カテゴリー「小説・エッセイ」の記事

2009.11.16

サルティホテル(3)

P1000029

壁から突き出てとぐろを巻いたようなLANケーブルをノートパソコンに差し込むと、僕はおもむろに電源ボタンを押した。
やや間があってノートパソコンは立ち上がり、次から次へと画面を変えていって、デスクトップに並んだショートカットやらフォルダを画面の左半分にばらまき散らしてやがて静止した。
僕はマウスを操作してyoutubeに繋ぎ、現れたトップ画面の検索窓にmadonnaと入力する。そして画面に並んだマドンナの小さなビデオ映像を丹念に眺めながらスクロールし、Celebration official videoと書かれた文字をクリックした。画面に現れたマドンナは軽快に踊りだし、それにあわせて男の黒人ダンサーが妖しく舌を出したりなめずり回したりしながら腰をセクシーにくねくねさせて踊りはじめた。単調なリズムが僕のノートパソコンの貧弱なスピーカーからくり返し流れつづけ、マドンナは歌いながらミニのスカートから黒の下着をちらつかせて、やはり黒人ダンサーに負けじと腰を淫らに激しく振りながら叫んでいた。
僕はその欲望の露出したような淫らな腰の動きに目を奪われ、都和子のことをおもった。あどけなさの残る都和子の顔を思い描いていると、やがてすぐにその都和子が僕の頭の中で、黒人ダンサーがやっていたように舌をなめずり回し、腰をくねらせ、嗚咽するかのようにして激しく喘ぎはじめたのである。
都和子は先日ひょんなことから知り合いになった女である。
「ねえ、お金くれない?」
都和子はそういって、南京街の門を入ったすぐのところで僕に声をかけてきた。
門をくぐって左には中華まんを売っている店があり、その向かいには土産品店があり、観光客が道路いっぱいにあふれ出ていた。前からやってくる若者はカップに入ったから揚げチキンを無造作に鷲づかみし、女とはしゃぎながら大声で笑っている。そんな観光客とぶつかりながらも前に進んで行くと、南京街の象徴らしい小さな公園のような広場がある。
昼過ぎになると、昼食を終えた僕は大抵ここでひとり、道行く人たちを眺めていた。ここを南に下って、左に数十メートル歩いたところに僕のかつての職場があったからだ。その職場を辞めることになり、今は新しい職場に勤めるようになったのだが、そのときに治療を受けていた歯が痛みだし、4年ぶりに漆原歯科医院に通い始めた最初の日に、僕は都和子に声をかけられたのだった。
都和子は行き交う観光客に臆することなく僕に近づき、面と向かってお金を要求してきたのである。
「お金はないよ」
娘のような年齢の都和子に僕はぞんざいに言った。
「嘘を言ってもだめ。いま銀行から出てきたじゃない」
「銀行から出てきたからといって、金を持っているとはかぎらない」
都和子は怯まなかった。むしろ威圧的な態度は僕を混乱させた。
そんな都和子の横柄な態度に接したとき、僕は自分の意識の中にあのマドンナのCelebrationを感じとったのかもしれない。
南京街の象徴的な広場を右に見て、西に少し歩いたところに餃子を食べさせる店がある。観光客をやりすごしながら歩きつづける僕のあとを、都和子はなおも執拗につきまとった。
僕は黄色い看板でぎょうざ屋と書かれたその店の引き戸を開けて中に入った。引き戸を閉めようと手を伸ばした腕に、都和子はいきなり自分の両手を絡ませて僕を店内へと誘導したのである。
笑顔をつくって空いてるテーブルに向かう僕たちは、もちろんCelebrityであるはずもないが、親子と見られることはあっても、恋人同士と見られることなど当然といっていいくらいにあるはずもなかった。僕はここ数週間見つづけているマドンナの妖しい肢体と、その肢体に黒人ダンサーのどこか卑猥で、生き物のように変幻自在に唇を這い出してぬらりぬらりと奇妙な動きをくりかえす濡れて薄く光る舌と、これもまた人間とは思えない激しく上下させて勝手に歓喜するように動く下半身を思った。
店員がおいたコップの水を一口飲み、僕は焼き餃子と、ここではすでに有名になっているジャジャ麺を注文した。それにビールを追加すると、都和子は、
「わたしも同じものを」
といって店員の方を向いて笑った。
餃子用の味噌でできているらしい特製ダレを小皿にとり、それを箸でまんべんなく混ぜ、ビールを一口飲み干す僕を都和子はじっとながめていた。僕はかまわず空になったグラスにビールを注ぐと、それを一気に飲み干した。
「ビール、好きなのね」
「好きさ」
「ください」
「え?」
「わたしにも、ください」
都和子のいい方はどこかぎごちない。金をくれと見ず知らずの男に接してきたのだから、礼儀とはいわないまでも、さしあたり面と向かって切り出す会話は行き場を失ってぎごちなくなるのは当然のことかも知れない。
「君はどこの大学?」
都和子のグラスにビールを注いでやり、僕は訊ねた。
「わかるの? 大学生だって」
「ある程度はね」
「そう」
都和子は注がれたビールをグラスの半分ほど空け、僕の顔を正面からまっすぐに見据えた。隣のテーブルには大阪からやってきたらしい男ばかりの三人の客が、あわただしく餃子を運んで動き回る店員をつかまえ、この店の餃子が雑誌に紹介されていたことをしきりに説明していた。そんなどうでもいい話を無視して僕はグラスにビールを注ぎ、おもむろに壁に無造作に貼り付けられているいくらかの色紙に目をやった。TVで毒舌を吐いているタレントの色紙があり、その横にはおみやげに持ち帰れますと書かれた案内の細長い紙が、やはり無造作に愛想なくピンで留められていた。
「K学院です」
「え?」
「だからK学院です。大学」
「ああ」
僕はようやく運ばれてきた餃子のひとつを箸でつまみ、味噌でできた特製ダレをたっぷりからめてから口に入れた。香ばしいような、それでいて中途半端なだるい甘さを伴った味噌味が口の中にひろがり、僕はそれをゆっくり咀嚼しながらも、頭の中ではK学院のことを考え、そしてマドンナと一緒に卑猥に腰を動かしながら踊っていた、あの淫らな黒人ダンサーの舌の動きを思いだしていた。
「それじゃ僕の近くだ」
「なに?」
「大学とマンション」
「そうなんだ」
「別にどうってことないけど」
「うん、別にどうってことない」
都和子は僕を真似るように、餃子にたっぷり特性ダレをからめると、それをどこかのろい仕草で口に運んだ。僕はわずかに残っているビールを都和子のグラスに注いでやると、店員に新しいビールを注文した。それにつられるように、三人連れの中の一人の大阪がビールと餃子を追加注文した。昼とも夜ともつかないぼんやりと霞んだような曖昧な時の中で、南京街をあてもなく歩いている観光客の声だけが賑やかに店の中に押し寄せてきて、僕たちの会話の中に無遠慮に割り込んできてはやがて形もなく消えていった。僕と都和子は見知らぬ島にとりのこされた漂流者のようだった。


|

2009.10.31

サルティホテル(2)

Night

サルティホテルのフロントは2階にある。
1階はなぜかスポーツ用品店になっていて、ショウウインドウから見える店内は明るく、若者が好みそうなダウンパーカーやジャケットが品よく飾られている。南に面してなだらかな石造りの階段があり、そこを上がって入り口のドアを右に折れるとこぢんまりしたカウンターがあって、そこがサルティホテルのフロントだ。長椅子が一つだけ置かれているだけで、ただそれだけの愛想のない、まるでホテルとは思えない受付になっている。西に面して細長いつくりのカフェレストランがあり、そこからテラスが突き出ていて、ここはオープンカフェになっている。カフェレストランといい狭いつくりのカウンターといい、それよりもロビーがないという窮屈さは、およそホテルの体をなしているとは思えない構造で、そこがサルティホテルをどこか謎めいたものにさせていた。
初めて宿泊したとき、狭いカウンターの中にそろいのスーツを着た二人の男がいて、そのうちの一人が笑いもせずに応対したことも不思議な印象だった。
予約もない飛び込みだと告げると、カウンターの男は妙なつくり笑いを浮かべて宿泊用紙を出して寄こした。記入を済ませて返すと、8階の部屋の鍵を渡され、僕は一人でエレベーターのスイッチを押し、音もなく開いたドアに吸い込まれて籠の中に収まり、8階で降りて勝手に802号室のドアを開けたのである。なにからなにまで一人でやらされることに不満はなく、格式のあるお節介は苦手だから、むしろ勝手に行動することの自由さが僕には心地よかった。その意味ではサルティホテルにはなにかしらの期待がもてたのだが、それがどのような期待であったのかはそのときは当然ながら知るよしもなかった。

今、僕はそのときと同じ802号室にいる。
初めての時に応対したカウンターの妙な男はあいかわらず妙な男で、僕が802号室を指定して予約するといつも快く応じてくれた。ジャケットの胸ポケットに張り付いているようなネームカードには男の名前が書かれているが、僕はその男の名前を知ることはない。いや、僕はあえてその男の名前を憶えようとはしないのだ。まるでそれは僕と男の暗黙の了解のように、男もまた僕の名前を事務的に知るだけで、それ以上は立ち入って関わろうとは思っていないようだ。
漆原先生に治療された奥歯のある頬をさすりながら、僕はいまはもうすっかり僕の部屋になってしまったようなその802号室をひと渡り眺めた。液晶テレビの置かれた位置も、木目調に仕上げられた冷蔵庫の配置もいつもどおりで変わった様子はなかった。
部屋の窓は南に面していて、レースのカーテンを引くとビルが建ち並んでいるのが見え、そのビルの谷間からは僕のかつて勤めていた事務所が臨め、さらにその奥にメリケン波止場がかすかに確認できた。
僕は鏡に向かって口を開け、指で唇を押し広げ、漆原先生が歯科器具を巧みに操って削った奥歯を映し出してみる。
「お母さんは西宮の人?」
僕はそんなことをいきなり訊ねてきた漆原先生を思い出していた。
「いえ、新潟です」
「そう。親父がね、学生の頃に知り合った女性に似ているというんだ」
「僕がですか?」
「そうなんだ。医学生だった頃のずいぶん昔の話なんだけどね」
そういって漆原先生は、まるで自分のことのようにはにかんでみせた。
「ほら、あそこにいるのがその親父だよ」
漆原先生の指さす方の診察台に白髪の老人が歯科器具を持ち、こちらを向いて笑っていた。
その女性というのが僕の母だったとしたら、漆原先生の親父という人はどうするのだろう。診察台で喘いでいる患者をそのままにして僕に近寄り、お母さんは息災ですかとでも訊いてくるのだろうか。
「母ですよ、そのひとは」
いたずらにそんなことを言って笑ってやりすごすのも悪くなかったかもしれない。麻酔が効いて、まだしっくりこない歯茎を指でつつきながら、僕はそんなどうでもよいことを考え、洗面器に向かって唾を吐いた。血の滲んだ唾液はうっすらと赤くぼやけ、開いた蛇口から勢いよく流れ出た水とともに排水口に吸い込まれて消えていった。
僕は部屋にあるテーブルにノートパソコンをおいた。そのテーブルもやはりいつものところにいつものように配置されている。
コードを差し込み電源スイッチを押し、画面が立ち上がるのを確認してからネクタイをとった。ひっきりなしに行き交う車や人の群れをピッシリと閉鎖された窓から眼下に見下ろしていると、その音のない騒然とした雑踏がまるで自分には縁のない世界に思え、たった今、そこから逃避してきたことにわくわくするような歓喜を実感していた。
僕はたしかに逃避してきたにちがいない。僕が今やろうとしていることは逃避ともいえるが、それはまさに世間からの脱出であるに違いないのだ。僕はこのホテルで僕ではない僕になろうとしている。

|

2009.10.24

サルティホテル

P1050116

その歯科医院は旧居留地にある。
もう5年も前になるが、僕は看板もないその歯科医院で治療を受けた。
奥歯にかぶせてあった冠が勤務中にポロリと取れてしまい、あたふたしていると、それならすぐそこにある歯科医院へ行くといいと同僚が教えてくれたのだった。
「ただね、看板はないよ」
同僚はそうつけ加えた。
看板がない歯科医院。そんな医院があるのか。僕は不思議に思いながらも、同僚が書く簡単な医院への順路をながめていた。
そのメモを手に事務所を出ようとする僕の背に、
「そこは紹介がないと駄目なんだよ」
と同僚の声が追い打ちをかけた。看板がないから、つまりどのようにしてここへやって来たのか、誰から紹介されて来たのか、そんな理屈らしいのだ。
その間にも、冠の剥がれ落ちた奥歯は痛みを伴って僕の気分を錯乱させた。
神戸市立博物館の前を通って六甲山に向かって北へ歩き、三井住友銀行の前で立ち止まる。ブティックのショウウインドからマネキンがつまらなさそうに微笑んでいる。どうもその隣の入り口が目的の歯科医院へ通じているらしい。たしかに看板らしきものは見あたらない。
僕は左手を痛みの走る頬にあて、入り口を抜けると闇雲に地下への階段を一気に駆け下りた。地下にある通路は薄暗く、こんなところに歯科医院はあるのかと不安になったが、迷路のように入り組んだ通路をあてもなく歩いていると、古びたペンキの剥げ落ちた木製のドアが目にとまり、そこには漆原歯科医院と書いてあったのである。

漆原先生はお元気なのだろうか。
僕は5年前と同じ三井住友銀行の前で立ち止まり、あいかあらず愛想のないショウウインドウのマネキンに一瞥をくれ、旧居留地をまばらに行き来する若者たちを目で追った。
ビルの自動ドアを抜けて中へ入ると楕円のカウンターがあり、年配のガードマンが一人、退屈そうに書類に目を通していた。ガードマンを無視して地下へ下り、見覚えのある廊下を左に折れ、そこからさらに右に曲がって、僕は漆原歯科医院と書かれてある古びたドアの前に立ったのである。
ドアを開けて中に入ると、鼠色したレザーの長椅子が置かれた待合所があるのだが、患者らしき人は誰もいなかった。
「いらっしゃい」
受付の小窓が開いて、年配の女性が声をかけてきた。聞き覚えのある嗄れた声である。
「予約を入れていた南です」
そう告げると小窓の中の女性は、どうぞ中にお入りくださいと姿を見せずに応えた。
診察室のドアを開けて中に入ると、白衣を着た背の高い男が歩いてきて、
「ああ、あなたでしたか」
と笑いながら近づいてきた。そしてにっこりとほほえんだ。漆原先生だった。
「たしかお近くでしたね、勤務先は」
「いえ、今は梅田です」
「え? 梅田?」
「そうです、梅田です」
「梅田からわざわざここまで?」
「はい」
漆原先生は少しも変わっていなかった。
無精髭にところどころ白いものが混じっていても、張りのある声は5年前と変わらずよく通って澄んで聞こえた。
診察台に座らされ、数枚のレントゲン写真を撮られ、口をすすいで僕は深呼吸を繰り返した。
「これはひどいね」
「はあ・・・」
「壊れている」
「歯が?」
「うん、壊れている」
表情を変えずにそういうと、口をすすいで深呼吸している僕にかまわず、歯科器具を取り出し奥歯を削り始めた。キインキインと唸りつづける電気器具を軽快に操り、間をおいてうがいをさせ、そして不安に駆られる僕を無視して麻酔注射を奥歯の近くに無造作に射した。尖った痛みが一瞬頬を抜けた。
「梅田からだと大変だから」
「え?」
口を開けながら応えるにはそれが精一杯だった。
「通うのがね・・・」
「はあ」
「一気にやってしまおう」
「はあ」
僕の頭からは夥しいまでの汗が噴き出し、前髪をつたって額にまで流れ落ちるのが判った。
相変わらず電気器具はキインキインと唸りつづけ、遠のきそうになる意識の中で、僕は何故か不思議と、まるで歯科治療に関係のない旧居留地界隈の街並みを頭の中に描いていた。そしてその街並みを地図に写し取り、僕はゆっくりとその地図上を歩きはじめるのだった。
漆原歯科医院のあるビルを出る。右に曲がって北へ向かって歩くと左には大丸百貨店がある。その向かいの道路をさらに北へ向かって歩くと左手にあるのはビヤホールのミュンヘン大使館だ。僕はここで大量のビールをあおったことを思い出す。そこをさらに北へ進むとJRの高架があり、続いて阪急の高架が姿を現す。阪急の高架下を右に折れて歩き続けると立ち飲み屋があり、その向かいはお世辞にもきれいとはいえない居酒屋ゴン太がある。ジャズを聴かせる喫茶もこのあたりの高架下だ。高架を抜けて北へさらに突き進んで行くと、そこはもう雑居ビルの集中する歓楽街だ。赤や青や黄色やそんな光の混在したネオンが洪水のように人々を呑み込んで暗躍しているさまは、まるで巨大化した妖怪の棲む魑魅魍魎とした異界をさえ想起させる。
僕の意識はそこで再び漆原歯科医院へと逆戻りする。そして再び僕は漆原歯科医院のあるビルを出て右に曲がり、大丸百貨店の前の通りを避け、筋を一つ東へ寄った通りを北へ向かって歩きはじめる。すぐに現れたのはサルティホテルだ。漆原先生の操る歯科器具の耳障りな金属音を聞きながら、僕はこの不思議なサルティホテルでの出来事を思い出していた。
僕はときどきサルティホテルに一人で泊まる。
メリケン波止場にある船の形をした高級ホテルも悪くないが、街の中心地になりを潜めるように、まるでホテルらしからぬ風情で佇んでいるこのサルティホテルはどことなく妖しく、中に足を踏み入れたとたん、僕はたしかに異次元の世界へ迷い込んだような、そんな心地よい思いに捕らわれてしまうのだ。

|

2009.07.26

マクドナルド

南主任の休日の日課といえば、朝起きて朝刊を買いに行くことだ。
朝は8時のこともあれば10時のこともある。
朝刊は近くのコンビニにもおいているが、南主任は駅の売店まででかけることにしている。楽しみにしている休日の特別紙面が、コンビニの朝刊には入っていないのがその理由だ。同じ金を払っているというのに付録がついていないということが腹立たしい。しかしながらと南主任は考える。世の忙しい人たちにとって、電車内で必要もない付録紙面をバサバサ折りたたんでいては、回りに迷惑をかけるというのも解らないことではない。かように朝刊ひとつとっても、この世を生きて行くということは難しいことなのだと、その日は車谷先生のように、人の生き様の不条理について納得したのであった。
駅の売店で朝刊を買い、それから傍にあるマクドナルドへ寄ってホットドッグをひとつ買う、これも一連の南主任の休日の朝の決まり事のひとつになっている。朝のマックのおねえさんの笑顔というのもなかなか捨てがたいのだ。
「ホットドッグをひとつ、持ち帰りで」
南主任はきっぱりという。
「はい」
と、笑顔でおねえさんはいい、そしてきびきびと立ち振る舞う。
ところがその日は違っていた。おねえさんの笑顔はとびきっきりのものだったが、そのあとで南主任は躓いてしまったのだ。レジのキーを打ちながら、おねえさんは、
「240円です」
と言ったのである。
南主任の記憶が確かなら、ホットドッグのお値段は190円のはずだった。
「上がったのですか、ホットドッグ?」
「え?」
「ホットドッグのお値段・・・」
「ホットケーキでは??」
「いえ、ホットドッグです」
「失礼しました」
おねえさんははにかみながらペコリと頭をお下げになった。
おねえさんはホットケーキが好きなのである。朝の7時だろうが8時だろうが、シロップをたっぷり塗って食べるホットケーキが好きなのである。ホットドッグなどというコッペパンにソーセージをはさみ、味音痴にでもなりそうなマスタードやらケチャップやらを塗ったくった愛想のない野蛮な代物は眼中にないのである。おそらく、おねえさんはホットドッグなど食べたことがないのだ。神戸にいるというのに、有名どころのマカロンやワッフルは駄目、モロゾフやゴンチャロフに至っては南主任は口にしたこともない。
南主任はふと生協の白石さんを思い出した。
生協の白石さんは、学生との「ひとことカード」に気の利いたコメントを返して有名になった人だ。たとえば学生がこんな無理な注文を出したとしても、白石さんは怯むことなく見事に切り返して絶妙なのだ。

学生  牛を置いて!
白石  本日ちょうど職場会議が開かれたのですが、結果、牛は置けない、
      と決議されました。申し訳ございません。

隙入る余地無し。完璧なのだ。
南主任はホットドッグの入った紙袋を受けとりながら、おねえさんに質問してみたくなった。
「ついでに、桃をいただきたいのですが」
おねえさんはなんとお答えになるのだろう。
「置いてません!」
と、きっぱりお断りになるのだろうか。それとも黙して語らず、貝のように堅く口を閉ざしてしまうのだろうか。あるいは笑顔を仕舞い込み、
「次のお客様、どうぞ」
といって無視されてしまうのだろうか。南主任の胸はときめいた。
こんな場合のマックのマニュアルはどうなっているのだろう。おそらく、顧客に対しては親切丁寧をもって接遇し、満足のいくサービスをもって顧客の要望には可能な限り云々・・・。
南主任はおねえさんにレシートを渡した。桃に関してはひと言も発しなかった。それでもやはり『桃』のことが気にかかってしょうがない。桃はどうなるのだろう。いや、おねえさんは桃をどう処理されるおつもりか。南主任はふとおねえさんの方に目をやった。あいかわらず優しい笑顔である。
「あいにく、桃は岡山のマクドナルドでしか取り扱っておりません。申し訳ございません」
こんな答えが返ってきたら、南主任はまちがいなくホットケーキを10個ほど追加注文していたに違いない。
そんなことにはおかまいなく、おねえさんはそれまで以上に明るく笑って、
「ありがとうございました」
と、深々と頭を下げて南主任を見送った。

|

2009.06.07

図書館

P1000127

僕は大阪市立中央図書館にいた。
ちょうど休暇だったこともあって、久しぶりに大阪に出てきたのだが、不意に思い立ったように大阪市立中央図書館に足が向いたのだ。
『いままでのところ、あなたはなまくらな人です。世の9割の人は、そういう人ですが。』といいきった先生のことが気になっていた。先生の名は車谷長吉という。48歳になり49歳の女とワケありで結婚した人である。この先生の書いた本が読みたい、大阪市立中央図書館に足が向いた理由があるとするならただそれだけである。

館内は思いのほか静かだった。最近の図書館は就職難民や行き場を失った高齢者達の避難所みたいなところがあると聞いていたから、図書館にはない騒々しい殺気だった気配があるのではないかと思っていたが、この静寂で秩序あるたたずまいに僕の期待は裏切られた。それでも館内にいる大抵の人はそれらしき人だった。
丸い机を陣取り新聞を開いている老人がいる。
本棚の横にある椅子に座り週刊誌を読みふける青年がいる。
テーブルに顔を伏せ、眠りこけている日雇い労務者風の男がいる。
そのどれもが大阪市立中央図書館には相応しくない人種であるように思われた。馬鹿にしているのではない。どう見てもそう思われるのだ。
「金輪際相応しくない」
僕は一人つぶやき、目的もなく館内を歩いた。
金輪際。そうなのだ、目的があるとするならこの金輪際なのだ。
車谷先生の書かれた「金輪際」を探しにここまでやってきたのだ。
わりと広い通路になっている本棚と本棚の間を歩いていると、そのところどころにパソコンのような端末がある。その端末が置かれている奥にはパーテーションされたいくつものブースのようなものがあり、そこではやはり仕事にあぶれたような若者や青年がDVDを視聴していたりする。至れり尽くせり。車谷先生がごらんになったらどういうのか。やはり世の9割の人はなまくらであるというのだろうか。

僕は空いてる端末の前に立った。
端末はこの図書館の蔵書の検索ができるようになっていた。
「著者名で探す」に人差し指をあてると画面が変わり、アルファベットの文字が並んだ。車谷先生の名を打とうとして躊躇い、そのかわりに「ムラカミハルキ」と文字を並べてみた。「検索」に指を持っていくと画面は一瞬にして僕の指示に従い、村上春樹の本のタイトルが整然と並んで現れた。「1Q84」が現れたところで僕は画面の「予約」に指を触れてみる。一連の操作は驚くくらい自然なリズムを伴って流れる。
659という数字が現れた。僕の前に659人の人が同じようにこの端末を操作し、そして「1Q84」を予約して去っていった。画面はそれを伝えているのだ。660の数字を得るのも面白いが、660の人となった時、果たしてどれくらいの時間を要するのか。それが不安で僕は画面を元に戻したのである。それよりも僕はこの図書館の図書館カードを持っていない。すなわち予約などもともと出来ない身なのである。
元の画面に戻って、今度は「クルマタニ」と入力して検索してみると車谷長吉先生の著書が現れた。その画面をくくって行くと、3ページ目くらいで「金輪際」が出てきた。まるで出てきたに相応しく、予期せずに不意を襲って現れたのである。さすがに車谷先生なのである。
画面を見ると、日本の小説の棚の「Fクルマ」にあると記され、予約はと見ると、驚いたことに「無し」であった。車谷先生など未知な作家で、「金輪際」などは金輪際知らんわ。端末画面は冷淡にもそう言っているのだ。
Fクルマの棚を探して僕は歩いた。果たして「金輪際」は日本の小説の文庫本のコーナーにあった。車谷先生の本はその他にもあったが、そのどれもが傷み、薄汚れていた。「金輪際」の表紙は手垢で鈍い光を放ち、意外と多くの読者が回し読みした痕跡がうかがい知れた。図書館カードがないこともさることながら、僕はこの手の手垢で鈍い光を放つ本を読むには勇気が必要だなと思った。
結局、僕は図書館を出て電車で西宮まで行き、そこにあるブックオフで「金輪際」を買った。ブックオフのものは図書館のものとは違い、表紙もしっかりしていてなんの躊躇いもなかった。この本とてどのように回し読みされたのかを知れば躊躇したものを。現金なものである。

P1000124

「金輪際」は苦しい小説である。
『人としてこの世に生まれたことは、恐ろしいことである。人はこの現世にある限り、はてしなく「業」を重ね、「救い」のない世界を生きて行くのである。いや、「業」によって発生する「因果応報」の果ては、この世にはとどまらず、あの世においても未来永劫、はてしなく続いて行くのである。それが、人がこの世に生まれたということであった。』
(文春文庫『金輪際』より)
収集されている7篇すべてがこの世は苦の世界であると車谷先生がおっしゃったように、全篇これ「苦の世界」である。どこまで行っても苦がつき纏い、苦に縛られ、苦に身をよじり、苦に呻き、苦に突き刺される容易ならざる私小説である。
世の善良人は読んではいけない。僕が車谷先生だったら帯にそう記すだろう。救われることなど何ひとつない。ここまで苦しい小説は初めてである。ただ、世の9割はなまくらな人だから、己が如何になまくらであるかを知りたいなら図書館へ行き、手垢で鈍く光る表紙の「金輪際」を求めるのもいいだろう。
多分、僕は金輪際手にしないと思うけど・・・。合掌。

|

2009.05.30

金輪際

鷺沢由比子はそっと携帯電話のオフボタンを押した。
周囲が急に静かになった。周囲というよりは由比子の耳を通して鳴り続けていたテープが切れただけで、ただそれだけのことだった。
止まないコール音にしびれを切らして電話に出ると、いきなり「マチュピチュ」という朗読されたテープが自動的に流れてきたのだ。黒革の財布の男かと期待したがそんなことはあるはずがない。時間がもったいなかった。首がごろり。馬鹿な話だ。マチュピチュなどには興味はない。
由比子はベッドに身体を投げ出すと、今日の朝刊に目を通した。拾い読みをしていると、悩み事相談の記事に目がいった。由比子は他人の悩み事には興味など無かったが、あまりにも馬鹿馬鹿しいマチュピチュの朗読を強引に聞かされたせいもあって、ちょっとだけ拾い読みをしたくなっただけなのである。言い訳がましいが、由比子はそう自分に言い聞かせることにして記事に目をやった。

円満の秘訣などひとかけらもなし

回答の見出しが大きく踊っている。惹かれた。いうことなし。
由比子はもっともなことだと思った。マチュピチュ。首がごろり。リマで一泊して帰っただけでイタリア人妻に散弾銃で撃たれて死ぬ。汝が天命を呪え。円満な秘訣などひとかけらもなし。由比子の頭の中ではそのように繋がって行くのだ。
回答者は作家であった。由比子の知らない作家である。そんな知らない作家が、この世に円満な秘訣などひとかけらもないことについて懸命に回答しているのである。その涙ぐましい姿勢に由比子は心打たれた。相談者が言っているように、つまらない相談であった。出直しなさい、由比子なら一刀両断、木で鼻をかんでやる。
悩みといえるのか、相談はこうである。私は仕事一筋で生きてきた。その結果、家事も育児も子の教育もそっちのけ、勿論近所付き合いもなくすべてはかみさん任せ、たんなる給料運搬人に堕して生きてきた。気がつけば定年も間近となり、これではいけないと反省しきり。そんな折り、「破滅型」といわれて生きてきた先生でさえ奥様と四国お遍路を歩いておいでであったことを知った。感動しました。そこで老後の夫婦が、あなたたちのように円満に生きて行く秘訣、そのようなものがあればお教え願えないか、そんなところである。
由比子はティッシュペーパーで鼻をかんだ。先生でさえといったところが気になって胸が高鳴った。回答や如何に。由比子はお茶の入ったペットボトルを鷲づかみにしてその先を読んだ。先生の回答である。先生はあくまでも冷静であった。こうである。
先生はまずご自分の身の上を説明する。私には遺伝性の疾患がある。それで結婚は諦めていた。ところが48歳になり49歳の女と結婚した。決心した理由は女の係累に結婚が不可能な子がいたからだ。そして先生はピシャリと言う。私のことを「破滅型の作家」と思っておいでだが、私は破滅を志したことは一度もありません。由比子の胸はまたしても高鳴った。先生の回答は小気味いい。そして先生はこう続ける。38歳まで月収2万円の貧乏生活。駅のベンチが寝床である。だが、一度として失意を感じたことはなかった。結婚生活がつづくと嫁はんがいろいろ高望みを言ってくる。一戸建ての家が欲しい、銀座で高級なお洋服を買ってくれ、船で世界一周に連れて行ってくれ云々。先生はここで精神的な病にかかり、10年近く精神病院に入院するのである。そしてこの病を癒やすために四国お遍路の人となるのだ。先生は言い切る。「何か老後の夫婦が円満に生きるために、一夜漬けで出来る秘訣がもしあったら、教えていただきたいのですが」とのご相談ですが、そんな秘訣は人生にはひとかけらもありません。この世は苦の世界です。作家になることを決心してから、53歳で強迫神経症になるまで、1日4時間以上眠ったことは一度もありません。ただひたすら勉強するだけの日夜でした。由比子は高鳴る胸の内で先生に拍手を送っていた。円満に生きるための一夜漬けの秘訣。そんなものがあったら逆に君に訊きたいものだ。先生はこう言って木で鼻をかんでやればいい。由比子はこの知らない先生が急に好きになった。それにしてもこの質問者は無礼な人だ。この手の男に限って1日きっかり8時間は眠っているにちがいない。

いままでのところ、あなたはなまくらな人です。世の9割の人は、そういう人ですが。

先生はこう締めくくっていた。なまくらな人が効いている。9割の人は汝を戒めよ。
由比子は携帯を開いた。通話記録にマチュピチュの男の履歴があった。この男もきっとなまくらな人にちがいないのだ。黒革の財布の男はどうか。これに期待するものは何も無し。言語道断。
由比子は携帯をアマゾンに繋いだ。先生の名を検索したら数冊の著書が見つかった。その数冊の中でも特に由比子の目を惹いたのは、『金輪際』という短篇だった。由比子はこの金輪際を好んで使う男を知っている。
金輪際も悪くない。由比子は金輪際を注文することにした。

|

2009.05.16

マチュピチュ

お教えください。ええ、あなたに訊いているのです。あなたはそのことに関して洞察力を持ってるくらいのことは知っています。夢のことです。昨日私が見た夢のことです。どうです、あなたも幾らか興味はあるでしょう。その道に長けた人というのは最早黙っていられないのですから。それくらい私にだって解るのです。私はうなされて目が覚めたのです。年末で忙しいというのに夢でたたき起こされたのですから憐れなものです。その夢が苦しくて、私はもう二十数年にもなろうかという、そんな昔に出かけたことのあるマチュピチュでの出来事を思い出してしまったくらいです。いや、夢がそのままマチュピチュでの出来事だったようにも思えるのです。首がごろりと転がり落ちていくという洞窟がそこにはあって、どうも私の見た夢はそこに通じている。嘘ではありません。何もなしに首がごろりと転がるなんてことはなく、ええ、勿論そうですとも、悪いやつが悪事を働く、そして気がつけば首がごろりなのです。法の裁きを受けよ。ここに栄えた文明というのは偉大なものです。マチュピチュを舐めてはいけません。この国を憂いてもマチュピチュを舐めてはいけない。
そのガイドはこういったのです。ええ、マチュピチュのガイドのことです。彼は日本人ではあるけどイタリア人の女と結婚していて、何故そんな二人がペルーになんかいるのか、そんなことを詮索してはいけません。あなたはその道の専門家なのですから野暮はよしてくださいませ。とにかく二人はマチュピチュに住んでいてガイドをしている、それで充分です。そのガイドがこういったのです。この洞窟は罪人を処刑したところで、ごらんなさい、ここに上手い具合にごろごろと転がってきた首が集まる仕掛けになっていると。目を上げると上に向かってなだらかなスロープがあって、そうですその坂ですというものだから、私は目をこらして見ましたとも。よくできたものです、ええ、私は感心してしまいました。坂はほどよい傾斜で、そしてちょうどよいカーブまで拵えてあって、なんというかやはり文明だなと思わせてしまう。坂を下って行くとそこは大きな広場になっていてそこが行き止まり。勿論、首はひとつもなかった。首はないけど、殺気はあった。どうです、呪われたインカの文明は。文明なんてものはいつだって馬鹿馬鹿しい。その殺気を感じた時、私は身体いっぱいに夥しいまでの汗をかき、うっと唸って目を覚ました。その次の日も、またその次の日もきまって首がごろりの夢を見て、そして夥しいまでの汗に呻き苦しみ目を覚ます。ええ、どうかお教え下さい。私はこの先どうなるのでしょう。内蔵は痛んでおりますとも。勿論です。それはそうとそのガイドですがね、彼はその後どうなったか。呪われたインカの文明に同化してしまった憐れな彼はどうなってしまったか。イタリア女がいけねえ。マチュピチュに死す。リマに一泊して家に戻った彼を迎えていたもの、それがなんとイタリア女の散弾銃。どうです、驚いたでしょう。人を殺るには散弾銃に敵わない。嫉妬。イタリア女の嫉妬こそもののアワレナリ。ガイドはくたばっちまった。日本の妻をめとらなかった罰だ。天に唾吐くものは天命に背くものナリ。ここまでくると人の死なんて滑稽なものだ。笑わせる。ああ、お腹が痛いったらありゃしない。お教えください。ええ、あなたに訊いているのです。あなたはそのことに関して洞察力を持ってるくらいのことは知っています。どうかお助け下さい。うむ、今なんとおっしゃられたか。まったくあなたらしくもない。そんな弱気ではいけねえよ。お願いしているのはこっちだぜ。バカヤロウ。あら、ご免なさい。私としたことが口汚い。ええい、あなたがそうなら私にだって考えがある。好きなようにさせていただく。あなたを頼りにした私がいけなかった。お見限り。勝手にしやがれ。マチュピチュなんてクソ喰らえ。あたしゃ売られていくわいな。我と我が身をこそ憂いよ。ああ、なんてことだ。私の首が離れていく。どこまでもどこまでも首が離れてひらひらひらひらまるで蝶のように舞ってゆく。あなたに抱かれて私は蝶になる。馬鹿馬鹿しい。生きとし生けるものに幸あれ。そちらの方角は間違ってるぜ。グッバイ・ボーイが叫んでる。おーい、そこの首。方角だ、方角が違うってんだよ。いけねえよ、いけねえ。バカヤロウ。ひらひらひらひらグッバイ・ボーイ。

|

2009.04.04

黒革の財布

財布を忘れたことに気づかず岩清水右京は事務所を出た。
帰りは定期だけでこと足りるから、自宅の近くのローソンに寄ってはじめてその失態に気づいたのである。
財布は南米に出張した折、余ったドルが幾らか残っていたので、機内の客室乗務員が売りに来たのをこれ幸いに購入したものだ。ドルなど空港で円に換えたところでたいした額にもならないので、これを財布に換えるということはなかなかの妙案だった。サルバトーレ・フェラガモ。メイドイン・イタリー製の札入れ。製造番号らしきものまで打たれている。機内でワインを飲みながら、右京はひとり満ち足りた気分だった。
13年も前のそんな財布を思い出しながら、右京はローソンのおねえさんに頭を下げ、ポケットの小銭をかき集め、チューインガムだけを購入したのである。
こうしてひとりワインを飲み、しみじみと財布を眺めていると、黒革でできたなんともいえない渋い光沢とともに遠い歳月が鮮やかに甦る。
財布にふと目をやると、白の細長い紙片になにやら数字が書き込まれ、透明なセロハンテープで貼り付けられている。それはすぐに携帯の電話番号だと判った。そうなのだ、自分の携帯番号を忘れないようにとメモとして貼り付けておいたものだ。その番号をしげしげと、まるで不思議な生き物でも観察するかのようにしばらくの間右京は眺めていた。そして気がつくと、あろうことか右京は携帯をとりだし、その過去の自分の携帯番号のキーを押していたのである。0、9、0・・・とメモの数字を追っていく。邂逅。そんな古くさく赤面するような言葉までもが脳裏をよぎった。過去の自分に会ってみたい。切羽詰まったそんな想いが衝動的に右京を突き動かしたのかもしれない。陳腐なアナクロニズム。過去の右京なら一笑に付していたにちがいない懐古趣味。右京は携帯を顔の近くまで引き寄せると、なおも間違いのないよう慎重にうっすらと光って浮かんで見える番号キーを押しつづけた。
コール音が鳴っている。いつまでもいつまでも、際限なく現在と未来を行き来しつつ電子音は鳴り止むことなく鳴り続けている。長い間をおいて、ツッという音とともに、鳴り止まないコール音は、やがて彷徨い人が疲れ果てて倒れ込むかのように突如として消え、聞き覚えのない女の声が現れた。右京の胸は高鳴った。

|

2008.12.20

グッバイ

Mati_6

昨夜は逃げる男だった。
Sさんの髪は黒く、その量も豊富だがお歳はすでに60代の中半だ。沖縄の風土がそうさせたのか、あるいはSさんの遺伝子の成せる技なのか、はたまたSさん自身の努力の賜なのか、とにかく風貌は驚くくらい若いのだ。
そのSさんの送別会兼忘年会が昨晩あった。暮れの12月、師走の退職である。しんみりすることもなく、笑って大いに騒いだ。そんなときでも何故か僕は逃げる男なのである。Sさんはともかく、いや、Sさんと個人的になら深夜までだろうと付き合ってもよかったのだが、如何せん、酒癖のあまりよろしくない御仁が複数いたこともあり、僕は逃げる男になったのだ。
会も終わって三々五々、しめしめと思いつつ地下鉄御堂筋線の改札を通過すると、なんとそこに立っていたのはSさんだった。Sさんは見るからにほろ酔い加減で一人で突っ立っていた。
「やあ、こんなところに・・・」
何がこんなところか解らないが、僕の口をついて出た言葉はそんなものだった。含羞。含羞とははにかみである。僕ははにかみながら頭をかき、買ったばかりのニコルの眼鏡フレームに手をやった。それに合わせるようにSさんも少年のようにはにかんだ顔になって、
「やあ」
と言って笑った。
逃げる男を詮索することもなく、Sさんはその黒々とした豊富な髪をかき上げ、FさんとTさんが来るのを待っているんだと言った。
「切符を買ってくると言っていたんだが、まだ来ないんだ」
「券売機には誰もいませんでしたよ」
FさんもTさんも酒を飲んだら見事なゴロツキに変身する。僕はひとわたり周りに目を配り、ゴロツキを探した。
「まあ、それならいいんだ」
「帰りましょう」
二人で混雑している御堂筋線に乗り込んだ。忘年会帰りらしい酔っぱらい連中に囲まれて突っ立ち、逃げる男は観念した。
Sさんは送別会で贈られた小さな花束の入った紙袋を大事そうに下げている。大きく開いた紙袋から名前の知らない花が顔を覗かせていた。名も知らぬ花の質素さと、花束を入れるにはまるで素っ気のないスーパーでくれるような紙袋の取り合わせは、そのままSさんの現在の心境なのかも知れないなと僕は思った。
「さて、これからは君たちの時代だな」
照れを隠すようにしてポツリとSさんが呟く。ちょっとだが呂律が怪しい。
「そんなこと言ったって、来年は還暦ですよ」
僕は二つ折りの携帯を起こし、メールに目をやる。山口つなみからのものが一通。今日も逃げる男なのだなと図星なことが書かれてある。
「構わないよ、メール」
「いいんですよ」
あんなに大きな声で笑っていたというのに、Sさんはいつしか神妙になっていた。

夏の頃にもこんな二人のシチュエーションがあったのを僕は思い出していた。
そのときのSさんは改札を抜けると酔いに足を取られ派手に転けてしまった。意外と大柄なSさんを抱えて阪急電車まで歩くにはかなり不自由だった。男にぶつかり、女にぶつかり、すまんなあを連発するSさんを抱えて汗をふんだんにかき、腹の中ではジュリーの「勝手にしやがれ」を叫んでいた。年を取るということは重たくなるということか。阪急電車内はアルコールと香水の匂いが交じり合い、夜のミナミをそのままひきづり込んでいるようだった。
「そんなこともあったね」
そのときと同じ阪急に乗り換えてその話をすると、Sさんは気恥ずかしそうに笑った。
「逃げる男ですよ」
「うん?」
「それから逃げる男を決めこんだのです」
「そうだったのか」
「そうですとも」
二人は顔を見合わせて笑う。まるで笑うしかないようにただ笑っているだけだ。
それにしてもSさんは沖縄を出てどれくらいになるのだろう。
阪神大震災があって、そのころ僕は釧路にいて、ちょうど運悪く神戸への転勤が決まり、宿舎のことで電話を入れたのがSさんだった。いや、Sさんに電話をしたわけじゃなく、そのとき電話に出たのがSさんだったのだ。神戸で上司になるはずだったSさんは、宿舎は倒壊していないから大丈夫、安心して来なさい、それだけを言うと自分は九州に転勤なんだと続けた。逢うに逢われぬ浮世の定め、わたしゃ売られてゆくわいな。お互いすれ違いの転勤である。そのことはSさんもまだ憶えているらしく、酔うと必ずその話題になるのだ。
それ以前から転勤を繰り返しているわけだから、きっとSさんは本土の生活の方が長いに決まってる。吊革にぶら下がっている僕の向かいに座るSさんは、まるで当時の琉球政府のお役人のように深い皺を眉間に寄せていた。男の顔は履歴書。そんないい囃された死語ともいえる言葉が不意に浮かんでは消える。Sさんは膝の上で大事そうに花束の入った紙袋を両手で挟んでいる。
「もう逃げることもなくなったね」
「いえいえ、まだまだ逃げますよ」
Sさんの隣の席の男が不機嫌そうに欠伸を繰り返している。
まもなく塚口という車内アナウンスがあり、伊丹行きに乗り換えるSさんは紙袋を小脇に引き寄せた。
大きく口の開いた紙袋はガサッと小さな音を立て、それに気を取られて欠伸男がギョロリと目をむいた。
「いずれまた一緒にどこかで」
「御堂筋線は懲り懲りです」
「それじゃ阪急沿線で」
「それはいいかもしれません」
Sさんはやはりあの夏の時と同じようにグラリとひとつよろけ、開きかけたドアに向かって歩いていった。

|

2008.12.06

日だまりの席

日曜の朝にいつも顔を出すコンビニがある。
奥まったところに簡単なカウンターテーブルが拵えられたのは最近のことだ。
若い男や女もいるが、大抵はじいさんやばあさんが堂々と占領している。コンビニは変わったのである。
朝刊を抱え、カップコーヒーを持ってそのテーブルに座った時のことだ。じいさんとばあさんがチラリと僕に一瞥をくれた。僕はそんな二人を無視してコーヒーを飲み朝刊を開いた。世の中に美しいものは何一つ無く、相変わらず薄汚れた世間の辟易とする醜聞ばかりが活字になって踊っていた。
「若いの、この使い方解るか?」
いきなりじいさんが訊いてきた。その隣でばあさんがじいさんの携帯を覗いている。なにやらメールを書き込んでいる。携帯の画面ではカーソルが点滅していた。どうやらじいさんは送信の操作で躓いているようだった。
「誰に宛てるのですか?」
僕は興味もなくぶっきらぼうに聞き返した。
「死んだ息子だ」
僕は自分の耳を疑った。
「あの世に逝った息子だよ」
確かにじいさんはそうつづけたのだ。
「死んだ人には届きませんよ」
怪訝な顔を向けているばあさんとじいさんを交互に見やり、僕はぞんざいに言い放った。
「そんなことはない。どこにでも送れると言っていた」
じいさんの傍でばあさんが今にも泣き出しそうな顔をしていた。
僕はじいさんの携帯を受けとってじっと眺めた。
「ああ、確かにどこにでも送れそうな携帯ですね」
咄嗟に僕の口をついて出た言葉に驚いたのは僕自身だった。
「これをこうやって、そしてこうやる」
僕は出鱈目にキーを打ち、そして最後に送信キーを押した。
「どうです、飛んで行って何も残ってない」
僕はじいさんに携帯を戻しながら画面を指さした。愛想のないメニュー画面が黒い背景に整然と並んでいた。
「さて、僕はそろそろ帰らなくちゃ」
そう言って席を立とうとした時だ。携帯が震えるように小さく鈴の音のように鳴り出したのである。それはこの世のものとは思えない美しい音色だった。
じいさんはそっと僕に携帯を差し出した。
僕は恐る恐る携帯を受けとると、面白くもない不貞腐れた態度になってキーを押しメールを開いた。
「い・ま・ま・で・あ・り・が・と・う」
そんな文字が携帯の画面に白く瞬くように映し出されていたのである。僕は何故か恥ずかしくなり、携帯を覗き込んでいるじいさんとばあさんを背にしてコンビニを後にした。

|