で歌えるようになってしまったものさえある。
『天神橋筋五丁目、仲庭時計店』。
それが諳で歌えるようになったCMのお店である。

神戸、大阪とかれこれ勤務が三年にもなり、なに気なく歩いていると、ふとこの仲庭時計店の歌を口ずさんでる自分がいる。
仲庭時計店は天神橋筋五丁目だから、僕の勤務している地下鉄駅からはそんなに遠くない。
帰宅時に、いつも乗り換える東梅田をやり過ごした二つ目の駅が天神橋筋六丁目だから、そこから歩くとすぐである。いつかは行ってみたいと思いながらも延び延びになっている。

Googleで検索してみたらお店は今なお健在だった。
勿論、検索ワードは「天神橋筋五丁目 時計店」である。
実は仲庭時計店をヤマギワ時計店と勘違いし、「天神橋筋五丁目 ヤマギワ時計店」で検索したら該当無しと無惨にもハネられてしまったのだ。
歳月の流れとは恐ろしいものだ。仲庭がいつのまにやらヤマギワになっているのである。

今度一度、時間を作って仲庭時計店を訪問してみようと思っている。
そこにたどり着いたら、少年の頃の自分に会えるだろうか。
天神橋筋五丁目、仲庭時計店。いつまでも健在であって欲しい、そして涙の出るほど懐かしいかつての恋人のようなものなのである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.12.03

広島行

Seto

広島へは初めて行きました。
瀬戸内海は船で何度となく通っているけど、島がほんとうに綺麗なところです。夕日だったらよかったけど、生憎お昼真っ盛りの陽光です。
安芸の宮島に向かう船上から。

Torii

宮島の鳥居。
潮が満ちていて、なんかあまり好くない。(笑)
さらに背景が厳島神社じゃないから、なんとなく画になってない。
まあ、記念にということで。(汗)

Syaden

厳島神社の社殿。やはり風格があります。
全国にある厳島神社はここからその名を貰っているのでしょうね。
良いことがあるように、二礼二拍手一礼、お参りしました。

Syaden2

社殿のおまけです。
おまけなんていったら罰が当たるだろうか。
まあいいや。(笑)

Hanayome

偶然に遭遇した瀬戸の花嫁さん。
厳島神社で式を挙げたのでしょうか、たいへんお綺麗でした。
ここでだったらもう一度式を挙げてもよいと思った。(笑)
いつまでもお幸せに。(拝)

Bansyaku

もう一度嫁さんを貰うわけにもいかないから、自棄になって晩酌セットで一杯です。この他にも牡蠣酢とかいろいろ牡蠣づくしでした。
やはり広島の牡蠣は小ぶりでプックリしていて美味かった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.11.27

氷点

407229286909_aa240_sclzzzzzzz_

昨日、数十年振りに二夜連続のTVドラマ「氷点」を観ました。
この「氷点」、中学生だったか高校生だったかの頃、涙して読んだものです。朝日新聞の懸賞小説で、確か賞金は当時としては破格の1000万だったと記憶していますが、三浦綾子さんの衝撃的デビューだったわけです。
その後すぐにTVドラマだったか映画になって、夏江を演じた新珠三千代さんの“鬼婆”振りが強烈で、世間をあっという間に敵に回してしまったのが印象的だった。というのも、新珠さんはそれまで、やさしい母親役というか山の手のご婦人といった役柄が多かったから。それがいじめ女の権化みたいな“鬼婆”ですからね、衝撃的でした。(笑)
「人は生まれながらにして罪を背負っている」
この全編を流れる一貫したイエスの教えはたしかに胸を打ったけど、陽子を演じた内藤洋子、このいじらしさがたまらなかった。
兄の徹と北原の確執にもハラハラドキドキさせられたものです。

懺悔。
一度だけ女を泣かせたことがあります。
ちょうどこの「氷点」が全盛の頃。
彼女はS高校の内藤洋子といわれた可愛い子でした。ミスS高。
文通、今じゃ懐かしい言葉だけど、他人の名をかたって手紙を出したやつがいて、返信がないのでミスS高は下校時に僕を待ち伏せして、どうして返事をくれないのか責めたのです。
いや、責めたのは彼女を三歩後ろに置いて、堂々と僕の前に立ちはだかった別の女学生だった。
僕は懸命に説明する。僕に非のないことを説明する。
堂々と立ちはだかる女学生の三歩後ろで、ミスS高の“陽子”は泣いていた。ただそれだけのことです。
その後、S高の男子生徒の間で僕はかなり有名になったそうです。
「報復だ!」「殴れ!」「血祭りだ!」
「氷点」の二文字を見ると、今でも彼女のセーラー服姿が思い出されてならない。

うむ、酔ってる。
こんなこと平気で書けるのは酔ってるからだ。
いや、歳を取ったからだな、きっと。
罪深きは汝の自惚れ。馬鹿みたい。
こんなことじゃ禄な死に方はしないな、多分。支離滅裂。
やはり今日は飲み過ぎたのかも知れない。平に御容赦。
「氷点」は泣ける。合掌。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.11.23

カーテン

Myhome

僕の今住んでいるマンションのベランダは南側で、海に面している。
海の一部が入り込んでいるというか運河のようになっていて、それだからすぐ下を見ると岸壁のようであって、つまり岸壁のすぐ側にマンションがある、そんなふうになっている。
この岸壁のような桟橋のような造りの歩道らしき道路は摩耶埠頭の方まで数キロつづいていて、いざ災害となったとき、物資や災害に遭った人たちを大量に輸送できる、そんな狙いもあるのかも知れない。
神戸市は震災後、いろいろと勉強をしているのである。

朝になると、この南側に面したベランダから大量に朝日が射し込む。
この傍若無人な朝日の雪崩込みで否応なく目が覚める。毎朝そうやって起きることになるのだけど、朝には滅法弱いので、目覚まし時計も忘れない。ただ、朝日の方が目覚ましよりはかなり効果的であることは確かだ。
レースのカーテンの他に厚い生地のカーテン、これは日の遮断、室内の灯り洩れを100%カットしてくれるのだが、これもあるにはあるが、使用することは滅多にない。つまり夜だって向かいは海と倉庫があるだけで、その海の上を湾岸高速が走っているだけだから人を気にすることはないというか、パンツ一丁でもへっちゃらなのである。(笑)

最近、どういう気まぐれか、夜になるとその厚い生地のカーテンを引いている。別に怪しいことをしているわけはないが、このカーテンの色がクリーム色なので、照明によってより明るく室内が映えることに気がついたのだ。
ただこのカーテン、良いことばかりではなかった。
朝になっても日がまったく入らない。まるで深夜のように真っ暗。気のせいか、外部の音まで遮音しているようで、室内は深と静まりかえったままなのだ。
けたたましく目覚まし時計が鳴る。それを止める。室内は真っ暗。
さっと飛び起きるなんて芸当は出来ないたちだから、それからもしばらくはうたた寝をする。気がつけばすでに所定の時間をオーバーしている。それからは戦争だ。
顔にシャボンをぶちまけ、歯ブラシを口に突っ込み、トースターにパンを放り込み、牛乳をグラスにジャボジャボと注ぎ、ジャムをベタベタ塗ったくって、そしてネクタイで首を吊っているのだ。そこまで健闘したところで、勿論遅刻である。

毎日、家を出る前になるとカミさんから電話が入る。決まった時間きっかりに。
生きているか、外泊などというふしだらな生活をしていないか探りを入れてくるのだ。
カーテンが原因で遅刻を数回やらかしたことを報告すると、ますます勢いづいて、時間を早めて連絡してくるようになった。カーテンもそうだが、電話の頻度が増えるというのもこれには頭を抱える。如何ともしがたい、由々しき事態なのだ。
もともと彼女が買ったカーテンだから、今になって考えてみると、見事にその術中に嵌ったということになる。
恨めしきはカーテンなのである。

そのカミさんが昨日やって来た。
魚屋でおろしたばかりだというヒラメの刺身、ホタテは貝つきのままで持ってきて、すぐに刺身にしてくれた。
その他にもタラバガニやら鮭やら自家栽培の野菜まで持ち込み、海に面した静かな我が家は急に朝市のようになってしまった。
彼女はクリーム色のカーテンを引き、
「やはりいい色だったわね」
などと呑気なことを言う。
そのあとも函館空港が吹雪でひどかったとか、機内の寒さはなかったとか、隣の若い女性は毛布にくるまって可哀相だったとか、矢継ぎ早にいろいろな話をしていた。
ヒラメにホタテ。やはり故郷の味というのはいいものだ。
カミさんの話よりはヒラメにホタテだ。今日のビールは琥珀のエビス。
大盤振る舞い。これで温泉がついていたらいうことなし。
ヒラメの刺身が抜群に旨かった、という報告まで。

続きを読む "カーテン"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.11.19

枯れ葉

Kareha_1

♪枯れ葉散る 夕暮れは

夕暮れではなく、今朝、起きがけに撮った近所の歩道です。
何の変哲もない歩道だけど、やがて来る冬の寒さを物語る。

寒いので外へは出ない。
TVでは、東京国際女子マラソン。
高橋尚子と土佐礼子がトップ争いのデッドヒート。
いや、まだ30kmだからデッドヒートとはいえないな。
さて、今年の晩秋を征するのは果たしてどちらか。

♪猫は炬燵で丸くなる

まだ炬燵は出してない。
出してないけど、猫は炬燵で丸くなるのだ。(笑)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.11.18

馬鹿みたいな話

今朝、朝刊を読んでいて目についた記事、笑いました。
何故笑ってしまったのか、それは過去にブログに書いた記事を思い出してしまったからだ。吹き出さずに入られなかった。
ただこの市長さん、いたって本気なのだろう。アホとバカじゃ、使い方によっては関西ではこうして訴えられることだってあるのだ。
短い記事であり、それより何より面白いので全文引用掲載。
(下線は信天翁)


彦根市長が新潮社提訴 記事で「バカ市長」は名誉毀損と


 滋賀県彦根市の獅山向洋(ししやま・こうよう)市長は17日、飲酒運転をした職員の処分に関連して「事故や検問で摘発されても上司への報告義務はない」とした自らの発言を週刊新潮が取り上げ、「彦根のバカ市長」と題した記事を掲載したのは名誉棄損にあたるとして、出版社の新潮社(東京)に対し、2200万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴えを大津地裁に起こした。

 弁護士でもある獅山市長は10月、法律家の観点から、「自己に不利益な供述を強要されない」と定めた憲法38条を根拠に上司への報告義務を否定した。同市には17日までにメールや電話で約230件の抗議があった。

 週刊新潮は11月9日号の記事で、市長発言を「歯に衣(きぬ)着せぬ『バカ発言』」などと書いた。訴状のなかで、獅山市長は「関西人は『バカ』は『アホ』より強い非難と受け取る。名誉棄損の程度は著しい」などと主張している。

 新潮社は「訴状が届いていないのでコメントできない」としている。
(asahi.comより引用)

馬鹿みたいな話だといってしまえばそれまでだけど・・・。
そこで私の書いた「アホと馬鹿」はここにあります。
なんといいますかこの訴状、その場でバタンと倒れてしまい、そこにはやはりヒューと流れる木枯らしの擬音が相応しい。(笑)

滋賀県というと、最近、少なからず仕事でご縁がある。
滋賀県は、「Mother Lake、琵琶湖をあずかっています」という謙虚な姿勢がいいのだけど、この謙虚な姿勢はときに激しさを伴ったりする。嘉田由紀子さんが知事になってからその勢いたるやすさまじく、栗東市に建設中だった新幹線新駅を凍結してしまった。
県面積の1/6を占める琵琶湖の環境問題でも大鉈を振り回そうとしている。
詳しくは書かないが、ボートやウインドサーフィンやキャンプ目的で他府県からこぞって琵琶湖にやってきて、ゴミ散らかし放題、騒音まき散らし放題、結果、琵琶湖の環境は悪化し、滋賀県は泣いているというのがその根底にある。
滋賀県を舐めてはいけない、ここはいつだって笑っている近江商人だけではないのだ。いまや滋賀県はものいう県なのだ。

そういった勢いがこの彦根市長にもあるわけでもないのだろうが、新潮社は焦ったことだろう。
憲法38条の論議をさしおいて、
『「関西人は『バカ』は『アホ』より強い非難と受け取る。名誉棄損の程度は著しい』
などといった予想を遙かに超えたところで訴えられたわけだから。

つまり、「彦根のアホ市長」と言っときゃ提訴など無かったと思われるが、これもアホな話というか、バカな話なのではある。
いずれにしても、アホとバカの持つ意味について、これを機会に関東方面の方もバカバカしいと思わず是非ご一考を。(笑)
アホでもバカでも、それがアホな提訴でもバカな提訴で、考えることがアホらしくてもバカらしくても、もうどうでもアホらしくてもバカらしくても、滋賀県からは当分目が離せないな。(笑)
馬鹿馬鹿しい話にお付き合いいただき、ありがとうございます。(謝)

続きを読む "馬鹿みたいな話"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.11.12

エリザベスとクリームシチュー

Hokkaido

「今日は生憎の曇天」と打ちたくてキーを叩いたら、
「京は生憎の曇天」と変換されて出てきた。おそるべし、ATOK。(笑)
「今日」でも「京」でもいいのだけど、今日、京でエリザベス女王杯がある。
なんか出だしからややこしいけど、女の戦いだから参戦してみることにする。

師匠である黒鉄ヒロシ先生ことマガリ山博士は、秋華賞を勝ったカワカミプリンセスよりは、キッス&キスのキッスの方、アドマイヤキッスをご指名のようであります。
わたくしはといえば、勿論マガリ山博士に異を唱えるつもりなど毛頭なく、キッスは買います。これも妙な表現だなあ、キッスを買うだなんて。(汗)
それよりは、昨年のこのエリザベス勝者である、お姉さんのスイープトウショウ、彼女は捨てられません。彼女を捨てない、これも妙な表現になっちゃいましたが、ここはやはりお姉さんの力を信じることにいたします。
スイープトウショウから、
アドマイヤキッス、
カワカミプリンセス、
ディアデラノビア
へです。

さてクリームシチューです。
北海道シチュー「クリーム」、作ってみました。
昨日スーパーで野菜を買ってきてたので、ジャガイモの皮を剥き、タマネギ、ニンジンを切り、鍋にほうりこんでグツグツやり、北海道シチュー「クリーム」を溶かすだけ、簡単なものです。(笑)
後で気がついたのだけど、肉、肉がない。馬鹿。馬鹿馬鹿、イワンの馬鹿。
そこでカミさんが送ってくれた「函館カールレイモンのSAUSAGE」、これは「レモン&パセリウインナー」なんだけど、これを使うことにした。ちょっとレモン味がきついんだけど、まあいいや、食えないこともないだろう。(笑)
結果は上出来。緒方直人が、TVコマーシャルで女性とハイタッチするシーンがあるけど、残念ながらひとりなのでそれも出来ない。まあ、シチューをひとりで作って食うってのも哀しいものではありますが・・・。金輪際止めます。キッパリ...。

このシチュー、具材が偶然にも北海道産のものばかりでした。
ジャガイモ然り、ニンジン、タマネギ然り。そこに入れる牛乳然り。偶然とはいえ、北海道産のもので出来たせいか旨かった。ただ、煮込みすぎて、メークインだというのに、ジャガイモがすっかり姿を消しておりました。シチューを作りながらのブログ、これは止めましょうね。(笑)
これで雪でも降りゃ文句なしなんだけど・・・。

こちらも随分寒くなりました。
晩秋はいろいろなことを考えて気が滅入る。
どなたさまもお風邪など召さぬよう。

続きを読む "エリザベスとクリームシチュー"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.11.11

美人と飲んでこその酒である

Photo_3

昨夜、神戸の朝日会館の前で「灘の酒フェス」が開かれていた。
神戸の同僚が気を利かせて待っていてくれた。
300円を払って、つまみの乾きものの入った袋とお酒入りプラスチックグラスを三ついただく。
偶然にもお隣には美人姉妹が・・・。
右の方が妹さんだというが、私の見方は逆だ。(笑)
隣でニヤけているのはI君、私ではありませんので念のため。

その妹さんだが、このすぐ側でお料理教室を開いているという。
単身者が簡単に作れるものはありますかと言う問いに、
「それは勿論あります」
と言って応じてくれた。
うむ、これは通うべきかなあ。(笑)

結局、灘のお酒をガンガンやって盛り上がった。
いや、盛り上がったのはこちらだけかも知れない。
お陰で翌日というか今日、12時間寝てしまった。
美人には滅法弱いもので・・・。
また会う日まで。(祈)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.11.06

11月だというのに

11_2電車に乗りました。
まだ11月だというのに、もうすでにクリスマスのポスターが吊られています。
夏だ、甲子園だ、花火大会だ、秋の雲だと言ってる内に、すでに年末ということか。
まだまだやりたりないことがあるというのに、まったく速いものです。

写真は昨年末の神戸ルミナリエ。
今年は見られないかなと思っていたら、この分だと大丈夫そう。
来年は確実に無理そうです。

神戸市中央区信天翁商店も、いよいよ閉店。
さて、今度はどこに住まうことになるのか。
漂流記録がいつまで続くものやら。
今年の神戸ルミナリエ、雪でも降らないかなあ。(笑)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006.11.05

iTubeなるもの

Itube

You Tubeの映像、これをなんとかiPodに取り込めないものかと思っていたら、ありました。
それがiTubeなるものです。これはほんと、最高に素敵です。
ここのサイトさんにダウンロードから、使い方まで書かれています。

早速、ここで紹介したビデオを取り込んでみました。
取り込まれた図が上にある画像です。
操作がいたって簡単というところがいいですね。
iPodで観た感じでは、iTunes Storeで購入したものと画像に遜色はありません。「宙船(そらふね)」も「U2's Vertigo」も「最後の10完歩」も最高にご機嫌です。
やはりiPod 80Gにしてよかった。
みなさんも一度お試しあれ。


ウェーブミュージックシステム

続きを読む "iTubeなるもの"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.11.04

京都、嵯峨野を行く

美しいタイトルですが、人の波に押し倒されそうでした。
「京都、行こ!」が大失敗だったわけです。
いつだって人が多いというのに、連休の今日はさらに凄かった。
午後の2時になっても飯が食えない。(笑)
どこのレストランも食堂も長蛇の列。やってらんない。
仕方がないので、「嵐山羅漢」をパチリ。さすがに人は写っていない。(笑)

Rakan

そこから人混みを避けて小路へ入る。
綺麗に手入れされた竹林があるんだけど、ここも人で溢れている。
なんというか、大阪梅田の混雑ぶりによく似ている。
ここでも仕方がないので、人が写らないように「竹」をパチリ。

Take

100枚ほど撮った写真、その大半が人ばかり写っていて役に立ちません。
これじゃ京都へ行ったのかどうか判らないので、最後にそれらしいのを。
疲れて倒れそうなのをこらえて撮った知恩院です。
これだって知恩院かどうか怪しいものだ。(笑)

Chionin

収穫は「嵐山羅漢」に「竹」に「知恩院」か~。
まるで謎々の世界だな。京都の迷宮ともいう。
散々な京都旅行でした。ここに幸あれ。バタン...。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.11.03

京都、行こ!

Kyoto

久しぶりに旅人になる。
とは言っても出張で東京へ行ってきただけ。
慌ただしかった。疲れた。他には何もない。

東京メトロ。
車内で聞かれる客たちの会話。
関西の優しい言葉に慣れると、ときどきドキッとしてしまう。
なんていうか、乱暴できつい感じがするのだ。
普段の生活の中で、不意に聞こえてくる音というか、会話だって音だから、その音が急に変わって押し寄せてくると、そこばかりが気になってしょうがないというか、啄木のじっと己が手を見るじゃないけど、じっと目を閉じてしまうのである。面白いものです。
ただ、乗客のマナーというか、これは関西よりいいような気がする。
堂々としている。慌てた様子がない。
阪神に乗り慣れてる身としては、己が手をじっと見るなのである。(笑)

昼を過ぎた頃神戸に着く。
地下街の居酒屋風レストランで昼飯。
カキフライをつまんでビールを飲んでいると、お隣の年輩アベックがなにやら理由(わけ)ありな話をしている。
女性が聞き慣れない関東弁。
すでに、関東弁に敏感になっている私の耳は誤魔化せないのだ。(笑)
お二人はすでにお銚子を2本ほど空にしていた。
男はやわらかい関西弁でさらにお酒を注文する。
店員のおばちゃんが持ってきた酒は“久保田の万寿”だった。
この酒はめっぽう高いので、理由(わけ)ありなときにしか男は注文しないものだ。それが男のルールというものだ。(笑)
連休、東京と神戸で久しぶりにお逢いになっているのだろう。
なんとも羨ましいというか、こちらも万寿を注文したかったけど、味噌汁で飯をかき込んでいた後ではすでに遅し、勝手にしやがれなのである。ランボウナ、カントウベンダ。(笑)

帰りの新幹線は混雑していて、通路にまで客がはみ出している始末。
その客たちの大半が京都でドッと降りて行った。
つわものどもが夢のあと。
つわものと呼べるかどうかは判らないが、あっという間に車内はガラガラなのである。
「いい日旅立ち・西へ」なのである。
理由(わけ)ありな予定なんかないけど、明日あたり、
「京都、行こ!」
これだな。
座禅でも組んで雑念を払ってくることにしよう。
南無阿弥陀仏。(爆)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.28

VOXブログというやつ

Voxblog

SHINOblogさんとこで紹介されていたVOXブログ、早速挑戦してみました。
これ、http://ahoudori.vox.com/ です。
なんかよく解らないけど、こんなものが出来ました。
デザインも結構豊富に用意されていて、画面が綺麗なのは気のせいか。

mixiのように、SNSの要素も取り入れられているので、その筋がお好きな方には重宝するかも知れませんね。
いずれにしても、まだブログをお持ちでない方は、これを機会にいかがでしょうか。
ここ、GIGAZINEさんのブログに、丁寧にお試し方法が書かれています。
「信天翁の漂流記録2nd stage」なんてサブコメつけましたが、果たしてこれから更新が頻繁に行われるのかいささか心配ではあります。(笑)
無理かな。無理かも。無理だ。(爆)

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006.10.23

FLOQというらしい

なにやら偶然見つけてしまったFLOQ。
サイドバーに飾ってみました。
なんでしょうかね、これ。セットした本人にもよく解りません。(笑)
適当にガサゴソと慌ただしく設定してみました。
ただPodcastね、これ面白いような気がしないでもないんだけど。。。
色んなものが出てきて、そしてどんどん重たくなってゆくなあ。
モノノアワレ。
そのうち沈没したりして。南無阿弥陀仏。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.19

松下村塾

無論、吉田松陰の学校である。
明治維新を興し、明治政府の立て役者は大抵が松下村塾の出であったり、多かれ少なかれその影響を受けている。
長州藩、後の山口県だが、ここの人たちは今でも松陰に対する思い入れは激しい。つまり、徳川を倒し、今の日本を作ったのは松陰の教えによる長州人なんだと意気盛んなのである。
この方達と話をしていると、どうも調子が合わない。酒が不味くなる。(笑)

昨日、神戸で同僚と夕飯を食った。
おでんとめざしといわし畳みなどをアテに飲んでいると、ちょうど向かいの席から賑やかな、それでいてお声のちょっと掠れた年輩の方々の会話が耳に入ってきた。
5人組のご老人達で、おひとりはご婦人だった。
みな70歳は遙かに超えているようだった。
このおばあちゃんが、かくしゃくとして元気がいいのである。
どうも、しばらく振りに会った感じの会話で、そんな浮き浮きした朗らかさも微笑ましいものだった。
ご婦人というのは、お歳を召してもこうでなくてはいけない。
男4人に囲まれれば、それはそれで華なのである。

そのおばあちゃんの最後に言い放った言葉、これが圧巻だった。
「だから松陰なのよ。吉田松陰でなくてはいけないの!」
男達は、笑いながらも大きく頷く。まるで教師と子供のようだ。
「こんな世相、変えるのは長州人だけよ。解る?」
もうすでにお銚子が6本ほど横になっている。
たしかに今の日本はおかしい。どこかが狂っている。
長州人はともかくとして、
「松陰なのよ!」
と、威勢の良いおばあちゃんの声だけがやたらと耳に残った。
堕落した日本を変えなくちゃいけない、それには松陰魂が必要なのだ、おばあちゃんの論旨はこうなのだ。
今の総理が長州の血を引く人であるから、これから彼が変えて行くだろう、そんなことなんかも言いたかったのだろうか。
京都人にとって先の戦争が蛤御門の変であるとするなら、長州人にとっての先の戦争は間違いなく明治維新なのかも知れない。

ほどなくこの5人はテーブルにお金を並べ、ご婦人を除いて割り勘で勘定を済ませていた。
屈託のないおばあちゃんの笑い顔がなんともいえなかった。
席を立つ二人の長州男子は杖をお持ちになっていた。杖があろうが無かろうが、長州人は長州人なのだ、後ろ姿はそう語っているようだった。天晴れ!
仲良く通り過ぎてゆく5人を見送りながら、この地より西への転勤は遠慮したいなと思った。(笑)
まあ、行くはずもないけど・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.15

小説の一行目

Syousetu

今日は秋華賞ですね。
秋の3歳牝馬NO.1を決めるG1レース。
“赤いキッス”じゃないけど、Kissの名がつく彼女が2頭います。
キストゥヘブンにアドマイヤキッス。
アドマイヤキッスは現在1番人気。
これに対しキストゥヘブンは3番人気と健闘しています。
Kissの大サービス、ここはキッス&キスで行くべきでしょうか。(笑)

私の狙いはカワカミプリンセスです。
師匠すじにあたる黒鉄ヒロシ先生もそう言っておられます。
この彼女たちを合わせて買わせていただきます。
それと黒鉄師匠推薦の組み合わせも当然のことながら。
この師匠の推薦で当たったら、“赤いキッス”のipod nano、これを買ってもまだお釣りがきます。
どうか当たりますように。神頼み。二礼二拍手一礼。(笑)
どうせ“赤いキッス”のipod nano、カミさんに取られちゃうんだろうけど。

閑話休題。

上に紹介した本、本日の朝刊「話題の本棚」にありました。
表紙がシンプルというか、金が掛かっていないと言うか・・・。
この紹介文を読んだとき、どこかで見たことのあるような、そんな気がしたのですが、なんのことはない、ちょっと前に私も同じことをこのブログにエントリさせて貰っていたのでした。
短篇の妙」、これです。
「小説の一行目」、この紹介文はこうです。

 芥川賞・直木賞受賞作の一行目だけを抜き出した選集。「一行目以外の情報量を減らし、想像力だけで楽しんでいただくため」タイトルや作家名、発表年も巻末にまとめてある。
(朝日新聞「話題の本棚」より引用)

なんかよく似ていてビックリしました。
世の中、同じことを考えている方って多いんですね。
興味が湧いてきて読みたくなったのですが、まだAmazonでポチッとはしていません。(笑)
今日の秋華賞、これを当てて、“赤いキッス”のipod nanoを購入し、女房に取られた腹いせで、残りのお金で買おうと密かに目論んでおります。
とにかく秋華賞次第なのである。
どうか当たりますように。二礼二拍手一礼。コレバッカリ...。(爆)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.14

斬り捨て御免

 iTunes Store(Japan)

昨夜、ふらりと飲み屋に入った。
はじめてのお店で、女将さんらしいアラレちゃん風の、ちょっと漫才師の花子さんに似た女性がきびきびと立ちふるまっていた。動きにそつがない。
ちょっと立ち寄っただけだから、そんなに長居はしないで帰ったのだけど、お勘定になって、釣り銭の端数がでたので、
「とっておいてください」
と言ってお店を出ることにした。
端数は35円ばかり。微々たるもんである。
女将さんは出口まで来て、丁寧に頭を下げて見送ってくれた。
笑ってる顔は、やはり漫才師の花子さんにそっくりだった。
35円で花子さんの笑顔が見られたのだから、儲けもんだと思った。(笑)

釣り銭の端数が出たとき、お客の側で、関西と関東ではその扱いに違いがあるかも知れない。ふとそんなことを思ってみた。
関東ではこんなふうに、微々たる端数だったら、チップなんてほどの大袈裟なものではないが、
「とっておいてください」
なんて言うのが普通かも知れない。
それでは関西ではどうか。
いや、関西と言ってはいけない、大阪にしよう。大阪ではどうか。
大阪人はデパートでも一応値切ってみる。値札どおりには買わない。
今はそんなことはないのかも知れないが、以前はよくそういわれたものである。言うのはタダだから言ってみる。理に適ってるのである。(笑)
飲み屋さんの場合、特にそうなるのかも知れない。
多分、こうなる。
「この35円、まけといて」
「まけといて」とは、「負けといて」なのである。
つまり、35円程度なんだから「負けて」泣いてくれ、こうなるのだろう。
35円程度だから「とっておいてくれ」とは大違いなのだ。
「まけといて」
花子さんの笑い顔が、一瞬にして泣き顔に変わるのである。(笑)

35円程度の話。
算数で習った切り上げと切り捨てを思い出す。
この35円の場合「切り上げ」は、
「切って差し上げましょう」となり、
「切り捨て」は、
「斬り捨て御免」と言ってさっさと遁走し、まるで無慈悲なのである。
花子さんを泣かせてはいけない。
慈悲に勝る愛情はない。ナンノコッチャ...。(笑)
あなたは果たしてどちら?

二日酔い。
まだ頭がジンジンしていてすっきりしない。
花子さんのお店の後に寄ったところがいけなかった。
頭がこんな状態だと大阪人も大変な迷惑を被る。散々だ。
大阪の方、どうか殴らないでください。(謝)

続きを読む "斬り捨て御免"

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006.10.10

芸術の秋

P1010710

昨日撮ったものです。
体育の日だったので、神戸市内をちょっと歩いてみました。
ひょいと見上げた空、なんか妙な雲が・・・。
秋刀魚が食いたいと言うよりは、何かが起こる予兆かなと。
北朝鮮の核実験とは関係ありません。
そこでパチリ。
芸術の秋です。
まあ、こんな写真で喜んでいるなんてネ、アホです。(笑)
でも気に入っています。
酔って候。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.10.09

やはりiPodだね

Ipod_80gb

iPod 80GB、ご近所のY電器で落ちました。(笑)
ちょうど店内大改装、祝リニューアル特売ということで、どこよりも安かったと思います。
通常価格よりも10%程度offで、さらに10%のポイント還元があります。
これはもう迷いに迷っちゃいますよね。(笑)

今のところ初期不良もなくスムースに動作しております。
今までがiPod miniでしたから、この違いは相当なものです。
特に画面の美しさにはちょっと感動。バッテリー持ちも良くなったし。
音質もいくらか良くなったような、とこれは贔屓目です。(笑)

そこで初めての経験というやつで、iTunes store でミュージックビデオを購入してみました。
あまり気に入ったのがなかったけど、これをポチッとしてしまいました。

Tihiro

鬼束ちひろ『いい日旅立ち・西へ』。
鬼束、これどう読むんですか? “オニ”ではないよね。(汗)
こんなやつがミュージックビデオ買ったってしょうがないじゃないかと笑わないでください。
それほどミュージックビデオ曲が少ないということです、iTunes store。

でもこの鬼束ちひろの『いい日旅立ち・西へ』、けっこう好いと思います。
百恵さんをかなり勉強して臨んだのでしょうね、気に入ってます。また買おうかなあ。オイオイ。(汗)
iTunes store、まあ、これからなんとかなるでしょう、多分。(笑)
どうか、どちらさまも「いい日旅立ち」でありますように。(拝)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006.10.08

札幌と京都

「魅力度」札幌トップに
京都、好き嫌い激しく?

「なんでもランキング」、朝刊にある見出しです。
今朝の朝日新聞からですが、最近こればっかりのような・・・。(苦笑)
兵庫の地方版のようなので、asahi.comには無いようです。
簡単にいうと、全国779市について、認知度や魅力度、観光経験などを消費者2万4536人に尋ねた結果が載っています。
その内の魅力度ですね、これを上げているわけです。
「とても魅力的」から「全く魅力的でない」までを5段階にポイント化しており、結果はこうなります。

1.札幌  60.5点
2.神戸  58.0
3.函館  57.6
3.横浜  57.6
5.京都  56.3
6.富良野 55.4
7.小樽  54.6
8.鎌倉  53.3
9.那覇  48.0
10.沖縄 45.0

ベスト10の中に北海道が4市あります。
これをどう見るかは別として、嬉しかったのが神戸、函館が上位にきてること。神戸在住函館に住まいがあるものとしてはなかなか興味深いものです。
この二つの市を行ったり来たりしているのだから、単身生活もまんざらではないなと、己を慰めております。(笑)

そこで、何故京都が5位なのか、このように分析されています。

 (略)コンサルタント会社のブランド総合研究所(東京)が公表した。  このうち、「魅力度」については札幌市がトップ。「とても魅力的」34.5%、「やや魅力的」が52.1%と、8割を超える人が肯定的な答えだった。
 一方、京都市は「とても魅力的」が38.3%と全国トップだったが、魅力的でないと答える人も多く、総合点で5位。同社は「札幌は京都に比べ実際に訪れた人が少なく、あこがれの部分が大きいのでは」とみる。
(朝日新聞朝刊、「なんでもランキング」から引用)

そうか、京都は行ってガッカリっていう人が多いのか。
そして札幌は「あこがれ派」が多いってことか。
あこがれ派は北にロマンを求めているんだな、きっと。

わたくしめ、関西で理想とされる「神戸に住み、大阪で働き、京都で遊ぶ」を地で行っており、それプラス、たまに家のある函館に帰省なんて漂流生活ですが、これで行くとまあまあ愉しい生活なのかなあ。まあ、京都ではそんなに頻繁に遊べませんが。(笑)
そんなとこが本日の総括です。オオゲサナ...。
それにしてもベスト20位に東京が入っていないのはどういうわけだ。
まあ、解らないでもないですが・・・。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.10.07

赤福

昨日は十五夜だったらしい。
月が見えたかどうかは判らない。
夜の空を見上げるほど余裕がなかったのだといえば嘘になる。
おねえさんと談笑していた。台湾のママとつまらない世間話をしていた。
開店20周年をやるらしい。
ということは、若いと思っていたけど意外と年齢が・・・。(笑)

今朝の朝日新聞青beに赤福の記事があった。
赤福といえば伊勢である。
伊勢といえばM先生。医師である。
この先生に大袈裟だけど命を永らえさせて貰った。
大腸にあるポリープを切除していただいたのだ。
このポリープが結構大きくて、このまま放置していたらやがては間違いなく悪性に変わっていただろうと言う。
その後の細胞検査でも、悪性に変異する虞れなしのお墨付きをいただいた。
そんなこともあって、赤福といえば赤福本店のある「おかげ横町」でもなく、おそれおおい宮家の伊勢神宮でもなく、ましてや中島みゆきの「泣かないでアマテラス」でもなく、私にとってはM先生ということになるのである。

赤福は、甘いものが苦手な私でも二つくらいは食べてしまう。
それがM先生へつながるものかどうかは判らないが、口に頬張ったとき、五十鈴川にほど近い伊勢のM先生の病院をついつい思い出してしまうのだ。
赤福、こんな具合だ。

 餅をこしあんでくるんだ和菓子「赤福餅」は、伊勢詣での土産として有名。生ものなので気温が高い6~9月は三重県や名古屋、大阪の直営店などだけで販売し、宅配での販売は休止する。全国の人が口にする機会が増えるのは10月からだ。

 製造する「赤福」(三重県伊勢市)の創業は江戸中期の1707(宝永4)年で、その名は当時、京のお茶の宗匠が立ち寄った際に味に満足して贈った言葉「赤心慶福(せきしんけいふく)」からつけたと伝えられている。赤子のような素直な心「赤心」で、人のめでたいこと「慶福」を自分のことのように喜ぶことができるという意味だ。

 原料は小豆、もち米、砂糖。地下水を使い、手作業で年に1億個以上をつくる。ベテランがつける、あんの表面の筋模様は伊勢神宮内宮を流れる五十鈴川のせせらぎを表す。製造後すぐに出荷し、餅の軟らかさを保つという堅い商いの姿勢は300年続く。
(asahi.com 青be「キミの名は」より全文引用)

「あんの表面の筋模様は伊勢神宮内宮を流れる五十鈴川のせせらぎ」。
あの餡の美しい流れはそういうことだったのか。
五十鈴川といえば、そんなに水を多くたたえという印象はなく、流れているかどうかさえもあやしい、そんなやさしい顔を持った川だといえる。どちらかといえば女を思わせる川だ。女川。
休日ともなれば、その五十鈴川の近くを通って鳥羽から伊勢へよく通ったものだ。
赤心慶福(せきしんけいふく)、良い言葉です。暖簾300年の歴史は決して伊達ではないということか。赤福、見直しました。(笑)
十五夜は終わってしまったが、花より団子、赤福が食いたい神無月である。

赤福に月を重ねて五十鈴川    信天翁

いよいよ秋本番だ。
どちら様もお風邪など召さぬよう。
さて、温泉にでも出掛けることにしようか。


Kobedaimaru_1
神戸大丸

続きを読む "赤福"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.10.04

すみれの花

Umedaeki

関西ネタです。
ご存知のように、阪神と阪急が合併したようです。
そこでこのポスター、阪神梅田駅に何を躊躇うことなく飾られている。なんの遠慮も無しに白昼堂々。(笑)
宝塚歌劇。実に美しい。貴城けいが何組か知らないけど、華やかなポスターの出現は度肝を抜き、「虎」しか知らない阪神電車の客達は恥ずかしく俯き、戸惑っている。奇襲攻撃。まるで真珠湾なのである。(笑)

同じく阪急梅田駅。
ここには美しいものしか縁がなかったというのに、いつしか、突如として「吠える虎」が出現した。
見慣れない無骨なタイガー達を、当然の事ながら立ち止まってしげしげと見やる者などいるはずがない。
カメラを向けたものの、どうもしっくりこないので、わたくしとしても躊躇わずにはいられなく、結果としてポスターのお写真は割愛させていただきました。
不公平だという声も聞かれそうですが、何卒ご理解を。

美女と野獣。
この先一体どうなって行くのでしょう。
今後、両駅に進展があったらまた報告させていただきます。
そんな報告は要らない?
ごもっともといいますか・・・。(笑)


ウェーブミュージックシステム

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006.09.30

野路菊と凱旋門賞

すっかり秋です。
秋といえば菊ですが、「のじぎく」、これは兵庫県の県花らしい。
その兵庫県で、今日から10月10日まで「のじぎく国体」が開催されます。
甲子園を賑わした早稲田実業、駒大苫小牧が見られる高校野球の会場となる高砂球場では900人の徹夜組があったとか。
おそるべし「青ハンカチ」といったところでしょうか。

秋といえばもうひとつ、競馬のG1があります。
この10月から年末まで続き、好レースが目白押しです。
その中でも期待のディープインパクト、どんなレースを見せてくれるのか、今から胸騒ぎの予感が・・・。

それに先駆けてということでもないのでしょうが、ディープインパクトは明日日曜、フランスの凱旋門賞に出走します。
凱旋門賞に優勝した日本馬は未だいない。初の優勝の期待はディープインパクトにあり、悲願の優勝はすぐ目の前にある。これを逃したら今後数十年、チャンスはないだろう。
世界最高峰といわれるこのレースで、どんな走りを見せてくれるのか、やはり今から胸騒ぎの予感が・・・。
騎乗する武騎手が最高の出来といってるところを見ると、これは直線一気のブッちぎりと見てるのですが果たして如何に。
月曜深夜になるけど、もうこれは眠られない。(笑)

野路菊によせる想いや凱旋門     信天翁

深まりつつある秋。
国体もG1も「深い衝撃」、“Deep Impact”を大いに期待したいところです。

続きを読む "野路菊と凱旋門賞"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.29

比叡山坂本

Sakamoto2

JR湖西線比叡山坂本駅。
なんとも趣のある駅名である。
この名も知らぬ駅に降り立ち、ふと我に返る。
坂本といえば明智光秀。坂本城は明智光秀の居城だった。
比叡山はすぐそこにあり、ロープウェイで上れば延暦寺だってある。

信長はこの延暦寺を焼き討ち、そしてこの坂本を明智光秀に与えた。
光秀は坂本城を築きここを領地とするが、本能寺の変後、坂本城は焼けて無くなる。
ここに明智は滅ぶのだが、細川家に嫁いだガラシャだけが生き延びることになる。
諸行無常。
琵琶湖は歴史を見つづけ、かわらずに水を満々とたたえている。

出張用務が長引き、延暦寺まで行くことができなかった。
比叡山の麓には日吉大社、西教寺があり、西教寺には光秀の供養塔があるらしい。
日吉大社も西教寺も有名で、広大な敷地にある。
ここも時間が無く見て回ることはできなかった。
仕方がないので、このすぐ近くの蕎麦屋でそばを食った。
上の写真は蕎麦屋が面する通り。
思ったほど昔の風情が出ていない。合掌。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.26

お酒はいただけません

昨夜のこと。
ある会合があって、その後懇親会になった。
年輩の方が多い会で、ご夫婦で出席されている方も目立った。
お隣はその中でもかなりの御年輩。
奥様ご同伴で、休む間もなくビールを勧めてくる。
こちらも負けじとお返しをするのだが、お歳に似合わずかなりの酒豪。
これは敵わないと思い、隣で微笑んでいる奥様にビールを向けることにした。作戦の変更である。(笑)

「おひとついかがですか?」
「ぶちょうほうなものでして」
「あ、これはすみません」
「いえいえ、どういたしまして」

その微笑みがなんともいえなかった。美しいのである。
お歳を召されていようが美しいものは美しいのである。
それからというもの、あまり美しくない旦那と延々と注ぎあっていたのである。困ったことであった。(笑)

「ぶちょうほうなものでして」
これはなんとも好い科白です。
相手を思いやっている。
これが、
「飲めないんです」
ではどこか剣がある。
「飲めない口でして」
これはまあまあやわらかい。
しかしこれでもまだいけない。
折角勧めてくれた好意を無にしてはいけない。かといって飲めないものを、好きでもないものをすすんで頂くことなんてできやしない。気分を害させない配慮をもって、
「ぶちょうほうなものでして」
なのである。
心打たれました。
まるで向田邦子さんのドラマの世界に迷い込んだ気分でした。
女であれ男であれ、いつだってこうありたいものです。

帰り道、肌に感じる秋風が心地よかった。
「ぶちょうほうなものでして」。
我が人生で、一度も口にすることのない縁のない科白なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.24

青柳町

Aoyagichyou2

函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢車の花    啄木

これから神戸へ帰ります。
久しぶりだ。まだ暑いのだろうなあ。。。

| | コメント (34) | トラックバック (0)

2006.09.22

すすきの原

Susuki

「すすき」の原であって、ススキノではない。(笑)
まだ元気だから昭和の「枯れすすき」でもない。
昨日、大沼にパークゴルフに行ったら、タイムアウトで受け付け終了。
悔しかったので、すすきの原に分け入り想いをすすきにぶつけた。
すすきは何も言わない。ただ風になびき、身を任せているだけ。
実に見事だ。すべからく人生こうありたいものである。

陽をうけてすすきに光る覚悟かな     信天翁

日一日と夕暮れが早くなる。
夜空に浮かんだ北斗七星がやけに寒そうだった。
家路を急ぐひとたちも足早に立ち去って行く。
ススキノに急いでいるわけではない。(笑)
ススキノへ急ぐ気持ち、これは解らないでもないが・・・。
お風邪など召さぬよう。(拝)

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006.09.20

短篇の妙

群像の創刊六十周年記念短篇特集読みながら、久しぶりにごろごろした毎日を送っている。
台風も行って、秋晴れの爽やかな日差しだというのにである。
折角なので、ここに掲載されている短篇などについて思ったことを書き連ねてみようと思う。

まだ全て読んだわけではないが、この記念特集というのは記念になっていないような気がしてならない。
それ以前に五十周年記念特集があり、この先10年後には七十周年記念特集を組むのであろう。
そしてそれは、その時代に活躍している作家さん達を並べて、無理を言って原稿を依頼する。
だからというわけではないが、短篇に関しておよそ短篇らしからぬ作品まで載ることになる。それは老練な作家よりは若手のそれに多いように思われ、箸にも棒にもつかない小説ともおぼつかない、ただの粗悪な性描写に終始したものや、嫌らしい自己主張の羅列で終わってしまうものまで現れる羽目に陥る。エロ・グロ。堕落。下品。(笑)
芥川賞作家や直木賞作家を並べただけでは駄目なのである。

これは多分、短篇なるものを十分理解していないからではないか。
若い幾人かの作家はどうしてもそう思えてならない。
それとも記念号なんだから、完成されたものというよりは、この程度のもので“記念”としておこうという思いが作家の方にあって、出版者側も依頼した手前、面倒くさい推敲依頼などを端折っている、こんな按配なのだろうか。
こんな悶々とした気分で付き合わされたら読者だって堪らない。
それほど憂鬱で退屈な作品が見受けられるのだが、講談社も記念短篇特集というからには、それなりの作家を用意しないことには読者を裏切ることになるだろう。

文学賞を受賞したというだけで、話題性があるというだけで作家を並べ立てたところで、それは賑わいは見せてもただのお祭りで、勿論、講談社がただのお祭りでよいというのであれば話は別だが、読者の中にはこの記念号を期待こそ持って購入しても、お祭りで付き合わされたと思ってるものはおそらくいない筈である。
好きずきがあってしかるべきだが、なんともやるせない思いでいっぱいだ。
群像は特集なるものについて再考すべき時にきているのではないだろうか。

閑話休題。

短篇の妙は、そのはじめの1行にあると聞いたことがある。
その1行を読めば、大体その作品の「質」が掴めるというものだ。
つまり、作家はこの1行に精魂込めて立ち向かっていると言ったらいい過ぎか。
ひとそれぞれで、当方もそれほど自信がないのは勿論だが、やはりこの1行が気になってしょうがない。
そこでこの記念号に載っている作品の中から幾つかを拾い上げて、勝手ながらこの1行を紹介してみたい。
お気に召すかどうかは判りませんが。(笑)
あえて作家名は伏します。
あなたならどの1行がお好きですか?
そしてこの1行から全編読んでみたいと思った作品はありますか?

■またしても死体。高校以来、秀樹の視界をいくつの死体が横切ったことか。
■午後十時過ぎ、中央林間で田園都市線の急行電車に乗り換えたとき、上田昌宏はこの先頭から五両目の車輌の中で死ぬことになるとは思いもしなかった。
■「たこ焼きを食べにいきませんか。午後三時、いつもの場所で。由加」
■ニドスとの会話はまるで夢のようだ ーー 後になると、うまく思い出せなくなっている、という点において。
■今はさら地になっているところが、昔は全部孟宗の藪だったんです。
■男の新しい下宿先は、七十の未亡人が孫娘と二人で暮らす一軒家の二階だった。
■不幸は坂を転がってくるボール玉であるというのが、父の言いぶんだった。
■カウンター八席、テーブル席三つ。
■姉は名を知加子といい、妹は火那子といった。
■初めて降りる私鉄電車の駅なので、プラットフォームに立ってからも出口の方向がわからず、傘を杖に突いたまましば し左右を見廻した。
■はじめは、季節外れの石焼きいも屋の音かと思った。
■その日、暮れかかった商店街の中を寒風に向かい汗ばみながら足早に歩いていた。
■その時、私の乱雑を極めた書斎には、キース・ジャレットのピアノが流れていた。
■どの家にも「借金をするな」とか「警察の世話にはなるな」といった家訓がある。
■私が生まれた日、病院の窓からはとても美しい夕暮れが見えた、と両親は言う。
■モイラが死んでから夢日記を付ける事も絶えがちになった。
■明け方四時半に目醒めて、茶の間の小窓の障子を明け、天候を確かめた。
■顔を洗いながら高品和美が考えたことといえば、洗面所の鏡の中にぼうっと青白く浮かび上がった自分の顔の、真中に 居座っている感情は、生きているのだろうかそれとも死んで固くなっているのだろうか、という子供じみた疑問だった。
■わたし。わたしって誰なのか? と思うようになったのです。
■藤子のくるぶしは、野球のボールを埋め込んだように腫れている。
■百日紅が散り始め、庭は牡丹雪が降ったようなおもむきになった。
■朝、母方の祖母が夢枕に立って、願いごとを三つかなえてあげるから、なにがいいか、なにをしてほしいかじっくり考 えなさい、と言った。
■周囲におくれて、客たちの笑いのおさまる頃に、ほっそりと立つ女の笑い声があった。
■目を覚ましたらブラインドから縞の光が差しこんでいた。
■こないだの日曜日は舅の三回忌だった。

いかがでしょう。
お気に入りはありましたでしょうか。
わたくし、個人的には瀬戸内寂聴さんの「燐寸抄」が好きです。
1行ではものたりないので、冒頭部を引用させていただきます。

 その時、私の乱雑を極めた書斎には、キース・ジャレットのピアノが流れていた。三十年前、一九七五年の一月にケルンで行われたソロ・ライブ・アルバムで、この頃ようやく使い慣れてきたスエーデン製の補聴器もつけず、私は自分の耳で聴いていた。即興ソロのピアノの音色は、水の中の竜宮の音楽のように香(はる)かで寂(しず)かだった。死に誘われそうなほど非現実的な甘美さをたたえていた。

これから何が始まるのだろう。血が逆巻きます。
作家といえど受難の時代なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.09.19

ニセコの秋(その2)

Gosikionsen

ニセコアンヌプリの隣がチセヌプリ。タブン...。(汗)
ホテル日航から西へ走ると昆布温泉なる名前の温泉地区があり、そこから山を登って行くとチセヌプリで、お目当ての五色温泉はこの麓にあります。
どうです、この鄙びた感じがなんともいえないでしょう?
どこまでも風雪に耐えた証というか、何も足さない、何も引かない。(笑)
泉質は硫黄で、もうこの辺りに来るとその匂いで好い心持ちになります。
すぐ近くの昆布温泉が透明なすべすべ感の泉質だというのに、この五色温泉は乳白色の硫黄泉。
これはもう温泉のハシゴしかないわけで、勢い北の国からの世界なのです。

Gensen

今回はじめてみたのがこれです。
なんと五色温泉の源泉とあるではないか。
ちょっと手を入れてみたのだけどさすがに熱い。
ホテル日航の朝食で出たゆで卵を持っていたので、カミさんがそれを試しに浸けている。なんの試しかというと、温泉卵の雰囲気が出るかも知れないということだった。
あまりにも馬鹿げたことをいうので、置いて行くことにした。(笑)
それにしてもこの色、好いでしょう?
是非、あなたもお出で下さいませ。

Sawanomizu_1

これはチセヌプリから流れている沢の水です。タブン...。(汗)
写真では判らないけど、上から覗いてみると、それはそれは綺麗な色。
否、色はない。無色透明。幽玄無比。
あくまでも澄んでいて、何も足さない、何も引かない。コレバッカリ...。
澄んだ水音とともにお伝えしたいところだけど、この緑の葉が紅葉する様を想像しながら、目を閉じ、空想してみてください。
色即是空、空即是色。
不純なことを考えていてはいけません。(笑)
いえね、回りのおねえさん達が綺麗だったものでついつい・・・。
こうしてニセコの秋は本番を迎えるのです。
合掌。

続きを読む "ニセコの秋(その2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニセコの秋

Hotel

久しぶりの休暇、ニセコへ行ってきました。
ここはすっかりリゾート地になっていて、別荘なんかもかなり増えていた。
思いっきり散策したり、テニスに興じたり、夏、秋といったらここだね。
予約もいっぱいで、ようやくとれたホテルがここ、ホテル日航アンヌプリ。
ここは冬場はスキー場だけど、パラグライダーやマウンテンバイクをやりに来た客でけっこうな混雑ぶりでした。

Kouyou

ニセコといえど本格的な秋にはまだ早く、紅葉はさらに先のようです。
それでも、紅く色づきはじめた木々もそこそこに見られます。
この雲がね、なんともいえず秋を感じさせる。
これを撮った日が17日だから、台風13号が近づいてる兆しここにあり。
ニセコの秋は何もない秋です。
それはエリモの春だっていうの。(笑)

続きを読む "ニセコの秋"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.15

北へ帰ります

これから里へ帰らせていただきます。(笑)
こちらはまだ気温が30度くらいあるけど、向こうは24度くらい。
小さい秋どころか、秋がドッと押し寄せてきた感じかな。

昨夜は飲んで帰ってきて、それから洗濯をした。
すっかり乾いた洗濯ものをとりこんでそのまま。
部屋の掃除もしていない。
つまり、ほとんど片づいていない。(泣)

これでフライトにアクシデントがあったら恥ずかしいな。
身辺整理はしっかりとやっておかなくちゃいけない。
翼を下さい。
いやちょっと違うな。
ANA1789便、どうか落ちませんように。(合掌)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.09.13

「ほぼ日手帳」の罪

Suimin

ほぼ日手帳を使ってるが、この手帳の下欄にその日の語録が載っている。
語録というほど大層なものではないが、たまに読んでは笑っている。
忙しいときなどはすっ飛ばしているが、今日はちょっと困った。
会議の席である。
“ほぼ日”に日程などを書き込んでいるので、当然持参する。
なにげなく今日の語録に目が行った。
今日の語録、こう書かれていた。

片思いの彼に告白するべく、
いきおいよく背中に抱きつきました。
なのに咄嗟に「お母さん!」
と言ってしまいました。
18のころの精一杯の背伸びです。
<ほぼ日手帳、「言いまつがい」より>

吹き出してしまいました。
隣の席の男が怪訝そうな顔をしていた。
この手帳、ゆめゆめ油断してはいけない。

そこでこの語録をちょっとひねって考えてみた。
これは18の娘さんだから可愛いのである。
こうなるとどうか。

片思いの彼女に告白するべく、
いきおいよく背中に抱きつきました。
なのに咄嗟に「お母さん!」
と言ってしまいました。
18のころの精一杯の背伸びです。
<ほぼ日手帳、「言いまつがい」より引用。ちょっと加工しました>

かなり気持ち悪いというか、これは犯罪です。
抱きついてはいけない。許せない。(笑)
このように“ほぼ日”はやはり油断はできないのである。
大事な会議には絶対に持ち込んではいけません。
使えるか使えないかは自己責任で。
件の会議、なんとなく平穏に終ってしまった。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.09.12

小さい秋

Ahoudorishouten

幾分涼しくなって来たような気がします。
ゴーヤチャンプルーなどを作って、虫の声を聴きながら秋の酒です。
ゴーヤも、いよいよ良いものが手に入らなくなりましたね。
お店では数も知れているので、品定めなど出来ません。
有ればヤッとばかりに掴んでそのままレジ直行です。
ひとりだと1本のゴーヤで2回チャンプルーができます。
そのゴーヤ、残った半分だけど、これがなかなか活きがいいというか、二日くらい冷蔵庫に放っておいてもピンとしている。1本で二度楽しめる、まことに有り難い食材なのです。

北海道では、春になればギョウジャニンニクというネギのような山菜があるのだが、これも冷蔵庫の中に三、四日おいていてもしっかりと活きがいいというか、ピンとしていて、実に旨くいただけます。
ゴーヤチャンプルーと同じで、卵でとじて食うとたまらなく旨い。
思うに、このように放っておいてもしっかりと活きがいい食材というものは、これは間違いなく身体にも良いのではないだろうか。
胃にも肝臓にも膵臓にも腸にも血液にもいいに違いない。
これを食べた翌日はきまって体調がよいのです。
やがて秋がやってきて、ゴーヤが無くなるのはいかにも寂しい気がします。

ゴーヤ食う酒の空きてや虫の声     信天翁

相変わらず外では鈴虫が鳴いています。
今週末、久しぶりに里へ帰ります。
もう、北海道は本格的な秋到来。
温泉にはちょうどいい季節なのだ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.09.10

神戸市中央区信天翁商店(その2)

Nioi

面白くないかも知れませんが、その2です。(笑)
なんとなくカスタマイズが解ってきたような・・・。
とりあえず当初の目的である中島、向田、iPodを作ってみました。
中島はメインページのカテゴリDVD、ミュージックから、向田さんはカテゴリ・本から、iPodはエレクトロニクスから行けます。
ちょっと強引にやってみました。(笑)
ご興味のある方覗いてみてください。
で、カスタマイズやりながら目に留まった、上にある本『匂いのエロティシズム』、これをを購入してしまいました。
書評にこうあります。

 視覚、聴覚、味覚などに比べて、嗅覚については、論じられたり、教育されたりする機会はきわめて少ない。とりわけ近年、無臭であることが是とされて、消臭グッズが売れている…。こうした現象の背景にある匂いの抑圧と、本能の抑圧・性の抑圧とのつながりを探ると、意外にも匂いと性のただならぬ関係が浮かび上がり、人間特有の性の謎が見えてくる。
 本書では、媚薬、フェロモンからブルセラ、ボンデージ、果ては人類の性進化までをも「匂い」を軸に縦横に論じていき、本能から解き放たれた「人間的」な性―エロスに訴える匂いとしての「エロモン」仮説を提議する。 (内容「「BOOK」データベースより」)

いかがです、面白そうでしょう。
カスタマイズ、もうちょっといろいろやってみます。

続きを読む "神戸市中央区信天翁商店(その2)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.09

神戸市中央区信天翁商店

Shopcenterahoudori

アマゾンのアフィリエイトで新たに「インスタントストア」なるものが出来たようです。そこで早速チャレンジしてみました。こんな感じの画面です。
β版のようなのでちと不安定ですが、これで1日、遊んでいました。
現在、右サイドバーにある『神戸市中央区信天翁商店』として置いています。ここをクリックすると、そこは明日にでも潰れそうな『信天翁商店』なのです。何を売りましょうか。(笑)

とりあえず、iPodと中島みゆきと向田邦子は必須ですね。
で、なんでiPodまでなのだ。(笑)
ここに置いたからといって売れるわけがないというのに。
まあ、そこはお付き合いということで...。
みなさんもいかがですか、ご自分のストアなるものを作ってみては。
ええ、売れるかどうかは別ですよ、勿論。

関係ないけど、隣から秋刀魚の焼いてる好い匂いが・・・。
罪なことをしてくれるマメなオヤジです。(笑)
夕飯、何を食べようかなあ。ハラヘッタ...。


編集後記(2006.08.09)
申し訳ございません、iPodと向田邦子さんのメニューはありません。
う~ん、上手く行かない。こちらの勉強不足でした。
もう少し勉強して出直します。すみません。ペコリ...。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.09.08

悠久の浪漫

今日の朝日新聞朝刊「ひと」欄から。
タイトルが「倒木ポプラで作ったチェンバロを初演奏する」として、水永牧子さん(31)なる方が紹介されている。可愛く美しい女性です。
彼女は、99年のモントリオール国際チェンバロコンクールで2位になった実力の持ち主だそうだ。
その水永さんが、今日8日、北大のクラーク会館で、2004年の台風で倒木した北大構内にあったポプラで作られたチェンバロを演奏するらしい。
聴きたい、是非とも聴きたい。
想いは遙かに北にありなのである。

というのもこの水永さん、このチェンバロ製作の話を聞き、「弾かせてほしい」と申し出たそうで、その理由はこうなる。

 「Boys,be ambitious(少年よ大志を抱け)」。約130年前、馬上のクラーク博士が札幌農学校の1期生との別れ際に言い残した言葉だ。
 実は、この一節を後世に伝えた1期生の大島正健は、高祖父(祖父の祖父)にあたる。 「チェンバロを弾く自分の運命と、ポプラが『生き返る』ことを証明する使命感を感じました」
 出演決定後の昨秋、初めて神奈川県にある正健の墓や北大を訪ねた。
 演奏会は博士の6代目子孫も聴きに来る。
(朝日新聞「ひと」欄より引用)

浪漫だなあ。やはり是非とも聴きたい。
倒木したポプラが130年前のものだったらほんとに悠久の浪漫だね。
asahi.comに記事がなかったので、北海道新聞の記事をリンクします。
素敵な演奏会になりますように。(願)

続きを読む "悠久の浪漫"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.09.04

風の盆

Kazenobon
八尾町観光協会

越中八尾のおわら「風の盆」。
『今年も行けなかった』
と、毎年同じことを言って嘆いてみる。(笑)
言ってるときが華なんだよと野次が入る。

男おどりに女おどり。
胡弓に合わせて踊る女おどりは実に好い。
動きが何ともいえないくらい繊細で優美。

『嫁は越中から貰え』
よく言われたものだ。
働きものの女が多いのです、ここは。

風の盆。
これが過ぎると八尾はすでに秋。
越中富山、わたくしの第二の故郷なのです。

続きを読む "風の盆"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.08.27

SNSとブログ

午後になって、ちょっとだけ涼しい風が入り込んできた。
でも、秋なんてのはこちらじゃまだまだ先ってとこだろう。
洗濯物がベランダの竿にぶら下がり揺れている。

ワイシャツに風を孕んでいわし雲    信天翁

いわし雲は秋の季語らしい。
この暑苦しい夏だというのにとお思いでしょうが、ええ、8月とは暦の上ではもうすでに秋なんだそうです。
言い訳を書き連ねる俳句といったのも聞いたことがない。
成長していないなあ。(笑)

今朝の新聞にSNSとブログの紹介があった。
SNS、つまりソーシャル・ネットワーキング・サービス。
mixiやらGREEやらキヌガサなんかが紹介されている。
会員も膨張してるようだけど、世間は驚きで一杯です。
この記事には写真がないけど、紙面ではドレスやタキシードで踊っている紳士淑女が強烈だ。
このようにして知り合いの輪が広がってゆくのだろうなあ。
いつの世もやってることは同じなんだと思う今日この頃です。

ただ、これはちと怖いかも。

 ●ミクシィの世界では「ミクシィ疲れ」や「ミクシィ依存症」と呼ばれる症状を訴える利用者も出始めた。友人の日記にコメントをつけ、自分の日記へのコメントにはお礼をするといった行動が義務化し、「友人関係」の維持に疲れてしまう状態のことだ。 (asahi/comより)

疲れてはいけません。
あくまでも余暇を利用してやりましょう。
俳句なんぞをひねりだしながらです。
くれぐれもお気をつけ下さい。

続きを読む "SNSとブログ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.08.26

西瓜

Suika

昨夜は、といってもすでに今日だったが午前3時の帰還だった。
こんなにも遅くまで飲み歩く不良は知らない。(笑)
頭が痛い。疲れている。肩が凝っている。首が回らない。

起きて冷蔵庫のドアを開けると、四分の一に切られた西瓜があった。
百均ならぬ、百円コンビニなるところで買ったものだ。
百円コンビニのくせに、三百円位したもので、これは詐欺だと思う。
まあ、そんな愚痴を言ってもしょうがない。

西瓜に庖丁を入れて五つに薄く切り、そのひとつを食べてみた。
冷えた果肉から薄甘い味がして、そこからさらに一段と甘さを増した水分が口一杯に広がった。
果肉と書いてしまったが、実際は西瓜、これは野菜の仲間らしい。
さらに言うと、西瓜はビタミンA、B1、B2、Cのほか、カルシウム、リン、鉄、カリウムなどのミネラル類、グルタミン酸やアルギニンなども含んだ優等生ということになる。

そんなことはどうでもよいが、疲れが一度に退いていったような気がした。
ただこの西瓜、ひとりで食っても旨くない。
西瓜というやつは、大勢の家族か仲間でわいわい騒いで食うのが一番だ。
縁側があって、花火があればさらにいうことなし。
西瓜に勝る夏はないのである。
種を吐き出しながらそんなことを考え、遠くにいる家族を思い出すというのも悪くはない。ただ、これも負け惜しみに過ぎないのであるが。

五つの西瓜をすべて食べ終え、またベッドに横になった。
本日の朝食兼昼食はこれで終わり。
別にダイエットしてるわけではないが、これで終わりなのだ。
つまり、冷蔵庫が空なのである。
ある意味、人生を謳歌している。
そんなわけないな。(笑)

続きを読む "西瓜"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.08.21

夏の終わり

甲子園スケッチ。
何も言うことはありません。
この夏のひとこまです。
今年も泣くほど感動させていただきました。

Arupusu
遠い北海道からようこそ。
この暑さの中、よく頑張りました。
帰ったらもう秋風が吹いてるんだろうなあ。

Toyo
播州は東洋大姫路のギャルです。
駒苫をやっつけるんはうちとこや!
気合いが入っていました。さすがに播州人なのだ。

Simizu
駒苫勝利の美酒ってか。
サッポロ黒ラベルを並べて意気軒昂。
勝っても負けても、ここの食堂はいつだって賑やかなのだ。
北海道弁が飛び交って胸が打たれた。

Suporter
いよいよ決勝戦。このスタンドを見よ。
タイガース戦だってこんなには入らない。
夏の雲とともに甲子園の夏も流れて行くのだなあ。
甲子園で焼かれたピザになった気分もまんざらではなかった。

Home
決勝再試合のグラウンド。
夏の雲は雄大だ。お~い雲と叫んでしまいたくなった。
この雄大な雲に、この雄大な聖地甲子園がよく似合う。

Gate2_1
お終いはやはり甲子園の正門だね。第88回がやけに目に染みる。
駒苫、三連覇がかかった第88回優勝できずに残念だったなあ。
甲子園ファンは君たちを忘れることはないだろう。
16日間の感動をありがとう。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2006.08.19

甲子園へのこだわり(その1)

 iTunes Music Store(Japan)

やはり甲子園ネタです。(笑)
駒大苫小牧、勝ちました。信じられません。
「神は我を見捨てたにあらず、神は我を救いたもうたのです」
(マタイによる福音より)ウソデスヨ(汗)

K君の思い出。
私の育ったところは北海道の空知川が流れるド田舎です。
何もない。何もないから空知川、國木田独歩が小説として「空知川の岸辺」を書きました。(笑)
ここで中学までなんとなく生きていて、ただ、そのころK君と野球だけは一生懸命やっていました。
K君はピッチャーで、とんでもない速い球を投げていました。
小学校の時もそうだったけど、中学に入ってからめざましく成長したのです。
私は泣かずとばずで、その後野球を諦め、陸上の選手となって北海道の記録を、ええ、中学記録ですが、総なめにするのですが、やはり野球には未練がありました。ふたりは、いわばド田舎の二人組だったのです。(笑)

私はその後、札幌の陸上の名門高校から誘いがあったのですがそれを断り、結局海の学校へ進路を変えたのです。
「少年よ、大志を抱け」
かのクラーク博士だって言ってます。(笑)
大志を抱いて北海道を飛び出したのです。オイオイ...
K君はというと、彼はやはり札幌の、野球ではちょっとした有名な高校から誘いがあってそこへ行くことになりました。
当時、北海道の甲子園常連高校といえば北海高校、札幌商業といったところだったのですが、彼は札幌に行ってから、その常連校をうち破り、ついには甲子園の切符を手に入れてしまったのです。
札幌光星、それがK君の選んだ高校です。

K君の初めての甲子園、それは凄まじいものでした。
初戦の相手が広島の崇徳学園。
彼は懸命に投げた。投げに投げた。がしかし、打線の応援がない。
今の駒大苫小牧と違って、北海道の高校は出ると負けが定説で、やはりこの時も打線が芳しくなく、K君は無失点に抑えているんだけど、いかんせん打てない。まるで打てない。点が入らない。焦れったい展開だったのです。

試合は投手戦。
両校点が入らず緊迫したゲーム。固唾を呑んで見守ったものです。
何回かは忘れたけど、終盤、結局センターオーバーのヒットで崇徳に1点が入り、その1点でゲームオーバーでした。
崇徳、この年あっさり全国優勝してしまいました。
K君の健闘が惜しくてなりません。
憎きは広島、おめでとうよりは、しばらくは「敵は広島にあり」でした。
個人的には、これからずっと広島との縁を引きずるのですが、それは機会があればと言うことで。オオゲサナ・・・。(笑)

札幌光星の名はその後聞くことはありません。
K君は今、どんな思いで駒苫の試合を観ているんだろう。
甲子園とは夢舞台なのだ。


Daimaru

続きを読む "甲子園へのこだわり(その1)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.08.18

日々是甲子園哉

 iTunes Music Store(Japan)

どうも甲子園ネタから抜けられない。(笑)
そこで今日もまた・・・。

あまり触れたくはないが、うちの部署の構成人員、出身地別ではこうなります。

A君 兵庫県。勝手気儘。酒癖が・・・。そうか兵庫県ひとり居たんだ。
B君 香川県。猪突猛進。要協調性。周りを見る余裕を持て。
C君 福井県。曲無実直。味がない。何も足さない、何も引かない。
D君 奈良県。大胆不敵。小さな事に拘らず、大きな事は大の苦手。
E君 和歌山県。冷静沈着。血気盛ん。この両方、上手く調和を取ってくれ。

まあ、こんな調子です。
これをですね、まとめにゃならんのですよ、大言壮語の北海道が。
まあ、こちらの顔色伺って協調してくれて、なかなか良い雰囲気ですが・・・。
プロジェクトX、舞い込んだら間違いなくブッ壊れます。(笑)
世の中、忍耐が必要なのです。
日々、甲子園と似たような戦いの連続なのである。

準決勝進出4チーム、決まりました。

第14日8月19日(土) 準決勝
駒大苫小牧(南北海道) 11:00 智弁和歌山(和歌山)
早稲田実(西東京)    13:30 鹿児島工(鹿児島)

ここまでくると、どこが勝ってもおかしくない。
また明日、コンビニ弁当持って甲子園です。
われに幸あれ。合掌。

続きを読む "日々是甲子園哉"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.08.16

予想をせよと言われれば

高校野球です。競馬じゃありません。(笑)

第12日8月17日(木) 準々決勝
東洋大姫路(兵庫)   11:00 駒大苫小牧(南北海道)
智弁和歌山(和歌山) 13:30 帝京(東東京)

第13日8月18日(金) 準々決勝
早稲田実(西東京) 11:00 日大山形(山形)
福知山成美(京都) 13:30 鹿児島工(鹿児島)

うむ、